マリア達が帰国してからというもの、エリカが連続して欠勤してるという話を大神に相談されて玄治は閉店間際のシャノワールに足を運んでいた。するとそこには普段は見かけない人物と共にいるエリカに思わず声をかける。
「よぉエリカ、今の時間は楽屋にいるんじゃないのか?
珍しいですね、レノ神父。シャノワールに何か御用でも?」
「あ・・・ タカミさん、私・・・ その・・・」
「お話し中、すみません」
エリカが珍しく口ごもる中、レノ神父が割って入ってきた。
「あぁ貴水さん、いえその・・・ 大神さんに話したいことがありまして、もしよろしければ貴水さんも同席していただけませんか?」
「かまいませんが、俺が同席していいんでしょうか?」
そこでレノ神父はエリカには聞こえぬように玄治の耳元で話す。
「はい・・・ 話の内容によっては、エリカさんの友人の助けが必要なのです・・・」
「助け、ですか?」
「はい・・・」
「タカミさん・・・ その、私・・・」
話す当事者であるレノ神父の方が既に落ち込んでおり、そんなやり取りをしているとレノ神父のことをどう聞いたのか不審者だと思い込んだ大神が様子見に来たので、状況を話してエリカを後回しにし、レノ神父を一階客席へと通した。
「で、話とは一体何ですか?」
「お願いがあるのです! もう大神さん達しか頼れる人はいないのです、はい」
レノの必死な様子に大神は驚きつつ、玄治は立会人だとばかりに二人の間で座っている。
「実は、エリカさんは半年も前に修道院を首になっているのです・・・」
「ほ、本当ですか!? でも、いったいどうして?」
レノ神父の驚きの発言に玄治の眉がピクリと動くが、まだ黙って話の先を促す。
「エリカさんは心が清らかで、人々を奉仕することを喜ぶシスターの鑑でございますです。
私も彼女をやめさせたくはありませんでしたです。ですが・・・ 私が守るももう限界なのです、はい」
「限界、というのはどういうことですか?」
そこでようやく玄治が口を開くと、レノ神父は言いにくそうに重い口を開いた。
「修道院には監査があり、その・・・ 言いにくいのですが、いくらシスターとしての心が美しくとも職務を全う出来ない者を修道院に置いておくわけにはいかないという話をされておりました」
「エリカが修道女としての職務を全う出来てないとは俺は思わないが?
彼女の懺悔で心を救われている者は決して少なくないだろう」
「それはもっともなのです。
ですがその・・・ 修道院の援助をしてくださる方からも厳しく言われてしまい、それにくわえてその・・・ エリカさんを修道女としてでなく下女として寄こせという貴族の方までおりまして・・・」
「なっ!?」 「ほーぅ?」
驚く大神と、低い声で聴く玄治にレノ神父は続ける。
「そのためにエリカさんの身を守るためにも、一時的であってもいいので遠ざけたかったのです」
「で、お願いというのは? もしや・・・」
「そうです。エリカさんに『しばらくの間、修道院に来ないでくれ』とお伝えいただきたいのです」
「あっ!?」
聞き耳を立てていたエリカが音を立て、その方向に三人が一斉に視線を向ける。
「エリカ・・・」
「エ、エリカくん!? 今の話を聞いていたのか?」
「エ、エリカさん・・・」
慌てる大神とレノ神父にエリカは走り去り、大神が追いかける姿を見守り、動くことの出来ないレノ神父をじっと見る。
「・・・レノ神父、しばらくとはいつまでだ?」
「少なくとも貴族の方の目がなくなるまでは、と思っております、はい」
「たとえ守るためとはいえ、あなたの言葉でエリカを追い詰めた自覚はあるか?」
「・・・はい、わかっています」
玄治の鋭い視線にレノ神父は俯き、膝で手を握り締めていた。
「レノ神父、一つ約束してもらいたい」
「なんでしょうか?」
「その問題が片付いたら必ずエリカをシスターに戻す、と」
低い声で告げる玄治にレノ神父は当然だと深く頷く。
「はい、勿論です。そう簡単に問題が片付くとは思いませんし、こんな状況になってしまいましたが・・・ 私達修道院の者は皆、エリカさんの底抜けの明るさと笑顔を心から愛しているのです」
「その言葉を信じましょう」
玄治とレノがやり取りしてる間にも楽屋からバタバタと音を立て走っていき、雨の中に走り出す音すら聞こえてくる。
「・・・レノ神父、エリカはここでもとても愛されてるんですよ」
玄治はそこで優しくレノ神父に笑いかれば、神父は暗い顔で頷く。
「だから、俺はエリカを泣かせた奴を全力で叩き潰すし、飛び出したあいつも捕まえてきます。それじゃ」
「玄治、今伝えようと思ってたんだ。
エリカくんが雨の中、飛び出して行ってしまった! 昔のどっかの誰かみたいに!」
「お前、最近さくらに似てきたな? 俺をいじめて楽しいか?」
素でそういえば大神も素の表情で言い返す。
「あの時は帝都中、探しても見当たらなかったなぁ」
「いや・・・ あの時は・・・」
「マリアにも的にされたっけなぁ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろうが。
大体、他の奴らはもう探しに言ってるんだろう? 俺達も行くぞ」
「あぁ、そうだな」
雨の中、花屋の方に行けばメルがおり、咳き込む彼女に玄治は足を止めた。
「あっ、貴水さん・・・」
振り向いたメルの頭の上から自分の外套を被せ、玄治は苦笑いする、
「あまり無理をするな、なんて俺が言えやしない」
「貴水さん、悪いですよ。あなたの体の方が・・・」
「防水の上着だ、ないよりはマシだろう。使っててくれ」
断られるよりも早く玄治は走り去り、テルトル広場に行けばロベリアを見つけ、玄治はあえて声をかけずにいればロベリアの方が肩を掴んできた。
「アンタ、隊長より事情に詳しいだろ。話しな」
「修道院のお偉方とエリカに目をつけた貴族のゴミがいる」
互いの目に同じ色の感情が宿っているのを見つける。
「なるほどね、アンタは表から潰しな。アタシはちょっと悪戯してきてやるよ」
「当然だ、お互い派手にやってやろう」
雨の中、互いに濡れながらそう言って拳を合わせてから別れ、玄治は次に公園の方に走る。その途中で市場でコクリコと大神を見かけ、玄治は雨の中走る。
公園に足を向ければ花火がいて、玄治は足を止めた。
「花火、どうだ?」
「貴水さん・・・ いいえ、まだ・・・」
「そうか・・・ まったく、あいつは」
「貴水さん、エリカさんを責めないで上げてください」
「わかってるさ。今のあいつの気持ち、少しだけど俺にもわかる。
怖いさ、自分の居場所がなくなることも・・・ 自分が必要とされないこともな」
「貴水さん・・・?」
「ハハッ、いらん昔話をしたな。それじゃまた後で」
自分の家に方向に向かえば、その家の前で濡れ鼠となったエリカが膝を抱えてうずくまっていた。
「あっ・・・ タカミさん、その・・・」
「よかった、心配したんだぞ」
「えっと・・・ その、ごめんなさい。
なんでか足がここに向かってしまって・・・ 迷惑ですよね? 帰る場所も、役にも立たない私が来ても・・・」
「馬鹿なこと言うな」
玄治は座り込んだままのエリカを無理やり立たせ、家に押し込んでいく。
「た、タカミさん、私・・・ こんな姿で家には入れません。
それに、シャノワールにだって・・・」
「この雨の中、お前のことを心配して探し回ってる仲間がいる。それが居場所じゃ駄目か?」
「で、でも・・・ 私はそんな資格・・・」
「あるんだよ、お前には。
お前のことが大好きで、心配で、大切に思ってる奴がこの街にはたくさんいるんだ」
無理に家の中に押し込んで、玄治はそのまままっすぐエリカをシャワー室に『しっかり温ってこい』と放り入れる。その間に自分の着替えをさっさと済ませ、二階の部屋からさくら達が置いて行った巴里で洋服を引っ張り出して着替えとして準備しておく。そして、最後にシャノワールに通信を入れ、エリカが見つかって現在保護していることを告げ、全員に伝えるように頼んでおいた。
そうしていると寝ていたアルセーヌが玄治の肩に止まり、首を傾げた。
「エリカ、キテル?」
「あぁちょっとな、お前が居れば少しは慰められるか?」
「ナイテル?」
「あぁ・・・ でも時間も時間だ、お前はゆっくり休め」
「アシタ、ダンス、ミセル!」
「そうしてやってくれ」
アルセーヌを止まり木に戻してからリビングで温かい紅茶を入れて待っていれば、おずおずとエリカが戻ってきた。
「タカミさん・・・」
「ほら紅茶、熱いから気をつけろよ」
「ありがとうございます・・・」
ソファに座って紅茶をちびちびと飲むエリカを見守りながら、玄治はエリカの横に立って紅茶を口にする。
「タカミさん、私、ドジな自分が、凄く嫌いなんです」
突然言われたエリカの言葉に、玄治が黙って聞いていると彼女はそのまま続ける。
「だから、嫌われたくなくて、失敗しちゃった時は絶対笑うことにしてるんです。
皆に迷惑かけた代わりに、明るくしていようって。元気でいようって」
「あぁ、それで?」
「タカミさんには出会った時からずっと迷惑かけちゃったのに、どうして私をいつも受け入れてくれるんですか?
不思議な力だって持ってるし、すぐに銃を出しちゃうし、いつもタカミさんにぶつかっちゃうし、あの大怪我の時だって・・・ 私、タカミさんには迷惑ばっかりかけてるのに」
「エリカ、大丈夫だ」
玄治は優しくエリカに微笑み、その頭を撫でる。
「お前はもう一人ぼっちじゃないし、お前の居場所はなくならない。誰もお前を嫌いなんかじゃない」
「なんで・・・ なんでそんなにいつも優しいんですか? タカミさんがそうだから、私、いつも甘えちゃうんです」
「そうだな・・・
居場所がなくなる怖さと、大切な人に必要ないって言われる怖さを知ってるからかな」
そう告げればエリカは驚いたように目を丸くして、おずおずと聞いてくる。
「何でも出来るタカミさんでも考えるんですか?」
「ハハッ、考えるだけじゃなくて片方は実際に起こったことなんだよなぁ」
「えっ・・・?」
「その時は今のエリカみたいに劇場を飛び出して、皆にたくさん心配させて、その後司令である米田さんにメチャクチャ怒られたんだよ」
「えぇー、タカミさんがですか?」
「あぁ、その時に言われたよ。
『自分で全部抱え込んで、死んで終わりなんてカッコつけてんじゃねぇ』ってな」
「えっ・・・ それ、タカミさん、また何かやらかしてません?」
言葉の内容に何か察するエリカに、玄治はにやりと笑う。
「あぁ、だからお前のやらかしなんて華撃団の中で見れば全然大したことじゃない。
なんてったってお前が尊敬する帝都花組だって一人で飛び出す奴はいるわ、劇場をぶっ壊す奴はいるわ、実験のたびに何か爆発させる奴はいるわ、演劇の真っ最中に大喧嘩始める奴はいるわのとんでもないことしでかしてばっかりだ」
「そ、そうなんですか?」
「あぁ、そうだとも」
「うっそだぁ~」
そこまで言うとようやくエリカが笑い、玄治は笑う彼女の頬を突く。
「お前にはその笑顔が一番似合ってる。でも、無理な時は笑わなくていいんだ。
お前が笑ってない時は他の誰かがお前を笑わせてくれるし、お前が辛い時は仲間がお前を励ましてくれる。もっと頼れ」
「タカミさんもしてくれますか?」
「おいおい、俺もお前の仲間だろ。
それに今してるのはなんだ? 俺なりに励ましてるつもりなんだが?」
「エヘヘ、そうですね。今、すっごく励まされてます」
「さっ、そろそろ休め。
少しは寝ておかないと、明日皆に謝りにいかないといけないんだからな」
「タカミさんも、戻ってきた日は怒られましたか?」
「怒られたし、泣かれたよ。
家出の先輩である俺がついてるから安心して行け」
「はいっ、先輩! 後輩は頑張ります!」
そう言ってエリカを部屋に連れて行き、玄治もその日は休むことにした。
いつもより早く起きた玄治がささっと朝食の準備を済ませれば、大欠伸をしながらエリカが肩にアルセーヌを乗せて起きてきた。
「おはようございます。
アルくんが朝からダンスを見せてくれたんですよ」
「エリカ、エガオ!」
「そうか、まぁとにかく座れ。簡単だけど朝食も作ったからな、食べるといい。
アルはこっちな」
クロワッサンとスープ、それとオムレツが出されてエリカがお祈りをしてから食事をするのを見て、玄治は目を細めてそれを見守る。
「タカミさん! 美味しいです!」
「ウマイ!」
「おぉ、たんと食え」
自分の分も食べつつ、エリカのお代わりに応えていると突然キネマトロンに連絡が入る。内容はシャノワールに怪人が出現したというもので、玄治は慌てて刀を握り締めればそれよりも早くエリカが飛び出していく。
玄治が慌てて追いかければ玄関の前では大神を筆頭に巴里花組が勢揃いしており、何やら収まるところに収まったようでエリカを抱きしめていた。
「ふぅ、やれやれだな」
そう思っていたのもつかの間、再度同じ内容がキネマトロンに送られてきて玄治は目の色を変える。
「玄治! やっと杖からも卒業したっていうのに飛び出そうとするな!」
「ここはアタシらに任せな、ドクトル」
「そうだよ! もう守られてるだけの僕らじゃない!」
走りだそうとする玄治を大神が右肩を強く掴んで押し戻し、わずかな痛みに顔をしかめて巴里花組が走り出す。
そうして紅蘭によって完成した光武F2が巴里にお披露目になるのを遠くから見守りながら、ナーデル相手にも何の問題もなく戦っていく巴里花組。だが、そんな中でエリカだけ動きが悪い。
そこに目をつけたマスク・ド・コルボーが幻術の闇を作り出し、エリカを狙って奇襲を始めた辺りで玄治の我慢が決壊した。
「マスク・ド・コルボー・・・! お前はつくづく俺の地雷を踏むのが好きだな?」
「げ、玄治・・・ 駄目だ! お前はまだ・・・」
大神の制止も聞かずに飛び出した玄治は愛刀によって幻術を切り裂くが、マスク・ド・コルボーも馬鹿ではない。
「また貴様か! つくづく我が舞台の邪魔をする・・・ フフッ、だが貴様が万全な状態ではないことはわかっている。やれ! ポーン達よ!!」
近距離からはポーン・グリーズⅡに囲まれ、遠距離支援型のポーン・ブラウⅡによって右肩を射抜かれたことにより、玄治の体勢が崩れる。
「チッ・・・ クソがっ・・・」
霊力を行使しようとしても上手く結界が作れずに舌打ちが漏れ、砲撃を喰らってあがらない右腕を引き摺って、左手で刀を握りなおす。
「玄治! 下がれ!」
「断る!
鳥組より先に花組がやられるなんてこと、あってはならない!」
「あぁなんと美しき事よ、敵でなければ貴様と共に闇の舞台に立ちたかった。だからこそ、我が手で散らすがせめてものはなむけ・・・
美しく散るがいい! 貴水玄治よ!!」
「だ、駄目えぇぇぇーーーーー!!」
そこでエリカの霊力が爆発し、マスク・ド・コルボーとポーン達を吹き飛ばしていく。そして、砲撃を受けた右腕の痛みがなくなったことに玄治が驚く。
「この霊力は・・・」
「タカミさん、今度は私の番です。私があなたを、皆を守るんです」
玄治を守るように立ち、エリカに続くように他の面々も向かっていく。
そうして無事にマスク・ド・コルボーを撃退し、戦いを終えて戻ってきたエリカが光武から飛び出してきて玄治に抱き着いてきた。
「うおっ・・・ あのなぁ、危ないだろうが」
当然、その勢いに万全とは言えない玄治が受け止めきれるはずもなく、その場に尻餅をついた」
「タカミさん! 全部タカミさんのおかげです!」
「そんなことはないだろ、全部お前の実力だ」
そこでわしゃわしゃと頭を撫でてやれば、他の面々もやってくる。
「エリカ、いつものあれをやるぞ」
「そうそう、いつまでもおじちゃんにくっついてたら出来ないよ」
「まっ、そのままが良いってんならそれでもいいけどな」
「エリカさん、いつものあれお願いします」
「玄治も、さぁ立って立って!」
大神に促されて立ち上がり、エリカがいう。
「勝利のポーズ!」
『決めっ!』
エリカが玄治に抱き着くその写真は、長くエリカの宝物になるというのは後の話である。
私は貴族であること ブルーメールの人間であることを誇りに思っている
俺は貴水玄治であること 山崎の弟子であることを誇りに思っている
だからこそ 私は
だからこそ 俺は
どうしても 許せないことがある
次回 『譲れぬ思い』
愛の御旗のもとに
貴族って奴は 決闘が好きだねぇ