サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

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④マリアの過去 桐島カンナ帰還

太正十二年 水無月

 

「マリア、ちょっとこっち来てくれ」

 

 マリアが食事を終えたのを見て、玄治は厨房から声をかける。

 

「玄治、何かしら?」

 

「お前、ここんところ顔色悪いぞ。どうかしたのか?」

 

「よくわかるわね・・・」

 

 苦笑まじりにマリアが素直に認めれば、玄治は流しを指さす。

 

「食事の残し方と顔色でわかるって」

 

「はぁ・・・ あなたに隠し事は出来ないわね」

 

「お前とかすみさんもそうだろうがよ、お互い様だ」

 

「・・・そこでかすみの名前はいるのかしら」

 

 マリアは小さく何か言うが聞き取れず、玄治は聞き返す。

 

「ん? なんだって?」

 

「なんでもないわ」

 

 聞き返しても答えてくれなかったマリアに近づいて、玄治はマリアの目元を撫でる。

 

「ついでに、こいつが教えてくれたぞ」

 

「・・・はぁ、化粧で隠したのに」

 

「これじゃそのうち、俺以外の聡い奴にはバレんぞ。

 まだ大丈夫だろうけどな」

 

 ニカリと笑ってすぐに離れ、とりあえず話を続ける。

 

「ここじゃ話しづらいなら地下に行くが、どうする?」

 

「ここでいいわ、他の皆も朝食を終えてるみたいだし」

 

 マリアが座るように簡易の椅子を取り出し、玄治は冷蔵庫に背中を預ける。

 

「で?」

 

「ここ数日、夢見が悪かったのよ。

 あなたなら私の過去を知っているでしょう?」

 

「お前が最初の隊員だし、過去のことはよく調べたからな。

 それにお前も話してくれただろ?」

 

 引き籠っていたとはいえ、玄治は帝国華撃団創設メンバー。

 情報としても回され、仲が深まった後はマリア自身の口から聞いていた。そして同様にマリアも、玄治の口から過去のことを聞いていた。

 

「なんででしょうね、もう乗り越えたと思ったのに」

 

「過去なんてそんなもんだろ。

 乗り越える以前に一歩も踏み出せない俺が言えた義理じゃないけどな」

 

 自嘲気味な笑みは自分自身に向けたもの。

 場所を変え、己の居場所を見つけようとしたマリアに敬意を示したもの。

 

「先生がいなくなった日から俺は、先生が残した影を見続けてるだけだ。

 米田さんみたいに歩き出すことも、あやめさんみたいに行動することも出来なかった」

 

「対降魔部隊の天才・山崎真之介、あなたが師と仰ぐ命の恩人ね」

 

「あぁ、凄い人だった。でもマリアにとって、かつての隊長さんもそうだろう?

 大好きで、尊敬してて、憧れて、忘れられない。そんな存在だ」

 

「えぇ。

 けれど、山崎さんはまだ生きているかもしれないんでしょう?」

 

「・・・さぁな。

 どこかにいるんなら、なんであやめさんを置いてったんだろうな」

 

(どうして俺に一言でも、言ってくれなかったんだよ・・・)

 お互い遠い目をして、過去を想う。

 だが、玄治はその目をマリアへと向けた。

 

「少しでも休むことだ。

 俺の夢見が悪い時、いつもそういってくれるだろ?」

 

 玄治は心配そうに見つめながら、マリアの手を取る。

 

「それとも眠るまで手を握っててやろうか?

 二人がしてくれるみたいに」

 

「耐え切れなくなったら、お願いするわ」

 

 マリアは少しだけ笑って、立ち上がる。

 

「ありがとう、玄治。

 少し気分が楽になったわ」

 

「おう、ならよかった」

 

 マリアを見送りながら、玄治は自分の食事の準備をしつつ再び溜息を零した。

(マリアが不調か・・・

 隊長さんが来てから、『隊長』って存在を意識しすぎたせいかもな)

 

「貴水さん、朝食ご一緒してもいいですか?」

 

「そういうと思って、もう準備してある」

 

「ありがとうございます」

 

 もはや習慣となりつつあるかすみとの朝食は仕事の報告等も兼ねており、一緒に箸をとる。

 

「今日辺り、カンナさんが戻ってくるそうですよ」

 

「マジか、食材足りなくなんな・・・」

 

「いくらカンナさんでもそこまでは・・・

 ですが、午前中の間に買い出しに行けば問題ないと思います」

 

「いろいろ買い足してくるか・・・ 沖縄料理も食いたがるだろうし。

 手に入るといいなぁ、豚の顔面」

 

「・・・料理にする時はそのままは避けてくださいね?」

 

 沖縄料理を調べることを頭に入れつつ、カンナがいつ来てもいいようにすぐ作れる料理も考えておく。

 

「タイミングがいいんだか、悪いんだか・・・」

 

「マリアさんの件ですか」

 

「あぁ、やっぱりかすみさんも気づいてたか」

 

「長い付き合いですから」

 

 心配そうな顔をするかすみに、玄治は食事を続ける。

 

「こればっかりは本人じゃないとな・・・」

 

「そうですね」

 

 静かな朝食を終えて、玄治は買い出しへ向かい、すみれは受付作業へと戻った。

 

 

 

 

 

「いやー、科学者で引き籠りだった玄さんが作った料理なんて期待してなかったけど、どれも絶品だな!」

 

「いろいろ聞き捨てならねぇけど、俺仕事してたからな?」

 

 到着したカンナが第一声に飯をねだったので玄治がとりあえず二食丼やら、肉炒めやら手早く作れるものを出してやり、カンナの胃袋を満たす。

 

「追加で買ってきて正解だな・・・ 夕飯分なくなるとこだった・・・」

 

「勿論、夕飯も食うぜ!」

 

「だよなー。

 もう一回追加の注文して、今後の量増やしてもらうように言わないとな・・・ 由里にでも頼んどくか」

 

 溜息まじりに今後の食事事情を考えつつ、仕方ないと割り切る。

 

「で、船沈没したって聞いたけど、大丈夫だったのか?」

 

「あの玄さんがニュースを知ってる!?

 偽物なんじゃねぇの?」

 

「おいこら、いい加減怒るぞ」

 

「冗談だって。

 沈没したから泳いできた」

 

「それは冗談じゃないのか」

 

「え? どこがだよ?」

 

「いや、いいわ。

 お前だもんな」

 

「うん? うん、あたしだぜ」

 

 不思議そうな顔でカンナが聞き返すので、もうそういうもんだと諦める。

 

「で? 米田さんに挨拶したのか?」

 

「してねぇ」

 

「お前は本当に・・・」

 

 出来の悪い妹を持った兄のように頭を抱え、この短時間に何度目かの溜息を零す。

 

「まー、いいじゃねーか。

 新しい隊長さんとか見た後でも遅くねーだろ」

 

「いや、入り口通ったんなら隊長さんいたぞ」

 

「え? じゃぁ、あの貧弱そうなのが?」

 

「お前に比べられたら大概の野郎は貧弱だよ」

 

「玄さん、ちげーじゃん」

 

「俺はでかいだけだ」

 

 話しながらも食事の手を止めないカンナに戦々恐々としつつ、追加の料理を作ろうと立ち上がる。

 そこにもぎりの仕事がひと段落したらしい大神が通りかかった。

 

「あれ? 貴水さん。

 いつもならこの時間は夕食の仕込みじゃないんですか?」

 

「仕込みの分なら、今なくなった」

 

「え?」

 

 玄治の言葉に山と積まれた食器の先にいる女性?へと目を向ける大神に、カンナが慌てる。

 

「ちょっ、玄さん! そんな食ってねーだろ!」

 

「いーや、食った。そしてなくなった。

 だから、今日は簡単にカレーとサラダだ」

 

「よーし、鍋一杯食うぜ!」

 

「鍋一杯も食うんじゃねぇ! 明日の分もあんだぞ!!

 じゃねーとポトフか、鍋にすんぞ!」

 

 共通点はどちらも煮るだけ、簡単料理。

 しかも、スープが美味しくなるので麺類・雑炊へと変わってくれる腹も満たしやすい素晴らしい料理である。

 

「えっと、じゃぁ彼女が・・・?」

 

「そう、この肉食系ゴリラが花組最後の一人、桐島カンナだ」

 

「玄さん! 誰がゴリラだよ!!」

 

「お前だ、お前。

 ゴリラはいいぞ。愛情深い生き物だからな、森を守ってんだよ」

 

「んだと、こら。

 あたいがゴリラなら、玄さんはナマケモノだろうが!」

 

「おう、ナマケモノ最高。爪ひっかけて、木にぶらーんってしててぇわ」

 

 指さし確認までしてカンナをゴリラ認定し、カンナは怒りのままに拳を叩きこむ。

 だがしかし、玄治はあっさりと受け止める。

 

「で、どうかしたのか? 隊長さん」

 

「いえ、マリアのことで少し・・・」

 

「あー、どうやら夢見が悪いらしい。

 まっ、食後にカモミールティーでもいれてやるさ」

 

 玄治が気づいたことに大神も驚きつつ、そうですかと頷く。

 

「俺はどうすればいいでしょう?

 何か、マリアの力になれませんかね」

 

「そうだなぁ・・・ 任務の時とか、普通の時とか、気にかけてやればいいんじゃないか?」

 

「玄さん、もっとちゃんとアドバイスしてやれよ・・・

 マリアと一番付き合い長いんだからさぁ」

 

「辛かったら、マリアは自分で言うだろ」

 

 あっけらかんとする玄治に微妙な視線が二つ刺さるが、彼は気づかない。

 辛いと抱え込むタイプのマリアが何でもかんでも話すのはお前だけだし、隠すのがうまいマリアをそこまで見透かす者は帝劇にすら早々いない。

 

「大体、誰しも出会った奴全員に自分の全てを話せるわけじゃないだろ」

 

「それはそうですが・・・」

 

「落ち込むな、隊長さん。

 あんたが落ち込むと最低でも三人は影響する」

 

 肩を叩いて大神を慰めつつ、玄治はやっぱり茶化す。

 

「なんで三人なんだ?」

 

「隊長さんが落とした女の数」

 

「なんだって?!」

 

「誤解だ!」

 

 けらけらと笑って厨房へと戻り、玄治は夕飯へと向けて激闘を開始した。

 

 

 

 

「深夜の出撃か・・・」

 

 夜中になった警報に玄治はすぐに目を覚まし、それぞれの準備を行っていく。モニターをつけ、指令室の様子を見守りながら、初出撃となるカンナの機体の数値を確認しておく。

(マリアが遅れてくる、か・・・

 大丈夫ではないな)

 珍しく遅れているマリアを気にかけながら出撃を見送り、映像から聞こえてきた死天王 刹那の言った『第二の封印を解き放った』という発言に思考を止めた。

 

「どういうことだ・・・?

 まさか、あいつらの狙いは」

 

 脳裏によぎった敵の策に対抗策を考えようと、今後行うことに芝公園と築地の解析を明記する。

 

『玄治! 医療ポッドの用意をしろ!!』

 

「何事ですか? 米田さん」

 

『大神が子どもをかばって負傷した』

 

「なっ・・・! わかりました、すぐに調整します!」

 

 玄治は通信を切り、医療ポッドが安置されている部屋へと走る。

 

「くそっ、なんて間の悪い!

 今、そんなもんマリアに見せちまったらもたねぇぞ」

 

 自分以外の足音に気づいて、運ばれてくるだろう大神のことはそちらに任せて玄治はポッドの調整を優先する。

 

「かすみさん、大神の容態はわかるか?」

 

『全身を強打、光武に裂傷は見られないので殴打による攻撃かと思われます』

 

「わかった!」

 

 光武達の搬入音も聞こえてくる中、準備が出来た治療用ポッドを見る。

(こんなに早く使うことになるとはな・・・)

 医療ポッドは、玄治がもっとも力を入れた作品。

 技術の高さがゆえに一般には普及できないが、爆発にすら耐えきれる耐久性と安全性はもはや異常といってもいい。

(使わずに済むに越したことはないのにな)

 

「貴水さん、大神さんが!」

 

「わかってる!

 早く隊長さんをこの中へ!」

 

 大神を支えたさくら達が入ってくると同時にポッドを開き、溶液の入った中へと大神を沈める。

 

「これで大丈夫なんですよね・・・?」

 

「大丈夫のはずだ。

 あとは安静にして、隊長さんが目覚めるのを待つだけだ」

 

 安心させるようになるべく冷静を取り繕いながら、さくら・アイリス・すみれをなだめる。

 

「皆も真夜中の出撃だったんだ、もう休め」

 

「でも、お兄ちゃんが・・・」

 

 アイリスが代表して言うが、玄治はやや乱暴に手を払う。

 

「医療ポッドを弄れんのは俺だけなんだから、お前達ついててもしゃーねーだろ。

 ガキは寝ろ寝ろ」

 

「・・・もっと言い方ないんですの? 貴さん」

 

「ない。

 起きた時に疲れた顔の女がいっぱいいたらやだろ」

 

 しっしっとやる玄治の頭に、カンナが拳を落とす。

 

「いってぇ」

 

「さーて、ここは徹夜にも引き籠りにも慣れてる玄さんに任せて、隊長が起きた時にあたし達がしっかり出迎えようぜ」

 

「そういう気遣いは出来んだな、ゴリラ」

 

「もう一発ほしいみてぇだな」

 

「カンナ、トテモヤサシイ」

 

 そういってカンナが玄治の物言いに不機嫌になった子ども組を地上へと連れていき、紅蘭とマリアは残った。

 

「なんだよ、お前らも休めって」

 

「それ扱えんの玄兄だけやないし、光武の修理もあるやろ」

 

 やや拗ねたようにいう紅蘭に、玄治はぐっと言葉が詰まる。

 

「本当は休ませたいんだがな・・・」

 

「光武に関しては玄兄にも負けんつもりや、それともウチの腕を信用できん?」

 

「んなわけないだろ、技術者として俺がお前以上に信頼してる奴なんざいねーよ。

 ・・・せめて俺の部屋で仮眠してから修理始めろ、いいな?」

 

「はいな」

 

 紅蘭を見送っても、マリアはただ大神が眠るポッドを見つめるだけでそこから一歩も動こうとはしなかった。

 

「マリア」

 

「玄治、私はまた守れなかったわ・・・」

 

 表情は変わらず、ただ何の感情もなく紡がれた言葉を玄治は受け止める。

 

「お前が守れなかったんじゃない、こいつが選んだんだ。

 負傷するとわかっていながら前に出た、覚悟の上だろ」

 

「そうだとしても! 私は!!

 私が銃を撃っていたなら状況は・・・」

 

「マリア」

 

 叫びだす彼女に、静かに名を呼ぶ。

 

「ここはあの日のロシアじゃない」

 

 ただ確認する。

 ここがどこで、いつなのかを。

 

「こいつはお前のかつての隊長じゃない」

 

 あの日、雪の中に沈み、死んだ者はここにはいない。

 大神は生きている。

 

「お前が背負った過去を、一体誰が責めるんだ?

 誰も責めやしない、誰もお前を拒みなんかしない。お前の責任だなんて思わない。

 お前の隊長も、こいつも、お前が守れなかったんじゃない。全部そいつらが望んで突き進んだ結果だ」

 

「他の誰が私を責めずとも!

 あの日も! 今も!! 同じ場所にいたのに何も出来なかった事実を! 他の誰でもなく私自身が許せないのよ!」

 

 マリアは無意識に自分の首元を探すが、そこにかつて下げていたロケットはない。

 玄治と過ごす日々がロケットを、過去をわずかでも癒していたから外すことが出来ていた。

 (ここ)にいるのはかつての想い人ではなく、今を生きて共に過ごす玄治だと前を向けるようになった筈だった。

 だが悲劇は、再び目の前で起こってしまった。

 

「マリア」

 

「玄治、ごめんなさい・・・

 気が済むまでここに居させて頂戴」

 

「・・・あぁ」

 

 そうして三日もの間、二人が大神の傍を離れることはなかった。

 

 

 

 

 三日目の朝になってようやく数値の安定した大神をカンナ達に任せて自室へと運んでもらい、玄治は自室で溜息を零していた。

 

「どうしたもんかな・・・」

 

 おそらくマリアは、タイミングを見て大神を責めるだろう。

 隊長である彼が死ぬという事実の重さ、一般市民よりも責任のある立場が失われるということ。自らが投げ出そうとした命の意味を、マリアは突き付ける。

 マリアの言葉は正しく、軍ならば彼女の意見が尊重される。

 だが、ここは軍でありながら軍ではない。

 帝都を、市民を守るという曖昧な正義を掲げた帝国華撃団の正義とは何なのか。

 その答えはまだ、誰にも出されていない。

 

「なぁ隊長さん、あんたはなんて答えるんだろうな」

 

 隊長である大神の答えこそが、帝国華撃団の正義となる。

 その重みを、彼は知っているのだろうか?

 その時、ノックの音が響く。

 

「玄治くん、起きてる?」

 

「あやめさん? どうぞ」

 

 ここに来ることなどないだろうと思っていた訪問者に驚き、玄治は入室を促す。

 

「寝てたかしら?」

 

「いいえ、寝る気になれなくて起きてましたよ」

 

 ニコリと笑って見せるが、そんな玄治を見るあやめの視線は心配そうだった。

 

「マリアもそうだけど、玄治くんもちゃんと休みなさいね。

 あなた達はすぐ無理をするから」

 

「俺よりも今はマリアでしょう、あいつの方が追い詰められてる」

 

「それは、そうね・・・」

 

 自分の心配をすぐにマリアへとすげ替えたことを、あやめは気づいているが口にしない。玄治のそうしたところも、あやめはよくわかっている。

 

「・・・ねぇ、玄治くん。

 玄治くんは大神くんの行動を馬鹿だと思う?」

 

「守られたことのある俺は、彼の行動を否定することは出来ません。

 でも同時に残された側として、行動の全てを肯定してやることも出来ない。

 正義として、人として正しくても、後ろにいる奴を考えられなくなった正義も俺にはとても身勝手に見える」

 

 肩をすくめて互いを傷つけることを承知で言葉を選んだ玄治は、ただ静かにあやめを見つめていた。

 

「そうね、本当にそうだわ」

 

「でも・・・ もし、失われそうになったのが花組であったなら、俺も同じようにしてたでしょうね。隊長さんのように帝都の全部を守ろうとなんて出来ないでしょうけど、花組は守りたいですから。

 隊長さんのように共に並ぶことが出来ないなら、光武じゃない方法で俺は彼女達と戦い続けますよ」

 

「玄治くん・・・ 変わったわね」

 

「変わってませんよ、あの日から何も」

 

「ううん、強くなったわ。

 でも、あなたも・・・ 無理はしちゃ駄目よ」

 

 座っている玄治の頭を撫でながら、あやめは笑う。

 

「はい・・・ あやめさん」

 

 顔を赤くしていると、突然搬入口が開くような音が聞こえた気がした。

 

「? この音ってまさか・・・」

 

「光武の起動音かしら?」

 

 モニターで光武の並ぶ格納庫を映せば、今まさに出撃しようとしているマリアの姿があった。

 

「すみません、あやめさん!

 俺、行ってきます!」

 

「玄治くん、待ちなさい! 一人じゃ危険よ!」

 

「その危険を冒してる馬鹿を止めてきます」

 

 光武の一体を収める場所からある物を引っ張り出し、玄治は肩に担いで飛び出していく。

 銀座から築地までは幸い距離が近い上に、光武はそんなに早く走れない。

 

『玄治!? あなた、どうしてここに・・・!

 というか、その装備は・・・』

 

「隊長さんとかの光武の刀のスペアだよ。

 人に無茶すんなとか言うくせに、一人で無茶しようとする馬鹿を止めに来た」

 

 自分の身長ほどもある大きな刀を背負って、マリアの光武と並ぶ。

 

『あなたね、生身でなんて・・・』

 

「俺の光武なんてないからな。

 それに、俺になら背中を預けられるんだろ?」

 

『はぁ・・・ また同じ思いさせないで頂戴ね』

 

「させるかよ。

 俺だって守れなくて、何も出来なかった時があるんだからな」

 

 マリアの光武と背中合わせに一人の男が並ぶ。

 軽々と刀を振るいながら、その刀に自らの霊力を同調させていく。

 

「さぁ、行くか」

 

『えぇ』

 

 マリアが脇侍を撃てば、近づいてきた脇侍を玄治が斬る。

 互いの実力を信頼しきった戦い方は、二人で戦うのが初めてだと言っても誰も信じないだろう。

 

「なぁ、マリア。

 お前なら単独で来させた相手を捕まえる時、どうする?」

 

『四方を囲むわね』

 

「ここってそれ、やり放題だよな」

 

 見渡せば片や海、片や倉庫が並ぶ街並み。

 こちらを囲んでくださいと言わんばかりの立地である。

 

「罠だな、清々しいほどに」

 

『罠だとわかって挑発に乗ったんだもの』

 

「開き直るな! 反省しろ!!」

 

『でも、あなたは来てくれたでしょう?』

 

「おう、感謝しろ。

 戦友という存在に」

 

『えぇ、感謝してるわ。

 過去に縛られて動けなくなりかけた自分が、馬鹿馬鹿しくなるくらいに』

 

 声だけでわかるほどにマリアは喜んでいて、その事実に玄治もなんだか嬉しくなってくる。

 

「なら、俺はまだまだ馬鹿のままだな」

 

『なら次は、私があなたの馬鹿に付き合ってあげる』

 

「マリアが付き合ってくれんなら安心だな」

 

 読み通り脇侍達に囲まれ、その中央にはマリアを呼び出した張本人である死天王 刹那が降り立つ。

 

「一人で来いと言った筈だぞ!」

 

『私は一人で来たわよ。

 こっちは勝手についてきただけだわ』

 

「おぅ、勝手についてきたわ。

 どういう状況か、まったくわかってねーけど」

 

『そういえばそうだったわね。

 私の過去をネタに誘い込もうとしたのよ』

 

 マリアがあっけらかんと答える中で、刹那が玄治の方へと視線を向ける。

 

「そうだ!

 その女はロシア革命の闘士・火喰い鳥(クワッサリー)だ。お前達を騙していたんだ!!」

 

「は? 何言ってんだ、お前。

 そんなことも調べないで花組の隊員にするわけねーだろうが、知ってるに決まってんだろ」

 

 『何言ってんだ、こいつ』と言わんばかりに玄治が耳を掻く。

 

「は?

 だ、だが、他の隊員達は知らなかっただろうが!」

 

「は? なんで一々自分の生い立ちを仲間全員に説明しなきゃなんねーんだ?

 思い出すのが辛くて、自分でも解決策がわかってないことを言いふらせってか? アホか。

 で? お前はそんなことをネタにして誘い込めば、マリアも、隊長さんも一網打尽に出来ると思ったってわけだな。二人がいなくなりゃ花組なんて敵じゃないと、帝都も安心して支配できると思ったわけだ」

 

 ニヤリと玄治は笑い、刀を向ける。

 

「よし、ぶっ殺す」

 

『玄治?』

 

「止めても無駄だぞ、マリア。

 こいつは俺の大切な奴を傷つけて、壊そうとした。絶対に許さん」

 

 思い出すのは大神がポッドで眠る姿とその姿を痛ましげに見守るマリアの姿。

 駆け込んできた花組の悲しそうな顔、毎日訪れるさくら達。

 治療ポッドに集中する玄治を気遣って、光武の修理を一人で行った可愛い妹分(紅蘭)

 そして、マリアが一人で出撃するまでに追い詰められたという事実。

 怒りは尽きず、むしろ未だに活動を続ける火山のように湧き出してくる。

 

「覚悟しろよ、刹那とやら」

 

 玄治の気迫に気圧され、刹那は一歩下がる。

 

「ただの生身の人間がぁ!」

 

「ただの人間にすらなれない妖怪もどきが、マリアを苦しめてんじゃねぇ!」

 

 そういって駆け出した玄治の刀が蒼角の腕の一本を斬り飛ばした。

 

『玄兄! 何やっとんねん!』

 

『貴水さん! マリア! 無事か!?』

 

 駆け付けた花組メンバーによる通信が届き、まず初めに紅蘭のツッコミが入った。

 

「夜の散歩だ」

 

『そのお供ね』

 

 蒼角の一撃を押さえながら玄治はサラッと答え、マリアもマリアで彼の周りに脇侍が来ないように援護へまわっている真っ最中である。

 

『ほーぅ、脇侍に囲まれたり、生身の体で幹部の機体の攻撃受け取るんが夜の散歩かぁ。随分やんちゃやなぁ~。

 ・・・玄兄、マリアはん、素直にごめんなさいは?』

 

「馬鹿が馬鹿やってるの付き合ったら、無茶なことやりたくなりました。ごめんなさい」

 

『馬鹿が付き合ってくれて馬鹿なことしてくれたので、なんだかもう悩むのが馬鹿らしくなったの。ごめんなさい』

 

『よし、二人ともあとで拳骨な』

 

 その通信にカンナが割り込み、仕置きを伝えてくる。

 

「おー、こえーこえー」

 

『えぇ、本当に怖いわね・・・ ふふっ』

 

 刹那を応戦しつつもカンナを茶化すことをやめない玄治とそれに乗じて茶化すマリアは不意に笑う。

 

『マリアさん?』

 

 さくらの疑問が通信から聞こえたが、かまわずマリアは笑い続けた。

 

『はぁ・・・ 一人で悩んでいたのが馬鹿みたい。

 私には何を知っていても無茶を付き合ってくれる人も、心配して駆けつけてくれる仲間も隊長もいるのに、そんなことも気づけなかったなんて。

 あーぁ、本当に・・・ 馬鹿ね、私は』

 

 肩の荷が下りたように呟いて、マリアは笑い続ける。

 その笑い声に他の通信からも笑いが混ざっていく。

 

『あらぁ、マリアさんったら。お馬鹿さんですわね』

 

『ホンマやなぁ』

 

『ったく、水臭いんだよ。マリア』

 

『私達はいつだってマリアさんの味方ですから。

 ね、大神さん』

 

『あぁ、勿論だ。

 さぁ、行こう。マリアと貴水さんを援護するぞ!』

 

 大神の号令にマリアはまた笑って、隣に並ぶ玄治を見た。

 

「なんだ、マリア?

 隊長さんを少しは認めてやる気になったか?」

 

『・・・えぇ、少しぐらいは認めてあげましょうか』

 

 光武に隠れて見えないマリアに玄治も笑って、刀を肩に担ぎなおす。

 

「なら、隊長さん達が来てくれるまで頑張るとするかね」

 

 

 

 大神の号令により戦闘は開始し、玄治とマリアの援護も成功。花組は無事死天王の一角刹那を打ち倒すことが出来た。

 勝利後、皆が光武から降りて花組のカーテンコールを待ちかまえている最中、玄治の腰へと紅蘭がパンチをいれる。

 

「玄兄、聞こえてたで~。

『こいつは俺の大切な奴を傷つけて、壊そうとした。絶対に許さん』やてぇ~?

 どんだけマリアはんが大事やねん」

 

「はぁ? お前、そんな通信聞いてる暇あったらもっと早く駆け付けろよ」

 

「おうおう、それあたいも聞いてたぜ? ついにマリアの気持ちに気づいてやれたんだなぁ、玄さん。

 なぁ? マリア」

 

 二人が玄治とマリアをからかう中で、子ども組が『やっぱりそうなんだ』とコソコソと話し合い、大神もどこか祝福するような視線を向けている。

 

「やめなさい、二人とも。

 玄治にそんな気は・・・」

 

「そうだぞ、二人とも。

 俺にとって、マリアが大切なのは当たり前だろ」

 

「おっ」「えっ」「へぇ」

 

 玄治から出た想定外の言葉に三者三様の反応がかえり、玄治はうんうんと頷く。

 

「だって花組の皆は俺にとって、可愛い妹だからな」

 

 飛び出た発言に場が凍りつき、極寒のロシアの風が吹き荒れた。

 

「あっちゃー・・・ 流石玄兄、重症やわぁ」

 

「玄さん、そりゃねーよ・・・」

 

 からかっていた二人がもう駄目だと絶望し、マリアが一人ニッコリと笑う。

 

「えぇ、わかっていたわ。

 あなたはそういう人だものね、玄治」

 

「どうしたんだ? 二人とも。

 そのやっちまったって顔」

 

 『やらかしたのはお前だ』、と誰もが言いたかった。

 だが、マリアが怖くて誰も言えない。

 

「しょ、勝利のポーズ」

 

 なんとか誤魔化そうと大神が音頭をとるが、時は既に遅かった。

 同時に入ったマリアのアッパーカットが玄治の顎を直撃し、空へと高く舞い上がる。

 

『決めっ』

 

 そこに残されたポーズは拳を振りぬいたマリアと空中へと飛びあがる玄治の姿がありありと映し出され、呆れた紅蘭とカンナ。そして、マリアの怒りに怯える大神達の姿があった。

 当然、玄治は勢いのままに海へと落ちていった。

 

 




おじちゃん! おじちゃんはどうしておじちゃんなの?
いや 俺だって生まれた時から老けてたわけじゃないからな?
そうだぞ アイリス 玄さんだって隊長と歳が一個しか違わねーんだ 可哀想だろ
お前 それフォローのつもりか?
次回 『アイリスの暴走』
太正桜に浪漫の嵐!
年相応 ね  難しいもんだよな
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