サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

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⑯つかの間の日常

 巴里が平和になった日々、珍しく玄治がベッドでちゃんと眠っていると扉の開閉の音によって目を覚ます。

 だが、無理やり押し入ってくる音じゃなかったため、意識してゆっくり目を開けて体を起こせば、そこには別室で寝ていた筈のエリカが毛布を被って泣きながら歩いてきた。

 

「なんだ、エリカか。どうした?」

 

「タカミさん、なんだか怖い夢を見てしまって・・・ 一緒に寝てもいいですか?」

 

「そうだな、少し待て」

 

 そう言って玄治は自分のベッドから降り、部屋に置いてある一人掛けのソファをベッドから手を伸ばせば届く場所に移動する。

 

「これなら手を伸ばせばすぐ届く、お前はベッドで寝ろ」

 

「えっ・・・ でも・・・」

 

「俺は椅子で寝るのに慣れてる。お前はシャノワールの仕事もあるんだ、ゆっくり休め」

 

「ごめんなさい・・・」

 

 そう言って玄治のベッドに横になって、なんだか嬉しそうにしながらもエリカは玄治に手を伸ばしてきた。

 

「眠るまで、手を握っててもいいですか?」

 

 玄治は一瞬迷って左手を出せば、エリカは疑問を口にする。

 

「どうして左手にしたんですか?」

 

「・・・右手は傷だらけだ、ただでさえ固くて武骨な手なのに傷なんて嫌だろう」

 

「嫌じゃないです!」

 

 少し怒ったようにいうエリカは無理やり右手を引っ張り込んで、大切そうに抱きしめて引き寄せる。

 

「私達を守ってくれる・・・ だーい好きな手、ですよぉ」

 

「・・・そうか、眠いならもう寝ろ。

 そんなに手が好きなら、ずっとこうしててやるから」

 

「やくそく・・・ ですよぉ・・・」

 

 眠りながらそうつぶやくエリカを見守りながら、玄治もまた巴里を守った小さな手を握り返した。

 

 

 

 

 

 エリカが寝室に来た以外はいつも通りののんびりとした時間を過ごしていれば、朝から激しくチャイムを鳴る音に向かえば、そこには何かに追われているのか助けを求める大神の姿があった。

 

「げ、玄治! 助けてくれぇ!」

 

 いつもの頼もしさはどこへやら、非常に情けない顔で助けを求める彼に玄治は嫌な予感しかせず、後ろを見る。

 見れば、こちらへと土埃を立てながら向かってくるグリシーヌが従えたメイドの集団とコクリコと共に突進してくるサーカスの動物御一行。

 

「・・・お前が招いた事態だ、自分で何とかしろ」

 

「そんなこと言わないでくれ!」

 

「副隊長を二人選んだ時点でこうなることはわかってただろ。

 コクリコのことは責任取るしかないし、グリシーヌもあの堅物っぷりだ。結婚は避けられない。そろそろ覚悟を決めろ」

 

「そ、そんなことしたら、帝都の皆とどうなるか・・・」

 

「それも含めて覚悟決めろ。

 制度は俺が何とかするように動いている、問題ない。あとはお前が全員を受け止める覚悟を決めるだけだろう?」

 

「自分が覚悟決まってるからってあんまりだろ!?」

 

 玄治が諭すように告げても大神は焦るばかり、到着したグリシーヌとコクリコが詰め寄れば大神は慌てて玄治の背中に隠れる。

 

「ドクトル貴水! そこを退くか、隊長を大人しく差し出すかを選ぶがいい!」

 

「おじちゃん、退いてよ」

 

 だが、大神はともかく玄治が二人に詰め寄られて怯える筈もなく、むしろ冷静に聞いてみた。

 

「一応聞くだけ聞いてやる。

 まずはグリシーヌ、メイドを連れてどうする気だった?」

 

「無論、我がブルーメール家の花婿試験に無事合格した隊長を花婿に迎えるためだ。

 それが出来ないのなら、世継ぎを作る協力をすることを要求する」

 

 さらっととんでもないことを言うグリシーヌをひとまず置いておき、次にコクリコへと視線を向けた。

 

「次にコクリコ、その大荷物と動物はなんだ?」

 

「副隊長になった僕はイチローのパートナーだもん、一緒に住むために僕の荷物を持ってきたんだ」

 

「だそうだぞ、大神。

 この結果はお前の発言が招いた行動で間違いないな?」

 

「いや、俺は花婿になるなんて言ってないし、一緒に住む話だってしてないんだ!」

 

「してなくとも、誤解は招いたみたいだが?」

 

「そ、それは・・・」

 

 互いの状況を認識させつつ、どうするのかを再度問えば大神が黙ってしまい、騒ぎを聞きつけたエリカが呑気に顔を出してきた。

 

「大神さん、どうしたんですか? ・・・あっ、二人も来てたんですね。あれ? 二人じゃなくていっぱい、皆さん一緒に朝ご飯はいかがですか? タカミさんの作ってくれる朝ご飯、とっても美味しいですよ」

 

「エリカ、今はそれどころではなくてな」

 

 そう言ったグリシーヌの言葉の後に、コクリコのお腹の音が響いた。

 

「・・・ごめんなさい、朝準備してたら朝ご飯食べ損ねちゃって」

 

 それに毒気が抜けたようにグリシーヌと大神が目を合わせて笑い、玄治がわざとらしく咳ばらいする。

 

「あー・・・ なんだ、全員とりあえず朝飯でも食べるか? 話し合いするってんなら場所は貸すぞ」

 

「仕方あるまい、その案に乗るとしよう。

 隊長、逃げられると思うでないぞ」

 

「あぁ、わかったよ。グリシーヌ。

 コクリコ、玄治の朝ご飯は美味しいぞ。一緒に食べよう」

 

「うん! 行こう! イチロー!」

 

「こっちですよ、コクリコ」

 

 恥ずかしさを隠すために一段と明るく言うコクリコに、エリカが家に招き入れてリビングに進んでいく。

 

「二人も入れよ、流石にメイドの皆様の分はないが」

 

「言われるまでもない、我が家のメイドは帰らせる。

 邪魔をするぞ、ドクトル貴水」

 

「お邪魔するよ、玄治」

 

 二人が入ったことを確認して扉を閉め、玄治は追加三人分の朝食を用意して話し合いをさせ、三人が閉店後に話し合うということで決着させた。

 

 

 

 

 

 その日の仕事終わり、大神が二人との話し合いの前に特別任務を安請け負いしている時、玄治は今夜のために用意されたと言ってもいいフランス製のスーツに身を包んでいた。

 全体は琥珀色のようなベージュのスーツ、細かい黒のストライプの入ったシャツと明るい赤のネクタイ、シャノワール特注のナポレオンの形をしたネクタイピンをつけている姿は三人の色を纏わされているのだと親しい者が見れば一目見ればわかる状態だった。

 

「おやドクトル、いい男っぷりじゃないか。誰かとデートかい?」

 

「あぁ、三人に誘われててな。

 話は聞いてるだろ? ダンスホールに下見にいくんだ」

 

「あぁ、聞いてるよ。

 なるほどねぇ、隊長の方は朝の騒動で忙しいし、あんたも三人とデートか・・・ じゃぁせっかくだ、髪紐はアタシの色をやるよ」

 

 ロベリアは言うが早いか玄治の髪紐を抜き取り、どこからか出した自分のヘアバンドと同色の深緑のリボンで髪を括っていく。

 

「・・・よくこんなの持ってたな。とりあえず、髪紐は返せ」

 

「女はね、自分を綺麗に見せるためにいろんなものを持ち歩いてるもんなのさ。

 それにしてもこれも良い色の髪紐だね、あんたを支えてくれる女の一人かい?」

 

 ロベリアから髪紐を取り返せば、ボロボロになった淡い紫色となっているそれを玄治は大事に胸ポケットに入れる。

 

「あぁ、素敵な藤色だろ?

 俺にとってこの色はいろいろな意味で大切でな、身に着けていると背筋を伸ばして生きていられる気がするんだ」

 

「なら、アタシの色を纏ってる時は少しだけ悪い男になればいい」

 

 悪戯っぽく笑うロベリアに、玄治も笑う。

 

「女をこんなに連れてダンスしているんだぞ? ってか?」

 

「そのスーツの色を着ていくんだ。

 隊長じゃあるまいし、あんただって意味がわからないわけじゃないだろ?」

 

「まぁ、スーツを贈られるのは二度目だしな。

 精々三人を守るナイト様気取って、踊ってくるさ」

 

 玄治がわざとらしく格好をつけた言い方をすれば、ロベリアはさらに笑いだす。

 

「ハッ、アンタがナイトか。似合わないねぇ」

 

「俺もそう思うよ。

 むしろ守ろうとしてくる逞しいお姫様達だからな、困ったもんだ」

 

「いや、お姫様置いて特攻していくナイトなんていてたまるかよ。

 大体、アンタと隊長の傍に立つ女がか弱いとか幻想もいいところだろう?」

 

「え、幻想とまで言うか?」

 

「いいかい? ドクトル。強い男には強い女が並ぶのさ。

 あの助手ってことになってる女も、司会のあいつも弱いとか言ってクッソ強いじゃないか」

 

 メルのことを強いと口にするロベリアに驚きながら、彼女はさらに続ける。

 

「隊長は共にいると強くしてくれる、アンタは傍にいると強くありたいと思わせる。

 本当にアンタらは、似てないようで似た者同士だよ」

 

「そうか、お前にそう見えてるならそうなんだろうな」

 

「そうだよ、あんたも隊長も最高に魅力的さ。

 ダンスホール、楽しんで来いよ。んで、機会があったらアタシとも踊ってくれよ」

 

「お前とダンスホールで踊るなんて想像も出来ないな」

 

「じゃぁ、月夜に二人っきりで踊ろうじゃないか。

 最高にロマンチックな誘い文句を考えといてくれよ」

 

 挑発的なその言葉に、玄治はわずかに考えてロベリアの目を見て告げる。

 

「そうだな・・・ 今、この時間はお前に盗まれてやるよ」

 

「っ・・・! アンタ、本当に女誑しだね」

 

「俺の勝ちだな、ロベリア」

 

「くっそ! 本当にアンタには敵わないよ。じゃぁな」

 

 頬を赤くして逃げていく彼女を見送りながら、玄治はシャノワールの営業が終わるまでまったりと時間が過ぎるのを待つことにした。

 

 

 

 

 

 シャノワールの営業が無事終わり、車椅子から降りて歩き出す玄治を守るように立つ三人に連れられて新しくオープンしたダンスホールに入る。

 エリカはピンクのドレス、花火は黄色のドレス、メルは赤いドレスを身に纏い、その胸元に銀に深い青の雫型のネックレスを身に着けていた。

 

「皆、よく似合ってる」

 

「ありがとうございます」

 

「このネックレス、タカミさんの色だと思って皆お揃いで買っちゃったんです? 綺麗でしょ?」

 

「あなたの色を纏っていれば、他の方に声をかけられることもないでしょうから」

 

「そこは安心するといい、俺の近くにいるだけでお前らに声をかける度胸のある人間はいないさ」

 

 玄治が笑ってそういえばエリカだけが笑い、他の二人は複雑な顔になる。

 

「さぁ、誰から踊る?」

 

 そう言って三人が顔を見合わせ、身を引くばかりのメルと花火にエリカがにこやかに告げた。

 

「まずはメルさんからどうぞ」

 

「い、いいんですか? 私からで・・・」

 

「勿論、花火さんもそれでいいですよね?」

 

「はい、かまいません。

 私とエリカさんはその間、食事の方を楽しませていただきます」

 

「しっかり味見して、美味しいものがあったらお二人にも教えてあげますからね!」

 

「ハッハッハ、それじゃしっかり食べてこい」

 

 色気よりも食い気になっているエリカに三人で微笑み、料理へと向かう二人を見送って玄治はメルを誘うように手を差し伸べる。

 

「さぁ、踊るとしようか」

 

「はい、よろしくお願いします。貴水さん」

 

 踊る人々の中に入っていき、二人寄り添い踊っていれば、玄治はふとメルからの視線に気づく。

 

「・・・貴水さん、あなたはとても魅力的な方で、エリカさんと花火さんもあなたのことを愛しています。

 でも、私達は自分があなたを想う者の一人だということもわかっているんです」

 

「なんというか、悪いな・・・」

 

「責めているわけじゃありません。

 あなたを見ていると、無理にでもあなたの傍にいないとあなたがすぐに消えてしまいそうで怖いんです」

 

 そう口にするメルの手は震えていた。

 

「あなたが帝都に帰ることもわかっています。ですが、忘れないでほしいんです。

 私はいつもあなたを、この巴里からあなたを想っていることを。無力な身でありながら、烏滸がましくもあなたを守りたいと思っている女がいることを」

 

「・・・まだこれは、誰にも話してないことなんだけどな。俺はある計画を立ててるんだ」

 

「え? 計画?」

 

 メルの思い詰めたような告白に対し、玄治はある秘密を明かす。

 

「空はどこの国の線も引かれてない、どこの国とも繋がっているし、どこへでも自由に行ける。

 その空に、俺だけの城を作るんだ」

 

 玄治の言葉にメルは目を丸くし、何も言葉が出ないでいると彼はまるで子どものように続ける。

 

「なぁメルさん、巴里と帝都の空が繋がったら君は俺の城に来てくれるか?」

 

「・・・はいっ、私を連れて行ってください!」

 

「決まりだな」

 

 既に覚悟を決めている玄治をメルは受け止め、メルもまた彼についていくということを覚悟した。

 同じ覚悟を胸にしてダンスを終えたメルは、まるで決められていたように花火とダンスを替わる。

 

「貴水さん、よろしくお願いします」

 

「あぁ、こちらこそよろしく頼む」

 

 互いに礼をしながら、ダンスをしていれば花火は口火を切った。

 

「貴水さんは凄い方ですよね」

 

「なんだ? 突然」

 

「いいえ、ふと思ったんです。

 技術者としても、鳥組隊長としても懸命に行動して、私達のことをいつも気に掛けていてくださる。私にはとても出来ないことばかりです」

 

「俺に出来ないことを出来てるだろう?」

 

「でも、いつもあなたに守られています。

 あなたも、大神さんも・・・ いつかは帝都に帰ってしまうというのに」

 

 花火は視線を俯かせ、玄治は首を振る。

 

「俺も大神も、お前達が困ったらすぐに飛んでくる。いいや、もしかしたら俺達の方が困って巴里に助けを求めるかもしれない」

 

「そんなこと・・・」

 

「ないなんて言えるか? 誰も予想できなかったことが世界には何度も起こっているのに」

 

 玄治の問いかけに花火が困ったような顔をする。

 

「お前達は一人じゃない、巴里華撃団だけでもない。俺達はいつでもお前達を想っている、大丈夫だ」

 

「・・・不思議ですね、あなたがそう言うと安心して信じられる私がいるんです」

 

「あぁ信じてくれ。お前らが信じてくれるなら、巴里と帝都を簡単に行き来する道具だって作ってやるさ」

 

「フフッ、貴水さんなら本当に作ってしまいそうで冗談に聞こえません」

 

「冗談じゃないからな。夢のようなことを本当にするのが師の教えでもあるんでね」

 

 そう笑いあってダンスを終えれば待っていたとばかりにエリカと花火が替わり、エリカはノリノリでダンスホールの中央へと進んでいく。

 

「おいおい、ど真ん中で踊るのか?」

 

「はい! どうせなら楽しみたいじゃないですか!」

 

「ハハッ、本当にお前は楽しい奴だよ。エリカ」

 

「だって、タカミさんってばダンスとっても上手じゃないですか。私、全然知りませんでした」

 

 くるくると踊りながらエリカがこけないようにフォローしていれば、エリカはさらに続ける。

 

「タカミさんについてたくさん知ったつもりなのに、私まだまだ全然タカミさんのこと知らないだって思うと・・・ もっともーっと知りたくなって、帝都まで追いかけていきたいぐらいです」

 

「エリカ・・・ お前も知ってるのか」

 

「知ってますよ、そりゃ。

 さくらさんだって言っていましたし、タカミさんが私達に付きっきりじゃないのも関係あるんじゃないかなって、タカミさんの傍に居たらちょっとわかっちゃったんです」

 

 だが、エリカの声は二人よりもずっと明るく笑顔を崩すこともなかった。

 

「タカミさん、私はタカミさんのこともっと知りたいんです。

 だからあの雨の日みたいに、突然タカミさんのところに飛んで行っちゃうかもしれません。

 そんな私を、あの日みたいに手を伸ばしてくれますか?」

 

 顔色をうかがいながらも、まるで答えを疑っていないというような顔をしたエリカに玄治はまた笑う。

 

「あぁ勿論。俺のところでいいなら、いつでも来い」

 

「本気にしちゃいますからね? あとで『やっぱりなし』は駄目ですよ?」

 

「しねーよ。

 お前達に頼まれたら、世界だって簡単に一周できるような物を作り出せるんだぞ。俺は」

 

「うっそだぁ~」

 

「嘘じゃないさ、俺はいつだって本気だ」

 

 そんな冗談のようなやりとりをしてから、やっと三人とのダンスを終えた玄治は待っていた二人に飲み物と料理を渡されて楽しむ。

 

「ん、うまいな」

 

「これとか、これとかもおすすめです」

 

「え、エリカさん、そんなにお皿に載せたら溢れちゃいますよ」

 

「皆さんと食べると美味しいですね、とても」

 

 エリカが次々と皿に載せるので次々と口の中に入れていき、それなりに食事を楽しんだのちにダンスホールを出れば突然キネマトロンに連絡が入る。

 

「ノートルダムに異変・・・? どういうことだ?」

 

「とにかく急いで向かいましょう!」

 

 疑問を口にしても応えてくれるものはここにはおらず、とにかく早く指令室に向かうことに集中した。

 




襲撃があったのに助かったなんて 不思議な気分だ・・・
お前 まだ話し合いしてたのか
なかなかその・・・ 終わらなくて
次回 『神去りし後』
愛の御旗のもとに
この偽りの巴里を 許すわけにはいかない
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