太正十四年 葉月
大神が売店で大掃除をしている頃、玄治は支配人室にて米田と久しぶりの再会を果たしていた。
「お久しぶりです、米田さん。今回はとても大変でしたね」
「あっはっは、どうだった? 司令代行は。
これでオメーにも次期司令としての心構えっつうものが出来たんじゃねぇか?」
「まぁ、大神もモギリ以外の仕事も出来たんで遠慮なく任せましたけど・・・ のんびりご静養出来ましたか?」
ニコリと笑えば、米田も青筋を立て、玄治が怒っていることを察する。
「いやぁ、オメーらのことを思うと夜も眠れねぇ日が続いたもんだぜ」
「なるほど、それで寝酒を欠かさなかったと」
「な、なんのことだ?」
「毎月加算されていた酒代、支配人室から減っていた酒瓶、気づいていなかったとでも?協力者は加山ですかね?」
「い、いや、加山の奴気が利いててよ、俺が頼んでなくてもせっせと運んでくれてな?」
「そうですか。
だそうだ、加山」
「そりゃないっすよ、司令!
運ばないと給料カットだって、俺に言ったじゃないですか!」
どこからか現れた加山が涙ながらに語り、玄治はつめたーい目で両名を見る。
「ほうほう、わかりました。
どちらも言い分が異なるということは・・・ 両成敗すればいいってことですね?」
「なっ!?」 「やべっ!」
「とりあえず、米田さんは当面禁酒。隠していた酒も全て没収。
加山はその酒でアルコール漬けだ」
「それって飲ませるって意味だよな? そうだといってくれ!
瓶の中にアルコールと泳ぐって意味じゃないよな!?」
「泳ぐ? 俺、漬けいったよな? 未来までお前を保存してやるよ」
どこまでも笑顔の玄治が二人へと厳罰を告げる。
「こらこら、玄治くん。それはあまりにも酷いわよ」
ノックと共に入ってきた救いの女神たるかえでは、にっこりと笑っていた。
「米田司令は健康のことも考えて禁酒は妥当だと思うけれど、加山くんをアルコール漬けにするなんてお酒がもったいないでしょ」
「むぅ、確かに」
「確かにじゃねー! かえでさんも助けてない!?」
「それに加山くんは今後のことも考えて、薔薇組との演習が入っているから駄目よ」
かえでによる爆弾発言に加山は驚き、玄治もすんなり頷く。
「あぁ、連絡を密にするために薔薇組の部屋に出入りするんでしたっけ?」
「薔薇組って何!? 嫌な予感がする!」
「寝食をともにするんですよね? 頑張れ、加山。 大丈夫、根はいい人達(?)だ」
二人への厳罰も決まり、玄治は支配人室から出ようと扉に向かえば、立てかけてあった酒瓶の一つを持つ。
「ちょっ、おまっ、それ一番いい奴・・・」
「さーて、これは今夜の酒蒸しに使おっかな」
「そんなもったいねーことすんじゃねーよ!」
「米田さんも食べれるからいーじゃないですかー。酒蒸しまで食うなとは言ってないんですから」
「むしろそれをあてにして酒を飲めねぇことの方が拷問だっつの!」
後ろから聞こえる米田の悲鳴を聞き流しつつ、玄治は支配人室を出て厨房へと向かった。
その夜、米田の復帰祝いの席にて急遽花組のみの三泊四日の熱海旅行が発表され、米田は再び玄治による笑顔の説教が行われることとなった。
米田は後に彼の説教について、『あやめくんに似てきやがった・・・』とこぼしたと言う。
旅行の出発当日、玄治はまずマリアの部屋へと向かっていた。
「マリア、入っていいか?」
「玄治? えぇ、入って頂戴」
マリアの部屋に入れば、机には何かの本が開かれたまま置いてあり、玄治にベッドに座るように促した。
「どうかしたの?」
「今回の一件、影山サキが何かしらの動きを見せる可能性がある」
ストレートに告げられた言葉に、マリアの表情が硬くなる。
『どういうことか?』と問うほど、マリアは現状を把握してないわけではないのだ。
「そして、狙われる可能性があるのはレニか、織姫だ」
「その根拠は?」
「どちらも花組に来て日が浅く、精神が不安定だと思われている筈だ。
特にレニは経歴が経歴だしな」
「織姫の場合はイタリアが敵に回るものね」
「織姫自身、人に対する警戒心も強いしな。
本来ならレニに直接言いたいが、今俺が接触したとなればあちらも警戒するだろう。だからマリア、レニのことをしっかり見ていてやってくれ」
マリアは頷きつつ、顎に手を当てて思考を巡らせる。
「影山サキは陸軍の推薦だものね」
「陸軍の件もだが・・・ 俺は黒鬼会との繋がりも視野に入れてる」
「っ!
そうだとすれば納得は行くけれど、だとすれば軍が敵になるということよ?」
「俺と米田さんはいつだってあいつらには煙たい存在だから、ありえないとも言えないだろ」
そこで玄治はベッドから立ち上がり、マリアを見つめる。
かつてのロシアの衣装ではなく、黒と白のストライプのスーツはマリアに良く似合っていた。
「マリアも無事に帰ってこい」
「えぇ、勿論。
あなたの元にちゃんと帰ってくるわ」
玄治が優しく肩に触れてやれば、その手をとって頬を摺り寄せる。
なんとなくお互い離れがたいが互いの距離はすんなりと開いて、玄治は扉へと向かう。
「じゃ、出発まではのんびり過ごせよ。
俺も見送りまではそうするさ」
扉から出て走り出す玄治の鼓動はいつもよりも忙しない。けれど玄治は、その気持ちを大切の括りの中に入れて沈ませる。
「好きよ、玄治」
気持ちの名を知るマリアは玄治のいなくなった部屋でポツリと呟き、掻き消していく。
この気持ちを抱くのは自分だけではないこともわかっている。
かすみも、ラチェットも、そしておそらくレニも。玄治を特別な意味で大切に思い、愛している。
「ふふっ、不思議ね。
皆一緒の気持ちであることが、まるで嫌じゃないなんて」
二人が三人に、三人が四人に。玄治を想う人の数は確実に増えているというのに、気持ちに焦りは見られない。
それどころか、玄治を愛する者が増えることにマリアは安堵すらしていた。
「ねぇ玄治、私達はあなたのことを愛しているのよ」
想い人への愛の言葉は優しく甘く、それはまるで天使の祝詞のようだった。
玄関の前に全員が集合し、出発する花組と影山サキを見送り、あとに残されたのは米田とかえで、玄治とラチェット。そして、風組と薔薇組の面々である。
「かえでさん、やっぱり俺も現地に行くべきかと・・・」
「月組を控えさせているんだから、心配しないの」
「加山の変装マスクをつけていけば、俺でも問題ないかと」
「あなたの動向は彼女に警戒されているし、薔薇組も表向きは陸軍にあなたがいるかどうかの情報を流しているのよ。
何よりあなたが行ってしまったら、影山サキが尻尾を出さないでしょう」
内通者である影山サキが黒鬼会と無関係であるか否かは、おそらく今回の一件で判明する。だが、動きがなければ、わざわざ花組だけを帝都から離した意味がない。
「忘れないで。
個人的な武勇において陸軍が最も警戒しているのはマリアでも、大神くんでもない。あなたなのよ、玄治くん」
「いいえ、米田さんなら今でも降魔百体斬りを出来ると信じています」
「出来るか! 死ぬわ!」
玄治の発言に米田が叫び、薔薇組はそんな玄治に憧れの視線を向ける。
「光栄だわ、あの貴水博士と共に戦えるなんて!」
「もう、斧彦たまらない!」
「あ、握手してもらってもいいですか?」
次々と玄治へと触れようとする面々の間に、一つの警棒が振り下ろされた。
鈍い音と共に床に突き立ったそれの手元を見ると、そこにはにっこりと笑った藤井かすみが立っていた。と同時に、ラチェットがナイフをちらつかせる。
「薔薇組の皆さん、狙うなら大神さんにしてくださいね」
「ふふっ、玄治を狙ったらどうなるか。わかるでしょう?」
『あっ・・・ はい、わかりました』
女言葉や口調を捨て、薔薇組が異口同音で返せば、かすみは満足そうに頷く。
もはや同僚の由里は冷や汗且つ若干身を引いていた。
「あらあら」
そして、それを笑って見守れるかえでは大物である。
熱海までも道すがら揺れるバスの中で大神はアイリス達と大富豪を行い、紅蘭が待ってましたと言わんばかりにお手製のカラオケくんを出そうとすれば、レニがポツリと言った。
「既に検閲済み」
「え? レニ、それはどういうことだい?」
「ない! ウチのカラオケくんの中身がない!」
「中身がないって、どういうことですの? 紅蘭」
「機械の中身がのうなって、ガワだけなんや!」
「ハカセが既に検閲済み」
「・・なるほど。
玄治が危険物と判断して、中身だけを抜いておいたのね」
「ハカセ曰く『劇場内と違って、借り物のバスの中で爆破させたら事だしな』と言っていた」
『いや、劇場内でも駄目だろ』
レニによる玄治の言葉に複数人がツッコミを入れ、これといった騒ぎもなく、無事旅館である剣緑園へとたどり着いた。
荷物を一度預けて早速海へと向かえば、すみれとカンナが仲良く砂浜で追いかけっこを始めてしまい、それぞれが水着ではない状態で楽しめる水辺の散策を楽しむ。
ただし、マリアだけが海にはあまり近寄ろうとはしなかった。
「海はいいなぁ、大神。波凄いけど」
「帰れ、自称貿易商。この無職が」
「辛辣ぅ!」
大神の厳しい言葉に加山は大袈裟に心臓を抱え、蹲る。
「冗談はさておいて、こんなところにまで来るなんて暇なのか? 加山」
「つれないなぁ、大神。
お前あるところに俺あり、親友とはそういうものだろう?」
「いや、俺の親友は玄治だから」
きっぱりと断言する辺りが清々しい。
「大神、変わったな。付き合いは俺の方が長いだろ?
それとも口が悪いのはそいつの影響か?」
「やっぱり死線を共にすると・・・ 違うんだよな」
「寂しい! 俺は寂しいぞ、大神!
この寂しさを海が埋めてくれる! さらばだ、大神!!」
目の前の海へと飛び込んでいく加山を見送り、大神は皆と共に旅館へと戻った。
その夜は皆で一緒に食事をとり、カンナがいつも通りお櫃を空にしたり、刺身に初挑戦の織姫が苦戦していたり、全員で枕投げを行い、ふすまを破ってマリアに怒られたりした。
そして、夜中に大神の布団にすみれが侵入するという珍事が起こり、さくら、カンナ、アイリス、織姫、サキが大神の部屋へと特攻し、一悶着起こりなどもした。
「やっとるなぁ~」
「紅蘭、止めて来て頂戴」
「やー、無理やろ。マリアはん。あれ、止めるとか。
玄兄も来れたらまた違ったんやろうけどなぁ? マリアはん?」
「隊長よりハカセの方が休養が必要だと思う」
「それはそうだけど、単にこの状況で旅行に来たくなかっただけかもしれないわ。あの人のことよ、保護者としていろいろと苦労するでしょう。
あと紅蘭、玄治がいたからって何が起こると言いたいのかしら?」
「こわっ! ジョーダンや、ジョーダン」
おさまりそうにない隣室の騒ぎに三人も渋々と起き上がり、事態の収束へと向かった。
翌日、海と山、旅館に残る三つのグループに分かれて行動し、大神は旅館に残って温泉を楽しんでいたのだが、何故か混浴の看板に変わっており、入ってきた女性陣にばれぬように潜ったところ、温泉でのぼせて溺れるという醜態をさらしてしまった。
「隊長には困ったものね。
一声かけてくださればいいのに」
「覗かれたことはいいんですか?!」
「隊長のことだもの、わざとではないでしょう。
さくらもあまり怒らないであげるのよ」
「それはそうですけど・・・ まぁ、大神さんですもんね」
「けど、隊長さんも男だもの。
そういう気持ちも少しはあったんじゃないかしら?」
サキの言葉にマリアの目がわずかに光るが、すぐに視線を逸らした。
「あったにせよ、なかったにせよ、のぼせてる隊長に鞭を打つのは酷でしょう。
不満があるなら、あとで直接言いに行くしかないわ」
そういってその場は解散し、大神が意識を取り戻すまで献身的にさくらが世話をしていたのは言うまでもない。
だがしかし、この日の夜、大神はマリアの期待を一つ裏切ることとなる。
レニの風呂を覗いてしまったのである。
レニの
「あーぁ、やっちゃったなぁ」
「やー、これはあかんわぁ。やってもーたなー」
「今までは大丈夫でしたのに」
「いつかはやると思ってましたー」
それぞれが思い思いの言葉を言う中で、大神の前に立つマリアが静かに告げた。
「では隊長、弁明を聞きましょう」
意識を取り戻した大神はレニによって着せられていた浴衣姿で在り、当然正座である。
「レニが女の子だと思ってませんでした」
今にも土下座しそうな姿で言われたその言葉に沈黙が降りる。
「隊長、そりゃねーよ」
「レニ、率直な一言をどうぞー!」
「やっぱり最低だ」
「やっぱりって何!?」
レニの発言に大神が驚くが、レニの目は冷たい。
「でもでも、お兄ちゃんに悪気はなかったんだよ!」
「そうですよ、大神さんのことだからきっと事故だったんですよ! 今日の昼間みたいに」
さくらとアイリスによる援護が入るが、紅蘭は悲しそうに首を振る。
「さくらはん、そもそも隊員の性別も確認しとらんって隊長としてどうなん?」
「うっ、それは・・・」
「っていうか、みんな知ってたのか!」
大神の驚きに対し、むしろ全員が驚いた顔をする。
『見たらわかる』
いや、わからない。と思うが、全員がさらに言葉を続けた。
「ちゅうか、ウチはアイゼンクライトやらの整備でプロフィール知っとるし」
「というか、舞台で着替えとかありますし」
「つーか、見てわかれよ」
「男性は胸で性別を判断するのかしら?」
「私はそもそも付き合いが長いでーす」
「言ってくれよ・・・」
突っ伏す大神にマリアが溜息をつき、どうしたものかと悩む。
「はぁ・・・ 玄治は今までこういったことが一度もなかったから対処に困っているのだけど、どうしましょうか?
レニ、あなたが被害者なのだけど希望はある?」
「寝ずの番」
「旅館なのに!?」
「旅行中にそれは駄目でしょうし、劇場に戻ったらやってもらいましょう。夜の見回りの延長だと思えば隊長もやりやすいでしょう」
「う・・・ わかった、劇場で一日寝ずの番だな」
「では、この場は解散しましょう。
皆、よく休むようにね」
マリアの発言によりその場は解散し、大神は一人寂しく布団へと潜っていった。
翌朝、皆で海に行くという意見がまとまり、その前に帝劇へと連絡を取っておこうとすればキネマトロンの紛失に気づいたマリアと大神が他の面々に秘密で捜索を開始した。
時間をかけて捜索していくうちに旅館の子どもが海辺で拾ってきたキネマトロンの欠片によって、岩陰で破壊されたキネマトロンの残骸を発見。辺りの散策へと乗りだせば、近くに洞窟を発見し、大神とマリアはそこへも捜索の手を伸ばした。それにより洞窟の奥にて通信機を発見し、五行衆の一人である金剛と通信をしていた何者かに偽って連絡を取り敵の行動を妨害に成功。通信機を使用し、帝劇との連絡を取ることにも無事成功した。
だがしかし、全てはうまくいかないものである。潮が満ちてきたのだ。
「潮が満ちてきた!
マリア、君は泳げるかい?」
「いえ、泳げません」
「なんだって!?」
驚く大神に対し、マリアは冷静に懐からある物を取り出し、口にくわえた。
「ですが、問題ありません。
これがありますので」
「何ソレ? 白い筒?」
「これは玄治が開発した小型ボンベです。
これならば水中でも酸素を確保し、泳げない者であっても溺れることはまずないという優れものです」
「・・・そーいうのは海軍に回してほしいかな」
どこかずれた言葉だが、大神のそれは現実逃避である。
海に行くにあたって泳げないマリアのためだけに作られた特注品であり、一般的運用は今のところ考えられていない。
「でも、それならよかった。
俺が引っ張るからマリアは俺の手を握っててくれればいい」
「お願いします、隊長」
大神の手を借りてマリアは無事地上へと戻り、通信通り現れた金剛と水狐の撃退を成し遂げた。
劇場へと無事帰還を果たしたマリアを迎えたのは玄治の笑顔であった。
「無事だったみたいだな」
「えぇ、あなたがくれた物のおかげでね」
「なら、よかった」
小型ボンベを受け取りながら、マリアの無事を喜び、レニにも声をかけていく。
「よっ、レニ。海はどうだった?」
「隊長に覗かれた」
「・・・大神?」
「知らなかったんだ! レニが女の子なんて!」
「見ればわかるだろ・・・ ったく、今後は注意しろよ」
大神とレニを見送れば、紅蘭が自ら玄治へと駆けてくる。
「玄兄、ウチのカラオケくんになんちゅうことしてくれるんや!」
「爆発する危険性がある物を借り物のバスの中に持ち込めるか!」
「なら、出発前に取り上げればええやろ!」
「出発前に取り上げたら、お前バスの中で一から作り直すだろ!」
「当然やん!」
「だからだろ!」
兄妹がギリギリと睨み合いをしていれば、全員がいつものことと笑って通り過ぎていく。これこそが帝国劇場のいつも通りである。
ねーお兄ちゃん 最近 レニ変じゃない?
そうだな 少し気に掛けておこうか
・・・僕は問題ない 気にしなくていい それよりサキさんを
私? 私が何か?
次回 『水狐』
太正桜に浪漫の嵐!
影山サキ 俺はお前に人として生きてほしかった