戦いが終わって数日、楽屋で花組が集まってる中で何気なくエリカの住む場所の話になり、どういうわけだかシャノワールに玄治が呼び出された。
まだ開店前の一階客席に花組と大神全員が揃ったところに座らされ、玄治はその真ん中に立つグリシーヌに既に嫌な予感しかしない。
「婚約者のある身でありながら同じ家に異性を住まわせるなど、どういうつもりだ!」
「グリシーヌ、あなたはどうしていつも貴水さんに対して言葉がきつくなるの?」
「花火よ。ならば逆に問うが、どうしてそんな男を信じられる?
その男はあの戦いまで我々に自らの身分を隠し、我々を偽ってきたのだぞ」
「グリシーヌ! それは私達の任務を考えれば仕方のないことでしょう!
自分で言っていて変だとわかっているのに、どうしてそんなにも貴水さんに対しての考え方は頑ななの? 貴水さんは私を、私達をこれまで何度も助けてきてくれたじゃない!?」
「っ! その話は今していないだろう!
エリカがこの男と同じ家に住むことを問題視しているのだ、話を逸らすではない!」
「それも部屋がないってわかっているじゃない!」
親友同士の二人の喧嘩を大神ら三人は驚き、ロベリアは楽しそうにし、玄治は変な顔をする。
「もう! グリシーヌは貴水さんが気に入らないのを他のことで言い訳しているだけじゃない!」
「なっ!? そ、そんなことは・・・」
「言い淀むのは図星の証拠でしょう!
最近のグリシーヌは変だわ! いったい何が気に入らないっていうの?!」
「そ、それは・・・」
「もういいわ! 今のあなたとは話をしたくない!
皆さん、今日は失礼します!」
「は、花火くん!」
そう言って走り去っていく花火に全員が止める間もなく、シャノワールを出て行ってしまった。
「で? 結局、俺の何が不満なんだ? グリシーヌ嬢」
「っ! 貴様がそれを言うのか!」
「落ち着け、グリシーヌ」
玄治が問えばグリシーヌは目に見えて怒りを露にし、大神が割って入った。そんな状況を見ながら、ロベリアが溜息をつく。
「でも実際、何がそんなに気に入らないんだかわからないねぇ。
花火の言う通り、アタシらはドクトルに助けられこそすれ、迷惑かけられたことなんてほとんどないじゃないか」
「そうだよ、グリシーヌらしくないよ。
どうして僕を認めてくれたみたいに、おじちゃんを認めてくれないの?」
コクリコのその言葉に、グリシーヌはキッと玄治を睨みつける。
「私は初めから気に入らんのだ、ドクトル貴水はあのドクトル山崎の弟子なのだぞ!
欧州の悲劇を生み出した元凶であるあの男の、そして、一度は敵にすらなった者の弟子などどうして信用に足るというのだ!?」
『欧州の悲劇』という言葉に玄治が眉をしかめるが、ロベリアがさらに呆れたように続ける。
「はぁ? そんなことかい?
それこそドクトル山崎の技術あって巴里を守れてるアタシらが言えた義理かよ、くだらない」
「・・・二人とも良い人なのに、どうしてわかりあえないんですか?」
黙っていたエリカがそういえばグリシーヌは口を噤むが、玄治は吐き捨てるように呟いた。
「俺は割とどーでもいいけどな」
「玄治!」
「別に嫌われてても支障はないだろ、俺は俺の勝手にしてる。それは初めから変わらないし、一人に嫌われたところで何ら問題はない」
大神の制止の声も聞かずに玄治は続け、そんな玄治の言葉にグリシーヌがキレた。
「つまり、こちらなど眼中にないということか?」
「いやそれは違うだろ、何斜めに受け取ってんだい」
「まっ、そうだな」
ロベリアのツッコミを聞かぬふりをして、玄治はそれを肯定する。
「玄治! お前もグリシーヌ相手だと何か変だぞ!」
大神の言葉をもってしてもなお玄治は冷めた目でグリシーヌを見つめ、対するグリシーヌは燃え盛る怒りを見せる。
「貴様さえ・・・ ドクトル山崎さえ霊子甲冑を生み出さなければリシャール叔父上は死ななかったのだ!」
グリシーヌの一言についには玄治も目の色を変え、吐き捨てる。
「先生の技術を勝手に戦争に使って、勝手に死んだ奴らのことなんざ知るかよ」
「なんだと?!」
「玄治! グリシーヌ! よせ!」
「必要もない人間同士の殺し合いを始めて、先生の心をぶっ壊して、殺し合った当人が被害者ぶってるのがおかしな話なのさ。
だっていうのになんだ? 巴里が危機に瀕したら助けてくれだ? お前ら欧州貴族の面の皮の厚さには驚きを通り越して感心すらする」
「貴様っ、もう我慢ならん!」
そこでついにグリシーヌが椅子から立ち上がり、バンッと強くテーブルを叩く。
「貴水玄治、貴様に決闘を申し込む」
「断る、その決闘を受けて俺に何の利があるっていうんだ。
お前ら貴族の先生に対する意識が変わるか? 霊子甲冑に対する忌避感が消えるか?
どちらも変わらないっていうのに、俺がこの勝負を受ける義理はなんだ?」
「ドクトル、そこまでだよ」
バチバチとした雰囲気の中でグラン・マが現れ、その場にいる全員の視線が集まる。
「ライラック伯爵夫人」
「ドクトル、あんたもいい加減目を逸らすのはやめな。
目を逸らし続けたってあたしもグリシーヌも貴族であることは変わらない。そして、欧州貴族があんたのことをどう思ってるかもね」
「・・・その感情を露にしてどうするって言うんです? あんたらを憎んでも協力しなきゃいけないことは変わらな「そうじゃないよ、あんたはグリシーヌが貴族だからって目を逸らしてるだろ。それはグリシーヌ、あんたもだよ。いい加減、本人についてるものだけで判断するのはやめな」
グラン・マに指摘され、苦い顔をするグリシーヌに対し、玄治は表情を変えることはなかった。
「それで俺にこいつの決闘を受けろと?」
「あぁ、そうだとも」
グラン・マのその発言に玄治は頭を掻きむしり、溜息を零す。
そこで玄治は一度深呼吸をしてから、グリシーヌに向き直る。
「グリシーヌ・ブルーメール、俺と決闘するお前は一体何者として戦うんだ?」
「どういう意味だ?」
「お前が貴族としての自分を切り離せないことは知っている、当然花組としてのお前もお前の一部である以上切り離すことは出来ないものだろう。
だが、それは俺も同じだ。
俺は山崎真之介の弟子であることを誇りに思っているし、鳥組としての自分もまた切り離せない一部だ。
それら全てを受け入れた上で、お前は俺と決闘するのか?」
そして、玄治は初めてグリシーヌをしっかり見据えて問う。
「そして、決闘を終えた時、お前はただの俺を正しく評価できるのか?」
「それは貴様に言えたことだろう、貴様も私をただのグリシーヌと受け止める覚悟はあるのか?」
「・・・刀を交えることで通じる想いもある、口で通じ合えない時はそんな解決策があることを俺は知っているつもりだ」
「その言葉に偽りがなければいいがな」
「お前のその一言が、本当に余計だ」
二人のやり取りが一度止まり、そこで大神が仕切るように言う。
「よしっ、二人ともその決闘を終えたら恨みっこなしだぞ」
「場所はどうすんだい?」
「そりゃグリシーヌのお屋敷しかないよ」
「お二人とも、怪我をしても私が治しますからね」
「立会人が必要だろう、メル・シー、あたし達も行くよ」
『ウィ、オーナー』
何故か当人達により観戦する側がノリノリなことに玄治がげんなりしつつ、渋々とブルーメール邸へと向かう。
ブルーメール邸の裏庭に何故かある帆船の上に登る手間も待っていられないのか、中庭の辺りでグリシーヌが戦斧を取り出した。
「さぁ抜け、ドクトル貴水」
「はぁ・・・」
我霊天晴を鞘から抜き放ち、特に構えのない構えこそが玄治の型。
「貴様・・・ 少しは構えたらどうだ!」
「・・・なんで俺に決闘吹っ掛ける奴は皆同じこと言うだろうな」
うんざりしたように口にすると、それがまたグリシーヌの癪に障ったらしく戦斧の激しい一撃が玄治を襲うが、彼はその一撃を難なく避ける。
「何故、貴様は戦う? 貴様は隊長と違い、正義のためではないだろう!?」
「あぁそうだな、正義なんてくそっくらえだ。
正義のためなら犠牲をいとわない、時として一つの都市すら捨てようとしたのを俺は見てしまった。
人間の掲げる正義ってものは、時として平和のために死んだ者を、誰かを守るために作られたものまで平気で踏みにじりやがる」
苛立ちが顔から滲みだし、グリシーヌの戦斧を刀で受け止めてから彼女の体を蹴り飛ばす。
「ぐっ!」
「正義なんてくだらない、誰かが死ななきゃ保てない平和なんて俺は今でも大っ嫌いなのさ。
でもな、それでも世界を、人間を守りたいっていうんだよ。俺が一番傷ついてほしくない奴らはな」
グリシーヌが再度構え、戦斧を振り上げても玄治は一切苦戦することはない。
「なら俺は、誰も守ってくれないのに世界を守ろうとする奴らを守る。
それが俺の戦う理由で、花組を守る決意だ」
「・・・それはもう、一つの正義ではないか」
「やめろ、こんな身勝手な願いは正義じゃない。
俺にとって正義とは対降魔部隊であり、お前らの隊長の大神なんだよ」
「前から思ってましたけどぉ、大神さんと貴水さんってお互いのこと好きすぎですよね」
「えっ、そうかい?」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ。気持ち悪いぜ、隊長」
「え~、友達のこと好きって素敵なことじゃないですか。私もロベリアさんのこと大好きですよ」
シーが事実を言えば大神が照れ、照れる彼をロベリアが引いているとエリカがロベリアの腰に突っ込んでいく。
「やめろ馬鹿、くっつくな!」
「も~皆、少しは静かにしてなよ」
「これは一体、お二人はどうして・・・」
「あっ花火、実はね・・・」
どうやら部屋から騒ぎを聞きつけたらしい花火が出てきて、唯一まともなコクリコが丁寧に説明を始めた。
「ならば何故、貴様の正義であるドクトル山崎が起こした戦争の慰霊を参っているのだ!
それは貴様の正義の為したことではないのか!?」
「そもそもそこが大きな勘違いだっつってんだろ! 先生の技術を勝手に真似して悪用して、戦争に使ったのはお前ら欧州どもだろうが!
お前らが守るべき技術に唾吐いて、勝手に殺し合いをしやがった!」
「あの戦争に出た者の全てがそんな思いを抱いたわけではない! 貴族として、家族を守るために戦争に向かったのだ!」
グリシーヌの言葉を玄治は受け止めて、頷く。
「あぁそうだろうな! そうだろうから俺は手を合わせてんだよ!
守るべき技術を殺し合いだけに使ったんじゃない、誰かを守るためだと信じたかった!」
「ドクトル・・・ 貴様は・・・」
玄治の攻勢にグリシーヌが受け止めつつ、その表情は先程までとは一転している。
「貴様は本当に師を大切に思っているのだな・・・ 私が叔父上を想っていたように」
「当ったり前だろうが!」
「そうか・・・ 私達は同じだったのだな。同じように失った者を想い、譲れなかった。
そして貴殿は、叔父上と同じように花組を守ろうとしているのか」
「さぁな、お前の叔父ほど高尚な想いが俺にあるとは思えない」
そこでグリシーヌの戦斧が止まり、玄治は刀でなく蹴りで彼女の戦斧を蹴り上げ、彼女の手から弾き飛ばした。
へたり込んだグリシーヌに手を伸ばせば、彼女はやはり玄治に苦い顔をする。
「貴殿は叔父上に欠片も似てないな、あの方はもっと優しかった」
「そんなもんは知らん。俺は俺だ」
「フッ、違いない。
私には貴殿を魅力的には到底思えないと、つくづく思う」
「いやだから、なんでいちいち俺が振られたような言い方されなきゃならんのだ」
玄治の腕を取りながら、グリシーヌの表情は晴れていた。
「グリシーヌ、気は済んだかい?」
「あぁ、ドクトル貴水の想いもわかった。
だが、貴殿は婚約者がある身ということを自覚しないとならんだろう。大体複数婚というのも私は気に入らんのだ」
「・・・その婚約者からむしろ推奨されてんだよなぁ」
文句を言う姿はロベリアに不満を言う時の顔であり、玄治はぼそりっと呟く。
「いいか、ドクトル貴水。
エリカと花火を泣かせたら、覚悟して置け」
「は? お前、さっき自分が言ったこと考えろ、どんな無茶ぶりだ?」
「貴殿のそうした物言いが気に入らんというのだ!」
「お前が俺に突っかかってくるんだろうが」
「もうお二人とも、おやめになって」
グリシーヌと玄治が口論になりそうだと思った花火が間に立てば、二人は同時に花火を見て驚く。
「花火! 先程はすまなかった。熱くなっていたとはいえ、友であるお前に酷い言い方を・・・」
「いいのよ、グリシーヌ。
私の方こそごめんなさい」
互いに謝罪し、抱きしめあう二人を見守りつつ、玄治も謝罪する。
「悪いな、うるさかっただろう」
「いえ、それは構いませんが・・・
先日のこともあるんですから、貴水さんはもっとお体をご自愛してください」
「・・・なんでお前ら親友同士なのか不思議でならない」
「そっくりそのまま貴殿と隊長に返そう」
互いに悪態をつき続ける二人に大神が苦笑いし、他の面々も微笑ましくその様子を見守り、ロベリアが呆れたように言った。
「アンタら、いつまでもじゃれ合っててバカじゃないかい」
避難命令を出され 巴里は死んだ
ライラック伯爵夫人 勝手に殺さないでくれるか?
人がいない街なんて 死んだも同然だろう? ドクトル
次回 『柵に囲まれし島 突入前』
愛の御旗のもとに
壊させて たまるかよ