太正十四年 文月
病院から帰ってきた大神とさくら、紅蘭を出迎えれば腕の中には白い犬、腰には米田の神刀滅却、何故か頬には怪我の痕。
「何があった?」
玄治のそれはもう低い声がホールに響く。『何もなかったとは言わせない』と態度が語っていた。
「玄治、これはその・・・ 拾ったんだ!」
「そっちじゃねーよ。
陸軍か? 陸軍だな? 陸軍の病院だもんな、行ったの」
「た、貴水さん落ち着いてください。お話しますから!」
さくらが後ろにいる面々に視線で助けを求めながら、手の空いている紅蘭が『万一に備えて、気絶させる道具を用意せよ』と身振り手振りで伝える。
それに応じたのはカンナ、すみれ、アイリス、そして売店に控えていた椿であり、元星組隊員は面白いから放置、玄治の行動に疑問すら抱かない。
大神の怪我を治療し、事の詳細を聞いた玄治はニコリと笑って立ち上がる。
「ちょっと陸軍潰してくる」
「玄兄が言うとやれそうで笑えんわ!」
単身に武装は刀一本で降魔を斬り続けた男からしてみれば軍人など一般人に毛の生えた程度でしかなく、一部隊相手であっても無傷で生還するだろう。
「いや、そこまでやることないから!
確かに身分的にはやっちゃいけないことだし、むしろ軍隊じゃ普通だから!」
「大神、俺はそんなことには怒ってない」
玄治は軍属ではない。軍の上下などどうでもいい。
「俺が怒っているのはたった二つ。
お前が怪我をさせられたことと、一馬さんを侮辱されたことだ」
額の血管を浮かび上がらせ、腰にある愛刀を握りしめる。
「一馬さんが犬死だ? あいつらがあの時、何が出来た?
あいつらが帝都を捨てる作戦なんて立てなきゃ、俺達はあんな強行作戦取らずに済んだんだ!!
時間さえあれば・・・ 光武が完成して、一馬さんが死ぬ必要なんてなかった!」
玄治を押さえるように腰にしがみつく大神の傷を見て、玄治は尚更怒りがわいてくる。
「挙句、なんだ?
今もなお役に立たない陸軍の馬鹿どもが帝都を守るために戦ってる花組を侮辱し、隊長であるお前に怪我までさせた?! ふざけんな!!」
平時の玄治であったなら、どちらか片一方であったなら、彼は怒りを抑え込むことが出来ただろう。
だが今、どう現状を見ても陸軍によって何かが画策されているのは事実であり、恩師を、戦友を侮辱された以上、彼が怒りを抑えることなど不可能であった。
「すいません! 貴水さん!」
「ん? 椿くん、なんだい? その棒みたいな」
玄治の背後から振り上げられたそれは警棒のようだが、わずかに発光していた。
だが、非力な椿が振るった棒程度では玄治は収まるまいと、誰もが思っていた。
「あばばばばばばば」
しかし、結果は違った。
『え?』「きゃぁ!」
全員のキョトンとした声とさくらの悲鳴。そして、雷が落ちた時のような光と音がしたのち、どさりと玄治が倒れる。
「ハカセ!」 「玄治!」
すぐさま玄治の傍によるラチェットとレニに対し、振り上げた椿は思わず棒を落としまう。
「貴水さん!? 万が一の時はこれを振るえって渡されたのに、こんなに威力が高い物だったんですか!? こんな物、カウンターの下に無造作に置いてかれたんですか!?」
「それってまさか・・・ 玄治が言ってたスタン警棒じゃない!
あばれ熊だって当てるだけでこんがりロースト出来るって言ってたわよ、それ」
「スタンちゃうやーん、下手すればお陀仏やでこれ」
「玄治、紅蘭じゃあるまいしなんて物を作ってるんだ!?」
「せや! そんなおもろいもん作るならウチも一枚かませーや!!」
『そうじゃないだろ!』
とりあえずブスブスと煙立つ玄治を医務室へと放り込み、念のためその場から動かすことを禁じられたスタン警棒は厳重に箱をかぶせられた。その際、紅蘭が箱に飛びつこうとしたがそれはジャンポールがアッパーをくらわせることによって阻止した。
玄治が気絶している間に犬の名前が『フント』に決まり、大神はカンナが手料理としてゴーヤチャンプルーを披露したり、織姫とピアノの練習をして、舞台にいるすみれと話をしたりしていた。
「玄兄ー、大袈裟に倒れたけど、もう起きれるんやろ?」
「まぁな」
「玄兄も大概、人間離れしとるなー」
「ラチェットにはあぁいったが、対人用の枠は超えてない筈だ。
俺達みたいな霊力を持ってる奴らは若干だが一般人より頑丈だしな」
ベッドから起き上がってあちこち動かしつつ、紅蘭も起こして同じように体を伸ばしあう。
「で、お前はこれからどうする?」
「四時に大神はんと話したいぐらいで、あとはのんびり地下回る予定や。
光武の顔も見たいし、アイゼンクライトにも挨拶したいし、蒸気演算機でやりたいこともあるし。玄兄は?」
「俺は司令代行の仕事の件でかえでさんの部屋に行くぐらいだな」
「もう『陸軍潰す』とか言わへんの?」
からかうように紅蘭が言えば、玄治は渋い顔をする。
「許せない。
が、今回の件に俺が直接絡んでいない以上、行動に起こすようなことはしねーよ」
「素直やなぁ、玄兄は。
でも、ちゃんとわかってるんやから偉いわぁ」
「ケッ、俺一人だけだったらいくらでも勝手に動いてたっつの」
感情を抑え込むことに成功はしてても、不満ありありの玄治に紅蘭は笑って腕を撫でる。
「良い子やでぇ、玄兄」
「やめろっつの」
大きな背の玄治を見上げながら、紅蘭は突然口にする。
「玄兄は知っとるかもしれんけど、ウチは実の家族みーんな死んどる。
けど、そのあとお父ちゃんは神戸のホワードはんと帝劇の米田はんっちゅう二人も出来て、お母ちゃんみたいで姉ちゃんみたいなあやめはん、上も下もよーわからん帝劇の皆。それに玄兄っちゅう兄ちゃんまで出来た」
紅蘭自身も玄治の過去のことをもう知っている。
その境遇がとても似通っていることも、自分と同様に玄治にとって帝劇が家族であることも理解している。
「だからさっき、玄兄が怒っとった気持ちがウチにはよーわかるよ。
ウチも米田はんを、お父ちゃんを撃った相手が許せんし、さくらはんのお父ちゃんを馬鹿にしたのも許せんのや」
玄治はなんといっていいかわからず、くしゃくしゃと紅蘭の頭を掻き撫でる。
「兄ちゃんは優しいなぁ」
「馬鹿なこと言ってないで、光武たちに挨拶してこい。
お前が来ないから待ちぼうけしてんぞ」
「へへっ、せやな! 行ってくるわ、兄ちゃん」
「ったく、世話が焼ける・・・」
「それは貴水さんもですよ」
医務室を出ようとした瞬間、衣類などが置いてある部屋から声がかかった。
そこに立っていたのはかすみであり、当然手には玄治の替えの衣類を持っていた。
「あんな危ない物を置いておくなら、私達にちゃんと声をかけてください」
「いや、使用上の注意点は言っただろ?
現に俺は気絶しても椿には一切被害がなかったみたいだし、使用する分には問題なかったならそれでいいだろ」
「ラチェットさんに本来の威力を説明していなかったのは問題ですし、重要器官に近いと死亡の恐れがあるのでは?」
「うぐっ・・・」
作った際の問題点且つ一般人に対しては使用できない理由をつかれ、おもわずうめく。
あのスタン警棒は対人用でありながら、ある程度装備をしている対軍人用が正確なのである。
「一体、何への備えなんです? あの警棒は」
「劇場が襲われる事態だって、戦いが起こっている以上は想定に入れておくべきだ。その時、風組にだけ戦いの術がないのは心もとないだろ」
「・・・・」
それだけが全てではないことを見透かすようにかすみはじっと玄治を見つめるが、何故かその視線は下へと下がり、雷撃によって焼け焦げた衣服で止まる。
言及するよりも玄治の体のことが気にかかる、世話焼きの
「はぁ・・・ この件はもういいですから、とりあえず着替えてください」
「あぁ、ありがとう」
「それと貴水さんの部屋で待ってるラチェットさんにも無事を伝えること。食堂に安置されているスタン警棒も回収してくださいね」
「使用後なら触っても問題ないぞ? 最大出力なら一度で使い切りだし、小出しにしているならその後も持ち手の部分を持つなら危険はない」
「思ったよりも威力がある、人を気絶させた道具には当然の処置です。
説明書の改善、お願いしますね?」
「了解した・・・」
有無も言わさぬ笑顔に押され、手渡された衣類と説明書を受け取りつつ、部屋を出ていくかすみを見送り、ベッドに座る。
「やっぱり、敵う気がしない・・・」
と、一人ごちるのであった。
その夜、『紅蘭とさくらが京極と話をつけると飛び出していった』という一報が玄治の耳にも入った。
「玄さん、焚きつけてねーよな?」
「ねーよ。つーかそもそも相手が陸軍トップの京極慶吾だったってこと事態、初耳だわ」
「しかし、困ったことになったわね。
陸軍トップの彼と花組お抱えの日本屈指の技術者・李紅蘭がぶつかったなんて、厄介ごと以外の何者でもないわ」
「恨み云々にしても一馬さんの一件が表沙汰になっても面倒だし、真宮寺家は名門だからなぁ」
秘密部隊であったがゆえに一馬の死は一般的な殉職と扱いは変わらない。だが、名門とその役目故に一馬の死の真相を知っている真宮寺家にとってはそうではない。ましてや、一族の役目を立派に果たした彼を侮辱したなどと知れば、真宮寺家の怒りがどうなるかは明白である。
「しかし、軍の上層部がいるところなんてよくわかったな」
「すいません。実は私が・・・」
カンナの陰に隠れていたのは影山サキだった。
「あぁ、あんたか」
「こらこら、玄さん。いくらさくら達が飛び出していったからって、態度きつくねーか?」
思ったよりも低い声が出たので、カンナが慌ててフォローに入る。
「あー・・・ そうだな。すまん、気が立ってたようだ。
それで? 大神達はどうしてる?」
「今、アイリスが同じように伝えにいってるよ。
まっ、隊長のこったいつも通り助けにいくだろ」
「はぁ・・・ だよなぁ~」
『玄治くん、大神くんが一人でさくらと紅蘭の元へ向かったわ』
間髪入れずに入ったかえでからの通信に、玄治はおもわず素の表情になる。だがしかし、それはすぐさま怒りと呆れの混じった表情へと変わる。
「だ・か・ら! お前ら、人にあんだけ言っといて、自分達はほいほい飛び出すとか何事だ!!」
「そ、それはよぉ~・・・
とにかく、あたいらもいつでも動けるようにしとこうぜ。玄さん」
慌てて誤魔化すようなカンナに対し、地下へとやってきたレニが呟く。
「やっぱり隊長がハカセより優れてるとは思えない」
「不思議よね」
「二人は二人で、貴さんに関して色眼鏡がついているのではありませんこと?」
「あら? 適正な判断だと思うけれど」
「そんなことないもん! お兄ちゃんはカッコいいもん!!」
「どっちも日本の男であることは変わりませーん。同じ穴のタヌキでーす」
「織姫は織姫で、日本の男というだけで正しく判断しようとしてないだけだと思う」
「あのレニが言うようになりましたー」
あらぬところで小競り合いが起きようとしているが、慌てて現状把握に努めようとする玄治には聞こえず、風組同様に処理に勤めていた。
「だーれだ、高級料亭に火つけた馬鹿・・・ あぁ、赤チビか」
翔鯨丸から見下ろした地上は赤く染まり、料亭近辺は火事の真っ只中である。
「ってんなわけねーだろ、玄さん」
「冗談だ。で、どんな発明品持ってたんだ? あいつは」
「それ、疑ったままですわよね?」
「日頃の行いって大事だよな?」
「そーだけど・・・ それ、おじちゃんも言えないと思う」
「そんなことはない。ハカセはいつもちゃんとしてる」
「えー?!」 「そりゃねーよ、レニ」 「ないですわね」 「ないない」
アイリス、カンナ、すみれ、由里による総出の否定に織姫の爆笑が入る。
「それでどうするの? 玄治くん」
「まず、花組全員で一般人の避難を優先。現在待機している花組隊員は光武にて出動。
風組は、場合によっては翔鯨丸での援護に入ってくれ」
『了解』
玄治の指示で花組は動き出し、かえでもそれに異論を挟むことはない。
「この機を向こうが見逃してくれるはずがない。まだ何かくる、全員気を抜くな!」
『了解!』
「俺とかえでさん、ラチェットは現状把握に努める」
「貴水さん、マリアさんから通信が入ってます」
「この状況で? 急ぎの用か?」
「はい、緊急です。画面に映します」
かすみの迅速な対応により、マリアが画面へと映る。
『私はどこに入ればいいかしら? 貴水司令』
そこに映ったのはどう見ても帝劇の指令室からの通信で、帰還直後であるにもかかわらず、その身は既に隊服へと変わっていた。
「おい、マリア・・・
あーもう・・・ すぐさま光武に搭乗し、深川に急行。花組と合流せよ」
『了解』
マリアは悪戯気な笑顔のまま、通信を切った。
彼女のことだ、ヒーローよりもヒーローらしく登場し、花組の危機を救ってくれるだろう。
地上では今まさに火車との一戦が始まろうとしていた。
火車との戦闘の真っ最中、画面を見ていたラチェットがある物を発見する。
「玄治、避難した一般市民を覆うようにして配置された爆弾装置を発見したわ」
「よし、ちょっと行って解体してくるか」
「いや駄目でしょ! 司令代行だから、貴水さん!」
ちょっと売店行ってくるという気軽なノリで解体に行こうとする玄治に、由里による鋭い突っ込みが入る。
「現状、俺が行くのが確実だろ。副司令のかえでさんもいるし、風組も全員揃ってることを考えれば翔鯨丸は平気だ」
「ふっ、姉さんの言ってた通りだわ」
かえでの笑顔に由里は助けを得たように心強くなるが、それはすぐに絶望へと変わる。
「行ってきなさい、玄治くん。すぐに戻ってくるのよ」
「了解」
「行かせちゃうんですか!? かすみもラチェットさんも止めてよ!」
「言って聞いてくれるような方ではありませんし」
「画面越しに見てられる範囲だもの、心配はいらないわ」
飛び出していく玄治は背中でその声を聴きながら、炎に囲まれた中を工具片手に突っ切っていく。
現場に到着すれば、爆弾の内部にいる人々の混乱の声を聴き、すぐさま解体へと移る。小型化した試験キネマトロンを手に大神達の通信も又聞きしつつ、どうやらこの爆弾と一般人たちが火車による策であることがわかり、玄治は解体の手を速めた。
そして、マリアが起爆装置を打ち抜いたことを聞き、ニヤリと笑う。
「流石マリア、最高のタイミングだ」
『玄治、そっちは終わったかしら?』
玄治の独り言が聞こえていたかのように、マリアは明確に玄治へと向かって言葉を発した。
「なっ!?」
『えっ?』
驚愕に染まる火車と花組に、玄治はもう笑いがこらえきれなかった。
「流石マリア! 俺のやることなんてお見通しかよ。
どうだ、火車。自慢の爆弾は俺の手によって
『馬鹿なこと言ってないで、さっさと戻ってきなさい!』
翔鯨丸にいる由里からの正しい突っ込みに、火車のみならず花組も開いた口が塞がらない。
だがしかし、ただ一人玄治同様に笑う馬鹿がいた。
「さっすが、ウチの兄ちゃん!
炎の中で爆弾解体とかもう阿呆やろ!! でも、兄ちゃんのそゆとこ、ホンマ好き!」
「おうよ、何せ俺はお前の兄ちゃんだからな! 爆弾解体ぐらい慣れたもんよ!」
その言葉に花組全員が『あぁ・・・』と同時に納得し、通信越しにはっきり見えた全員の表情に紅蘭が不貞腐れる。
「ちょっ、どーいう意味や! みんなも納得せんといてや!」
「普段の行いだろ? じゃっ、あと任せた!」
そういって工具を手に翔鯨丸に引き上げていく玄治を見送った後、大神が全員に檄をかける。
「さぁ、もう何の心配もいらない! 行くぞ、皆!!」
『おう!』
「これで財界からの援助も再開、花組も全員集合で戦力も完璧、来月には司令も復帰。
厳しいのは再来月に控えた椿の離脱ぐらいか?」
「それも学園からつぼみちゃんが入ってくれるから問題はないわ」
戦いを終えた翌日の夜、玄治とかえで、そして月組隊長の加山が指令室へと集まっていた。
「影山サキが陸軍と繋がっているのは確実。
そして、陸軍は山口氏の死亡を花組の犯行のように見せかけようとすらしていたようだ」
「山口氏の個人的な行動も把握し、こちらが病院に向かう日に発破をかけておく。実に用意周到ね」
「だが、それでもまだ影山サキが内通者である明確な証拠を掴んでいない。
証拠がなければ影山サキをこちらから出すことも、陸軍に糾弾することも出来ない」
「まだまだこちらが後手に回るしかない、か」
「仕方ないとはいえ、辛いわね」
玄治とかえでが溜息をついて、考え込んでいると加山は大袈裟に笑って空気を換えようとする。
「前向きに考えようぜ、玄治、かえでさん。
米田司令は無事、花組は万全、金の心配ももういらない。風組も他の件で動き出してて順調、後進である学園についても文句なし。いやー、順風満帆じゃないか」
「そこまでお気楽には考えられない」
「ノリが悪いなあぁ、玄治」
「とにかく、私達は私達の出来ることをしましょう。
玄治くん、加山くん、頼んだわよ」
『了解』
加山が掻き消え、玄治が席を立ち、かえでもまた消えていく。
これが帝国華撃団を陰から支える者達の姿であり、在り方なのである。
わーい! 皆でお休みー!
海だ! 山だ! 温泉だぁ! わくわくが止まらないぜ!
まったく 落ち着きがない 少しは私のようにおしとやかに出来ませんの?
そんなこと言いながら すみれさんだってもう準備してるじゃないですか
次回『夏季休暇』
太正桜に浪漫の嵐!
隊長 覗きは犯罪だ