サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

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⑱兄妹喧嘩

 京極が去った後、一度劇場へと戻り、指令室にて状況の整理と情報の共有が始まっていた。

 

「まっ、京極と黒鬼会が生きていたことと鬼王が一馬であったことは確かにとんでもねーことだが・・・ そこで生身で突っ込んでった馬鹿にとっちゃ想定の範囲内だったみてーだぞ?」

 

 米田の発言により、かすみによって上着を引っぺがされ手当ての真っ最中である玄治にあちこちから視線が突き刺さる。

 

「花組が集合する時間が読めなかったんですから、制限時間のある神威を使わないのは妥当な判断でしょう。

 それに今回はある程度の準備もしてました、試験的に作った刃の通りにくいチョッキを中に着込んでましたよ」

 

 その言葉により今にも噛みつきそうだった帰省組が口を閉じる。

 

「まっ、それもそうだな。

 オメーがそんだけ対策してたんだ、正体だって見当がついてたんだろ? で、いつから鬼王が一馬だと睨んでた?」

 

「先生が己を『死者』だと断定した時からずっと、ですね。

 脇侍作成と降魔の知識と光刀無形・・・ もっと言うなら京極が言っていた八鬼門封魔陣の情報を得るために先生を蘇らせたのなら、最初に失うようなことをせずにもっと有効的に使い続ければよかった。それこそ、一馬さんを鬼王として操っているように」

 

「玄治さん、背中失礼します。少しだけ浮かせてもらっても大丈夫ですか?」

 

「あぁ・・・ 悪い。

 勿論、使い潰したのは華撃団に動揺させるためかもしれない。しかし、それでも先生との関わりなんて俺と米田さんぐらいしかいない以上さしたる動揺は起こらない。なら、先生は反魂の術を試すための実験台だったんじゃないかと推測しました」

 

 だるそうに椅子に背を預けていた玄治がかすみに言われるがまま背を浮かせ、顔色の悪い玄治の肩口に包帯が巻き付けられていく。

 

「鬼王と前に剣を交えた時、北辰一刀流の使い手であることがわかって・・・ 光刀無形を使いこなせるほどの実力者であり、既に死んでいる者であってもいいとなれば天海のような過去の術者達か、一馬さんしか浮かびませんでした」

 

 付け加えるなら、山崎には不完全で出来なかった洗脳・制御が一馬には成功したのかもしれない。あるいは、破邪の力を行使するために彼を蘇らせる必要があったのだろう。

 

「そう、か・・・

 霊剣もったあいつの技うけて腕が繋がってんだ、上出来すぎらぁな」

 

 米田の感想には苦笑いを答えとし、米田もそれ以上玄治を問い詰めることはしない。

 それ以降も京極が言っていた八鬼門封魔陣や突如現れた空中要塞・武蔵について、そして降魔兵器についても話されたが、どれも推測や噂の域を超えることはなかった。

 

「これからどうなっちゃうの? アイリス達、負けちゃう?」

 

「いや、まだ何か手はある筈」

 

 不安そうなアイリスの声に、大神の諦めぬ言葉に米田はニヤリと笑う。

 

「あるぜ、大神。俺達のとっておきの切り札、空中戦艦・ミカサがよ。しかも、俺と玄治、紅蘭が一緒になって改良を加えた新・ミカサがな。

 なーに、相手が飛んでんなら俺達も飛びゃいいい。大したことじゃねぇさ」

 

「それにや、ウチらには天武がある! いつものようにドーンと構えていこうや! なぁ、大神はん!」

 

 珍しく米田と紅蘭が一緒になって拳を握り、ドヤ顔しているのを見ておもわず大神が噴き出した。

 

「ハハッ・・・ 俺達の技術班は頼もしいなぁ」

 

「その技術班筆頭の方は私達の舞台に勝手に飛び出してあの体たらく・・・ 本当に困ったものですこと」

 

「留守番しててくれた玄さんにもっと言い方あんだろうが!」

 

「でも、事実でーす。

 全員無事で帰ってくるが私達花組のモットーなのに、怪我して帰ってくるなんてヒジョーシキでーす!」

 

「耳が痛い・・・」

 

「痛いと思えるだけ進歩やない? 行動には進歩見られてへんけど」

 

「そうでもないわよ、私とレニを連れていくだけマシだわ」

 

「・・・数年前のハカセがとても心配だ」

 

「お前ら、俺のこといじめんのもはや趣味だろ・・・」

 

「あなたは・・・」

 

 集中砲火を浴びる玄治がいつものように笑っていると、そんな姿を見て耐え切れなくなったさくらがテーブルを叩きながら勢い良く立ち上がる。

 

「どうして笑っていられるんですか!」

 

 その一言が皮切りとなって、さくらは玄治へと叫ぶ。

 

「鬼王である父と刀を交えた直後だっていうのに、どうしてそんな風にヘラヘラしていられるんですか!?」

 

 さくらの叫びに指令室は静まりかえり、誰一人として口を挟もうとはしない。何よりも向けられている玄治が、複雑な表情でさくらを見ていた。

 

「どうして鬼王が父であることを黙っていたんですか、そうとわかっていながらどうして鬼王に・・・ 父に躊躇いもなく刀を向けたんですか!

 あなたにとって父は敵になったら刃を向けることが出来てしまう、その程度の存在だったんですか!?」

 

「そんなこと、あるわけがない」

 

 否定する言葉に力はなく、ただ悲しそうに玄治はさくらを見ていた。

 

「何が違うって言うんですか、ならどうして言葉で語ろうともせずに刀を交えることを選んだんです? 父は自ら葵叉丹となることを選んだ山崎さんとは違い、操られているだけだなのに!」

 

「・・・・・」

 

「貴水さん、答えてください!」

 

 さくらの言葉に、玄治は一度深く息を吸い込んで吐き出す。

 静まり返った部屋に呼吸は響いて、悲しげな表情のままさくらと視線を交わした。

 

「さくら、俺がどうして反魂の術だとわかったと思う?」

 

「え・・・? それは山崎さんの一言から・・・」

 

 唐突な問いかけにさくらは玄治が先ほど言った言葉を繰り返そうとするが、問いかけた本人は首を横に振る。

 

「それもあるが、違う。

 俺はな、反魂の術を研究していたことがあるんだよ。いいや、正確に言えば今もまだ研究を続けている」

 

『!?』

 

 玄治の言葉にその場で聞いていた全員から言葉のない驚きが伝わり、誰の言葉も割って入らぬように玄治の手が止めに入るようにあげられた。

 

「端的に言えば、この研究は失敗した。

 俺が望んでいたのは完全な死者蘇生であり、術者の霊力・妖力が途切れれば死体に戻るなんて意味がない上に、死体が動くようになるほどの力も俺のものでは足りなかった。かといって、天武のように地脈から直接霊力を死体に注げば・・・ それはもはや人といえる存在にはならない。いや、完全に話が脱線したな。

 だから俺は反魂の術だとすぐにわかったし、刀を交えて太刀筋を知った時にはもう鬼王が一馬さんだとわかっていた。そして、一馬さんが京極から反魂の術以外でなんらかの洗脳や精神操作の術を掛けられていると確信していた」

 

 あんな状態とはいえ己の師を背後から一刺しで殺し、さくらをあっさりと一蹴するほどの技量。背格好と溢れる霊力、交わした刀が彼を語っていた。

 

「その上で、俺は一馬さんに刃を向けることを選んだ」

 

 その言葉でさくらの怒気が増したが、玄治の目は先ほどから何ら変わらない。

 

「操られて尚まっすぐな太刀筋から、あの人の真意を知りたかった。

 達人であり、北辰一刀流を使う侍であった一馬さんの真意が知るには・・・ かつて稽古場で向き合ったように刀で語り合うことが一番だと思った」

 

「あなたが刀で語り合うことで父の真意がわかるというなら・・・」

 

 言葉の途中でさくらは俯き霊剣荒鷹を握って震え、キッと玄治を睨み付けた。

 

「貴水さん、私と試合をしてください」

 

『!?』

 

 口こそ挟まないが、指令室に再びの驚愕が走っていく。

 

「貴水さん、正直に言います。私はあなたのことが嫌いです。

 大神さんと違って第一印象は最悪でしたし、いつも好き勝手してマリアさん達に心配かけてばっかり。引き籠ってばっかりかと思ったら突然飛び出して行って傷だらけになって、いつだってに私達に隠し事をしていて・・・ 大神さんと違って女性関係もだらしないですし」

 

「おい、最後の件にだけは異議を申し立てておくぞ」

 

「何より!」

 

 玄治の苦笑いの異議を掻き消すようにさくらは強く続けた。

 

「私のことを避けてばかりで、向き合おうしてくれません・・・!

 『妹』なんて口では言いながら、対降魔部隊との・・・ 父との関係をこれまで何度も匂わせておきながら、私と一度だって話し合おうとしてくれないじゃないですか!

 私だって最初は気まずくて貴水さんのことを避けていましたけど、あなたは私以上に私を避けて・・・ 視線を合わしている今だって、私のことなんて父の娘としか見ていない!

 鬼王が来た時に真っ先に刀をもって飛び出してきたのだって、どうせ親子同士を戦わせたくないとか考えていたんでしょう!? 一人で全部隠して背負い込んで、身勝手に劇場を飛び出したあの時みたいに!!」

 

 言いたいことを言いきったのか、さくらはその場で身を翻して指令室から背を向ける。

 

「刀を交えることでお互いの想いが伝わるというなら、口で伝えようとしないあなたの想いを刃に乗せてください。

 中庭で待っています。逃げずに来てください」

 

 無機質な扉の開く音の後にさくらの足音が続き、もはや呼吸の音にすら気を使っていた他の面子が息を吹き返す。

 呼吸の後、重い沈黙を破ったのは米田の一声だった。

 

「わりぃ、大神。さくらについててやってくれや。

 こいつの準備が終わり次第、向かわせっからよ」

 

「はっ、はい!」

 

「いやさっきはさくらはんの剣幕に突っ込まれへんかったけど、玄兄は怪我人やっちゅーねん。

 って大神はん、早いわ!」

 

 返事と同時に席から立って駆け出した大神は、紅蘭の言葉が終わる時には既に指令室を飛び出していった。行くよう指示を出した当の米田は手をぴらぴらと振って問題ないことを表す。

 

「へーきへーき。殺し合いじゃねーんだ、ちっと怪我してるぐらいじゃ問題になんかならねーよ」

 

「その割にさくらさんは真剣そのものですけど?

 もっとも想いだけなら女性として見事だと思いますけど、刀の方も真剣となると物騒を通り越して『さくらさんですわね』としか言えませんわ」

 

「流石侍の国・ジャッポーネ!

 抜き身のポン刀じゃないとわかり合えないとか、とっても野蛮でーす!」

 

「でもアイリス、さくらの気持ち、ちょっとわかるなぁ」

 

 アイリスの不意の一言に同じ想いを抱えているらしい、すみれと織姫の視線が玄治に突き刺さる。

 

「アイリス、今は勘弁してやれって」

 

 制止に入ったカンナに、『それなら(ワタシ)が』とばかりに進もうとした二人を『オメーらも駄目に決まってんだろ』と首根っこを掴む。

 

「で、言われるだけ言われた玄さんはさくらに対してどー思ってんだよ」

 

「俺は・・・ 本当ならさくらに会わせる顔なんてないんだよ」

 

「対降魔部隊のことなら玄さんのせいじゃねーだろ」

 

「そうじゃない・・・ そうじゃないんだ」

 

 いくら対降魔部隊の件で自罰的且つ自虐に走っていても、対降魔部隊の一件は勿論一馬の死まで己の責任だとは思わない。あの場にいて正確に状況を知っている以上、軍や国を疎ましく思うようになっても個人に責任を追及する気はないのだ。

 

「俺は対降魔部隊に拾われたことで、一馬さんとも関わりがあった。一緒に戦ってたのは勿論だが、それこそ稽古したり、日々を過ごしたりな。

 でも、そうした時間だって本来なら娘であるさくらにこそ与えられる時間だった」

 

「ハカセ、それは・・・」

 

「ずっと、後ろめたかった。

 本当なら家族のために使われるはずだった時間を奪ったことが、家族のことを嬉しそうに語るあの人を・・・ あともう少しというところで家族の元に帰すことが出来なかったことが」

 

 降魔との戦いの最中で家族との手紙のやり取りをしていたことも、奥さんである若菜やまだまだ幼いさくらの話をする一馬の笑顔がとても優しかったことも玄治は知っていた。

 

 

 

『なら俺は、さくらちゃんに悪いことしちゃってますね』

 

『どうしてだい?』

 

『だって、本当ならこういう時間はさくらちゃんのものだから』

 

『玄治くん・・・』

 

 かつて言ってしまった言葉に困った顔をした一馬がつづけた言葉を、玄治は忘れない。

 

『それならこうしよう、玄治くん。

 いつか君がさくらと出会ったら、妹のように接してあげてくれないかい?』

 

『妹って・・・ 俺、どうすればいいかなんてわかんないですよ』

 

『ははっ、そうだなぁ。

 特別なことは何もしなくていい。買い物に付き合ってあげたり、一緒に食事をしたり、時には喧嘩したり、そんなことでいいんだ。

 それから・・・ 守ってあげてほしいんだ、いつか絶対に真宮寺の名を背負わなきゃいけないさくらを』

 

 

 

 追憶にふける玄治に米田は深い溜息を零す。

 

「そんなの俺だってそうだろうがよ。

 挙句、こんな部隊まで作って娘のさくらまで戦わせてんだ。あの世でだってあいつらにあわせる顔なんてねーよ」

 

 言い出せばキリがない責任の話はほどほどに、米田はあの頃よりも心も体も大きくなった玄治を見る。

 

「でもな、玄治。

 その気まずさはお前だけのもんじゃねぇ、さくらだってお前に対していろいろと思ってることはさっきので嫌って程わかっただろ。そんなさくらが今、お前とちゃーんと向き合おうとしてんだ。今度はオメーが伝える番だってことぐらい、わかってんだろうが。いい加減、覚悟決めろ」

 

 米田の言葉をもってしても玄治の顔は晴れず、落ちた視線の先にある愛刀『我霊天晴』を撫でても、答えが返ってくることはない。

 曇っていた心は、あの日に晴れた筈だった。

 それでも今、玄治は迷い、躊躇っている。そして迷いが太刀筋に現れてしまうだろうことも、よくわかっている。

 

「いつまで座ったままじっとしているんです? 貴さん。

 でっかい図体で場所取りしてないで、さっさと中庭にお行きなさいな」

 

 そんな玄治をいの一番に物理的にも、精神的にも蹴りだそうとする鬼畜な人物がいた。言うまでもなく、帝劇のトップスター・神崎すみれである。

 

「すみれ・・・」

 

「どーせすぐに切り替えるなんて器用なことはあなたには無理なんですから、その迷いごと正直にぶつけて来なさいな」

 

「お、お前なぁ・・・」

 

「口答えしない! 返事は短く! 行動は迅速に!」

 

「は、はい!」

 

 指令室からやや駆け足で出ていく玄治に次々と花組が続いていく中、残ったマリアとレニ、ラチェットとかすみが顔を見合わせて同時に溜息が零れた。

 

「あれが出来るのは、私達じゃなくすみれさんなんですよね・・・」

 

「私達はどうしても、玄治の気まずさや動けない想いがわかりすぎてしまうわ」

 

「寄り添うだけでは駄目だってわかっているのだけど、私達もどちらかといえば玄治と同じ臆病者ばかりだから仕方ないわ。いずれは織姫やアイリスも出来るようになりそうで怖いわね」

 

「なんだか少し、悔しいね」

 

 本格的な反省会になる前にその場は解散となり、ミカサの操縦のあるかすみと補佐をすると言ってラチェットも指令室に残って、マリアとレニは中庭へと急いだ。

 

 

 

 

 

 正月に餅つきを行ったのと同じ開けた場所でさくらは霊剣荒鷹を正眼にかまえ、対する玄治は我霊天晴を抜いて、構えずに突っ立っている。

 

「父から北辰一刀流を習っていたことは知っています! 構えなさい!!」

 

 さくらの言葉に玄治は溜息をつくのみで、それに怒りを覚えたさくらがまっすぐに突っ込んでくれば玄治はあっさりと片手でもった刀で受け止める。

 

「貴水さんはいつもそうです! そうやっていつものらりくらりと躱して、本気で向き合おうともしないでヘラヘラしてばっかりで・・・!」

 

「俺は確かに一馬さんから北辰一刀流を習った」

 

 言葉と同時に玄治は刀に左手を添え、力任せに刀を弾いて体勢の崩れたさくらの足元を払う。玄治はひっくり返ったさくらに追い打ちをかけることなく見下ろし、静かに告げる。

 

「だが、俺にはそれまで使っていた我流の技があったから、変に矯正するよりもそのまま伸ばしていくことを勧められたんだ」

 

 それが降魔を相手していたから生まれた技なのか、はたまた消えた筈の記憶の中に何かがあったのかは今となってはわからない。けれど、北辰一刀流を教えることが出来た筈の一馬が矯正することをせずに我流の道を選ばせたのが一つの答えだった。

 

「またそうやって本気にならない! ひっくり返った私を蹴るなり、刀を踏むなりすればよかったじゃないですか!!」

 

「そんなこと 「しないのはあなたが本気じゃないからでしょう!」 違う!!」

 

「何が違うって言うんですか!」

 

「それは・・・!」

 

「ほら、また言葉に詰まって何も言わなくなるじゃないですか!」

 

 叫びながら鋭く早くなっていくさくらの剣戟を受けるだけの玄治、その対応すら不満だとばかりにさくらの顔は険しくなっていく。その逆に玄治は今にも泣きそうに、辛そうに顔をしかめていく。

 

「貴水さんは狡いです!

 父とのことも、過去のことも全部全部知っているのに、思うことだってある癖に隠してばっかりで、全てを一人でわかったつもりになって勝手に全部を片づけようとして! 私のことが嫌いなら嫌いっていえばいいじゃないですか!」

 

「だから、そうじゃない! 俺は、俺はただ!」

 

 一馬そっくりな瞳と髪、振るう刀は霊剣荒鷹。人々のために、正義のために刀を振るって、己の命すら差し出す覚悟を抱けてしまう心の在り方すら一馬に似ていて・・・ それなのに、大神がいる時に見せる一喜一憂の仕方は一馬から聞いていた妻・若菜に似ていた。

 だからこそ玄治はさくらのことを知れば知るほど、目を逸らしてしまいたくなる。

 

「もうお前から何も奪いたくない、失ってほしくないだけなんだ」

 

「そ れ が!」

 

 守る一方の玄治の刀を振り払い、さくらは最上段にあげて振り下ろす。

 

「勝手だって 言ってるんです!!」

 

 振り下ろされた刀は防ぐことが出来ても桜花放心と共に放たれた霊力は止まることも止められることもなく、玄治は楽屋側の壁へと叩きつけられる。

 そんな様子をハラハラと見守りながら、大神はつい先ほどあったさくらとのやり取りを思い出していた。

 

 

 

 

 

「さくらくん!」

 

「大神さん」

 

 中庭のベンチに座っていた彼女の隣に座りながら、座った大神の顔をさくらが覗き込んだ。

 

「大神さん、私に何か聞きたいことがあるんじゃないですか?

 どうしてあんなこと言ったのかとか、どうして試合なんて言い出したとか」

 

「さくらくんが言いたいなら、俺は聞くよ」

 

「大神さん、それずるいです・・・

 なんでも聞いてほしくなっちゃうし、甘えたくなっちゃうじゃないですか」

 

 さくらは気分を変えるように空を見上げた。

 

「大神さん。私、実は貴水さんのことを子どもの頃から知ってたんです」

 

「え? この劇場で会ったのは初めてだったんじゃ・・・?」

 

「えぇ、そうです。

 大神さんと初めて会った日、支配人室の前で別れた後に貴水さんとも初めて出会いました」

 

 棘のある言い方をするさくらの言葉にびくつきつつも、大神もすぐに『あっ、手紙・・・』と察しがつく。

 

「そう、父の手紙に貴水さんのことが書かれていたんです。

 母が読んで聞かせてくれる手紙の中にいつからか現れた『玄治くん』のことを父は大層気に入っていて、母も『さくらにお兄ちゃんが出来るかもしれないわね』って話してくれたんです。幼かった私は兄が出来ることが嬉しくて、すぐに『玄治お兄ちゃん』に夢中になりました。

 手紙の中に書かれていた『玄治お兄ちゃん』は大人と一緒になって戦ったり、考えたりすることが出来る特別かっこよく凄い人で、そんな人が私のお兄ちゃんになってくれるかもしれないことがとっても嬉しくて、いつしか父と一緒に帰ってくるまだ見ぬ兄に会うことが私の楽しみになっていました。

 でも大神さんも知っての通り父は死に、『玄治お兄ちゃん』が私に会いに来ることはありませんでした」

 

 幼い日の抱いた想いが現れたようにさくらの顔には笑みが零れたが、それはすぐに消えた。

 

「凄く悲しかった。

『どうして会いに来てくれないの?』って何度も思って、だんだんあんなに憧れてた筈の『玄治お兄ちゃん』が、お父様と同じ時間を過ごしていたことを憎らしく思えてきて・・・ やっと会えたと思ったら、不審者に勘違いしちゃった人が本人だったなんて」

 

 憧れと期待、悲しみと憎しみ、いろいろな想いの末にさくらは溜息を零した。

 

「あの頃の『玄治お兄ちゃん(貴水さん)』に起こったことを考えれば仕方ないことはもうわかってるんです。

 私以上にたくさんの大切なものを失って、研究に縋らなきゃ生きるのだって儘ならなかったことはちゃーんとわかってます」

 

「さくらくん・・・」

 

 さくらも頭ではわかっているのだ。

 玄治のこれまでを知っている以上彼の気まずさも、抱えてしまう罪悪感も、父と自分が戦うことのないようにとしてしまうことも全部。

 

「それでも私は、『玄治お兄ちゃん』に会ってみたかった」

 

 でも、抱いた想いは消えなくて、なのに当人はさくらのことを避けていた。

 

「だから私、貴水さんを倒します」

 

 向き合おうとしない玄治を強制的に向き合わせる方法を、さくらはこれしか浮かばなかった。

 

「倒して伝えます。

 兄になってほしかったことも、もっと早く会いに来てほしかったことも」

 

 向き合って想いを伝えて、また教えてほしかった。

 

「それからはっきり言うんです。

 父との関係とか、負い目なんかじゃなくて、今の私をちゃんと見てほしいって」

 

 

 

 

 

(さくらくんはきっと、玄治にかまってほしかったんだろうなぁ)

 姉一人に弟二人がいる弟であり兄でもある大神は、喧嘩こそなかったが稽古や日常での触れ合いはあった。

 だが、玄治からさくらに関わるようなことはなく、さくらと二人きりになることも避けていた。稀に話すことがあってもさくらは玄治に妙に刺々しかったのも、兄に対して素直になれない妹なりのアピールだったのだろう。

(でも、いくらなんでも桜花放心はやりすぎじゃないかなぁ・・・)

 倒れたまま俯く玄治と肩で息をするさくらを見守りながら、大神を含めた花組は手を出すことが出来ないでいた。

 

 

 

 

「悪かった・・・」

 

「だから、そうじゃないでしょ!」

 

 俯いていた玄治から出た謝罪の言葉に、さくらの怒りは燃え盛る一方である。

 

「辛いんだったら辛いって、嫌なら嫌っていえばいいじゃないですか!!

 山崎さんと戦った時もただ黙って辛さを飲み込んで、お父様と戦うことが辛くない筈ないじゃないですか!」

 

「そんなこと、言えるわけねぇだろうが!」

 

 そこで初めて玄治はさくらの言葉を怒鳴って返した。

 

「真宮寺家から、お前から一馬さんとの時間を奪って、任務のことも、死の真実もすらも隠されたのに、他人の俺は全て知っていたんだ!

 本来なら知る権利が与えられるべき家族が、一馬さんと過ごすべきだったお前が何も知らなかったのに!」

 

 そんな玄治の嘆きに、さくらはキレた。

 

「それはお父様のことであって、私のことは何も言ってないじゃないですか!

 勝手に人の想いを想像して、勝手に哀れまないでください!」

 

「ん・・・ ん?」

 

「私は『私が玄治兄さんのことを嫌い』って言って、『私』をどう思っているか聞いているんです! そこにお父様は関係ありません!」

 

「はぁ!?」

 

 そこでさくらの言葉の支離滅裂っぷりに、玄治がキレる。

 

「俺が俺を嫌ってる奴の対処なんて知らねーよ!

 俺のことを嫌ってる奴の多くは遠回しに窺ってくる奴ばっかで、面と向かってくる奴なんていなかったからな!」

 

「なら私に対する不満でも言えばいーじゃないですか!」

 

「大抵誰かと行動してるお前に面と向かって文句なんて言えるか!

 アイリスやらすみれやら果てには大神と行動するわ、赤チビと一緒にいる時はなんかしらのトラブルまで引っ提げてくるから質が悪い!」

 

「そうです、それも言いたかったんですよ!

 アイリスやすみれさんに対しても妙によそよそしくて、カンナさんや紅蘭にはもっと適当で砕けてる癖に!」

 

「スポンサーの娘に強気に出られるか! 先生やあやめさんだって一番苦労したのは資金繰りだったんだぞ!!」

 

 

 

「その割にはお爺様に警告文送りつけていましたけど?」

 

「すみれ、それ禁句な」

 

「まぁ、技術班の一人としては玄兄の言葉には納得しかないなぁ」

 

「それは紅蘭の趣味の爆発とか、二人の仕事以外の開発のせいもあると思いまーす!」

 

「皆、少し黙ってなさい」

 

 遠くから見守っていた花組がそんな会話しているが、当然二人には聞こえていなかった。

 

 

 

「大体その辺りはお前が俺のこと言えた義理か!

 人が気持ちよく寝てたところを不審者扱いした上に、いきなり真剣で斬りかかってきたんだぞ!? そんな奴気まずい云々なしでも近寄らんわ!」

 

「そ、それは仕方ないでしょう!

 まだ開場もしてないのに中庭に突然見も知らぬ人が、どう見ても怪しい恰好で寝てたんですから!!」

 

「だからって斬りかかってくるアホがいるか!」

 

 その辺りで玄治が立ち上がり、さくらも刀を構えて唐突に刀同士の交差が始まる。

 

「玄治兄さんは知らないでしょう!

 私がお父様の手紙越しにずっと『玄治お兄ちゃん』を知ってたこと! ずっと会ってみたかったこと!」

 

「るっせぇわ! お前だって知らないだろうが!

 一馬さんが話す『さくら』を俺がどんだけ守らなきゃいけないと思ってたかなんて!」

 

「知るわけないでしょ、そんなこと!」

 

「同じ言葉返すわ! ドアホ!!」

 

 もはや試合なんて高尚なものはなく、真剣を使った物騒な兄妹喧嘩に様変わりしたその光景は見るに堪えない。

 

「私が玄治兄さんのことをずっと紅蘭みたいに兄って呼びたかったことだって知らないし、負い目ばっかり抱えて向き合わない玄治兄さんにずっと苛々してたことだって!」

 

「俺はお前に霊剣荒鷹なんか握ってほしくなかった! 花組になんて入らず、ただ幸せでいてほしかった! だっていうのに、お前は腹立つほど一馬さんにそっくりだった!!」

 

 髪の色も、剣の振るい方も、笑顔も、熱き思いも。

 正義のため、平和のため、人々のため、大切な人のために己の身を投げ出すことを厭わぬ覚悟すら。

 

「私は玄治兄さんとお父様のことを話したかった!

 会ってくれない間の玄治兄さんが何を思って、どうしていたのかを知りたかった!」

 

「俺はお前に会いたくなかった!

 俺にも会わず、帝都にも来ず、正義なんか誰かに任せて、どこにでもあるような幸せを築いていてほしかった!」

 

 互いに互いのことを考えていたのにどこまでも平行線だった思いが今、ぶつかり合うことで交わり合う。

 

「また身勝手ばっかり!

 お父様のことも知らず、玄治兄さんとも会わずに生きて、私が喜ぶと思ったんですか!?」

 

「お前だってそうだろうが!

 命を投げだして平和を守っても、誰も喜ぶわけがないだろう! 知って悲しむぐらいなら、知らずにいた方がよかったんだ!」

 

「このわからずや!」

 

「お前がな!」

 

 同時に叫んで鍔迫り合い、お互いぶつかった力に踏ん張りがきかずに尻餅をついた。自分達でも踏ん張りがきかないとは思っていなかったらしく、間の抜けた顔で二人が顔を見合わせて、どちらともなく噴き出した。

 

「あ、あれだけ本気になってたのに・・・ ふ、ふふふっ」

 

「ククッ、同時に尻餅つくとか、ねーわ」

 

「っていうか玄治兄さん、刀で語り合うとか言ったのに全部口に出してましたよね」

 

「ブッハ! それ、お前がいうのかよ。始まりからずっと怒鳴ってたのはお前だろうが」

 

「そうでしたね、ふふっ・・・ あははは!」

 

「あぁもうバーカ、お前本当にバカ」

 

 笑い続ける二人の元にパンッパンッと手を叩く音が響けば、そこには優しく笑うかえでと米田、そして少し離れたところには花組の面々がそれぞれの表情で見守っていた。

 

「良い顔してるわよ、二人とも」

 

「そりゃあんだけ好き勝手言い合ったんだ、ちったぁ気も晴れただろうさ。

 なぁ? さくら、玄治」

 

「司令、かえでさん・・・」

 

「俺は疲れましたよ。

 赤チビとは方向性が違うお転婆な妹が、怪我人に容赦なく桜花放心ぶっ放してきたせいで」

 

「わ、私だって! 頑固でわからずやで秘密主義な馬鹿兄を素直にさせるのを疲れました!」

 

「へいへい、お手数おかけして申し訳ございませんでしたー」

 

「その言い方、玄治兄さん全然反省してないですね!?」

 

「してるっつっても信じないだろ、お前」

 

「玄治兄さんの日頃の行いが悪いせいです!」

 

「短気起こして反射が如く行動に移すお前の『日頃の行いが良い』というなら、世の中ちょっとおかしい」

 

 そこで花組全員が耐えきれなくなり、笑いの渦が生まれる。渦を起こした当人らも苦笑いで、もはやそこに確執や負い目などは見られなかった。

 そこに聞き慣れたギターの音が響き、『とぅ!』という掛け声とともに中庭に何かが着地する。

 

「いやー、兄妹は良いなぁ。俺、一人っ子だけど」

 

 そう言ってどこかにギターをしまいつつ、その場で一礼して全員に告げる。

 

「大神ぃ、玄治ぃ、ひっじょーに良い雰囲気の中で言いづらいんだが、降魔兵器が襲撃に来てるんでそろそろあの空に浮いてるのどうにかしてもらっていいか?」

 

「あぁ!」

 

「あー・・・ 悪い。俺らのせいで時間くわせちまって」

 

「気にするな、親友。

 俺の幸せは帝都の平和と笑顔が守られること。そして、仲間同士で馬鹿やることだ」

 

 そう言って軽やかに屋根へと戻り、軍刀をもって構えれば、そこには顔を隠した黒子のような月組隊員達が並ぶ。

 

「地上は俺達月組に任せろ。

 お前達が戻ってくるまでの時間は稼いでみせる」

 

「加山、任せたぞ! 皆、行こう!」

 

 散っていく月組に花組も駆け出せば、司令とかえで、玄治もまたいつもより速足で歩きだした。

 

「クックック、本当に兄妹みてーじゃねーか。

 つーか玄治、おめえが疲れすぎだろ」

 

「笑いすぎですよ、米田さん。かえでさんも笑い噛み殺せてないっすよ」

 

「あら、ごめんなさいね」

 

「まっ、お前はそうやって本音で言い合うっつうことを避けて来やがったし、機会がなかったんだからな」

 

「俺の場合、状況が状況だったんだから仕方ないでしょ・・・」

 

「そうだな、俺らに拾われたばっかしにオメーは当たり前の幸福とは遠い場所に来ちまった」

 

 溜息と共に吐き出された言葉は、何気なく呟かれたからこそ本音だということを表していた。

 米田が感じている負い目や罪悪感は玄治の比ではないことぐらいわかっているし、玄治が否定したところで意味はない。

 

「でも、俺は自分で選んでここにいますよ。

 先生の跡を継ぎ、対降魔部隊での日々を心に焼き付けて、鳥組の隊長であることをね」

 

「・・・そーかよ」

 

 米田の後ろを歩く玄治にはその時の米田の顔が見えなかったが、米田はニカリと笑って振り返った。

 

「んじゃ、いっちょ頑張るとすっか。鳥組隊長殿よぉ」

 

「了解しましたよ、司令」

 




なんで戦闘前にボロボロにされてんだろうな 俺
玄治兄さんの自業自得です!
それをボロボロにしたお前が言うな!
はいはい 二人とも喧嘩はその辺にして頂戴
次回 『武蔵突入 直前』
太正桜に浪漫の嵐!
突入前の最後の休憩だ おめーらしっかり休んでおけ
あぁ玄治くんとラチェットは部屋の出入りを制限させてもらうわね
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