大神達がノートルダム寺院前で二度の戦闘を終え、カルマールによってオプスキュール上空へと移動させられている頃、玄治は巴里を見渡せる丘の上にて神威のエンジンを唸らせて待機する。
そして、鐘の音が響き、オプスキュールの一撃が巴里に落ちようとした瞬間、大神達の悲鳴のような声を聴きながら玄治は神威と共に飛翔する。
「おおおぉぉぉーーーー!」
オプスキュールの一撃を大盾に受けとめ、オプスキュールの妖力を霊力へと変じさせる機構を通して投げ槍の一本へと流れ込む。
「らあぁぁぁ!」
馬上槍のような形状となった槍を、オプスキュールに向かって投げ返す。
「な、なんだと!? なんなのだ、あの人間は・・・!」
オプスキュールの船首部分に見事槍が突き刺さり、驚愕するカルマールの言葉がその場にいる全員の代弁であった。
「あぁ・・・ どうしてあんな無茶を・・・」
「タカミさん! タカミさんは無事なんですか!?」
「そ、そうだ、玄治! 応答してくれ!」
玄治の行動に花火が気を遠のかせ、いち早く我に返ったエリカが叫べば大神も慌てて通信を飛ばす。
「問題ない! なんならあと一撃受けるだけの余裕がある! こっちの心配よりも、今は戦闘に集中しろ!」
そう叫ぶ玄治に対し全員がしばらく通信モニターをじっとりと眺め、代表するようにロベリアが呟く。
「それ、嘘じゃないだろうね?」
「・・・あと一撃しか持たない。それ以上は巴里の街に被害が出る」
「アタシらが心配してるのは街への被害じゃないってことぐらい、わかってるだろ?」
玄治はそれには答えず通信を切り、ロベリアが『チッ、あの野郎逃げやがった』と吐き捨て、大神が全員を鼓舞する。
「これ以上玄治に無茶をさせないためにも、早急にカルマールを倒すぞ!」
『了解!』
全員が再度気合を入れて戦闘を開始している中、地上では玄治は宣言通りもう一度オプスキュールの一撃を受け止めて、投げ槍を再びオプスキュールの船首部に突き立て、地上に落ちて行く。
「玄治!」 「ハカセ!」
落ちた神威に加山によって救出されていたラチェットとレニが駆け寄り、変わり果てた神威の外装に慌てて扉を開けば、そこには青白い顔をした玄治がぐったりと体を預けていた。
「玄治! しっかりしなさい!」
「あぁ・・・ すまん。大丈夫だ」
「大丈夫な人間の顔色じゃない。呼吸、脈拍も弱い。
ハカセ、ゆっくり呼吸して」
「玄治ぃ、無茶しすぎだろう」
「ドットーレ、フェイスカラーヤバすぎでーす」
二人に送れて近寄ってきた加山と織姫が玄治の顔色を見て、冗談を言ってる場合じゃないと察する。
「大丈夫、大丈夫だ。どうしてこうなっているかもわかっているから、問題ない」
呼吸を続けながらも、玄治はまだオプスキュールの浮かぶ空を見ており、まだ警戒していることがわかる。
「玄治! 自分の体に集中しなさい!」
「・・・一般人程度しかない霊力で、その霊力回路も壊れてる俺が無理に霊子甲冑に乗ればこうなることはわかってたことだ。それに加えて、妖力をそのまま霊力へと変換させる機構を神威に載せたせいか、霊力による負荷はあがった。
しかし、これだけの身体負荷は予想以上だったな」
「加山隊長、手伝って頂戴。
玄治を神威から降ろして、そこのベンチに横にするわ」
「了解。降ろすぜ、玄治」
「俺が拒んでも降ろすだろうが・・・」
「非常事態だからな」
自分よりも頭一つ大きな男を難なく持ち上げる姿に織姫が加山を見直すように拍手し、先にベンチへと座って待機していたラチェットが『頭はここに』と自分の膝を指さす。その間にレニは鞄の中に入れておいた水で濡れたハンカチを作り、玄治の額へと乗せた。
「ドットーレはもう少し私達を頼るべきですねー」
「それに市民の避難は終わってる。最悪、建物は壊れても問題ない」
どちらもその通りであり、避難の終わってる家屋は壊れても多少は問題ない。二人の言葉に玄治はポツリとつぶやく。
「俺が嫌だったんだ。これは俺の・・・ 我儘だ」
「玄治? どういうこと?」
「家を壊されるのは・・・ 辛いだろ」
まだ辛いのか、それだけを言って一度呼吸する。
「家ってのはそれだけ、大事なもんだろうが」
「玄治・・・」 「ハカセ」
「そうですねー・・・ でも、だからってこーんなミットモナイ姿を晒してることは反省してくださーい」
「織姫、やめなさい」
玄治の頭をペシペシ叩こうとする織姫をラチェットとレニがガードしながら、呼吸が整った玄治が減らず口を叩く。
「いや、あんだけ大口叩いて捕まってた奴に言われたくないんだが?」
「耳が痛いでーす」
「黙秘する」
「・・・相手が悪かったわ」
三人揃って痛い所を突かれたとばかりに全員やや視線を逸らしながら、玄治は自分の傍に寄り添う二人をぼんやりと眺める。
「そういえば言ってなかったな。
おかえり、ラチェット、レニ」
「っ! えぇ、今戻ったわ」
「帰還した。ただいま、ハカセ」
二人の言葉を聞いて、玄治は安心したように笑えばラチェットの右手が目元を覆う。
「ラチェット?」
「あなたは少し休みなさい。どうせ私達が出発した後も休んでないのでしょう?」
「返事はいらない。ハカセのことは、僕らがよくわかってる。
カルマールなら隊長がきっと何とかしてくれる」
「わかった・・・ 少し寝、る・・・」
言葉の途中で意識を手放しながら、玄治は上空で行われている決戦の勝利を信じて眠りについた。
花組がカルマールを無事倒し、巴里の街に出されていた避難勧告も撤回され、シャノワールの営業も日常へと戻っていく中、元欧州星組の面々は華々しいレビューを講演した後、帝都へと帰っていった。
が、当然あんなことをしでかした玄治はガッツリ巴里花組にも説教され、解放されたばかりの杖生活どころか車椅子生活に強制的に逆戻りさせられた。
「霊力回路の問題なんだから車椅子関係ないんだがな・・・」
「ジゴウジトク!」
「アル、お前まで辛辣になってくれるな・・・」
エリカによってシャノワールに同伴出勤させられているため、シャノワールの一階客席の隅でグラスを傾けつつアルセーヌ相手に愚痴っていれば、その席に迫水典通が立つ。
「ボンソワール、ドクトル貴水。
お初にお目にかかる。相席しても?」
「ボンソワール、ムッシュ迫水。
勿論どうぞ、巴里の日本大使が何用かな?」
「いやいや、ドクトル貴水にご挨拶が遅れてしまったのは申し訳ない。
大神くん着任からこちらも何かと忙しくてね、それにあなたがいるだけで欧州は何かと騒がしくなる」
「ハッ、それを承知で俺を呼ばざる得なかった大使がよく言う。
俺に何もしてほしくなかったら、何も起こらなければよかっただけの話だろう?」
「・・・それはこちらも耳が痛い。だが、防衛はまだしもあれはやりすぎじゃないのかね?
あなたの身に何かあったらこちらも米田さんに会わせる顔がない」
「『物が壊れたら直せばいい』、そんなもんは治せるだけの立場にある者の言い分でしかない」
「それは・・・」
玄治の言葉に迫水の言葉が詰まり、玄治の視線は舞台で黒猫の姿で舞い踊るエリカへと向けられた。
「壊れないなら、それに越したことはないんだ」
「だが、あなたの身に何かあれば・・・!」
それでもなお食いついてくる迫水に、あの脅しが彼に正しく効いていることを気づく。
「あぁ安心しろ、世界があいつらに優しくしてくれたら俺が牙をむくことはねぇよ」
「っ! あなたはあまりにも危険すぎる、それを自覚していただきたい」
「くくっ、こんなにも協力的な俺にとんだ物言いだな、迫水大使。
大体俺が危険なことは昔からわかってたことだろ? それこそ創設前からな」
互いの視線を交わし合いながらも玄治は笑い、迫水の表情は厳しい。
「俺は守りたい物を守る、巴里にあいつらがいる限りそこから外れることはない。それじゃ不満か?」
「それでは常に薄氷を踏んでいるようなものじゃないか」
「そうだな。
だが、そんなものは人間が過ぎたる力に手を出した頃からずっとそうだった。今更自覚したのか?」
「っ!」
「そこまでにしときな、ドクトル。
あんたは本当に味方じゃない相手に優しくないねぇ」
迫水が何かを言いかけた瞬間、グラン・マがその席に割って入り、メイド姿のメルを玄治の隣へ向かわせる。
「生憎俺は、身分の高い人間に良い思い出なくてね」
「今日はもう帰りな、ドクトル。
エリカと花火、メルも早上がりにしているから、三人で久しぶりの巴里の夜をのんびり歩けばいい」
「そんなに人員を抜いて問題ないのか?」
「どのみち今日は早仕舞いさ。さっ、帰った帰った」
グラン・マに追い出されるようにシャノワールを出れば、ポーチにはいつもの服に着替えたエリカと花火が待っていた。
「貴水さん、アルさん、お待ちしていました」
「タカミさん、アルくん、メルさん、行きましょうか」
「うん? どこか行くのか?」
「いえ、特にはありません。
ですが、平和になった巴里を四人で歩く特別な時間を過ごしましょう」
「ゴニン!」
「そうでした。ごめんなさい、アルさん」
メルの発言にアルセーヌが修正し、謝罪の言葉に満足したように頷いて玄治の肩に居座る。
そうしてしばらく巴里の街を静かに歩いていれば、花火がぽつりとつぶやく。
「こうして皆、無事に帰ってこれて本当によかった・・・」
「ですね!
タカミさんのおかげで皆、帰るべき家も失わずにすんで、本当に良かったです!」
「そうですね・・・ この風景が早く戻ってきたのも貴水さんの助けあってのものですよ」
キラキラと輝く街灯、賑わう巴里の夜、人々の生活の音が聞こえる街を玄治に見せるようにゆっくりと進み、玄治も微笑む。
「そうか・・・ お前達がそう言ってくれるなら、そうなんだろうな」
玄治は己の行動が、迫水のような見解が多いことは十分理解している。『単なる自己満足だ』と言われれば言い返せないし、自分自身ですらその通りだと思っている。
「お前達の言葉だけでいい、お前達がそう思ってくれるなら、これ以上誇らしいことはない」
それでも花組からの言葉があるのなら、それでいい。
「ゲンジ?」
「あっ、貴水さん、涙が・・・」
花火の言葉に玄治は自分の目頭を拭えば、そこには確かに涙が流れていた。
「タカミさん? だ、大丈夫ですか? 傷が痛むんですか?」
「大丈夫ですか?」
泣く玄治に二人も慌て、当人も次々とあふれる涙に困惑しているようだった。
「あぁ、よかった・・・ 俺は、誰かの帰る場所をちゃんと守れたんだな。俺のような思いを、誰かにさせずに済んだんだな」
「タカミさん、それってまさか・・・?」
「貴水さん・・・」
「そうですよ、あなたは守ったんです。巴里の人々の家を、帰るべき場所を」
事情を知らないにもかかわらず玄治の言葉に三人が察し、涙を零す彼を慰めるように三人が同時に頭に手を置いていた。
三人もまさか同じことをするとは思ってなかったのか、クスリと笑って、玄治の髪に沿うように撫でる花火とメルに対し、エリカはまるで犬でも撫でるようにワシャワシャと撫でていく。
「な、なんだよ、三人して。やめろよ」
そう言って涙を零しながら笑う玄治はいつもより幼く感じさせ、そんな様子に三人は微笑みを深くする。
「さぁ貴水さんそろそろお家につきますよ」
「あっそうそう! タカミさん、タカミさんと私達で前にデートに行ったときに作ったスーツが完成したんですよ!」
「こちらになります」
家に入ろうとした瞬間に思い出したようにエリカが花火の持っている袋をジャジャーンと見せつけ、花火は玄治に差し出した。
「あぁ、すっかり忘れてたよ。
なんだ、またデートのお誘いか?」
「えぇ、その服を着て、今度出来るダンスホールに行きませんか?」
「かまわないが、偵察任務付きか?」
玄治が冗談で言えば、三人も笑って頷く。
「流石タカミさん! 大正解です!」
「ですが、どうせ行くなら楽しもうと思いまして」
「私達もおしゃれして行くので、貴水さんもしっかりおしゃれして行きましょうね」
「あぁわかった、また時間とかは話し合おう」
そこでメルと花火と別れ、エリカと家に入って早く休むことにした。
同じ頃、大神のアパートの前でグリシーヌとコクリコが大喧嘩し、メイドと動物たちが睨み合っているとも知らずに。
大神 今朝の新聞読んだか? メイドと動物が集まってたとか載ってたんだが
し 知らないな 俺は関係ないからな
そうかそうか またてっきり騒ぎの中心にいたかと思ったが違うのか
俺だってわかってるのに聞く必要あるのか!?
次回 『つかの間の日常』
愛の御旗のもとに
副隊長二人にした時点で わかってただろうにな