十二月の某日、大神がサロンにて皆と話したり、次の公演の稽古を見たり、薔薇組の部屋にてモテモテになり、支配人室にて米田の話を聞き、最後に訪れたかえでの部屋で重大な仕事を託され、風組の手伝いへ行く前に彼は玄治のいる地下室へと向かっていた。
「決起軍は投降。下士官は原隊復帰し、天笠を始めとした青年将校らも投降し逮捕。
クーデターの首謀者たる京極は自宅にて拳銃自殺した姿で発見された、ね」
大神が来ることなど知らずに玄治は一人、自室にて維新軍の終息を語った一月前の紙面を見つつ、厳しい目をしていた。
首謀者の自宅での自殺など、行方をくらませる時の常套句だ。だが、既に遺体の処理などは終わっているだろうし、数度しか面識のない玄治自身が遺体を確認したところでそれが偽物だと断定できるものはない。
ましてやもう一月経つが何も起こっていない現状、考えすぎだといえばその通りだ。
「それに・・・ 奴の狙いも結局わからずじまいだしな」
『政府へのクーデター』と言えば終わりといえば終わりだが、それならわざわざ反魂の術にまで手を出したのは何故なのか。魔神器を用いてわざわざ華撃団まで敵に回した意味とは何だったのか。一件が終息した今もまだ、不明な点は多く残っている。
「考えてもキリがない、な」
「玄治! 頼みたいことがあるんだ!」
勢いよく入ってきた大神に目を丸くしつつも話を聞いてやれば、次の公演で使うのだというある道具の製作の依頼だった。
「看板でも、木像でもかまわない。
ただ、どうしても明日までに作ってもらいたい」
「別にかまわんが、こんなもん何に使うんだ?
他の小道具を作る時は一覧になかったが・・・」
「すまない、この後椿くんの仕事を手伝うことになっていてもう時間がないんだ。
それじゃ頼んだぞ、玄治」
「あっ、おい・・・ 行っちまったか」
来た時と同じように駆けていった大神の背を見送り、とりあえず倉庫から材料を持ち出すことから始めようと玄治は動き出した。
翌日、かえでに重大な発表があると言われて楽屋に集まる花組の面々の後方には布包まれた人間と変わらないサイズの物を抱えた玄治が控えていた。
「あら、玄治くん? あなたも来たのね」
「いえ、俺が呼んだんです。玄治にはある小道具を作ってもらいまして」
「まぁ、そうなの。
けどちょうどいいわ、玄治くんには今回の公演でまだいろいろ作ってもらわなきゃいけないでしょうし、一緒に聞いて頂戴」
花組の前に座るかえでと大神に皆が注目する中、玄治も寝落ちしそうになる中でどうにか意識を保たせる。
「皆も知っての通り、今回の主役は大神くんに選んでもらったわ。
さぁ大神くん、発表してちょうだい」
「俺が今回聖母役に選んだのは・・・」
そういって大神は一拍あけ、後方に座る玄治へと目配せをする。
だが、当の玄治はやや困惑し、持ってきた物を抱えて大神の隣へと配置する。
「帝劇の聖母と言ったら、やっぱりあやめさんだ!」
そう言うと同時に白い布を取り払えば、姿を現したのは天使の羽を持ったあやめの木彫りの像。否、天使の羽と白き衣を纏ったその姿は二年前に見たミカエルの姿そのものであった。
『は?』
「俺はこのあやめさんの像を聖母として使って公演を行うのがいいと思います!」
その場にいた花組とかえでが困惑し、絶句する中で大神は拳を硬く握って語る。
「・・・玄治、あなたどうしてこんなものを作ったのかしら?
それとあなた、徹夜したでしょう? 私とかすみと約束したわよね、どんな作業であれ次の日に差し障るから徹夜はしないって」
いち早く思考を回復させたマリアが問えば、玄治は今にも眠りそうな顔で指を一本ずつ立てて説明する。
「まずお前らも知っての通り、今回の公演は秘密事項が多くて俺も頼まれた小道具を作るぐらいしかしてなかった。それに加えて主役を大神が決めるってことも今さっきのが初耳だった」
「えぇ」
「で、昨日大神が俺のとこに駆け込んできて、こいつを一晩で製作するように依頼したうえで所要を理由に大した説明もされず、今に至る。
夜の見回りの時も出来を見たらすぐに他のとこ行っちまったしな、寝不足は急な依頼が終わった時間が朝食の準備開始時間と同じ時間だったから」
「ハカセが被害者だということもわかった」
玄治の返答にマリアとレニの視線が絶対零度へと変わり、徐々に思考を回復させていく他の面々も呆れやら怒りの表情を露にしていく。
「玄治くん、ごめんなさいね。
大神くんの無理な依頼で疲れたでしょう、お昼まで仮眠をとって頂戴」
「えぇ、そうさせてもらいます。
皆の昼は厨房にサンドイッチを用意してあるんで食べてくれ」
「本当にごめんなさいね。
大神くんにはこれからじっくりお話しするから」
疲れた顔で溜息をつくかえでに苦笑いを送り、玄治はまっすぐ自室へと戻って泥のように眠った。
「よぉ、起きたなぁ! 玄治!
しかし、午前中に寝ておやつ時に起きるなんて眠りすぎじゃないか?」
心地よい眠りから覚めた時に、しっかりと戸締りをした自室に誰かがいたらあなたはどうしますか?
「加山、お前はそんなに薔薇組の部屋にご招待されたいのか?」
答え、マジギレする。
人は意識が覚醒している時よりも、意識が半分ない時の方が正直で感情の発露が大きい。これは何も怒りに限ったことではなく、向かい合った者への感情がどういったものかに大きく左右されるのだが、加山は良くも悪くも友人とは認めたくはないが有能な同僚であり、玄治は彼に何度となく勝手な侵入に対して苦言を呈している。玄治が怒るのも無理はない。
「怖っ!? お前、なんでそんな見たこともない満面の笑みでおっそろしいこと言えんの?!」
「で? 何の用だ?
まさか不法侵入してまで俺にモーニングコールしに来たってわけじゃないよな?」
「まぁ待て、冷静になろう。
頼むから俺の頭を掴んだその手にこれ以上力を籠めないでくれ。というか、可能なら離してくれると嬉しい」
渋々と加山を解放し、玄治はベッドの上で不機嫌そうに腕を組む。
「いやぁ、しかし今朝の楽屋で大神には驚かされたなぁ。
まさか、まだあやめ副司令に恋慕してるとは」
「いや、あれは恋慕じゃなくて崇拝とか敬愛とか憧れだろ・・・ あいつはあやめさんのことを聖人君子として見過ぎだし、盲目的過ぎんだよ」
加山が騒動を見ていたことをとやかく言う気はないが、大神のあやめへの盲目的な感情には呆れが混じる。だが、玄治があやめに抱いた想い同様に大神があやめに抱く想いもまた恋慕には程遠いものだと理解している。それは玄治のみならず、大神とて同じだろう。
「それに大神のことだ、誰か一人を選ぶのが心苦しくて、現実逃避した結果の行動ってとこだろうさ」
「ハッハッハ、だろうな。
しかし、そう思っていてもあいつは花組から手痛いお仕置きと説教を受けたみたいだぞ」
「そりゃそうだろ」
それは楽屋を後にした玄治にもわかっていたことだし、なんならあやめの像を大神の横に置いた時点でどうなるかはわかっていた。これに関しては完全に大神の自業自得である。
「大神のその後のことを知ってるってことは、聖母役がどうなったかもわかってるんだろ。どうなったんだ?」
「結局、大神はその場じゃ決められず、もう一日猶予を貰って再考ってとこだな。
ちなみにお前が作ったあやめさん像はあまりにも本人に似すぎてて破壊するのは躊躇われて、倉庫に安置されたぞ。大神が持って帰ろうともしてたが、花組の面々が防いでたぜ」
「まぁ、大神の方はそうなるだろうな。
しかし、像は壊したってかまわなかったんだがな」
「おっ、意外だな。お前のことだから大切にとっておくのかと思ってたぜ」
「そんなわけあるか、むしろ大神が拝みだす前にとっとと壊すべきだろあれは。
大体、あれはただの物でしかない。あんなものがなくたって、あやめさんは今も俺達を見守っていてくれるさ」
呆れた表情のまま言い捨てる玄治に、加山は驚いた顔をしてから笑った。
「ハハッ」
そんな加山の笑みを玄治は何となく腹が立ち、ベッドから立ち上がって無言で殴りつけておく。
「で? お前はそんなことを俺に報告しに来たのか?」
「いや、違う。
支配人から聞いたんだが、今回のクリスマス公演後に花組は打ち上げがあるらしいな。打ち上げ後の玄治の予定を聞こうと思ってな」
「いや、聞くも何も普通に厨房や会場になるだろう楽屋の片付けするが?」
「は?」
『何言ってんだこいつ、正気か?』と言わんばかりの加山に、玄治は不思議そうに首を傾げる。
「いやいやいや待て玄治、異国から入ってきたクリスマスがどんな日かはわかってるだろ? 家族や恋人と過ごす聖なる日にまさか仲間達との打ち上げだけで満足するなんてことはないよな? 米田支配人じゃあるまいし」
「お前、最後に失礼極まりないこと言ってるぞ。まぁ同感だが」
加山を注意しつつも同意を示す玄治も相当失礼である。
「そんな聖なる夜、打ち上げの後に大切な人と夜の街に繰り出しても見回りの時間くらいまでは
「お前はその
同意を示したお前が言うな案件だが、この場にツッコミ役などいなかった。否、仮に大神がいたとしても聖母役に
「それでだ、打ち上げの後大神が誰と出かけるかで騒動が起こることは目に見えている。そのことでお前に相談に来たってわけだ、玄治!」
「はぁ、人の色恋なんて放っておいてやれよ・・・」
「おいおいおい玄治、今回の聖母役を決めるのにだって答えを出し渋って斜め上の回答を叩きだした大神が誰か一人を選ぶなんて出来る筈がないだろ?
仮に明日、聖母役をはっきり決めたとしても一度でバシッと決められなかったことから大神に好意を持つ花組の面々が二人っきりのクリスマスの夜を邪魔するは必須だ。そうなったらどうなるか、お前ならわかるだろ?」
「あー・・・」
加山の言葉に否定するところがなく、玄治は頭を抱える。
被害が最小で済めば舞台女優である彼女らが街中で男を取り合うという珍事件が起こり、それで済まなかった場合は最悪人災とすら言われかねない事件が起こってしまう。いや、マリアを筆頭とした数名の常識人達が止めに入るだろうが、大神に好意を持つさくら、すみれ、アイリス、織姫の暴走を止めるのは難しいことはこれまでの経験から明らかだ。ましてや、カンナや紅蘭が悪乗りしないとも言い切れない。そうなれば被害の拡大は確実だ。
「わかった、お前の案を聞こう」
「流石玄治、理解が速くて助か「聞くだけだ、内容次第では改善を要求する」 りょ、了解した」
頭はいいがお調子者でどこか悪乗りの激しい加山に釘を刺しつつ、玄治は顎で先を促す。
「でだ、二人っきりで出掛けるのは何もクリスマスに限ったことじゃぁない。
年が明ければ正月休みに入る。そうなれば大神のことだ、帰省するなりなんなりする花組の誰かに引っ付いていくことは間違いない」
「いや待て、それはおかしい。
大神だって実家があるだろ、あいつも普通に帰省するんじゃないのか?」
「俺達は秘密部隊だぞ、玄治。
如何に身内で正月と言えど帰省することは出来ない」
「いや、それもおかしい。
確かに両親が健在の花組隊員には一族柄事情を知っていることが多いが、それは風組にだって言えることだろ。正直に言え、大神が帰省したくない理由でもあるのか?」
加山の話すことがおかしいことをズバリと告げれば、加山は神妙に頷いた。
「まぁ、玄治の言うことはもっともだ。
情報として知っているとは思うが大神には姉が一人いてな、軍人の家系である大神家は守秘義務については理解があるだろうが、今の大神の女性への玉虫色の状態を見たらなんというか想像つかないか?」
「つまり大神はその姉に頭が上がらない上に、自分の今の状況を見ても両親に会うのは気まずいと」
両親不在の花組面子が聞いたら呆れそうな理由である。いや、なんだかんだで理解のある者が多いから苦笑いで済むかもしれない。
「正月くらい大切な誰かの傍にいたいというのも、男の本音ってやつさ」
「その『大切な誰か』を決められないから、今日みたいな珍行動になったんだろ」
「違いない」
呆れていることを隠しもしない玄治と、親友である大神の情けない一面を楽しげに笑う加山は対照的だが、二人とも大神の友人であることに変わりはなかった。
「それで? クリスマスと正月の件をまとめて片づけるつもりなんだろうが、一体どうする気だ?
あいつら絶対、くじ引きとかじゃんけんじゃ納得しないぞ」
そもそも好意を抱いていると傍目から見ても明らかであるさくら、すみれ、アイリス、織姫だけでも面倒なのだ。カンナと紅蘭は正直よくわからないが、この楽しそうなことに混ざらないわけがない。
「クリスマスの夜に大神を賞品にした鬼ごっこを開催するんだ」
きらりっと目を輝かせる加山に玄治は変わらず呆れた目を向けつつ先を促すと、加山は楽しげに語りだす。
「『鬼ごっこ』と言っても多勢に無勢、大神が逃げたら花組が結託してすぐに捕まるだろう。
だがしかし! 花組だけで支障をきたすなら、ここにもう一組参加したらどうだ?」
「大神側にか?」
「否! 大神の味方じゃなくもう一つの勢力としてだ!」
「はぁ・・・?」
喜々として語る加山とは逆に、玄治は完全に冷めていた。
「薔薇組にサンタの恰好をしてもらい、袋に詰め込んだ大神を抱えて逃げてもらう。
そして、サンタを捕まえることが出来たならプレゼントである大神は勝者の物となり・・・」
ふっふっふと黒く笑う加山は、その先を玄治に言ってほしいとばかりにサムズアップをしてさらにウィンクをする。
「捕まえることが出来なかったら薔薇組が勝者になって大神をお持ち帰り、か」
「その通り!」
嬉しそうに語る加山にドン引きすると同時に『あぁ、騒動小さくするっていう建前の大神への嫌がらせか』と納得していた。
「そしていずれの勝者も、クリスマスの夜がこのゲームで潰れる代わりに正月を共に過ごす権利を得られると」
「大・正・解!」
そして計画者である加山や玄治は被害が想像できなくなる事件発生を、ルールを定めたゲームの中で管理することが出来るという利点を得る。クリスマスの夜に舞台女優達が追いかけっこをしていれば目立つには目立つが、それも浮かれ騒ぎの一環として見逃してもらうとしよう。
玄治は腕を組み、眉間に皺が寄るのを感じながらも長考を始める。
加山の策に大神への嫌がらせの面があるのは否めないが、ゲームという括りがあるならある程度は取り締まれる。参加者である薔薇組と花組も街中であることで加減をするだろうし、賞品である大神と過ごす時間を考えれば参加者達は早々おかしなことは出来ないだろう。
問題があるとすれば大神の扱いなのだが、大神も実家に帰らずに済む言い訳を得ることが出来るし、仲が良好な隊員と休日を過ごすのは彼にとっても悪いことではない筈だ。
「わかった、俺も協力できることはしよう。
米田さんやかえでさんにも話を通すか」
「さっすが、俺の親友・貴水玄治! わかってくれると思ってたぜ!!」
「同僚であっても親友ではないな」
ガッツポーズで喜びを表す加山に心底ドン引きするが、玄治は否定したいところはしっかり否定しておく。
「ここからは世間話になるんだが、玄治は大神みたいに誰か相手はいないのか?」
「お前、俺がまったく同じこと聞いたら答えるのか?」
「フッ、俺達月組はお前達の花や鳥の影。色恋にうつつを抜かしている暇などないのさ」
「要するにモテないんだな、よくわかった」
カッコつける加山を一蹴し、備え付けの設備でコーヒーを出してやれば加山も感謝を告げながらそれを受け取る。
「違う、俺には出会いの場がないだけだ! 断じて俺がモテないわけじゃぁない!」
慌てた様子の加山に玄治が生暖かい笑顔を向けてやると、加山は一度咳払いをして誤魔化した。
「お、俺のことはともかくマリアさんとか、ラチェットさんとか、かすみさんとか、レニさんとかお前と随分親しい女性だっているだろ?
大神ほどじゃないが、お前だって隅に置けない色男じゃぁないか」
「恋、か・・・」
口にして脳裏に浮かんだのはやはり加山が名前を出した四名で、玄治にとってこの四名が特別であることは間違いなかった。
「二年前の最後の戦いの前に大神と話をした時、俺は『恋愛なんてまだまだわからんし、お前達に向けてる感情だって家族の情に近い』と答えたし、今もその気持ちに偽りはないが・・・」
次々と思い出される日々の中には当たり前のように四人の姿があって、こうして傍にいる日々の中で玄治が四人に顔を会わせない日など一日もない。会わなければ調子が狂い、玄治自身から会いに行くことすらある。
頻度は多くないが、五人で遊戯室に集まって過ごす時間は玄治にはとても特別なもので、そうして過ごす彼女らに向ける感情はそう―――
「そうだな。俺は四人が特別で、とても大切に思ってるよ」
そうして語る声は今まで聞いたどの声よりも穏やかで優しい響きに、口にした玄治自身ひどく驚き、一瞬にして真っ赤に染まった顔を手で覆い隠した。
「玄治、お前・・・」
玄治のそんな様子に、あの加山ですら一瞬からかうことを忘れた。
「あー・・・ 頼むから何もいうな」
「俺は幸せだなぁ! この冬真っ盛りの中で、友に春の訪れを真っ先に感じることが出来るなんてなぁ!」
しかし、あの加山が黙っていられるはずがなく、いくつかの祝いの言葉を言ってから根掘り葉掘り聞こうとしたところで玄治の堪忍袋の緒が切れ、部屋から蹴りだされたのはこの十分後のことである。
その夜、大神はいつも通り夜の見回りを行いつつも、その心は晴れず主役を決められないまま劇場内を歩いていた。
深夜の劇場は昼間のような賑わいこそないが、いつもならば数人は起きている可能性もある。しかし、昼間会ったことを考えれば今の大神に会いたいと思う者もいないだろう。
「はぁ・・・」
静かな夜に大神の溜息は吸い込まれ、それでもあちこちを見回りながら大神の足は気づけば地下にある玄治の部屋に向かっていた。
「玄治、こんな夜中にすまない。起きてるか?」
「ん? あぁ大神か、入れよ」
そういって招き入れられた部屋の中は以前よりも綺麗に整えられ、資料や機材が並ぶところとは別に二人掛けのソファが二つとテーブルが用意され、玄治が愛用しているだろう一人用ソファが並べられていた。
「随分と変わったな、この部屋も」
「まぁ、必要にかられてな」
玄治は寝台の上で手入れしていただろう愛刀を鞘に納め、大神をソファに座らせる。
「で? まだ主役が決まらないのか?」
「あぁ・・・」
単刀直入に玄治が斬りだせば大神は項垂れ、情けない表情を晒す。
そんな情けない大神に玄治は苦笑いし、項垂れていた頭に手を置いて掻き撫でてやる。
「玄治・・・?」
「お前は本当に真面目で、お節介で、優しすぎるよな」
どれか一つでも欠けていたら、大神はもう少し楽に生きれただろう。
真面目でなければ加山のように陽気になれたかもしれないし、お節介でなければそれこそ任務に忠実な軍人であれただろう。彼が優しくなければ、今のように誰かを気遣って苦しまずに済んだ。
(けど、それこそがお前がお前たる所以なんだろうな)
しかし、どれかが欠けていたら大神はここにいないし、いかに霊力の質が器であったとしても米田は大神に花組を任せたりはしなかった。
「なぁ大神、お前は今回の主役を選ぶのを『特別な人』やら『好きな人』ってことを意識しすぎてないか?」
「そ、それは・・・」
言葉に詰まる大神に図星と判断した玄治はさらに言葉を続けていく。
「時期がクリスマスってのもあってそれを意識しないっていうのは無理があるし、主役を選ぶなんて突然の大役で混乱するのはわかるが冷静に考えてみろ。
恋愛感情を差し引いたって、お前が花組で嫌いな奴なんていないだろ?」
「そんなの当たり前だろ! 俺は皆のことをとても大事に思ってるし、だから悩んで・・・!」
「それなら恋愛ごとなんて今は忘れろ。
お前が選ぶのは『お前が恋した誰か』じゃない、『クリスマス公演の主役』だ」
玄治の目はまっすぐ大神を見据え、大神もハッと我に返ったように玄治を見返した。
「確かにあいつらだって年頃の女で、さくらを筆頭にお前への好意を隠す気なんて全くない。
だが、それとこれとは別だ。
花組が『主役を選ぶ』という大役をお前に託した信頼の意味を履き違えるな」
花組の面々が欠片も恋愛を意識していなかったと言えば嘘になるだろうが、それらが全てかと問われれば否だろう。
彼女達は皆舞台役者で、仲間であると同時に
皆が一度に舞台に立つことなど稀で、時に役を奪い合い、役を得られず裏方に回される厳しい世界で生きている。そこに新人であろうと、トップスターであろうと例外はない。経験や技術、運すらも味方につけて得られるものなのだ。
そんな彼女達が舞台にもあがっていない大神に託すのがどれほどのことか、大神の責任は重く、彼にかかった信頼は厚い。
だが、彼女達は信じているのだ。
誰よりも自分達を傍で見守ってきた大神ならば、彼の判断なら間違いはないと。
「俺は皆になんて失礼なことをしたんだ・・・」
「協力した俺も言うのはなんだが・・・ プロ意識の高いすみれや織姫の前であんなことしてよく無事だったな」
さらに大神が凹んでも、玄治は妙に感心してしまう。
歌劇団において特にプロ意識の高い二人が大神の御仕置に手心を加えたということは、二人も年頃の女として意識・期待していたことの証左なのだがこれは玄治が口にすることではない。
「これでどう考えればいいか、わかったか?」
「俺は皆を舞台役者として、技量や経験・・・ 本当に聖母に似合う人を選べばいいんだな」
「あぁそうだ、心から聖母を演じてほしい人が誰かを指名すればいい。
お前がちゃんと選んだなら、誰も反対なんかしやしないんだ」
大神が納得したように頷くのを見て、玄治はポットからお茶を淹れてやりお互いに一息つく。
だが、大神の顔は明るくならず、手に持った湯呑を追うように視線を落とした。
「俺は・・・ いつか皆の中から特別な誰かを選ばなきゃいけないのか」
大神の口からでた弱音のような愚痴のような言葉に、玄治は少しだけからかうように笑った。
「嫌なのか?」
「そうじゃない。皆が嫌なわけがないし、俺だって皆のことが好きで大切で・・・ どんな時だって助けられてるさ。
しかし、誰か一人選ぶということが俺には出来ると思えないんだ」
花鳥風月と薔薇。皆が揃って華撃団であり、花組のみならず他隊員の誰か一人が欠けるなど想像することも出来ない。
そんな中で誰か一人と特別な関係を築いてしまうことは、皆との今の関係が変わってしまうかもしれない。
「ハッハッハ!」
「笑い事じゃないぞ、玄治・・・」
頭を抱える大神を玄治は笑い飛ばす。
「いや、笑い事だろ。お前、自分が海軍の演習行く前に何をしたのか忘れたのか?
バイクぶっ飛ばして帰省しようとするさくらを引き留めたんだぞ?
自分が仕事で留守にすることを確定してるのに、帝劇で帰りを待っててくれって言ったも同然だ」
「ぐっ、それは・・・!」
演習が入っていたことを考えれば、さくらが地元に帰って修行していようがどうしようが問題なかった筈だ。だが、大神は話を聞いた直後なりふり構わずバイクで電車を追いかけていた。
「二年前は俺もお前達のことをあまり見てなかったから知らんことが多いが、今年に入ってからもお前はいろいろなことをしてる。
すみれの見合いの話をぶっ壊したりだとか、本来はとんでもないことだぞ? 一代で成り上がって国にも軍にも多大な影響を及ぼせるあの神崎忠義に面と向かって盾突いて、目の前で孫娘かっさらっていったんだからな。
それに織姫の一件、お前は後日の詳細はあまり知らないだろうが、ソレッタ家は織姫の父である緒方氏と娘の再縁を認めた。それにお前、もう既に一緒に見舞いにも行ったんだろ? 父親との顔合わせが済んでるって、どういうことかわかってるか?」
すみれの件に関しては言うまでもなく、大神に個人的に知らされることはなくともソレッタ家も跡取りである織姫を守った緒方への態度を変えた。
三本目の指を立てると大神は既に表情を硬直させており、玄治は四本目の指を立てる。
「それとアイリスの実家は、随分とお前のことをかってるぞ」
「えっ、どうしてだ?」
「お前もアイリスから少しは話を聞いてるだろ。
アイリスは霊力の高さから一人にならざるえなかった。そのことをアイリスの両親は勿論当主たる祖父も気に病んでいたんだ。だが、お前が関わってから霊力のことは勿論手紙からも明るい内容が増えたことを喜んでいらしたよ」
「そうか、玄治も海外を回っていたから話を聞いたのか」
「というか、実際に会って来た。
各国の権力を持つ人物達との会談や交渉の場や、パーティなどの出席でな。それに花組の家族に俺が挨拶しないわけないだろう」
フランス貴族界において遠巻きに見られるような存在だったアイリスに大神がもたらした変化も大きく、大神の評価は帝都を、世界を守った英雄だけでは終わらないのだ。
そんな事実を身をもって体感してきた玄治は笑っているが、大神は少しも笑えない。
自分がどんなことをしてきたのかを改めて突き付けられて、正直頭がくらくらしていた。
「実は俺、とんでもないことをしでかしてないか・・・?」
「今更か?」
自覚のない大神に玄治は容赦がない。
玄治自身、
「・・・もうこの際、聖母役はマリアに」
「逃げ道にマリアを使うな。
そんな選び方をしたら、今度こそあいつらに軽蔑されるぞ」
「ぐっ、わかってる・・・
というか、俺は本当に皆の中から将来の相手を選べるのか・・・?」
最初の弱音と同じようなことをまた違う意味を含ませて溜息まじりに言う大神に、玄治はまた苦笑いする。
「お互い、まだ相手から告白されたわけじゃないんだ。その時に腹を括るしかないだろ」
「お互いって・・・ 玄治、ようやくマリア達からの気持ちに気づいたのか」
玄治から出た想定外の言葉に大神が顔をあげれば、玄治の顔はもう赤く染まることはなく、大神と違って何かを決めた男の顔だった。
「あー・・・ 気づいたというか、俺が俺の想いを自覚したというか。
自分の想いに気づいたら、マリア達がそう言う感情で俺に接してたんだろうなっていうのにも気づいたというか」
それでもやはり照れくさいのか、頬を掻いてボソボソと言いづらそうに言う玄治に大神はおもわず笑ってしまうが、これまでの玄治を知っているからか微笑ましいとまではいかずとも我が事のように嬉しくなる。
「おめでとう、玄治。
友人として、心から祝福するよ」
「・・・おう、サンキュ。
加山の言葉で気づいたってのは癪だが、俺は俺なりにマリア達を大切にするさ」
大神からの祝辞を受け取って、玄治はわざとらしく手をパンッと打ち鳴らす。
「というわけでだ、お前の答えははっきりと出た。
あとはお前が選ぶだけだ」
「あぁ、そうだな」
来た時よりもはるかにいい顔をした大神を送り出し、玄治はかえでに指示された小道具制作へと取り掛かった。
隊長には困ったもんだな あやめさんの像に代役させようってんだから
まぁまぁカンナはん 大神はんが決められんこともわかってたことやろ
ここまでおもろいことするとは思っとらんかっただけで
笑い事じゃありませーん! ドットーレもあんなこと協力するなんて私達への侮辱でーす!
うんうん 次こそちゃんと決めてくれないとアイリス怒っちゃうんだからー
次回 『クリスマス公演』
太正桜に浪漫の嵐!
我が名はムーンマスク! 一人寂しく過ごす男達の無念から生まれし悲哀の化身なり!