サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

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㉔渡仏 そして たった一つの約束

太正十五年 卯月

 大神がさくらと共に米田から中尉への昇格の話とフランスへの留学の話を聞かされている頃、玄治もまた着々と準備を始めていた。

 米田は大神に留学がどれほどになるかは不明と言うだろうが、向こうの華撃団が組織として育つまでの期間はそう設けられてはいない。

 

「・・・まぁ、大神に話せないことが多いのは状況が状況だから仕方ない」

 

「いやぁ~旅はいいよなぁ~。俺、のんびりできないけど」

 

「そうだな、向こうではガンガン使い走りにしてやるから覚悟しとけよ。月組隊長」

 

「お前、ホント俺に慣れてきたなぁ」

 

「出発まであと一週間だからな。

 赤チビへのあれこれ残しつつキネマトロンの調整は船上でやるとして、あとはシャトーブリアンの力を借りて巴里に一軒家を準備してある。向こうで揃うものもあるだろうが、最悪の事態も考えていろいろと持ち込みたいから許可書の準備もしなきゃいけない。俺は本気で暇なしだ」

 

「一軒家か、玄治はその方が行動しやすいだろうな。

 賃貸だとお前は好き勝手行動できない」

 

「というか、一応『貴水玄治』としての面子もあるからな。安っぽい宿借りるわけにはいかないし、かといって滞在期間を考えると高級ホテルを使うのも非効率だ。

 向こうではあちこちの資料を見なきゃいけないし、花組のことも見守りつつ俺はかわらず鳥組として行動する予定だ」

 

「鳥組としても行動する気なのか!?」

 

「なんだ、意外か?」

 

 驚いた加山の反応に玄治が問いかければ、加山は慌てたように首を振る。

 

「意外とは思わないが予定を考えると無理じゃないか?

 あちらの霊脈や団員の候補探し、それに例の装置の件だってある。実地で調べるのにどれだけかかるかわかっていない以上、鳥組としての任務までやっていたらお前が忙しすぎる」

 

「それ、絶対赤チビの前で言うなよ」

 

「それは・・・」

 

 花やしき支部を仕切り、光武のメンテナンスをし、花組の隊員としても団員としても働いている花組一忙しい紅蘭の前では絶対口に出来ないことはあまり関わらない加山にもわかっているらしい。

 

「それに今更だろ、米田さんがいなかった時の忙しさに比べりゃ巴里での忙しさなんて想像できる範囲では楽なもんだ」

 

「それもそうだな、あとは巴里でうまいもんでも食えばいい」

 

「そうだな、どっかでパンの修行もしたいからな」

 

 加山の言葉に適当に返しつつ、ふと写真立てを持っていくかを迷う。

 

「おっと、大神の気配がするのでさらばっ」

 

「だから、お前らどういう探知機能なんだよ・・・」

 

 加山の姿が消えるのと同時にノックの音が響き、大神の『入ってもいいか?』という言葉に玄治も『おう』と応えた。

 

「玄治、実は・・・ 俺は一週間後、軍からの命令でフランスに発つことになったんだ」

 

「知ってる。

 俺も同じ船に乗ってフランスに行く予定だからな」

 

「えっ、それはどういうことだ? 俺だけじゃなく玄治もって」

 

「いや、俺が軍の命令で動かないから関係ないぞ。

 帝都の一件から他の首都がどうなっているかを調べなきゃいけないから長期滞在することになってるだけだ。だから、お前とは別行動になる」

 

「そうか・・・ それなら俺がフランスにいくのもただの留学ってだけじゃないのか?」

 

「さて、な」

 

 玄治が肯定も否定もしないところに大神も何か察したのか、真剣な顔つきになっていた。

 

「どのみち気は抜けないな」

 

「俺じゃないんだ、お前が気を抜くなんて誰も思っちゃいないさ。

 だけど、花組にはちゃんと伝えろよ」

 

「玄治はもう伝えてるのか?」

 

「あぁ、俺の場合は個人でずいぶん前から計画してたからな。

 それに俺が不在となるといろいろと負担をかける、前もって伝えなきゃいけないことが多い」

 

「そうだよな・・・

 俺は表向きにはモギリしか仕事がないもんな」

 

「それもこれも帝都が平和になったおかげだろ。

 ラチェットは俺達が不在の間はこっちにいてくれるとのことだ」

 

「・・・なぁ、玄治。

 婚約したばかりなのに、もうマリア達と離れ離れになっていいのか?」

 

「なんだ、さくらにでも泣かれたか?」

 

 図星だったらしく大神は黙り込み、玄治は言う。

 

「お前は俺と違って、あいつらとの関係を明確な形にしてないから不安なのかもしれないが・・・ あいつらだってそれを良しとしてるんだ、お前だけが迷うことはねーよ」

 

「うっ・・・ それを言われると辛いな」

 

「問題は、心がどこにあるかだろ」

 

「でも、俺は・・・ 玄治と違って婚約をするって覚悟もなければ、皆の中から誰かを選ぶことだって出来ていない。

 それなのにまた皆を残してフランスに渡るんだ、『待っててくれ』なんて言える立場じゃないだろ」

 

 大真面目な大神に玄治は苦笑いし、逆に問う。

 

「じゃ、今から覚悟は決まるのか?」

 

「それは・・・」

 

「決まらないなら迷うな。

 というか、お前への気持ちがたった数か月離れただけで冷めるなら冷めちまえばいい」

 

「げ、玄治・・・」

 

「それはお前も同じだ、大神」

 

 情けない声に出す大神に、玄治は矢継ぎ早に続けていく。

 

「お前が迷ってるのは誰に対しても気持ちが中途半端だからじゃない。全員に対して誠実であろうと真剣に考え、本気で愛しているからだろうが。

 その気持ちは、たった数か月離れただけで冷めるような思いなのか?」

 

「それは絶対にない。

 俺がさくらくん達に対する思いは・・・ 優柔不断ではあるかもしれないが本気なんだ」

 

「なら、一つだけ覚えておけ。大神。

 お前は世界中のどこにいても、誰が何と言っても帝国華撃団 花組の隊長だ」

 

「それが俺の恋愛事情と何の関係が・・・」

 

 突然湧き出たような発言に大神が止めようとするが、玄治は大神を指さした。

 

「お前がぐらついているのは心の置き場所が明確になってないからだ」

 

「心の、置き場所・・・?」

 

「俺の心はマリア達と共にあり、苦労も幸せも分かち合うと決めた。

 俺は世界中のどこにいても必ずマリア達のいるところに戻ってくる。

 お前はどこに戻ってくる?」

 

「俺は・・・ 俺は必ず帝都に、帝国劇場に帰ってくる」

 

 大神の心が決まり、その表情は明るくなっていく。

 

「今はそれでいい。

 それ以上は、お前が覚悟決めて全員と腹割って話す場をいつか設ければいい」

 

「・・・玄治は痛いところをつくなぁ」

 

「いや、もう本気で言うが次に戻ってくる時があいつらの我慢の限界だと思うぞ。

 現にお前、先月のさくらとのデートをすみれ達に邪魔されてるだろ」

 

「あぁ・・・ それまでには腹を決めるよ」

 

「まっ、誰か一人なんて多分不可能だろうけどな」

 

「それが一番怖いことになるってわかってるよな!?」

 

「大丈夫大丈夫、お前ならなんとか出来るって」

 

「他人事だからって軽く言わないでくれよ、玄治」

 

「ハハッ、まっ頑張れや。

 ほら、いい加減もう行った方がいいんじゃないか? 出発まであと一週間しかないんだからな」

 

「げ、玄治ぃ!」

 

 情けない声を出す大神を半ば部屋から追い出しながら、玄治は笑顔で送り出す。

 

「まっ、そう情けない声出すなって。ピンチになったら助けるさ。

 ・・・助けられることならな」

 

「それ、女性関係は助けられないことだって言ってるようなもんだよな!?」

 

 まだギャーギャーいう大神を残して扉を閉め、玄治は溜息をついた。

 

「大神の話だって聞かないことがある奴らが俺の話なんて聞くわけないっつの・・・」

 

 

 

 

 

 その後一週間は大神が渡航の準備に追われ、大神同様玄治も準備に追われていた。

 そして渡航前日、簡単ではあるが送別会を行い、玄治・大神ともにそれぞれの言葉を贈られ、部屋へと散っていった。

 

「ふぅ、最後の最後までコックとしての仕事をすることになるとはな」

 

 どうにか片づけを終えて部屋に戻れば、玄治はベッドに寝転がり、その傍にある写真立てを眺める。

 対降魔部隊、花組創設時、大神が来た年のもの、ラチェットとの二人旅の時、まだ真新しい今年の写真。並んだ写真がこれまでの華撃団の歴史を語り、他の写真もアルバムとして冊子にまとめられている。

 

「この写真はここに置いていくか」

 

「写真はいいなぁ~、俺写真残しちゃいけないけど」

 

「笑えねー」

 

 もう相手にするのも面倒なのか、玄治はベッドに寝転がったまま適当に返す。

 

「明日の朝はどうするんだ? 玄治」

 

「大神と時間を合わせる約束はしてないから横浜までは各自だな。

 大神も一人の時間が欲しいだろうし、俺も一人でのんびりするさ」

 

「意外だな、二人で行くのかと思ってたぜ」

 

「軍服姿の大神と俺が並んでたらちょっとした騒ぎだろ・・・

 俺の顔を知ってる奴は知ってるんだ、いらん騒ぎを起こさないように別行動が無難だ。船で落ち着いたら話すかもしれんが、それぐらいだな。船内でも俺はやることもある」

 

「キネマトロンの調整か、荷物が多くて大変だなぁ」

 

「ある程度は先に送ってはいるけどな、キネマトロンの小型化も急ぎたい。

 理想は懐中時計と同じ大きさだ」

 

「玄治達なら出来そうで怖いぜ」

 

「出来そう、じゃない。やるんだよ」

 

 ニヤリと笑って加山を見返せば、加山もその表情を見て嬉しそうに笑った。

 

「なんだよ、気持ちわりぃな」

 

「いや、ずいぶん俺と仲良くなってくれたなぁと思ってな」

 

「・・・お前のそういうところが本気で苦手だ。

 大神とは違う意味で、お前は気恥ずかしいことを簡単に言葉にしてくる」

 

「フッフッフ、照れるぜ」

 

「褒めてねぇんだよなぁ・・・

 まぁあれだ、同世代とあんま交流持ったことない俺にはわからんが、こういうのも友人っていうじゃねーの」

 

 玄治のその言葉に加山が目をキラッキラに輝かせて、軽い口を開こうとしたがそれを封じるように加山の頭に枕が飛んできた。

 

「あーくっそ! 忘れろ! らしくない!!」

 

「今日はいい日だなぁ!」

 

「黙れマジで! 帰れ! 寝ろ!」

 

 子どものようにそこら中にある工具を投げ出した玄治に加山も早々に退散し、ようやく部屋は静かとなり、玄治もそのまま眠りに落ちていた。

 

 

 

 

「・・・んじ、玄治」

 

「ん~、なんだよ、マリア。朝から部屋に来るなんて珍しいな・・・ え?」

 

 囁くような声に起こされ体を起こせば、ベッドにいる玄治を囲むようにマリア、かすみ、ラチェット、レニの四名が部屋にいた。

 

「なんだよ、揃いも揃って俺の寝顔でも見に来たのか?」

 

 玄治が笑ってそう言えば四人は揃って頷きながら、ラチェットが口を開いた。

 

「あなたの可愛い寝顔を見たかったというのもあるけど、黙って出立しようとするあなたと大神隊長を見送りにしようと思ってね」

 

「隊長はこの後他の皆と合流して港で見送るから、ハカセは僕らで見送ることにしたんだ」

 

 ラチェットの言葉にレニが引き継ぎ、かすみが着替えを静かに差し出してきた。

 

「四人で選んだ外出着です。

 こちらに着替えていただけますか」

 

 大神の赤い外出着と対になるような落ち着いた紺の外出着を渡され、玄治は淡い青のシャツと上着と同色の紺のズボンへと足を通して、懐中時計を定位置へと入れる。

 

「玄治、ネクタイはこれよ」

 

 銀と青と赤のストライプ柄のネクタイをマリアが絞め、黒と銀のシンプルなネクタイピンをレニがとめてくれる。そして上着をラチェットが玄治の腕に通していく。その間にかすみが玄治の長い髪をすかし、藤色の髪結い紐で髪をまとめられる。

 まるで夫の準備を手伝う妻のように、玄治はマリア達の手によって作り上げられていく。

 

「出来たわね」

 

 誇らしげにマリアが言えばそこには見事にスーツを着こなした玄治があり、四人が満足げに見ていた。

 

「さぁ、かすみ。日本式で送りましょう」

 

「玄治さん、こちらを向いてかがんでもらってもいいですか」

 

「あぁ」

 

 ラチェットに促されたかすみの前で玄治が頭を下げると、頭の上で火打石と火打ち金が三度打ち鳴らされる。

 

「切り火か」

 

「はい、あなたが無事帰ってきますように。

 旅の無事と職務の成功を祈って」

 

 そう言って顔をあげればかすみの目が潤み、こらえきれなくなって顔を伏せた。

 

「ごめんなさい、涙を見せないようにって思っていたのに・・・」

 

「かすみ、無理しなくていいわ」

 

 かすみにすぐにマリアが寄り添い、レニは俯き涙をこらえ、ラチェットもまた涙こそ流していないが必死にこらえようとしているのが伝わってきた。

 

「悪いな、無理をしないとも、無事に帰ってくるとも言えない俺で。

 でも、これだけは約束する。

 俺は必ずここに帰ってくる、お前達がいるここが俺の帰るべき場所だから。それだけは信じてほしい」

 

「はい・・・ はい!」

 

 玄治も耐え切れなくなり腕を広げて四人をまとめて抱きしめ、別れを惜しむ心を必死に押し殺す。

 

「本当は俺だって連れて行きたいさ」

 

 玄治らしくない小さな声で漏れた本音は四人の耳にだけ響いて、玄治は腕を離した。

 

「玄治・・・ いってらっしゃい」

 

「あぁ、行ってくる。

 留守は頼んだぞ、マリア、かすみ、ラチェット、レニ」

 

 そう言って、玄治はフランスへと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 こうしてここに黒鬼会によって始まった一連の事件は幕を閉じた。

 愛しい者達との約束を胸に、彼はフランスへと旅立っていく。

 四部作『サクラ大戦 貴水玄治物語』の二部を飾るは、一人の男が手を差し伸べ、導き、向き合い、覚悟を決め、そして未来への大きな計画を企てる物語。

 

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