太正十四年 十一月九日未明、陸軍の若手将校達によるクーデターが起こり、政府の主要機関を次々と襲撃されていく中、ついにその手は帝国劇場にも伸ばされた。
だが、彼らが劇場の扉を破ったそこには、待っていたとばかりに一人の男が立っていた。
「よぉ、待ってたぜ」
「なっ・・・? ぐはっ!」
「何事、だぁ?!」
男は一本の刀を鞘から抜かずに一人、また一人と侵入してきた兵士を沈めていき、誰一人として侵入することが出来ないことに痺れを切らした天笠が劇場へと足を踏み入れれば、そこには気絶させられた兵士があちこちに転がっていた。
「おっ、他の奴と軍服が違うな。将校か?」
男の目は暗闇の中で天笠に狙いを定めたように光り、飛ぶように距離を詰めていく。
「なっ・・・ 劇場の外から発砲しろ!!」
「で、ですが! 味方にもあたって・・・」
「劇場内の兵士は頭を低くしろ! 遅れた者は銃殺だ!!」
天笠の指示の元で何人かの兵が一斉に銃を構え発砲するが、男は階段の手すりに飛び乗ることで避け、舌打ちをする。
「オイ塵共、俺の可愛い弟妹達が起きるだろうが」
「き、貴様は一体、何者だ! 我々に盾突いてどうなるか、わかっているのか!」
銃を軽く避ける男に天笠は問いかける。
たった一人で武装した軍人達を相手取り、恐れるどころか自分以外の者を気にかける余裕すら見せる男に若手将兵達は恐怖していた。
(たった一人相手に、我々が手加減されているというのか・・・!?)
しかも、男は刀を鞘から抜かず、武装らしい武装など何もない。挙句、誰一人として命を奪っていないのだ。
「お前らに盾突いたらどうなるかって? 逆だ、逆」
男は刀で肩を叩き、天笠を睨み付ける。
「お前らが俺達にずっと盾突いてきた。
そして今、ようやく正当防衛という名のもとにお前達を片づけられる。こんなに嬉しいこと、他にあるかよ」
男が笑うとその場の空気は重くなったような錯覚に陥り、何人かの兵が後退りをする音が聞こえてくる。
「俺の名を聞いたな、無知な将校。
俺の名は貴水玄治。お前達が逆賊だと罵る米田一基がかつて率いた対降魔部隊の生き残りにして、稀代の天才・山崎真之介の一番弟子。そして、お前達が命を狙っている帝国華撃団 後方支援部隊が一つ鳥組の隊長を務めている」
玄治は懐から何かを取り出して、ボタンを押す。
すると劇場玄関の形と全く同じの壁が現れ、それはよくよく見れば玄関の床とも連動して動き出す。
「な、なんだこれは!? こんなもの、あの女の報告には・・・!」
「帝都守りし花の帰る場所を守り、日向からくる外敵から花を守るが鳥の役目。
さぁ、お引き取り願おうか!」
動き出す床と壁によって玄関から文字通り叩きだされる兵達を見下ろし、玄関は扉とは違う強固なシャッターが下りる。
「とりあえず、こんなもんか」
これで終わりということはないだろうが、最初の襲撃を耐えきったとは言っていいだろう。だが、シャッターが破られる危険は大いにあるので警戒を解かずに愛刀は手にしたままである。
「玄治!」
階段から聞こえた声に振り返れば、そこにはマリアを先頭にレニ、紅蘭などの大神とさくらを除いた花組面々が続き、最後にラチェットが降りてきた。
「おい、ラチェット。花組全員を花やしきに避難させるって話だっただろ」
「聞くと思う?
隊長さんとさくらが花やしきに向かっただけでも上出来だと褒めてほしいものね」
「あー・・・ すまん、お疲れ」
玄治の渋い顔にラチェットは肩をすくめて応じ、玄治も状況を理解して溜息が出る。
加山からの直前の情報により急遽玄治が迎撃の体勢を取り、米田とかえでと風組は地下指令室にて各機関の状況把握に従事し、ラチェットは騒動に気づくであろう花組への説明のために二階サロンにて待機してもらっていた。
「さくらの避難と一人に出来ないことを考えて、誰かをつけることは納得してくれたのだけどね・・・」
だが、司令である米田を始め仲間を置いていくことなど出来ない。まして、既に一階にて一人応戦している玄治を放っていけないと渋る大神達に他の花組達が残るということでどうにか避難させることが出来たのだ。
要するに、話を聞かずに二人が正義感を発揮して玄治の元に救援に来なかっただけでも上出来だろう。
「それで玄治、これからどうす・・・」
マリアが玄治に今後を問おうとした瞬間、地下から爆発音が聞こえた。
「チッ! 工作部隊で地下から入りやがったか!」
舌打ちと同時に玄治が地下へと走りだし、全員がそれに習う。
「ハカセ、地下の守備は?」
「薔薇組が魔神器を守ってる! それ以外にもあちこち罠を仕掛けてあるから足止め程度は出来るし、玄関同様各場所にシャッターを増築してあるから守備は上々!
赤チビ! 玄関にあいつら配置しとけ!」
「はいな! 帝国華撃団 劇場守備部隊 光組 出撃や!」
紅蘭の号令の元、ちび光武軍団が整列し、玄関へと向かっていく。
「あとは任せたで!」
紅蘭の声援にこたえるように、ちび光武たちが各々の得物を掲げてみせた。
「それで貴さん、地下に罠があるのは結構ですけどそれは私達が司令達と合流しにくいということでなくて?」
「ドットーレは流石にそこまで馬鹿じゃないでしょー。何か考えてあるに決まってまーす!」
「指令室に直結した道も作ってあるし、なんなら出動する時の道を使えば指令室には行けるから問題ない!」
「おじちゃん、さっすがー!」
玄治達が通り過ぎていく場所に次々とシャッターが下りていき、地下への階段を駆け下りる。格納庫へと差し掛かれば、侵入してきた陸軍に応戦する薔薇組の姿が見えた。
「ラチェット! 米田さん達に現状報告に行ってくれ!
鳥組、花組はここで薔薇組を救援する!」
『了解!』
「えぇ! 私も報告後、すぐに参戦するわ!」
ラチェットだけがそのまま指令室へと向かい、玄治と花組一同がそれぞれの得物を構えて陸軍へと立ち向かっていく。
「全員、絶対殺すなよ! いろいろ面倒だからな! 特にカンナとすみれと織姫と赤チビ!」
玄治が最も加減を知らなそうな四人の名を上げれば、その四名の目に怒りやら怪しい光やらが宿って不穏な空気を生み出す。
「オイコラ玄さん! すみれはわかっけど、あたいがそんなミスするわけねぇだろ!」
「なぁんですって?!
いいでしょう、カンナさん。ここは一つ、貴さん自らご指名した四名であなたがお好きな勝負といきませんこと?」
「怪我をさせずに軍人を一人でも多く無力化した人の勝ち、ってところでいいですかー?」
「そらおもろいわぁ、ウチもかませてもらいましょ。なぁ玄兄、それならえぇやろ?」
完全に陸軍鎮圧を娯楽扱いしだした四人に隊長である大神がいたなら注意が飛ぶだろうが、生憎ここにいるのは隊長は隊長でも鳥組隊長 貴水玄治である。
「よし、殺さなければそれでいい! 流血とかは減点対象にするからうまく気絶させろよ!」
「玄治・・・ あなたねぇ」
「戦闘を開始する。アイリス、僕の傍を離れないように」
「うん! アイリスもレニを守ってあげるね!」
心強いというよりも恐ろしさやら凶暴性が際立つ八名の追加にその場の軍人達は青ざめ、次々に無力化されていく。
「貴水博士! 大神少尉とさくらさんは無事避難したわ!」
「よし! 皆、聞こえたな? 馬鹿共を全員押し出せ!」
「ちょい玄兄、押し出すだけでえぇんか?」
大神とさくらの撤退を知るや否や玄治から飛び出したのは花組が思っていなかった言葉で、紅蘭が代表して問い返せば玄治は頷く。
「カンナ! 馬鹿共が出たら、そこの板を蹴り飛ばして塞げ! 力入れすぎて板凹ますんじゃねぇぞ!」
「よしきた!」
カンナが視界の端に目当ての板を見つけてすぐさま動き出せば、他の花組達も行動へと移していく。
「じゃぁ、アイリスに任せて!」
「わかったわ! 皆、兵士を一か所にまとめるわよ!」
「援護する」 「言われるまでも」 「ありませーん!」
アイリスの一言で何をしたいかをすぐさま理解し、瞬く間に兵士が一か所へと集められていく様は狼の群れに狩られる哀れな羊の集団のそれである。
「みーんな、お外にいっちゃえー!!」
そして、いつもより多めに集められたアイリスの霊力が爆発するように兵士達を包み込んで、その存在を地下から消す。消すといっても、霊力にて集団そのものを劇場地上部へと移しただけなので今頃は玄関で苦戦している部隊の上にでも降り注いでいることだろう。
それを確認してカンナが指示通り板を蹴り飛ばせば、板と壁を打ち付けて内側に簡易蒸気罠を紅蘭が設置していく。
「これが花組と鳥組の実力なのね」
「あらまぁ・・・」
「み、皆さん、凄すぎます・・・!」
呆気にとられる薔薇組に対し、玄治は笑って愛刀を腰に納めてやる。
全員怪我らしい怪我は一つもなく、隊員にも劇場にも被害はほとんどない。
「よし、やることやったし指令室に行って米田さん達と合流するぞ」
「おぉ、はえーじゃねぇか。お前ら。薔薇組も無事で何よりだ」
「皆、お疲れ様」
指令室へと行けば画面に主要機関の状況が映り、花小路伯や数名の有識者達との連絡を取っていた痕跡が残っていた。
そんな中でまず琴音が米田達の前に出て、申し訳なさそうに頭をさげた。
「米田司令・・・ 申し訳ありません。
魔神器の一つは大神少尉に託し無事ですが、残り二つは・・・」
「気にすんな、たった三人でお前らはよくやった。
それにあれは三つが揃わなきゃ何の意味もないねぇからな」
「申し訳ありません・・・」
「謝んな、お前さん等はよーくやってくれた。
どーせ俺達も、大神とさくらが椿と一緒に天武で戻ってくるまでのんびり待つぐらいしかやることねぇしな。ゆっくり休むとしようぜ」
ヘラヘラ笑う米田にその場の空気が緩み、花組達もそれぞれの席に座って一息つく。
「でだ、今回の襲撃を知らせてくれた者・・・ お前達にも秘密にしていた部隊をここで紹介しようと思う。
加山、出てこい」
「はっ!」
米田の言葉に指令室の陰から出てきたのは勿論月組隊長 加山雄一である。しいていつもと違うところをあげるならば白スーツではなく軍服であるという点だが、基本色合いはいつもと変わらないため印象もあまり変化がない。
「花組を陰から支援する隠密行動部隊 月組だ。
やってるこたぁ基本玄治と変わらねぇが、より表舞台に立たない・・・ まっ、黒子みたいなもんだな」
「月組隊長 加山雄一です。皆さん、どうかよろしく」
にこやかに笑って決めるが、アイリスがいきなり指さして声をあげた。
「あー! アイリス知ってる!
お兄ちゃんの友達で、お兄ちゃんの次に凄かったのによくわかんない怪しいお仕事についてる人だぁ!」
「あぁ、少尉がよく心配してらした同期で貿易商の・・・」
「貿易商? 隊長の行く先々で何故かいて、あやしい商売してる奴だろ?」
「うわー、何ソレ超怪しい人でーす」
どうやら親友を心配した大神が花組の面々にちょこちょこ相談していたらしく、どう取り繕っても変人扱いされていた。
立場的に知っていたラチェットと薄々感づいていたレニ、そして玄治の情報網の広がりを勘づいてそうした部隊があってもおかしくはないと思っていたマリアは苦笑いである。
「げ、玄治! 俺は怪しい奴じゃないってことを証明してくれ!」
「うーん・・・ やってることはまともだし真面目だが、弁明の余地はないだろ。
隠密なんて大抵不法侵入者かつ
「親友達が俺に酷い! 悲しいなぁ、俺は悲しいぜ親友」
「大神は知らんが、俺はお前の親友になったつもりはない」
「加山はん、ばっさり振られとる!」
わざとらしくきりっとした顔で言い切る玄治に紅蘭が噴き出した。
「まっ、こいつのおかげでいろいろと楽だったのは認めるが、初対面とか最悪だったぞ。
女の好み聞いてきたし、最初から呼び捨てだったしな」
「あら」 「えー」 「ねーわー」 「ありえませーん」
「玄兄にそんだけ出来るて、凄いわぁ」 「流石、隊長の同期」
口々にブーイングが出るが、玄治の右隣に立ったラチェットは玄治の肩をつつく。
「それで玄治、あなたはなんて答えたの?」
「あのなぁ・・・ そんな馬鹿げた質問、答えるわけないだろ。
こんな奴を年頃の女ばっかりの劇場に入れていいか、米田さんに物申したっつうの」
げんなりしつつ応える玄治に残念とばかりに肩をすくめるラチェットとは違い、マリアは米田とかえでの方に向き直り問いかける。
「司令、かえでさん、私達が出来ることはありませんか?」
「さっき言った通り、大神達が戻ってくるまで俺達に出来ることはねぇ。
幸い玄治と紅蘭のおかげで劇場の守備は最高の状態だしな、よっぽどのことがねぇ限りここに辿り着くどころか防壁一枚破るのだって出来やしねぇよ」
「それでもまだ出来ることと言ったら、私達の他に襲撃を受けた主要機関との連絡を取り合うことぐらいね。けれど、それは風組や私と米田司令に任せて頂戴。
皆は少しでも休んで英気を養って」
「そうですか、わかりました」
そう言われればマリアは静かにエンフィールドの手入れを始め、玄治やラチェットもそれに倣って刀やナイフの刃を確認する。
「うっわ、この三人超物騒でーす」
「同感ですわね」
三人の姿を見て笑いながらも織姫とすみれが身を引くが、年頃の女性が一見何も持っていない状態で霊力を用いて肉弾戦が出来たり、出現場所のわからない薙刀を振り回す方がよほど物騒である。
「ハッハッハ、面白いこというな。二人とも。
物騒っていうのはな? この安全な状態で陸軍共に奇襲をかけることを言うんだよ」
「玄治、すんじゃねーぞ」 「駄目よ、玄治くん」
「え、何ソレおもろそう」 「いいなそれ。やろうぜ、玄さん」
いっそ違和感を覚えるほど朗らかな声で物騒なことを言う玄治にすぐさまな米田とかえでの注意が飛び、玄治とそうした意味で同類の紅蘭とカンナからは賛同が飛んでくる。
「おいおい玄治、随分と物騒じゃぁないか」
「俺と赤チビが二人がかりで作り上げた防壁に不正アクセスしようと模索してた奴ほどじゃねぇし、現在進行形で陸軍共が勝手に設置しやがった砲台を弄ろうとしてるお前にだけは言われたくない」
「ば、バレてたのか・・・」
「次、俺と赤チビの技術を試そうとしやがったらマジで〆るからな?」
「せやなぁ、大神はんと同期で他部隊の隊長任されてる御人やし、えぇ実験台になるかもなぁ」
刀を鞘に納めながら向けられる笑顔は恐ろしく、紅蘭からも怪しい視線を向けられた加山はおもわず自分の肩を抱く。
「こわっ! この兄妹怖すぎる!」
「ケッ、技術屋がテメェの技術をど素人に弄られそうになったらそりゃキレるっつの。しかも、バレねぇと思ってたところがまた腹立つ。
今回は見逃してやるし、大神達がこっちに来るにはあの防壁は邪魔だ。タイミングを見計らって防壁は俺達が下げるから、そっちの砲台は月組で動け」
「りょ、了解した・・・ すまなかった」
「とっとと行け、小型キネマトロン忘れんじゃねぇぞ」
「あぁ」
加山が姿を消せば、花組の面々がクスクスと笑いだす。
「なんだよ・・・」
「玄治が私達以外と普通に話したり怒ったりする姿が新鮮で、微笑ましくなっただけよ」
「あのなぁ・・・」
マリアの言葉に花組の面々が頷くのを見て、玄治が反論しようとした時、画面に向かっていたかすみが皆の方を振り向いた。
「司令、椿から通信が入りました。
つい先ほど大神さん達が到着し、これから翔鯨丸でこちらに向かうそうです」
「そりゃちょうどいい、そのまま椿との通信をこっちに映してくれ。大神達も一緒にいるんだろ?」
「了解、大画面に変更」
「大画面に変更」
かすみと由里がカタカタと作業をしていけば、大画面に段々と大神達が映り込み、大神の大声が響く。
『皆、無事か! 特に玄治、たった一人で陸軍を迎撃するなんて無茶が過ぎるだろ!』
全員の鼓膜に響く声に、米田が大神に怒鳴る。
「大神、こんっの馬鹿野郎! 俺達の鼓膜破く気か!!」
『も、申し訳ありません、司令』
『でも、皆さん無事でよかった・・・』
小さくなる大神とその横で肩を撫でおろすさくらの姿に皆も落ち着き、かえでが二人に笑顔を向けた。
「二人も無事でよかったわ。
こちらも誰も怪我もしていないし、劇場内にも陸軍の侵入を許していないから安心してちょうだい」
『はいっ!』
「それと玄治くんへのお説教は今のことが終わってから、ね」
ウィンクをしながら大神に言うかえでに、大神の頬が赤くなるのを花組数名が呆れつつ、かえでの言葉に玄治が焦る。
「ちょっ、かえでさん? 俺より説教が必要なのはむしろぽいぽい飛び出す大神とか、劇場をほいほい壊す花組の方・・・」
『はい、わかりました』
「いや大神、『わかりました』じゃなくてな?」
『それと玄治、加山から話は聞いてる。帝防の解除、よろしく頼む』
「お前も俺の話を少しは・・・ はぁ、まぁいい。
そっちは任せろ、天武の初舞台はお前達二人が飾るんだからな」
『あぁ、任せてくれ!』 『はいっ!』
大神とさくらが地上で木喰と戦闘を行っている頃、画面を見ていた風組が最初に異変に気付いた。
「司令、陸軍が撤退を始めています」
「何?」
米田を始め皆が画面を注視すれば言葉通り陸軍が撤退を始め、設置しようとしていた器具やらも片づけていく。
「背後から奇襲かけるなら今だな」
「えぇ。ねぇ玄治、玄関にまだ発動させてないトラップはある?」
「あぁ、いくつか・・・」
「玄治、ラチェット、二人ともいい加減にしなさい」
未だに陸軍に打って出ることを諦めない物騒な二人組をマリアが注意すれば、レニも頷く。
「相手の撤退の意図が掴めない以上、奇襲をするのは危険だ」
「つーか、俺が許可するわけねーだろうが。この馬鹿息子が」
米田の視線に玄治とラチェットは二人揃ってそっぽを向き口笛を吹いて誤魔化せば、大神達から無事戦闘が終了したことが伝えられる。
「よしっ、大神達を迎えに行くついでに俺が先行して一階とかを軽く見回ってくる」
「お供するわ、玄治」
見回りと言いながらも喜々として得物を手に走り出す二人は、放し飼いにされた猟犬によく似ていた。
「ちょっと玄治! ラチェット!
司令、私は二人が何かしでかさないように後を追います」
「いやいや、マリア達だけに行かせられっかよ。
あたい達も行くぜ、司令」
「任せたぞー」
マリアに続いて他の花組の面々も続き、階段に差し掛かった猟犬二匹をマリアが捕まえるのと大神とさくらに合流するのは同時であった。
「玄治にラチェット? それに皆!」
喜色を露にする大神に対し、玄治はマリアに首を掴まれたまま周囲の警戒を怠らない。
皆の無事を確認し、順番に語り掛けるという微笑ましい光景を見守っていれば、レニが大神達の背後を注視し、玄治とラチェットも静かに構えた。
「誰かいる」
レニの発言に花組の面々もまた注視すれば、もはや隠れる必要はないとばかりに二つの人影 ―― 京極慶吾と鬼王 ―― が姿を現した。
「京極 慶吾・・・!」
怒りを含んださくらの言葉に大神がさくらや玄治が京極に飛びかからぬように手で制し、大神のその対応に京極も笑みを見せた。
「そう殺気立たないでいただきたい。
今日はあなた方花組と・・・ そして」
京極は構えを解きつつも、一度として刀から手を放そうとしない玄治へと視線を向けた。
「貴水博士、あなたにご挨拶に来たのですよ」
「陸軍元帥であり、クーデターのトップ直々からご挨拶とは恐れ入る。
こちらも名乗る必要がおありかな? 元帥閣下殿?」
「フフッ、結構。あなたが私を知っているように、私もあなたのことはよく知っているのでね。
あなたを始め、この部隊の者は皆、力を正義などという下らないものに使いすぎている」
京極の視線は玄治から大神、大神からさくらへと変わっていき、嘲笑う。
「貴水博士、あなたは見ていたのでしょう?
真宮寺一馬の犬死する様を、あなたが師と仰ぐ者の愚かしい最期を」
「一度ならず二度までもお父様を侮辱するなんて、許さない!」
「京極様に手は出させぬ!」
京極の言葉にさくらは走り出し、鋭い一撃を繰り出すがあっさりと鬼王によって止められる。
「おやおや、面白い勝負ですね。
貴水博士、あなたはどうお考えで?」
わざとらしく玄治に問いかける京極に玄治は一度固く目を閉じた。
守るためにそうせざる得なかった日を、師が狂った日を、真宮寺一馬が命を懸けた日を、玄治は忘れたくとも忘れることなど出来ない。
あの場に居ながら誰よりも無力で、無知で、無策で、最後の戦いに挑んだ四人の露払いしか出来なかった自分を、玄治は許したことはない。だが、玄治があの日に見た真宮寺一馬の死は犬死などではなく、それを援護し、命を懸けて戦った三人の姿が愚かである筈がなかった。
目を開き、厭味ったらしい笑みを浮かべた京極を見据え、心配そうにこちらを見る複数の気遣うような視線にいつものように笑ってやる。
「いいや、俺があの日見たのはそんなもんじゃない」
たった四人で死地へと向かうその背は大きく、その背中を見失うことなく追いかけると決めた。
身に纏うのは軍服だけ、手にもつ刀一本で人々を守るその姿を、玄治は誰よりも近くで見ていた。
「誰に称えられることも、語られることがなくとも・・・ 多くの笑顔と明日のために戦うことを選んだ、四人の英雄を見たんだ」
「貴水さん・・・」
さくらは玄治の言葉にハッとし、剣をおろす。
真実を知っているのは一握り、味方である筈の軍部すら独断専行を責め、その死は讃えられることもなく、今のように嘲笑う者すらいた。
だが、それでも今ここにいる華撃団こそが抹消された功績と称えられることなき英雄たちがいた証なのだ。
「ハッ、愚かな」
「軍があの人達を悪く言うのは慣れてる、好きに笑うがいいさ。
けどな・・・!」
玄治はただ一人鬼王へと突如斬りかかり、鬼王がもつ師の刀であった光刀無形を睨み付ける。
「その刀はお前らが持ってていいようなもんじゃないんだよ!」
「ぬぅ! 貴様・・・ 構えもなくなんという一撃を!」
驚く鬼王に対し、玄治は攻め手を緩める気はない。
「貴水さん、私も参戦します!」
「未熟者が出る幕ではないわ!」
さくらが参戦しかけるが鬼王の一振りによってあっさりと弾かれ、背後へと飛ぶ。
「きゃぁっ!」
「さくらくん!」
玄治は玄治で鬼王の剣戟を受け、時には何かを確認するようにあらゆる角度から攻めるが捌かれていく。花組の誰かが割って入ってしまえば隙が生じるのは鬼王ではなく、間違いなく玄治だ。そしてその一瞬の隙は、間違いなく玄治の命を奪うだろう。
しばし眺めていた京極が掌を玄治の方へと向ける。
「っ! あれは危険だ!」
「私のナイフじゃ間に合わない! マリア!」
「玄治! 避けなさい!」
だが、玄治はよけようとはしない。自分が退けば、背後にいるのは花組だ。
「チッ!」
(久々だから出来っといいが・・・ やるしかねぇよな)
玄治は鬼王との距離を開け、霊力を解放させる。
瞬間、京極の掌から発射された光線は銀の結界によって、玄治の目前で弾かれていく。
「ほぅ、貴水博士は本当に優秀だ。
ハハハ、さらばだ。花組諸君。そして貴水博士、またお会いしよう」
自身の攻撃を防いだ玄治を睨み付けるでもなく讃え、京極は余裕のある笑みを零し、鬼王と共に消えていった。
「玄治、これは・・・?」
「初めてのお披露目だったな、そういえば。
大神、お前の霊力の本質が触媒・・・ つまりは『全てを受け止める万能な器』であるのと同じように、霊力にはそれぞれ本質がある」
霊力の結界を霧散しつつ、講義を行う教授のように語りだそうとする玄治の前に紅蘭の手が入り込む。
「玄兄、それ長うなりそうやから短くしてな。
ちゅうか、マリアはんらにもこれ説明してへんかったん? 後ろでフリーズしとるんやけど」
「そんなほいほい霊力の本質言えるか、大体俺だって霊力を
あー・・・ ようするに俺の霊力の本質は『盾』なんだよ」
「なら、なんで今までつかっ・・・「どうして自分を守ることに使ってこなかったのよ! 玄治!!」
大神が問いただすよりも早くマリアが玄治に掴みかかるが、玄治は両手をあげてストップをかけつつ、大神への講義を続ける。
「俺の霊力は普段薄い盾・・・ 霊力を小さな盾、つうか鱗状?にしたものを武器に纏わせることで戦っているんだが、それと同時に俺の周りに結界を張ることは出来ない。
光武や神威の霊子甲冑に乗れば防御の面で大いに改善されるんだが、機体に回す霊力量は増える。結果、俺は霊子甲冑に乗って自由に動き回れるのは精々もって二時間。だから俺は神威に乗らないし、自分専用の光武を作ろうともしない。防御より攻撃を優先してるわけなんだが・・・」
自分を睨んでくるマリアやラチェット、レニから気まずそうに目を逸らす。
そもそも霊子甲冑とは文字通り鎧であり、霊力や攻撃への補助媒体。花組においてもっとも霊力が少ない紅蘭の機体が技術で戦い方を補っているように、霊力が多すぎるがゆえに不確定な戦い方をするアイリスを自分の思うままに戦えるようにする代物だ。
だが、玄治の霊力は紅蘭以下。
降魔を斬り殺せたのは経験からの技術であり、他の面は自前で持っている度が過ぎるほどの体力と筋力でしかない。
「なるほど」
(玄治のそんな顔、初めて見るよ)
前の玄治だったら、こういう時に気まずそうな顔なんてしなかった。
効率がよく、それしか方法がないことに迷うことなどなく、後ろめたさなど感じないだろう。
「大神ぃ、玄治ぃ、俺達にはまだまだやることが残ってるだろ?
さっさと指令室戻らないと司令がお怒りだぞぉ?」
「加山・・・! そうだ、司令に京極のことを知らせないと、皆一度指令室に戻ろう!!」
『了解!』
しびれを切らして出てきた加山の注意に大神を始めとした花組の面々は駆け足で指令室へと向かい、残ったのは加山と玄治とラチェットとなった。
「いや、お前も急げよ! 玄治!」
「えー・・・ だって今、あちこちの調査してるの風組だし、京極の情報は同じ陸軍の米田さんのが詳しいだろ。
それにこの後することと言ったら魔神器の奪取。あとは相手の出方次第だが、俺と出来ることは多くない」
愛刀を鞘に納めつつ霊力を放出させた左手を見てから、深い息を零す。
(さっきの京極の力・・・ 陰陽師の血筋によるものだとしたら)
京極が鬼王とさくらの戦う姿を見て『おもしろい』と称したことも気にかかる。
「玄治、何か引っかかってるようね」
「いろいろとな。さっ、そろそろ行こうぜ。
花組の出撃には間に合わせなきゃだからな」
そういって説明を受けているだろう花組と合流するため、指令室へと向かった。
魔神器 それは帝都の結界を開く鍵であり 閉じることも出来る鍵
でも それを行うには人の命が捧げられてきた
ねぇ大神くん あなたはどうするの?
オメーがどんな選択をしようが 俺たちゃオメーの味方だ 大神
次回 『魔神器破壊』
太正桜に浪漫の嵐!
帝都の平和は俺達が守る!