花組が出撃していくのを見届け、玄治は嫌な予感がして自宅へと走る。滑り込むように地下に行き、そこに立て掛けられていた斬馬刀を取り、猫の置物を入れた上着を脱ぎ去ってアルセーヌを止まり木へ移そうとする。
「ゲンジ?」
「アル、時計を頼む」
「ゲンジ!?」
「ついてきてもいいが、俺が刀を抜いたら安全地帯まで逃げろ」
いつものように問い返さずに断言する姿にアルセーヌも感じるものがあったのかそれ以上は語らず、玄治は先程戦闘が始まったシャンゼリゼ通りへ急ぐ。
見ればそこには大神の手腕を持ってもまとまらずチームワークが出来ていない巴里華撃団が、今にもポーン達に襲い掛かられそうになっているところだった。
だが、そんなことを玄治がさせる筈がなかった。
走った勢いのままに斬馬刀を抜き放ち、巴里華撃団の前に玄治は降り立った。
「帝国華撃団 後方支援部隊 鳥組隊長 貴水玄治!
今より花組撤退援護の任務に就く!」
「なっ・・・ 生身の者が戦場に近づくな! 死にたいのか! ドクトル貴水!」
「貴水さん、危険です!」
「駄目だよ! おじちゃん!」
が、花組の制止の声は聴かず、玄治は襲い掛かってきたポーン達を一刀の元にただの鉄屑へと変えていく。
「花組隊長 大神に告ぐ! 撤退せよ!」
「げ・・・ 玄治」
「今の花組は戦場にいても邪魔になるだけだ! 撤退しろ!」
「ドクトル貴水の言う通りだ。花組隊員は皆、撤退だ」
玄治の言葉を引き継ぐようにグラン・マからも指示が飛ぶが、巴里華撃団は躊躇する。
「で、でもグラン・マさん、タカミさんが・・・」
「今のあんた達がそこにいても邪魔になるだけだ。いいかい、花組は負けちゃいけないんだ。
あんた達がそこにいても今の怪人達には敵わない。撤退するんだ」
「チッ・・・ あんな生身の男一人にこの場を任せて、あたしらは尻尾まいて逃げろっていうのかよ。
どうすんだい、隊長」
最後の決断を隊長である大神が託され、大神は目をつぶって考えていた。
「撤退だ。
玄治の・・・ 鳥組の働きを無駄にするな!」
「隊長!?」 「大神さん!?」 「イチロー、どうして・・・」
「本気ですか!? 大神さん」 「チッ・・・ 了解」
花組がそんなやり取りをしている最中も、玄治は一度として歩みを止めることはなく走り続ける。斬馬刀を振るっては進んでいく中、ついにはカルマールの元までたどり着く。
「愚かなものよの、たかが人間一人増えたところで・・・」
「変わらない、ってか?
ハッ、帝都はたった一人の男が現れて、二度救われたぞ?」
玄治はそう言ってポーンの残骸を踏みつけて、斬馬刀をカルマールへと向ける。
「そんな奴がこんなところまで来たんだ、世界だって救えるさ。
何故ならあいつは、花組隊長 大神一郎だからな」
再び走り出した玄治は斬馬刀に仕組んだ回路を解放し、霊力が爆発するように形を成していく。
「あれは・・・」
それは撤退する花組の誰から漏れた言葉だったろうか、しかし大神はその危うさに気づいて叫ぶ。
「玄治! やめろ!」
大神に光武の原理はわからない。当然、今玄治が振るっている刀がどんな仕組みで爆発的な霊力エネルギーを放っているかはわかっていない。
だからこれはあくまで大神の直感で口に出した言葉であり、それはけして外れていなかった。
「なんだい? あの霊力は・・・ あんなもん出せるなら、あいつが花組隊員だっておかしくないだろ。
あいつは一体、何をしたんだ?」
「なんなのだ、あれは・・・ 隊長、あれは一体」
「玄治にあんな膨大な霊力はない。もし考えられるとしたら、あれは・・・」
膨大な霊力の刀となった斬馬刀を振るって、多くのポーンや蒸気獣とやり取りしている玄治は無傷では済まない。
だが、それにしても出血量が多い。
幾度となく咳き込むように血を吐き、腕の血管すら遠くからもわかるほどに浮き上がってきている。
「イチロー! おじちゃんが苦しそうだよ!」
「大神さん! どうなってるんですか!? タカミさんは一体何を・・・」
「天武の機構を、刀に組み込んだのか・・・?」
「なんだって?! そんなことしたら体がもつわけないだろう!
大体その危険性は、技師であるドクトルが一番知っている筈だろう!?」
口にしている大神ですら信じたくなかったその事実に、グラン・マが誰よりも早く反応すれば大神も力なく首を振った。
天武の機構は、都市エネルギーを光武に通して戦闘エネルギーに変えていたもの。
光武もそうだが、天武もまた直接的に霊力や妖力による変化や負荷に耐えられない人体を守るために作られたのが始まりであり、あくまで天武の機構はさらにそこに都市エネルギーを吸収することにより強力な力を得るものであった。
「玄治は、それすらも出来てしまうんです。
どんなに己の身が危険に晒されてもかまわない、花組を守るためなら俺達に『戦うな』とすら口にする」
体がいつ限界を迎えてもおかしくない中で、玄治は楽しそうに笑っていた。
「な、何故、倒れない? あんた、頭おかしくなってるんじゃないかい?」
「なんなんだピョン!?」
いくら絞めようとしても避けられる、ジャンプをしても機関銃すらも玄治には届かない。
「なんなのよ、こいつ。どうして生きてるのよ!」
「貴様ぁ! 何故、笑っている!」
「あぁ血にまみれ、死体に等しい体で何故舞い踊る?!
貴様の闇も、死も確実にそこにあるというのに!」
いくら多くのポーンで囲んでも突破し、多くの拳は空を切り、その翼は両断される。
「ハァハァ・・・ ハハッ、なんだお前ら、たかが人間一人が怖くなったか?」
ようやく立ち止まった玄治をカルマールは見逃さず、玄治の右腕目掛けて足を巻きつけきつく締めあげる。
「なっ・・・ くそっ・・・」
捕えられたと同時に雷撃が奔り、玄治の体を貫いていく。意識が飛びそうなほどの威力にも関わらず、玄治は驚きの行動に出る。
捕えられていない左腕で愛刀を引き抜き自ら右腕を切り離し、愛刀を口にくわえ、左手で斬馬刀を握りなおす。
「なっ!?」
もう花組の誰もが、何も言えずに彼を見ていることしか出来ない。
そんな無力な自分にある者は歯を食いしばり、ある者は俯き、ある者は涙を零し、ある者は拳を握り締める。
「人間をぉ! なめるなぁ!!」
そう言ってカルマールの蒸気獣・サンフォニーへと斬馬刀を突き立て、空いた左手で愛刀を突き立てようとした瞬間、サンフォニーの足によって弾き飛ばされる。地面に叩きつけられながらも体勢を立て直し、今なお睨みつける玄治を前にして怪人達は初めて恐怖していた。
兎よりも軽快で、蛇よりも執念深く、獅子よりも獰猛で、蠍よりも凶悪な毒を孕んだ、烏よりも賢く、烏賊よりも手数の多い男がそこにいるのだ。
「なんだ、もう終わりか?」
「く、くそっ、撤退。撤退じゃ」
「ですが、カルマール公。今ならば一斉にかかれば奴を・・・」
「黙れ! レオン! 余の指示が聞けぬのか!?」
「い、いえ・・・ そのようなことは」
「仮に殺せたとしても奴一人にどれだけの犠牲を払う気だ!
あやつは自らを引き換えに我々全員と刺し違える気なのだぞ!?」
玄治がそんな言葉をちんたら聞いてやる義理はなく、まずは手近にいたシゾーへと飛び掛かるが撤退の命令に従っているシゾーは機関銃で牽制をして玄治の接近を防いでいく。それを援護するようにピトンのベルスーズの地下からの攻撃によって、突き上げられる。
「ぐっ・・・」
左腕一本で受けながらも一歩でも前へと突き進む玄治に恐怖し、後退る。
もはや意識があるかどうかすら傍目にはわからないほど血にまみれ、ぎらついた目だけが次の獲物を探していた。
「撤退じゃ!」
『は、はっ』
そこでようやくポーンも蒸気獣達も消え失せ、崩壊したシャンゼリゼ通りと多くの鉄屑と化したポーンの残骸が転がっている中で、玄治がようやく力を失ったように刀を落とし、体を倒れさせる。
「メル! シー!」
『ウイ! オーナー!』
グラン・マが詳細を語るまでもなく駆け出し、それに続くように医療部隊が玄治を囲みこんでいく。
「玄治!」 「タカミさん!」 「貴水さん!」 「おじちゃん!」
玄治に駆け寄る四人を何とも言えない顔で見守るグリシーヌと、どこからか右腕を持ってくるロベリア。
「ほら、必要だろ」
医療部隊が腕を丁重に受け取り、傷だらけの玄治に苦い顔をする。
そして、そんな光景を建物の上から見ていた男・加山雄一もまた厳しい顔をしていた。
「待っていろ大神、必ず希望を届けてやるからな。
でもなぁ玄治、流石にこれは無茶が過ぎるだろう」
よぉ 大神ぃ 玄治ぃ 希望の光を届けよう
トラブルの予感がして、既に胃が痛い・・・
玄治は大人しく療養してくれよ・・・
次回 『光は東方より』
愛の御旗のもとに
お久し振りです 大神さん