サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

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⑧光は東方より

 あの戦いがあってから数日後大神は秘書室でシーと話している最中、玄治は地下の医療ポッドの中にいた。医療ポッドのおかげで戦いの傷は癒え、自ら切り離した右腕は大きな傷こそ残ったものの無事縫い合わされていた。その医療ポッドの隣にはメルとエリカ、花火がおり、玄治が目覚めるのを待っていた。

 その時、医療ポッドの中の玄治の目が開き、それにいち早く気づいたメルが声をあげる。

 

「貴水さんの意識が戻りました!」

 

「あぁ、よかった・・・ 貴水さん、本当によかった」

 

「私、大神さん達を呼んできます!」

 

 内側から腕を伸ばした玄治がポッドを開き、用意してあったタオルと衣服を手渡していく。

 

「医療ポッド・・・ あぁ、俺はあの後倒れたのか・・・」

 

 腕を切り離したことを覚えていたのか、右腕を動かそうとするが痛みが走ったのか動かすのをやめる。

 

「貴水さん、こちらをどうぞ。

 体中の怪我をなさっていたんです、あまり無理に動かさない方がよろしいかと」

 

「俺の刀とスーツはどうなった? アルは?」

 

「刀もこちらに、スーツはそちらにあります。ですが一応クリーニングをしましたが酷い有様です。

 アルくんは今、エリカさんが呼びに行ってます。立てますか? 貴水さん」

 

「あぁ、大丈夫だ。あちこちまだ痛むが、着替えるくらいは出来る筈だ」

 

 メルが着替え用の仕切りをしてから、玄治に着替えてもらえばちょうどエリカに呼ばれた大神達が駆け込んできた。

 

「玄治!」 「タカミさん!」 「ゲンジ! ゲンジ!」 「おじちゃん!」

 

 慌ててきた四人と、大神が来たから付き従ったのが透けて見えるグリシーヌとロベリアが入ってくる。

 

「目覚めたのか、あれほどの怪我をしても治るものなのだな」

 

「不本意だけど、アンタに同意だよ。

 まぁそれ以上にこの男がただもんじゃないってのが大きい気がするけどね」

 

 服を着て出てきた玄治はまだだるそうに腰かけ、メルと花火がいつでも補助に入れるように左右に並んでいた。

 

「よぉ大神、守りきれたようで何よりだ」

 

「玄治、すまない・・・ 本当にすまない」

 

「謝るなよ、俺がやりたいからやってるんだ」

 

 自分の前で謝罪する大神を左腕で肩をポンッポンッと叩く。

 

「ゲンジ! トケイ!」

 

「あぁアル、ありがとうな。時計を守ってくれて。

 ・・・ちゃんと無事に帰ったぞ」

 

 アルから懐中時計を受け取り、左手で受け取ったそれを額につけて報告するように呟く。

 

「本当に心配したんですよ、タカミさん」

 

「そうだよ、おじちゃん。おじちゃんが光武にも乗らないで怪人に向かっていくなんて危なすぎるよ」

 

 お説教するようにコクリコが注意し、そんな彼女の頭を撫でて誤魔化す。

 

「それでもやらなきゃいけないことがある、そんな時があるんだよ。コクリコ。

 心配をかけたのは悪いとは思ってるけどな」

 

 そこで立ち上がろうとする玄治の手を花火が支えるように取り、メルが流れるように右手に杖を用意してくれる。

 

「ありがとう、二人とも」

 

「ドクトル貴水、どこへ行く気だ? 貴公はつい先程目覚めたばかりの自覚はあるのか?」

 

 驚愕の色に染まったグリシーヌが玄治の前に立ちはだかり、玄治はグリシーヌを見下ろした。

 

「怪我をしていても報告は出来る。

 ライラック伯爵夫人に直接戦った蒸気獣についても話をしなければならないし、あの戦力でいつまた襲撃されるかわからない。俺に寝ている暇はない」

 

「・・・貴公はなんなのだ? どうして花組のためにそんなにも命を懸けられる?」

 

「また理由か・・・ お前と話していると本当に疲れるな」

 

 グリシーヌの言葉に溜息を零す玄治は、その後ろから睨みつけるロベリアの視線に気づいた。

 

「アンタ、アタシを捕まえた仮面の男だろ?」

 

「さて、な。何か確証でもあるのか? ロベリア・カルリーニ」

 

 杖をつきながら心配した顔のメルと花火がついていくのを全員が見送っていると、玄治のエレベーターが一階につくと同時にロビーでガラスが割れる音が響いた。

 

「なんだ?」

 

「貴水さん、走っては駄目です!」

 

「だが・・・」

 

「マカセルガイイ!」

 

「私とアルくんが見てくるので、花火さんは貴水さんをお願いします」

 

 玄治達に次いでエレベーターに乗ってきた大神もロビーへと走っていくのを、うまく動かない体に苦い顔をして見送ることしかできなかった。

 

「貴水さん、体がお辛いなら車椅子にしましょうか?」

 

「いや杖でいい。車椅子だと動ける範囲が減るからな」

 

「・・・貴水さんは、いつでもまた飛び出すことを考えているのですね」

 

 玄治の発言に何かに気づいた花火が、隣にいるにも関わらず彼が聞こえぬ声で何かを呟いた。

 二人がようやく秘書室の前に辿り着けば、ガラスの割れた音に気づいたグラン・マが扉から出てきたところで驚いた顔で玄治を見ていた。

 

「気が付いたのかい、ドクトル」

 

「おかげさまで。

 素早い対応のおかげか、右腕もくっついたようで本当に助かりました」

 

「それはこっちの台詞だよ。花組の危機をよく救ってくれたね。

 けれど、あんたの身だって大事なんだ。今後はそんな無茶は・・・」

 

「それは従えませんよ。それだけは、たとえ米田さんに言われても従えません」

 

「・・・それがあんたの信念かい」

 

「えぇ。

 それと蒸気獣達についての報告を・・・」

 

「報告は書類でいいし、そんなにすぐじゃなくていいよ。ドクトル。

 しばらくはメルをあんたの傍に置くから、なんでも頼めばいい」

 

「ご迷惑をおかけします」

 

「なに、迷惑じゃないさ。むしろ礼にしても足りないぐらいだろう」

 

 互いに頭を下げていれば、そこに大神が報告に戻ってくる。投げ込まれたのは石を包んだ手紙だったらしく、そこには『光は東方より 巴里の街にサクラサク』と書かれ、すぐに大神に調査依頼が出される。

 調査に行く大神に『絶対安静』を言いつけられるが、玄治は適当に返事をして見送る。

 

「さてまずは帰るか・・・ いやその前に食事か?」

 

「タカミさん、体調不良にはプリンですよ! 柔らかくて甘くて食べやすい、まさに病み上がりにぴったりな食事です!」

 

「そうだなぁ。でも、なんでも食べられそうだから平気だぞ」

 

「自覚のない怪我人の言葉なんて信用できません」

 

「メルさんの言う通りです、お体お大事になさってください。

 右腕も少しずつ動かしてリハビリするように言われていますから、あまり急に動かしては駄目ですよ」

 

「大丈夫なんだがな・・・」

 

「ゲンジ、カエロウ!」

 

「あぁアル、帰ろうな」

 

 いつもよりゆっくりと歩きながら、三人が護衛するように玄治に張り付き、あれやこれやと食事の材料を買っていく。スープの材料やサンドイッチの材料、片腕が不自由でも十分食べれるパンなどをエリカと花火が持ち、玄治は申し訳なさそうにする。

 

「そういえば、巴里の街に桜なんてあるか?」

 

「いえ、なかった筈です。

 ですが今は世界の花の博覧会がやっているので、そこならばある可能性がありますね」

 

「・・・なぁ、荷物を家に置いたらそこに行ってみないか」

 

「ですが、貴水さんはお怪我を・・・」

 

「無理なさらないでください、貴水さん」

 

「そうですよ!」

 

 一斉に言われても苦笑いするしかない玄治は、左手だけで順にエリカ達の頭に触れる。

 

「心配させたのはわかってるさ。でも、この春は桜が見れなかったから桜が見たいんだ。

それに日本の桜は綺麗だぞ、一緒に見てくれないか?」

 

 そう言われては三人も従うしかなく、渋々と玄治の言う通りに世界の花の博覧会場へ向かえば、そこには慌てた様子の大神とも居合わせる。

 

「なんだ、大神。お前も来たのか」

 

「いや、シャノワールを覗いてる怪しい人物を追いかけたらここに辿り着いて・・・ 玄治は?」

 

「あぁ、桜を見たくなった俺の我儘に付き合ってもらったんだ」

 

「そうなんですよ、大神さん。

 貴水さんは安静にするように言っているのに、全然聞いてくれないんです」

 

 メルがそういえば大神も苦笑するしかなく、会場のひと際目立つところに置かれた桜の木に大神と玄治の目が留まる。

 

「見事だな、これは・・・」

 

「あぁ、まるで上野公園の桜みたいだ」

 

「サクラ、サクラ!」

 

「綺麗ですね、吸い込まれてしまいそうです」

 

「幻想的で・・・ これが日本の桜なのですね」

 

「タカミさんと大神さんはそのウエノの桜には特別な思い入れがあるんですか?」

 

 美しさに見惚れる二人とエリカの問いに玄治と大神は視線を交わし合い、懐かしい光景を思い出す。

 

「あぁ、俺達の始まりはいつも春だったからな。上野公園の桜の下でよく宴会をしていたよ」

 

「皆で玄治の料理をつつくのが恒例だったよな」

 

「あぁ、懐かしいな」

 

 不意に風が桜の花びらを運び、木の陰からさくらが顔を出す。

 

「お久し振りです、大神さん。お元気そうで何よりです」

 

「さ、さくらくん。さくらくんなのか」

 

「えへへ、アイリスの言った通り。お兄ちゃん、びっくりしてるよ~

 ボンジュール! アイリスもお兄ちゃんに会いに来たんだよ」

 

「おーっほっほほ! 二人は単なる前座にすぎませんわ!

 帝劇のトップスタァ、神崎すみれのおでましですわ」

 

 そう言ったさくらの次にアイリスが顔を出し、すみれも顔を出す。そして、木から大神の元に来たかと思えば、さくら達は突然方向を変えて不機嫌満載の顔で玄治に詰め寄ってきた。

 既に嫌な予感がしていた玄治はじりっと後退るが、大神がその肩を掴んで離さない。

 そして、間髪入れずにさくらの手が上がったかと思えば勢いよく玄治の頬を叩いた。叩いた手をそのままの勢いで玄治の襟首を掴んで自分の顔の高さへとおろしてくる。

 

「玄治兄さん! なんでこんな大怪我をしてるんですか!? どうしていつも自分の体を大切にしないで前に出るんですか! なんで右腕を自分で切り離しているんですか! 馬鹿でしょう、馬鹿なんですね! 大馬鹿なんですよね、私達の兄さんは!! 加山さんから全部聞いたから知ってるんですからね! 一時は意識不明だなんて聞いて私達がどれだけ心配したか! マリアさん達がどんなに悲しんだか、わかってるんですか!」

 

「さくらさんの言う通りですわ!

 あなたの腕は神崎の腕、その腕をどれだけ高く買っているとお思いなのかしら!?

 あなたの体はもうあなただけの物じゃないことを自覚なさってくださる!?

 あなたは花組を守れて満足でしょうけど、守られてボロボロになるあなたを見るこちらの身にもなって頂戴な!」

 

「おじちゃんのバカ! アホ! 女泣かせのカイショーナシー!

 マリア達すっごく泣いてたんだからね! アイリス達だって今日会うまで心配で仕方なくて、まだポッドの中かもしれないってずっと考えてたんだからね!」

 

 不機嫌満載だった顔から涙があふれていて、玄治も完全に困った顔になってしまう。

 

「すまん・・・「思ってない謝罪はいりません!」 「あなたのそれは口先だけですわ!」 「アイリス信じないもん、バカー!」

 

 信頼零の怒涛の三連撃に玄治は何も言い返せるはずもなく、左腕一本で三人をあやすように頭を撫でる。

 

「それでもちゃんと皆、無事だったことで勘弁してくれ」

 

「これのどこが無事なんですか。馬鹿兄さん」

 

 玄治がどうにか絞り出した言葉はそんなもので、玄治の胸を力なく叩きながらさくらが泣く。

 しばらくしてから泣き止み、さくらが頭を下げた。

 

「大神さん、皆さん、突然こんな姿を見せてしまってごめんなさい。玄治兄さんの話を聞いてからずっと心配だったので」

 

「さくらくん、すみれくん、アイリス、わかるよ。心配かけたね」

 

「タカミさんは、皆さんのお兄さんなんですか?」

 

 涙をふく三人にエリカが素朴な疑問を向けると、さくらは強く頷いた。

 

「はい、私達花組にとって兄のような存在なんです。

 でも、こんな風に妹に心配をかける酷い兄ですけどね」

 

「おじちゃんはいっつも無理するんだもん」

 

 不機嫌な二人にメルと花火から『向こうでも同じことしたんですか?』とばかりの視線が突き刺さり、玄治はさらに気まずくなる。

 

「まぁ、なんだ。せっかく来たんだ、歓迎会でもしないか?」

 

「いいですね!」

 

 玄治が苦し紛れにそういえばエリカが乗っかり、他の面々も目を輝かせた。

 

「よし、やろう!」

 

 大神の号令に全員が乗り気になり、一度そこで解散した。

 

 

 

 

 

 準備に時間がかかるということで、準備の締め出しをくらった玄治はメルと共に自宅に帰ろうとすれば何故かさくら達もついてきた。

 

「なんだ、お前ら。ホテル取ってるんじゃないのか?」

 

「取ってないですよ、玄治兄さんが無駄に広い一軒家を買ったと聞いたから、最初から玄治兄さんの家に泊まる予定でした」

 

「は? 俺、何も聞いてないんだが?」

 

「だって今言いましたもん」

 

 けろっと言い切るさくらに、『開き直るな』とかあれやこれやと言いたいことが浮かぶが言っても聞かないのはわかりきっているため、左手を頭にあてて諦める。

 

「・・・わかった。二階の空いてる部屋を好きに使え」

 

「それから、その左肩にいる鳥はなんですの?」

 

「ワガハイハアルセーヌデアル!」

 

「しゃべるんだね。アイリスだよー」

 

「シッテル。サクラ、スミレ、アイリス」

 

 玄治が説明するよりも早くアルセーヌが三人を順にみて名前を呼び、さくら達がそれに驚く。

 

「教えてたんですか? 玄治兄さん」

 

「当たり前だろ。俺と一緒に居るんだ、家族の紹介するぐらいはする。

 メルさん、もう戻ってもいいぞ?」

 

「いえ、私もしばらくこの家に滞在する予定です。

 右腕が不自由なのは不便ですし、何よりもその怪我は巴里華撃団のせいですから・・・ だから、本当に申し訳ありません。トーキョーの花組の皆さん」

 

 そう言ってメルは三人に頭を下げるが、今度はさくら達が慌てる番だった。

 

「そんな頭をあげてください、メルさん」

 

「そうだよ、どうせおじちゃんが言われてもないのに飛び出したに決まってるもん」

 

「貴さんのことは私達がよくわかってますわ。

 それに貴さんが飛び出すのはこれが初めてではないですもの」

 

「すみれ、一言余計だ」

 

 どうにか家に到着すれば確かに家の前に三人分の荷物が置かれており、玄治はまた頭を抱えたい衝動に駆られる。

 

「シャトーブリアンの家とかもっと泊まるのに良いところあっただろ、何が楽しくて俺のところに」

 

「パパとママのところをホテル扱いしないでよ、おじちゃん」

 

「俺のところはホテル扱いでいいのか・・・」

 

 いつものように荷物を持とうとする玄治から自分達の荷物をかっさらい、迷いもなく二階へと入っていく三人を見送り、玄治はリビングの方に行ってることを告げて一人掛けのソファに座って一息ついた。

 

「うるさい奴らだったろう? アル、メルさん」

 

「ウン!」

 

「いえ、そんな。

 皆さん、貴水さんのことがそれだけ心配だったということですよ」

 

 そう言ってメルは俯き、何故か突然涙を零した。

 

「え? ど、どうした? メルさん」

 

「本当に・・・ 危険な状態だったんですよ。

 体中、どこも傷だらけで・・・ 血だってたくさん溢れてて。戦ってる時だって画面越しに見ているだけで辛くて、それなのにあなたは・・・ あんな状況で笑ってて・・・」

 

 一度溢れた涙がなかなか止まらないのか、顔を隠そうとするのに涙を拭う手では隠しきれていなかった。

 

「腕を切り離した時・・・ 蒸気獣の攻撃があなたを掠るたび・・・ どうして私は何も出来ないのか辛くて、ようやく傍に行けた時、あなたは息をしてなかったんです・・・!

 どうして、あなたはこれだけたくさんの人に想われても、怒られても、自分を大切にしてくれないんですか・・・?」

 

「・・・すまないなぁ、本当に」

 

 自分の右側に立っていたメルの頭をそっと撫で、アルも玄治を突いてくる。

 

「俺は誰にも無理をしないとも、無事に帰ってくるとも約束しないと決めている。

 どうしてか、わかるか? メルさん」

 

 涙を零しながら首を振る彼女に、なるべく優しい声で玄治は告げる。

 

「それは俺が守りたいものが、前線で戦う華撃団そのものだからだ。

 知らない誰かのために命を懸けて戦えてしまう花組を、俺は守りたいんだ」

 

「そのためなら、自分がどうなってもいいんですか?」

 

「・・・昔はそうだったよ、今はどれだけ傷だらけになっても帰らなきゃいけない場所がある」

 

「でも、一歩間違えば死んでいました! あなたは戦っている時、生きることなんて考えていなかった!

 どうしてですか! どうしたら・・・ あなたを大切だって想う私達の気持ちを、あなたはわかってくれるんですか!」

 

 その言葉に玄治が目を開いて驚くが、すぐに困ったように頭を撫でるだけだった。

 

「霊力も足りなくて花組隊員にもなれない、技師としてあなたを助けることも出来ない、かといってあなたと共に戦うことだって出来ない・・・ 無力な私はどうしたらあなたの力になれるんですか? どうすれば傷つくあなたを守れるんですか? どうやったらあなたを止めることが出来るんですか?」

 

「・・・すまないな、メルさん」

 

 謝ることしか出来ない玄治に今出来ることは彼女が泣き止むまで頭を撫でることで、それ以上のことをしてもいいなどとは思えなかった。

 

「玄治兄さん・・・ マリアさん達だけじゃなくメルさんまで泣かせたんですか?」

 

「そういじめてくれるな、さくら。

 今回は確かにやりすぎたとは思ってるよ」

 

「それは去年、ラチェットさんが貴さんを援護していたからですわ。

 マリアさんがいない時はラチェットさんが、鳥組が二人してはっちゃけた時はかすみさんを筆頭にあなたをきっちり叱っていましたもの」

 

「マリア達はおじちゃんのお守りみたいなもんだもんねー」

 

「ねぇ? かすみさん?」

 

 グサグサと玄治の心に釘を刺しながら、三人の方を振り向けばそこには居ない筈の人物がいて、玄治は目を丸くした。

 

「か、かすみ・・・?」

 

「はい、お久し振りです。玄治さん」

 

「どうして巴里に? 他の面々はともかく、お前が巴里に来るなんて・・・」

 

 おもわず立ち上がろうとして玄治がいつもの癖で右手をついてしまい激痛が走る。支えようとしたメルと小走りで駆け寄ったかすみがつくのは同時で、顔をこわばらせるメルとは反対にかすみは微笑んで二人で支えるように促した。二人に支えられて椅子に座りなおす玄治は二人に礼を言うが、まだ驚いた顔でかすみを見ていた。

 だが、かすみの顔をよく見れば目元は赤くなっており、玄治の状況を聞いて泣き腫らしたことは誰の目から見ても明らかだった。

 

「すみません、皆さん。玄治さんと二人きりにさせてもらってもいいですか?」

 

「えぇ勿論。

 メルさん、よければ時間まで巴里を案内してもらってもいいですか?」

 

「貴さん、しっかり絞られてくださいな」

 

「ばいばーい」

 

「ワガハイハココニイル! カスミ!」

 

「えぇ、アルくんはいていいですよ」

 

 ささっと出掛けていく四人に置き去りにされる形で玄治は椅子から動けず、かける言葉も見つからずにかすみを見ていた。

 そんな中で、かすみがぽつりとつぶやいた。

 

「あなたが一人、巴里に行くとわかった時から・・・ 私達は覚悟していた筈でした」

 

 かすみの手は玄治の顔に触れ、そこから心臓の位置まで降り、椅子に座ったままの玄治に抱き着いた。

 

「おかえりなさい、玄治さん。

 帰ってきてくださってよかった、本当によかった」

 

「あぁただいま、かすみ。心配かけたな」

 

 左腕でそっと抱きしめ返して、柔らかな体と優しい香り、温かな体に自分が生きているのだと改めて実感する。

 

「すまないな、せっかく皆からもらったスーツを駄目にした」

 

 視線の先に置かれた風呂敷に包まれたスーツの残骸に申し訳なさそうな顔をする玄治に、かすみは怒ることもなく彼の髪を撫でていく。

 

「私が持ち帰って繕っておきますから、気になさらないでください。

 髪結い紐も代わりを持ってきました。結ってもよろしいですか?」

 

「あぁ、頼むよ。かすみ」

 

 そう言ってからかすみは立ち上がれば、ふと足を止める。

 

「ん? どうした?」

 

「いえ、髪を降ろしていると山崎少佐に似ているなと思いまして」

 

「そうか? それは嬉しいな」

 

 左手で髪を分けて葵叉丹のような髪型を作れば、玄治はふっと不敵に笑って見せる。

 

「どうだ、似てるか?」

 

「ふふっ、えぇとても」

 

 かすみが背後に回って髪に櫛を通し、慣れた手つきで髪を結っていく。

 

「歓迎会、かすみはどうする?」

 

「いえ、私はこの家の掃除などをしていようかと思います。

 それにメルさんとお話したいこともありますし」

 

「・・・メルさんが俺を想ってるかもしれないこと、か?」

 

 玄治が言いにくそうに言えば、かすみは気にした様子もなく微笑んでいた。

 

「そちらも覚悟していましたから。

 それに私達以外にあなたを止めてくれる人が増えてくれることは、良いことです」

 

「か、かすみ・・・」

 

 困惑する玄治にかすみは笑うばかりで、玄治の背に甘えるように抱き着く。

 

「私達が愛している人は魅力的な方で、とても危うい方ですから。巴里でもあなたを助けてくれる人がいてくれて本当に良かった」

 

「でも俺は・・・」

 

 そこで玄治の口を後ろから優しく抑え、頭の上から覗き込むようにかすみは優しく笑っている。

 

「あなたの気持ちもわかっています。

 でも、私達はむしろ歓迎していることだけを覚えておいてください」

 

 玄治はその言葉に返事することが出来ず、黙り込んだ。

 

「さぁ、玄治さんは歓迎会に行かないと。シャノワールまでお送りします」

 

「言葉は大丈夫なのか?」

 

「ご心配なさらず、メルさんがついてくれるようですので」

 

 その言葉に玄治が何かを察し、かすみに問う。

 

「・・・いつから話が通してあるんだ? まさかライラック伯爵夫人が動いてるのか?」

 

「玄治さんがメルさんを守ろうとした行動が、社交界で噂になってることを相談されました。伯爵夫人は婚約者である私達に話を聞かせてくださったんです」

 

「俺の顔が貴族に知られている以上他に手段がなかっただろ、あれ以外となるとあいつを物理的に消すぐらいしか浮かばなかったんだ」

 

「玄治さん」

 

 かすみに注意され、失言だったと口を閉じる。

 

「何度も言っていますが、私もマリアさん達も怒っていません。

 あなたを守ってくれる人が一人でも増えることは嬉しいというのも、本心です」

 

 部屋の片隅に用意されていた車椅子をソファの近くに寄せ、玄治に手を貸して移動する。

 

「だから、玄治さんは当面怪我を治すことだけを考えていればいいんですよ」

 

「・・・本当に悪いな、いつも」

 

「いいえ、あなたが無事に帰ってきてくれた。それだけで十分です。

 さぁ行きましょうか」

 

「カスミ、カスミ!」

 

 かすみが玄治の車椅子を押せば、アルは玄治の肩に乗ってかすみをしっかり見つめている。

 

「アル、お前は俺が歓迎会に行ってる間かすみの護衛の任務についてくれ」

 

「マカセルガイイ!」

 

「玄治さん、護衛なんてそんな・・・」

 

「巴里の街にこんな日本美人が歩いているんだ、俺が心配だからな。

 悪い虫がつかないようにしっかり守るように」

 

「マカセルガイイ!」

 

「ふふっ、二人して心配性なんですから」

 

 そうして三人で話していればあっという間にシャノワールについてしまい、エリカと花火が待っていたとばかりに出迎えた。

 

「タカミさーん! こっちですよ!」

 

「貴水さん、そちらの方は・・・?」

 

「あぁ、俺の・・・「それでは貴水博士、私はここで」

 

 玄治が説明しようとしたのをかすみが言葉を遮って、あたかも研究助手のような発言をしてかすみは会釈をしてエリカと花火に『博士をよろしくお願いします』と伝えて去ろうとする。

 

「ありがとう、かすみくん。俺が帰るまでアルを頼んだよ」

 

 かすみの真意がわからないが、その意図を汲んで助手のように扱う。

 

「おまかせください、博士」

 

「ハカセ! オカエリヲオマチシテイマス!」

 

「あぁ、あとでな。アル」

 

 花火がかすみの手から玄治の車椅子を受け取れば、エリカがスキップしそうな勢いで楽屋へと先導してくれる。

 花火に押されるがまま楽屋へと入れば飾り付けられた部屋の中に、食事と酒が用意されており、準備をしていた大神が玄治に気づいて笑顔を向けてくる。

 

「玄治来たのか、結局車椅子になったのか?」

 

「思ったより右腕が動かないからな、こっちの方が楽だと気付いた」

 

「そうそう、そうやってしばらくは安静にしててくれよ」

 

「人が車椅子に乗って嬉しそうにしてる奴はそう居ないと思うぞ」

 

 嬉しそうな大神に対し、玄治はおもわず苦い顔をしてしまう。

 

「不謹慎かもしれませんけど、私も大神さんの気持ちがわかります」

 

「花火までそんなことをいうのか、勘弁してくれ」

 

「友が危険な目にあったのだ、安静にしてほしいと願うことはおかしなことはあるまい」

 

「それを言われると反論がしづらいな・・・」

 

 グリシーヌがぼそりというと玄治も痛いところをつかれたとばかりに、さらに苦い顔になる。その姿を見てロベリアが笑い、コクリコは玄治の肩を見てアルを探す。

 

「あれ? おじちゃん、アルくんは?」

 

「あぁ、アルさんなら助手の方とお家に戻られましたよ」

 

「俺と一緒に居てずっと帰れなかったんだ、少しは安心できる場所で寝てほしいからな」

 

 その言葉にコクリコが納得し、大神が『助手』の言葉に首を傾げていたがその疑問は放置しておくことにする。

 そうしている間にさくら達がシャノワールを訪れ、大神が三人を紹介すれば楽屋は楽しく賑わいだす。

 

「大神さぁん、クロワッサンが出来るので取りに来てくださーい」

 

 そう言って大神が少し席を離れてる間に、二つの戦いが勃発する。

 

「大神さん! 大変です! グリシーヌさん達が! 大神さん、早く来てください!」

 

「グリシーヌがどうしたんだ?」

 

「とにかく来てください! こっちです!」

 

 エリカが慌てて大神を引っ張っていけば、完全に観戦感覚の玄治が『来たな』と笑う。

 

「大神さん、どうしましょう!? ぐ グリシーヌとすみれさんが喧嘩を始めてしまって・・・」

 

「な なんだって!?」

 

 玄治に世話を焼いていたため詳細を知らないのか、はたまた玄治が止めたのか車椅子の背後であたふたとする花火に大神が驚愕する。

 

「ちょいとグリシーヌさんとやら、もう一度おっしゃっていただけませんこと?」

 

「民を守るのは貴族の責務だ。平民、ましてや成り金の出る幕ではない!」

 

「ご、ご立派なお考えですこと。ですがね、伝統だけの貴族なんてちゃんちゃらおかしいですわ!」

 

 成り金vs.伝統貴族の戦いが勃発しており、玄治はくだらないとばかりにぼそりとつぶやく。

 

「まーだ、貴族がどうだとか言ってんのか」

 

「黙れ! 成り金技師!」

 

「おーこわこわ」

 

 喧嘩には参戦しないとばかりに玄治が肩をすくめれば、グリシーヌは相手はこちらだとばかりにすみれに視線を戻す。

 

「ど どうしましょう。私が命をかけてお二人をお止めするしか・・・」

 

「やめとけやめとけ、あんな喧嘩参戦する方が馬鹿を見る」

 

「ですが、放っておくわけには・・・」

 

 玄治が呆れかえっているが、大神はそうはいかない。

 

「待つんだ、すみれくん! 君は先輩なんだから大人げないことはやめるんだ!」

 

「あっ・・・ こっちの馬鹿は無理だったか・・・」

 

「ふふん、わかったか。成り金! 隊長も私の主張が正しいと言ってるではないか! 貴族が民を守るのは我が国の伝統だ! 他国の民が出る幕などない!」

 

 大神がすみれを止めたからか、自分の味方だと言わんばかりに勝ち誇った顔をするグリシーヌにすみれが逆に鼻で嗤う。

 

「伝統? 古くからの貴族なんて所詮はカチンコチンの石頭ですわね。先輩に対する礼儀も知らない、常識知らずの名門貴族なんてお笑い種ですわ!」

 

「たかが東洋の成り金の分際で私を馬鹿にするなど・・・ 許せん! 今の発言、撤回しろ!」

 

「してください、でしょう? お願いの仕方もご存じない? フフフ、貴族の癖に」

 

「流石役者で貴族、人を罵倒する語彙に関しては天才か?」

 

「貴さんは黙ってなさいな!」

 

「貴水さんも火に油を注ぐ発言はおやめになって! それに二人を止めないと」

 

「無理無理。あんなん止めたらこっちに飛び火するぞ、花火」

 

 本気の顔で感心してる玄治をすみれが鋭く叱りつけ、玄治も逃げるかと花火を促して車椅子の方向を変える。

 が、その方向に救いはなく、さくらが大神の元に駆けてきたところだった。

 

「大神さん、玄治兄さん、大変です! こっちに来てください!

 こっちも喧嘩が始まりそうなんです! とにかく来てください!」

 

「なんだって?」

 

「あぁ、だよなぁ・・・」

 

 驚く大神と予期していた玄治はさくらについていけば、ロベリアが待ってましたとばかりに観戦していた。

 

「お、やっときたか。見なよ、なかなか面白いぜ」

 

「じゃ、俺も観戦するかな。追加の酒とつまみはこれでいいか?」

 

「話がわかるじゃないか、ドクトル。特別にアタシの隣を許してやるよ」

 

「じゃ、隣失礼」

 

「もう、お二人とも、冗談が過ぎますよ」

 

「こっちはアイリスとコクリコか、原因はなんなんだ!?」

 

 観戦する気満々の二人を花火が注意しても悪びれないので、大神が改めてロベリアに問う。

 

「アンタだよ。

 こんなくだらない男のことで喧嘩なんてね、よくやるよ」

 

「俺が!? いったいどうして?」

 

 話を聞いてさらに驚く大神にロベリアが顎で指し示せば、二人の背後にクマと猫が現れていた。

 

「お兄ちゃんの名前、呼び捨てなんかにしないでよ!」

 

「嫌だよ! イチローはイチローなんだよ!」

 

「あーっ! また言ったなぁ! お兄ちゃんのこと、馬鹿にしてるんでしょ!」

 

「馬鹿になんかしてないよ! 僕はイチローのこと、とっても尊敬してるんだから!」

 

「な、なるほど。俺が原因ってこういうことだったのか・・・」

 

「不思議だよな、二人とも俺のことは『おじちゃん』呼びなんだぜ? なんで大神だけ名前で、お兄ちゃんなんだろうな?」

 

「それは確かに不思議だねぇ、どうしてだと思う? イチローお兄ちゃん」

 

 完全に面白がって大神をいじりだす観客二名に大神が答えられずにいると、クマと猫の戦いは続いていく。

 

「巴里じゃ、好きな人のことは名前で呼ぶのが普通じゃない! だからイチローでいいんだ!」

 

「違うよ! お兄ちゃんは日本人なんだから呼び捨てなんて駄目なの!」

 

「あ、イチロー! イチローはどっちがいいの? イチロー? お兄ちゃん?」

 

「へ!? そ、そうだな・・・」

 

 突然振られた大神に玄治が『さっきも見たな、この流れ』と思いつつ、見ていれば大神は何故か照れながら答える。

 

「うーん、そうだな。イチローがいいな」

 

「やっぱりイチローが良いよね! 僕もイチローって呼ぶのだーい好きなんだ!」

 

「違うもん、違うもん! お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん!」

 

 喜ぶコクリコとさらに意固地になるアイリスが叫ぶ。

 

「そうだよねぇ、本当はご主人様とか呼ばれたいんじゃないの? イチローお兄ちゃん?」

 

「その呼び方は聞いたことないな、どうなんだ? イチローお兄ちゃん」

 

『そこの二人、うるさい!』

 

「「イチロー(お兄ちゃん)イチロー(お兄ちゃん)って呼ばれるのが一番好きなんだよ(なの)!」」

 

 喧嘩してるのに二人揃って言い返してくる二人に、玄治とロベリアは『おー、こわこわ』と同時に同じ反応をするとさらに怒りは倍増したらしく、二人は再度睨み合う。

 

「もーっ! アイリスなんてね、バナナの皮で滑って転んで頭うっちゃえーっ!」

 

「何よ! コクリコなんて、豆腐の角で頭ぶつけて泣いちゃえーっ!」

 

「こっちはさっきと違って舞台に立つ役者か疑いたくなるような語彙のなさ・・・ 俺、アイリスの今後の舞台が本気で心配だわぁ」

 

 霊力がバチバチと鳴るのを感じて、玄治が車椅子を動かそうとするとまたエリカが大神の元に駆けてきた。

 

「大神さん! グリシーヌさん達を早くなんとかしてください!」

 

「大神さん! アイリス達を早くなんとかしてください!」

 

「そ、そんな・・・ いっぺんに言われても無理だよ・・・」

 

 二人同時に助けを求められる大神はある意味両手に花状態にもかかわらず、これっぽっちも羨ましくない。

 

「俺が最初っから戦力外なのが笑えるんだが・・・ 泣いてもいいか? 花火」

 

「貴水さんは療養中ですから」

 

 困った顔で答えを絞り出す花火に、玄治は言葉とは違って楽しそうに笑っている。

 

「言われてみるとそうでした。ではさくらさん、お先にどうぞ。大神さんをお貸しします。

 でも、すぐに返してくださいね。大神さんは私達の大切な隊長なんですから。その間、タカミさんのお相手は私達がしていますから」

 

「ありがとう、エリカさん。でもね、誤解のないように言っておきますよ。

 大神さんをお貸ししたのは、あたし達帝国華撃団です。いずれは帝都に戻るんです。勿論私達の兄である玄治兄さんも」

 

 エリカの些細な一言にさくらがカチンッと来たのか、棘のある返事を返す。

 

「さくらさん、それは違いますよ。

 大神さんはこれからもずーっと巴里華撃団の隊長で、タカミさんもずっとずーっと私達を助けてくれる素敵でかっこいい人なんです」

 

「いいえ、そうじゃなくって。

 大神さんも玄治兄さんもあくまでも一時的にこの巴里で・・・」

 

「酷い! 大神さん! 私のことは遊びだったんですね!」

 

「へ!?」

 

「お?」

 

 突然すぎるエリカの発言に、玄治も興味深そうに大神を見る。

 

「あの夜、大神さんはベッドの中で優しく約束してくれたじゃないですか。『ずっと君の傍にいるよ』って言ってくれたこと、忘れちゃったんですかぁ?」

 

「マジか、ヘタレ代表の大神がそんなこと出来るのか」

 

「ななな、何を言い出すんだ、エリカくん!」

 

「お、大神さん! 今の話は本当なんですか!?」

 

 もう耐えられないとばかりに笑いだす玄治に慌てる大神、大神に詰め寄るさくら。

 

「そんなのデタラメだ! エリカくんの勘違いだ!」

 

「あーん大神さん、忘れちゃったんですかぁ」

 

「大神さんなんて、知りません! 玄治兄さんも何とか言ってください!」

 

 大神が否定すればエリカが泣きだし、さくらはさらに怒り出し、玄治に飛び火する。

 

「びええぇぇぇん! タカミさぁん、大神さんがいじめるぅ!」

 

「よしよし大丈夫だぞ、エリカ、さくら。ヘタレ代表な大神にそんなことする度胸ないからなぁ」

 

「貴水さん、その・・・ 非常に言いにくいのですが、擁護になってないかと」

 

この件(女関係)に関しては俺も擁護が出来ない」

 

 膝に飛び込んできたエリカを右手で、さくらを左手で宥めつつも面白くて仕方ないのか笑顔の玄治。

 が、そんな慌ただしい中で金属同士が激しくぶつかり合う音が聞こえだす。

 

「な、何の音だ!? グリシーヌ達の方から・・・」

 

「あれはまずいな」

 

 そう言って玄治が立ち上がろうとするが、そんな玄治をさくらが右肩目掛けて手刀を叩きこむ。

 

「怪我人はじっとしてなさい!」

 

「おまっ・・・! 俺じゃなかったら、本気でシャレにならないからな・・・?」

 

 痛みで体をくの字に曲げる玄治にエリカが心配して顔をあげた。

 

「大丈夫ですか? タカミさん。さくらさん、タカミさんをいじめないでください!」

 

「いじめてなんかいません! この人はこうでもしないと止まらないんです!」

 

「た、貴水さん、大丈夫ですか?」

 

 二人の言い合いが始まる中で右肩に触らないように花火が問うが、玄治は痛みで声にならない。

 

「成敗してくれる! 大いなる荒波の力を我が手に! グロース・ヴァーグ!」

 

「させませんわ! 神崎風塵流、奥義、不死鳥の舞!」

 

「や、やめろ! ちょっと待て! 二人とも!」

 

(楽屋で、必殺技を、繰り出すな!)

 そんな玄治の内心の叫びは文字通り声にならず、大神の制止の言葉も意味をなさない。そして反対側から霊力のぶつかり合う音が聞こえだす。

 

「今度はコクリコ達の方か!? こっちはなんだ!」

 

「だったら僕もイチローのこと、お兄ちゃんって呼んじゃうから!」

 

「ダメーッ! お兄ちゃんって呼んでいいのはアイリスだけなんだもん!」

 

「じゃぁやっぱり、僕はイチローって呼んじゃおーっと!」

 

 いつもの大人びたコクリコの姿はなく、年相応にアイリスと喧嘩する姿に玄治は冷や汗をかきながらも微笑ましく思う。

 

「んもおおぉっ! アイリス、こんなところ大っ嫌い!」

 

「やめろ、アイリス! 落ち着くんだ!」

 

「あーん! 皆のバカー!」

 

「まずい・・・!」

 

 が、アイリスの霊力の爆破に慌てて周りにいるエリカ、花火、さくらを自分の膝に抱き寄せて、体を覆いかぶせる。

 

「ゲホゲホッ・・・ ア、アイリス、待つんだ!」

 

「やっぱりイチローは、トーキョーの花組の方がいいんだ! バカー!」

 

「コ、コクリコ・・・ 俺の話も聞いてくれ」

 

 瓦礫の中から顔を出した大神の声も聴かずに、アイリスもコクリコも飛び出していく。

 

「三人とも、怪我はないな?」

 

「ヒック、ヒック・・・ 大神さん、タカミさん、何が起こったんですか?」

 

「お、大神さん・・・ ぶ、無事でしたか?

 玄治兄さん、あなたはまた・・・!」

 

「大丈夫です・・・ 貴水さんもご無事ですか?」

 

「あぁ、問題ない。

 しかし、アイリスのこの感情暴発の癖はどうにかならんものかな」

 

「そ、そうだ・・・ エリカさん、本当に大神さんと夜を共にしたんですか?」

 

「お前な・・・ この状況でまずそれを聞くのか」

 

「玄治兄さんは黙っててください! どうなんですか、エリカさん!」

 

 呆れてる玄治を一喝してエリカを問い詰めると、エリカはえぐえぐ泣き止みながら答える。

 

「はい、確かに一緒でした・・・ 夢で」

 

「ゆ、夢・・・?」

 

「夢・・・? そ、そんなぁ・・・」

 

 まさかの夢オチに玄治が笑えば、さくらと大神は力が抜けたように肩を落とすのであった。

 

 

 

 

 

 怪我人にこれ以上はということもあり、玄治は迎えに来たかすみとメルに引き渡された。大神がここでかすみの存在を知り驚いていたが、巴里花組に詳細を知られると説明が面倒なため『玄治の助手』ということで話を通した。

 

「しかしまぁ・・・ 予想通りだったなぁ」

 

「何がですか? 貴水さん」

 

 かすみに車椅子を押してもらい、かすみと同じ位置を歩くメルが問うた。

 

「ガラスを割った犯人である加山から最初に来る面子については聞いてたんだ。

 悪く言えば子どもっぽい面子だから、巴里華撃団と喧嘩するとは予想していたよ」

 

「ふふっ、私が来ることは予想してなかったんですね」

 

「そりゃ、予想出来る筈がないだろ」

 

 無意識に玄治の声に喜びが垣間見え、かすみも嬉しそうに微笑んでいる。

 

「ですが、本当に大丈夫でしたか? 楽屋は酷い有様だったみたいですが、貴水さんにお怪我は?」

 

「大丈夫だよ、むしろさくらからいらん一撃を貰って右肩が痛むくらいで」

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫ですよ、メルさん。きっとさくらさんに怒られるようなことをしたんでしょう?」

 

「ぐっ・・・ それは」

 

「それで、なにをしようとしたんですか?」

 

 微笑みのままに問うかすみには言いようのない威圧感があり、急に動きが悪くなる玄治の視線の先には心配そうに覗き込んでくるメル。

 

「戦斧と薙刀を振り回し始めた二人を止めに入ろうとしました・・・」

 

「玄治さん、あなたは今朝まで医療ポッドに入っていた怪我人ですよ? 本来なら今もベッドの上に縛り付けておきたいくらいだってこと、わかっていますか?」

 

「ごめんなさい、反省してます、流石に縛り付けるのは勘弁してください」

 

「えぇしませんよ、あなたは縛り付けても突破する方法を考える方ですからね」

 

「貴水さん、今日は何もせずこのままお休みください。

 急ぎの仕事もありませんし、来たとしても私が応対しますので」

 

 笑顔のまま怒っているかすみと心配するメル、板挟みになりながらも玄治は大人しくなずいていれば、そこに突然のギターの音。

 

「いやぁ~夜は良いなぁ、玄治。俺、悪目立ちしちゃうけど」

 

「シャノワールのガラスの支払いに来たのか? 加山。

 メルさん、領収書あったよな?」

 

「こちらになります」

 

「壊したらしっかり弁償しましょうね、加山さん」

 

 玄治の言葉にメルがポケットの中から取り出し、かすみが笑顔で告げるという見事な連携に加山が攻撃をくらったように胸を押さえる。

 

「す、素晴らしい連携だ。玄治達にはチームワークの大切さがよくわかってるな。

 だからこのダンスコンテストのチラシは大神に投げてくるぜ」

 

「投げるな。

 お前が投げて壊れた物がある、しっかり弁償しろ」

 

「はい、申し訳ありませんでした!」

 

 現実を突きつけるように領収書を見せつければ、加山は見事な九十度の礼を取る。

 

「大神の給与から差っ引かれるところだったんだぞ、本気で反省しろ。

 お前の仕事は大事だが、それで友人に迷惑をかけていい筈がないだろ」

 

「おっしゃる通りで」

 

 そう言って袖の下とばかりに財布を取り出す加山に、玄治がそのままメルに渡す。

 

「確かにいただきました」

 

「誠に申し訳ありませんでした!」

 

 メルにも同じように謝罪する加山を見て頷いてから、玄治は気を取り直したように告げる。

 

「さて、巴里の夜を遊んで帰ってくる不良娘たちの帰りを家で待つとするかね」

 

「はい、貴水さんはこの後すぐにお休みになられてください」

 

「さくらさん達の帰りは私達が待ちますので、ベッドに入りましょうね」

 

「あ、あぁ、わかった」

 

「尻に敷かれてるなぁ~、玄治」

 

「うるせぇ」

 

 加山と適当なところで別れ、玄治は大人しくベッドへと入るのであった。

 




巴里華撃団の皆さんに私達の実力を見せつける機会を得ましたわ!
アイリス ぜーったい負けないもん
お前ら 本気で何しに来たんだ・・・
次回 『ダンスコンテスト』
愛の御旗のもとに
いいか 皆 これで恨みっこなしだぞ!
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