サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

28 / 79
⑮クリスマス公演

 特別公演である『奇跡の鐘』の主演は大神によってさくらが指名され、舞台演出にも抜擢された大神は舞台の雰囲気、演出、演技指導にも力を入れ、舞台は大盛況にて締めくくられた。

 客席の一番後ろ、ロビーとの出入口にほど近い場所で見守る四人は静かに笑んでいた。

 

「ふふっ、なんとかなったわね」

 

「一時はどうなるかと思ったけれど、さくらの女優としての将来性や経験を積むという意味では適任だわ」

 

「だな、この経験はきっとさくらにとっても、大神にとってもいい経験になる。最初の迷走も含めてな」

 

「なぁんてよさげに締めやがるが、オメェ大神に助け舟だしたんだろ? え? 玄治よぉ」

 

 米田の問いかけに玄治は肩をすくめることを答えとし、今はただ聖夜を彩る美しい光景を、そしてその舞台を生み出した花組の雄姿を目に焼き付けていた。

 

 

 

 

 

 舞台を終えて客が引きレニの誕生日と舞台の成功を祝した打ち上げが落ち着き、さくらが大神を散歩へと誘おうとしたその時、彼が突然袋に包まれ月の仮面を被った者によって強奪された。

 

「お、大神さん!?

 ・・・あなたは一体、何者ですか!」

 

 さくらの大声に皆が気づき、何事かと廊下へと出れば仮面の者は怪しく笑う。

 

「そう、俺は何者か。

 この聖なる夜、一人寂しく過ごす男達の無念から生まれし悲哀の化身、我が名はムーンマスク!」

 

「うわっ、ダサッ。

 何やってんだ、加山。寂しかったら打ち上げだけでも参加すりゃよかったじゃねぇか」

 

「あぁ、月組の・・・」

 

「否! 否否否あぁ!!」

 

 ラチェットが頷きかければ、ムーンマスクが声を張り上げ否定する。

 

「私は断じて花組を陰から支えるナイスミドル、加山雄一などではない!」

 

「少尉さんをどうする気ですの?」

 

「この女に囲まれて美味しい目にあってばかりのこの男をどうするかって? 決まっているだろう!

 サンタさん、持っていっちゃってください!」

 

『はぁ~い!』

 

 そういって出てきたのはサンタ服に身を包んだ見慣れた薔薇組の三名。

 

「今宵は私達サンタもプレゼントをもらう夜」

 

「違うもん! サンタさんはプレゼントをくれる人だもん!!」

 

 アイリスの正しい言葉を返してくれる人はいない。

 

「というわけで、夜明けまで逃げ切れば」

 

「大神さんと熱海旅行だー!」

 

 そういうが早いか薔薇組は夜の街へと駆けだし、軽やかに鈴を鳴らしていく。

 

「ちょっ、少尉!?」

 

「た、隊長が連れて行かれちまったぞ!?」

 

 慌てる皆はムーンマスクを睨み付けるが、ムーンマスクは痛くも痒くもないとばかりに登場した時と変わらずに堂々と立っていた。

 

「フハハハ! 愛しい男との正月休暇が欲しければ、せいぜい夜明けまでにサンタから男を取り返すことだな!

 では、これにてドロン!」

 

「待ちなさい! ムーンマスク!」

 

「お兄ちゃんを離せー!」

 

 煙と共に姿を消すムーンマスクと既に駆け出した薔薇組を追うべくさくら達も走り出した。

(あ、あの野郎・・・)

 計画を知り、許可を出した手前言い難いが、加山のやり方は必要以上にさくら達を煽ったことに冷や汗が止まらない。

 

「・・・はっはーん。そうゆうことかいな、玄兄」

 

 いつもならばいの一番にムーンマスクに食って掛かりそうな玄治の白けた反応を見た妹弟子は察しがつき、兄弟子へと笑う。

 だが、笑みを向けられた兄弟子はさっさと行けとばかりに手を振った。

 

「ドットーレ、あなたも人が悪いですねー。

 まぁでも? 少尉さんの休日独占権は魅力的ですし、乗ってあげましょーか」

 

 紅蘭と織姫もそれだけ言って先行くさくら達の後を追い、聖夜の街へと消えていく。

 勿論、何かを察したのはその二名だけではなく、薔薇組達を追いかけなかったマリア、レニとラチェット、風組も同様だ。

 代表するようにかすみが玄治にニッコリと笑いかけた。

 

「貴水さん、何かありますか?」

 

「大神には悪いと思ってるがこれが最善だったと信じているし、他に手が浮かびませんでした」

 

 笑顔の圧に押されながら、目を逸らす。

 だが、目を逸らした先にいるマリアは玄治に呆れたような視線を向け、何も言わずに溜息を一つつく。

 

「マリア、その反応が一番つらい」

 

「はぁ・・・ 隊長には後日あなたから説明するのよ、玄治」

 

「計画の一端を担った者として責任もって説明させていただきます・・・」

 

 釘を刺されて気持ち小さくなった玄治の服の裾をレニが引いた。

 

「ハカセ、今度から僕らには事前に話してほしい」

 

「レニ、これは予想なのだけど玄治はそこまで彼・・・ ムーンマスクが実行することを把握してなかったんじゃないかしら?」

 

「おっしゃる通りです・・・」

 

 大きな体をさらに小さくする玄治に、その光景を黙ってみていた椿と由里も参戦する。

 

「ってことは、私や椿が残されてるのにも理由があるってことよね? 貴水さん」

 

「あぁ、そうだ。

 花組と薔薇組が街で追いかけっこしているのを催しの一つと見せるためと帝都復興の慈善事業の一環として、もう既に仕事をあがった他の団員にお菓子を持たせて帝都のあちこちで菓子の配布を始めてもらってる」

 

「あぁ、それでつぼみちゃんやかえでさんの姿が見当たらなかったんですね」

 

 椿が納得すると玄治は笑顔で頷き、さらに続けた。

 

「乙女学園からも給与付きで有志を募ったら結構な人数が集まってな、そのおかげで大神達にも見つからずに作業を進めることが出来た。

 で、風組の三人は米田司令と一緒に劇場近くで菓子の配布を頼めるか?」

 

「わかりました!」

 

「はいはい、その代わり貴水さんはしっかり片付けやっといてよ?」

 

「では、行ってきますね」

 

 そういって由里と椿と共にかすみが楽屋を出ようとしたが、扉の前で由里がかすみの肩を掴んで体の方向を楽屋へと押し戻した。

 

「ちょっと由里?」

 

「かすみも今日は貴水さんの片付けの手伝いをしてあげてよ。

 どうせ貴水さんのことだから楽屋の片付けが終わったらマリアさん達を部屋に帰らせて、舞台の片付けを一人でやりだすだろうからその見張りも兼ねてね」

 

 由里がウィンクしながらかすみにそういえば、その場の全員の視線が玄治に突き刺さる。そして、当の本人は図星とばかりに視線を逸らす。

 

「それじゃ、私達はお菓子配布行ってきまーす」

 

「ゆ、由里さん! 待ってください!」

 

 何かを成し遂げた満足げな笑顔で楽屋を出ていく由里を慌てて追いかける椿。そして、後に残ったのは空気を固められたままの五人だった。

 しかし、その空気は玄治を除いた四人によるそれはもう深い溜息によって終わりを告げた。

 

「玄治、何でもかんでも一人で行おうとするのはあなたの悪い癖よ」

 

「これでも以前の貴水さんに比べればだいぶ改善したんですけど・・・ 性分なんでしょうね」

 

「ハカセだから仕方ない・・・」

 

 ラチェット、かすみ、レニが溜息と共にそういえばマリアが玄治の肩を叩いた。

 

「玄治、私達だけ休ませるなんてこと出来ると思わないことね」

 

「はぁ・・・ 本当に敵わないなぁ、四人には」

 

 もはや自分が反対しても無理やり付き合ってくる四人を前にして当人は苦笑いをしたつもりだろうが、讃えた笑みには隠しきれない喜びが溢れていた。

 

「さて! 片付けするか」

 

 そう玄治が言えば、まずは楽屋の片付けからそれぞれが動いていく。

 

「マリアさん、貴水さん、私達三人は先に厨房を片づけてきますので、しばらくお二人で楽屋の方をお願いします」

 

「おう、わかった」

 

「えぇ」

 

 三人が厨房へと向かえば当たり前だが楽屋に残されるのは玄治とマリアだけとなり、飾りつけをとり、座布団を定位置に戻したりしていると不意に玄治の視線はマリアに行き着く。二人きりなんて今までいくらでもあったにもかかわらず、玄治はふとマリアの姿に見惚れた。

 引っかかりのないすべらかな金の髪、上等なエメラルドのような緑の瞳、肌は白く柔らかで、スーツを纏うその姿は凛々しくも美しい。

 周囲に目を配り周りを補佐することがうまく、時に上に諫言をし、同時に上に立つ者として下に厳しくすることもできる。信頼を預けられたものが見せる笑顔は魅力的で、ごく稀に見せる照れた表情は愛おしい。

 

「どうかしたの? 玄治」

 

「いや、好きだなって思って」

 

「玄治・・・?」

 

「あっ、あー・・・」

 

 つい口にしてしまったとばかりに口元を押さえその顔は赤く染まるが、玄治は覚悟を決めたようにマリアに向き直る。

 

「聞いてくれ、マリア。

 大神が花組の皆を恋愛対象に見ることを不安に思っていた、それと同時に花組の皆の想いに応えらえない自分の不誠実さを悩んでいた。

 俺はそんな大神を見て、加山に言及されて、ようやく俺にとってマリア達四人と過ごす時間が特別で、家族という括りだけじゃなくなっていたことに気づかされたんだ」

 

 二年前の玄治に、そんなことを考える余裕などなかった。だが、この二年という時間が玄治を成長させ、精神的な余裕をもたらせた。

 そして、日に当たらぬ間も与えられた愛は確かに玄治を守り育み、折れぬようにと支えられた日々が今の彼を作っていた。

 

「だから、その・・・ 好きだ、マリア」

 

 玄治の言葉を最初はただ驚いていただけのマリアは、優しい目で玄治を見ていた。

 玄治がもっとも安心するその目で、彼だけを映していた。

 

「俺とずっと一緒にいてほしい、これからも俺の背中を守ってくれないか」

 

「えぇ、あなたの背中は私が守るわ。

 けれど、それはもう仲間や戦友って意味ではないんでしょう?」

 

「あぁ、俺はマリアに男女の交際と結婚を申し込んでるんだ」

 

「・・・あなたという人は、自分が自覚したらこれなのね」

 

 慣れ親しんだ呆れた声に、玄治は笑う。

 

「悪いな、いつも。

 けど、そうやって呆れながらいつも俺を援護してくれただろ?」

 

「お互い様よ。あなたも私のことをずっと支えて、守ってくれたもの」

 

 そういってどちらともなくお互いの肩や腰に手を回し、口づけを交わす。

 どれほどの時間が経ったかもわからない、二人だけの世界は唐突に終わりをつげ、マリアは楽しげに笑って、告げる。

 

「さぁ、次はかすみの番かしら?」

 

「えっ、何を言って・・・」

 

「その次はラチェット、そしてレニね?」

 

「いや、交際も結婚も複数の奴に申し込むことじゃ・・・」

 

 自分の言葉に焦る玄治を楽しむようにマリアは言葉を続けていく。

 

「そうね、結婚は一人しか出来ないわ。

 けれど、あなたの心にいるのは私だけじゃないでしょう?」

 

「いやそれは、だが・・・!」

 

「私のことがかすみより好き? そう断言できる?」

 

 本気で問い詰めるつもりもないことをマリアは目で語りながら、玄治はその問いに答えられなかった。そして、それこそが答えだった。

 

「いいじゃない、全員と結ばれたって。あなたが言ったように、私達も五人で過ごす空間が特別なのよ。

 ねぇ、かすみ、ラチェット、レニ」

 

 マリアの言葉に廊下へと続く扉が開き、そこには名を呼ばれた三人が立っており、玄治は目を見開いた。

 驚く玄治にまず近づいたのはかすみだった。

 

「玄治さん、なんだかとても可愛らしい顔になってますよ」

 

 にこりと笑う顔といつもと少しだけ違う呼び方をするかすみが玄治の鼻先をつつき、マリア同様にいつだって傍に居てくれた彼女の手が流れるように頬を撫でていく。

 

「かすみ・・・」

 

「何も言わなくていいですよ、わかってますから」

 

 自分以上に自分を理解して、三歩後ろから見守ってきてくれた彼女。

 そんな彼女の手が触れるのはいつだって玄治を支える時であり、彼女の手に守られてきた。その手に感謝するように口づけを落とす。

 

「かすみ、これからも支え続けてくれるか?」

 

「勿論です、玄治さん」

 

 それだけの言葉だというのにかすみは嬉しそうに笑みを深め、ラチェットへと場所を譲る。

 ラチェットもまた入れ違いで玄治の前に進み、真っ直ぐと玄治を見据えていた。

 

「ラチェット」

 

「玄治、この際だからはっきり言うわ。

 私はかえでからあなたの話を聞いた時からずっと、あなたに惹かれていたの」

 

 やや日に焼けている肌、マリアよりも強さのある金髪にコバルトブルーを映し込んだような瞳。

 いつもは凛々しさと美しさが際立つ彼女が、今だけはまるで恋に憧れる少女のように頬を赤らめて想いを告げてくる。

 

「そして出会ってからもずっと、いいえ出会う前よりも強くあなたに惹かれているわ。

 玄治、あなたの右側を私に守らせて頂戴」

 

 共に旅をするようになってからも、日本に戻ってからも視界の端にある金色はいつだって彼女であり、重ねた経験も思考回路もよく似ていているからか、タイミングがずれたことなんてほとんどなく、彼女はいつも玄治の隣に立っていた。

 

「あぁ、これからも隣にいてくれ。ラチェット」

 

 美しい金を持ち上げて、ふわりと甘く香る髪の先に口づけを落とせば、赤くなった顔が幸せそうに綻んだ。

 そして次に少しだけ戸惑うようにレニが玄治を見ていた。なかなか前に進もうとしないレニの背をラチェットが軽く押し、かすみが玄治へと導き、マリアが笑む。

 

「レニ、今のあなたの素直な気持ちを伝えればいいのよ。

 そこに居るのは、玄治だわ」

 

「そうですよ、レニさん。

 彼はどんなあなただって大事で、大切に思ってくれます」

 

「私達は玄治を愛してる。けどあなたにはあなたの位置があって、想いがある。

 次はあなたの番よ、レニ」

 

「・・・うん。ありがとう、三人とも」

 

 礼を言いながら歩み寄るレニに玄治は視線を合わすように膝をつき、優しい目で見つめる。

 

「ハカセ、僕は正直まだ恋愛ってものはよくわからない。

 でも、あの日僕を守ろうとしてくれたハカセの背中も、とってくれた手も、この劇場で一緒に過ごす日々も全部特別で・・・ ハカセの傍にいるとずっとここが温かいんだ」

 

 胸に手を置いて一生懸命に話すレニに玄治は出会った日から今までを思い出す。

 色を失ったような白い髪と冷え切って無を映していたアイスブルーの瞳は出会ってから徐々に活気づき、キラキラと輝いて多くのものを映しては笑みを零すようになった。それはとても愛おしい変化であり、玄治にとって数少ない守れた存在でもあった。

 初めて出会って助けた日のように、玄治の服の裾を掴んで彼女は口にする。

 

「ねぇハカセ、これからもずっとハカセの傍にいてもいい?」

 

「勿論だ、レニ。

 俺の傍でこれからもいろんな経験をして、変わっていくお前を見せてくれ」

 

 少しずつたくさんのことを知り、経験した過去からも多くのことを気づいていく彼女の傍にありたい。そう思うと自然とレニの額へと口づけを落としていた。

 一瞬、目を開いて驚いてからその目は優しいものへと変わって、少し赤らんだ頬と笑顔が咲く。

 

「やっぱり、ハカセといると温かい・・・ ううん、少し暑いかもしれない」

 

「そうか?」

 

 玄治は立ち上がって、たった今お互いに告白し合った四人を見る。

 

「マリア、かすみ、ラチェット、レニ」

 

 いつも傍で支え、時に背を預け、共に駆け抜け、成長と共に後を追ってきてくれた特別な存在。

 

「俺は君達を心から愛している。

 どうか俺の、帰る場所になってくれないか」

 

 そして、彼女達こそが玄治にとって羽を休める場所であり、どこまで飛んでいこうとも舞い戻るべき場所なのだ。

 

 

 

 その夜、貴水玄治は四人の特別な女性達と結婚を前提に付き合うこととなった。

 

 

 

 

 

 

 クリスマスの惨事を終えた翌日の夜、玄治は疲れ切った大神を労い、他から離れるために地下の自室に招いていた。

 

「ってことがあったんだよ、大神」

 

「さくらくん、ありがとう! 俺を捕まえてくれてありがとう!!

 突然袋の中に入れられたと思ったら袋越しに薔薇組の皆さんに愛を囁かれ続けるし、なんか霊力の攻撃は飛んでくるし、正月は熱海旅行だとか聞こえてくるし、もう俺は駄目かと思ったんだ!!」

 

「お、大神? 大神さーん? モギリの大神さーん?」

 

 部屋に入るなり日本酒をコップで呷った大神は涙まじりに叫び出した。

 

「周囲が明るくなった時なんてもう本当に駄目かと思って・・・ 桜花放心で吹き飛ばされたりもしたけど、薔薇組の皆さんも服が破れたけど、本当に本当にありがとう! さくらくん!!」

 

「大神? 俺の話聞いてる? 大神?」

 

 聞きつつも酒の追加と同量の水、乾物やビスケット、チーズなどを使った簡易のおつまみも並べてやる。

 

「あぁ正月を一緒に過ごすなんて全然かまわないさ!

 けど、まずは加山を斬ってからだ!」

 

「あー・・・ 吉報になるかはわからんが、お前の分空いた薔薇組の熱海旅行は加山がいくことになったから安心しろ? そして、そろそろ復活して人の話を聞け?」

 

 酒とつまみを手に一心不乱にさくらへの感謝と先日の恐怖を語る大神そのものがホラーになりつつあるが、加山のくだりを聞いてぐるんっと玄治の方に向き直る。

 

「何はともあれおめでとう! 玄治!

 マリア達の想いは俺だって知っていたから祝福するし、何よりも親友である玄治の幸せは俺の幸せでもある。どうせあの件だって加山の嫉妬から始まって、止めてくれたりもしたんだろう?」

 

「あぁ、ありがとうな」

 

 話を聞いた上で、修正や改善は求めたが止めてないとは言えない。

 もっとも求めてなおも予想外なこともあったのだが、それを被害者でありながら事の発端でもある大神に言えるはずもない。

 

「それで正月はどうするんだ? 玄治」

 

「四人と話し合った末、今年は全員で花小路伯に挨拶しに行くことになった。

 俺やマリア、レニにはもう親がいないし、ラチェットも折り合いが悪い上に海の向こうだ。国内ならともかくまだ油断できない以上、俺達が揃って渡米するわけにはいかない。かすみの実家に挨拶に行くことも考えたんだが、流石にクリスマスに付き合ってすぐにご両親に挨拶に行くというわけにもな。

 だから花小路伯との挨拶が終わったら、五人で横浜観光しつつ劇場でのんびり正月を過ごそうと思ってるよ」

 

 何気なく聞いた中にそれなりに重い過去と知ることのなかった仲間の家族事情に加え、既に恋人の親に挨拶することを当然のように言ってのける事実。そして何より、あの玄治が正月に出掛けることを笑って語ることに大神は驚きの連発だった。

 だが、結局大神の表情に出たのは困惑や悲痛などではなく、嬉しさによる笑みだった。

 

「ハハッ、あの玄治が正月に出歩くなんてな」

 

「自分でも驚いてるんだ、言ってくれるな」

 

 大神と出会った年の正月は言うまでもなく、出会ってからの正月は半ば強制的に初詣に連れ出されたのは過ぎた今だからこそのいい思い出である。

 

「けどまぁ・・・ 大事な恋人達との初めての正月で休暇なんだ、研究なんてやってる場合じゃないだろ」

 

「あぁ! きっとマリア達も喜ぶよ!」

 

 我が事のように喜ぶ大神に玄治はくすぐったい気持ちになるが、それを誤魔化すように大神にも話題を振ることにする。

 

「大神、正月をさくらと過ごすのはいいが本当に実家に帰らなくていいのか?

 一昨年の戦いの時も、去年も海軍の演習も重なって、ここ数年帰ってないだろ?」

 

 玄治が問えばそれが正解だというように大神は苦笑いし、頬を掻く。

 

「・・・家族の誰しもが欠けずに揃っている、そんな当たり前が当たり前じゃない皆の前じゃ申し訳なくて言えないけど」

 

 そう前置いてから大神はどこか遠い目をし、それは彼の故郷である栃木を見ているようであった。

 

「こんなにも熱烈に女性達に好意を抱かれているにも拘らず答えを出せずに迷ってる状態を姉に知られたら・・・ 俺の正月休みは滝行や座禅で心を無にするところから始まることになるからなぁ」

 

「お前の家が武家で、堅苦しいというか真面目な気質なのはなんとなくわかってたが・・・ 姉もなのか?」

 

「双葉姉さんは軍学校を出た俺や加山よりも強くて凄い人だよ。

 両親にも弟達にも知られたくないけど、慕ってくれてる甥っ子に精神修行をするところを見られるのはちょっと嫌かな」

 

「ほー・・・」

 

 家族構成こそ知っていたが大神自身があまり身内のことを語ることがなかったため、玄治はおもわず興味深げに頷く。もっとも身内のことを語らないのも大神自身が言ったように家族がいないメンバーのことを慮ってのことだろうが、たとえ話をしたとしても大神のことを知ることの出来る機会を不意にするような者はこの劇場にいないと思うが。

 

「俺としてはそういうのも含めて家族はいいもんだと思うから、そう遠くないうちに顔ぐらい見せてやれよ。

 叱ってもらえるのも、会いづらいのも、生きていればこそなんだからな」

 

「あぁ・・・ わかってる」

 

 そう言って大神の頭を掻き撫でれば、大神は微妙な顔をしながら笑みを作って頷く。それはまるで大きくなった弟が兄にいつまでも子ども扱いされている姿によく似ていた。

 

「それじゃ俺もそろそろ行くよ、玄治。

 こうして玄治と二人っきりで飲むのも楽しいな、また一緒に飲んでくれるか?」

 

「マリア達との晩酌に被らなきゃいつでもいいぞ。

 元旦は皆が出掛ける前に、中庭辺りで餅つきでもするか」

 

「餅つきか、今から楽しみになって来たよ」

 

「あんまり皆がいる時間のことばっかり考えて出掛ける準備が疎かになったら、お前またさくらに怒られるぞ?」

 

「うっ・・・ 気をつけるよ」

 

 酒で赤らんだ顔をした大神が部屋から去り、玄治はもうしばらくの間だけ一人で酒を傾けていた。

 

 




あけましておめでとう なんて下手すりゃ初めていうかもな
僕もだ
それなら正月らしいことを楽しむのもいいかもしれないわね
お正月・・・ お餅とかかしら?
次回 『正月休暇』
太正桜に浪漫の嵐!
大好きな人達と過ごすお正月 幸せですね
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。