サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

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⑳壮行会

 平穏無事な日々を送っていれば、地下にあるキネマトロンに通信が入る。

 

「よぉ玄治、元気にしてたかぁ?」

 

「玄治くん、久しぶりね」

 

 そこには画面越しでも数か月ぶりに見る米田とかえでに、玄治が頭を下げる。

 

「お久し振りです、米田さん、かえでさん。どうかしましたか?」

 

「そりゃ大神よりもはるかに無茶してやがるバカ息子の顔を見たくなったんだよ。

 ったく、年寄りの寿命削るようなことをしやがって」

 

「俺がこうなのは対降魔部隊の教育の賜物ですから、恨み言なら先生達に言ってください」

 

「お前なぁ・・・」

 

「まぁまぁ米田さん、かすみ達からもしっかり叱られたんですから私達は言わないでおきましょう。

 それで玄治くん、私達が連絡してきたということは大体察しはついているでしょう?」

 

「帝都への帰還命令でしょうね、何かあったんですか?」

 

「えぇ、帝都で新しい問題が起こっているわ」

 

「大神にこの話は?」

 

 玄治がそう切り返せば、米田も話が早いとばかりに頷いた。

 

「あぁ、今日付で向こうにも同じ連絡が入っている筈だ。

 オメェは特に家を片付けやら、結界装置の管理についても教えて帰ってこなきゃなんねぇだろ? 直接連絡した方が早いと思ってな」

 

「ヨネダサン!」

 

「おうおう、お前が話に聞いたアルセーヌか。随分とでけぇな」

 

「カエデサン!」

 

「えぇ、あってるわよ。アルくん。

 帝都であなたに会えることを楽しみにしてるわね」

 

「えぇ、しばらくはかかるかと思いますが、大神と帰ります」

 

 そう言って切り上げようとした玄治にかえでが呼び止められた。

 

「玄治くん、話は聞いてるわよ。隊員と風組の子と仲良くなったらしいわね」

 

「えぇ・・・ そこまで報告されてるんですか・・・」

 

「責めているわけではないのよ、むしろ巴里で独りぼっちにならないかと心配していたのよ。

 あなたは心を許した人には尽くすけれど、それ以外の人には容赦がないから勘違いされてしまうもの」

 

 まるで母か、姉のように語るかえでの言葉が真実すぎて返す言葉もなく黙りこくってしまう。

 

「特に迫水さんはあなたを勘違いしているわね、先日連絡があったけれど最後の戦いであなたが子どもっぽい所を見せたことはひどく驚いたわよ」

 

「華撃団の支部長になった自覚がなさすぎなんですよ、あの人は。

 未だに華撃団を普通の軍と勘違いしている節がある」

 

「それも随分改善されたようよ。玄治くん、本当によくやってくれたわ」

 

「支部長を変えたのは大神ですよ、俺じゃない」

 

 玄治がきっぱりと答えるとかえでは笑い、『そういうことにしておきましょうか』と告げる。

 

「そーいやよぉ、玄治。

 お前、そっちの女達も責任取るつもりなんだよな?」

 

「当然です。

 というか、ダンスホールで俺の傍にいた三人は社交界で話題になってるでしょうから責任取らないわけにはいかないでしょう?」

 

 当然だとばかりに頷く玄治に米田は大きな溜息を零した。

 

「お前はその辺り本当にきっちりしてるな、大神にも見習ってもらいてぇもんだ」

 

「あれは大神のヘタレが悪いのはわかっていても、それ以外が原因じゃないのでなんとも」

 

「それも含めて自業自得だろう」

 

「相手を作らないことで責任逃れた米田さんが言ってもなぁ」

 

「本当にオメーは口が達者だな?! 誰に似たんだ、誰に」

 

「育ての親達ですかねぇ?」

 

 米田の問いに真実をありのままに告げれば、咳払いをして流される。

 

「まっ、とにかくだ。ちゃーんとやることやってから帰ってこい」

 

「わかりました、米田さん」

 

 そこで通信を切り、アルセーヌと顔を見合わせる。

 

「さて、アル。何からするかねぇ」

 

 玄治の問いかけにアルセーヌは答えず周りをキョロキョロし、羽を大きく広げた。

 

「カタヅケ!」

 

「そうだな・・・ でも、この家は丸ごとエリカにやっちまうか」

 

 そう言って出口に向かえば扉の前でエリカが蹲っていたらしく、ぎこちない笑顔を玄治に向けてきた。

 

「ゲンジさん、ごめんなさい。聞いちゃいました」

 

「そうか・・・ さっき言った通り、この家をお前に任せたいんだ。いいか?」

 

「・・・わかってたけど、辛いです。私、この家に一人になるのは寂しいです」

 

「それならメルと花火とも住めばいい」

 

 玄治がなんて事のないように告げれば、エリカは急に立ち上がった。

 

「いいんですか!?」

 

「いいとも。

 この家の支払いは済んでるし、三人が住んでくれるなら俺も巴里に帰るべき場所が出来る」

 

「帰るべき場所・・・ ここが私達の、ゲンジさんの家なんですね!」

 

 途端に嬉しそうな顔をするエリカに玄治も笑い、頭を撫でる。

 

「なぁ、四人で・・・ いやアルも入れたら五人か、皆で写真を撮らないか?」

 

「いいですね! 私達も貴水さんに贈りたい物があるんです!」

 

「俺もあるんだ。写真を撮る日を決めて、互いに贈り合おう」

 

 さっきとは打って変わってルンルンしてるエリカに、アルセーヌも大きく羽を羽ばたかせた。

 

「カゾク! カゾクー!」

 

「アルくんとも離れ離れになっちゃうんですもんね・・・ 寂しいです。

 そうだ! 帝都に行く前にアルくんもレビューに立ちましょうよ! 良い記念になります!」

 

「マカセルガイイ!」

 

「じゃ、服も用意しないとな。シルクハットはどうする?」

 

「シルクハットモ! ステッキモ!」

 

「わかったわかった」

 

 二人で一階に戻ろうとすれば、激しいチャイムの音と悲鳴のような声にエリカが慌てて駆けだすが、玄治は嫌な予感しかしない。

 

「げ、玄治ぃ! 助けてくれ~!」

 

 なっさけない声を出す大神に正直耳を塞いで目を逸らしたくなるが、親切なエリカはそんなことをしてくれない。

 

「大神さん、服が破けちゃってるじゃないですか!? 一体、どうしたんですか?」

 

「・・・グリシーヌか? 俺のところに逃げてもすぐに特定されるぞ」

 

「わかってるよ・・・ でも、どうしたらいいかわからなくて、とりあえず家に入れてもらっていいかい?」

 

「お前の言うことを初めて拒否したくなった・・・」

 

「そう言わないでくれ!」

 

「オンナ! モンダイ! ボッパツ!」

 

「アルセーヌまで!?」

 

「まぁわかった、入れよ」

 

 大神を入れてからしっかりと鍵を閉めてから、とりあえずシャツが破れている大神に玄治のシャツを貸してやり、話を聞くついでに玄治が裁縫道具を持ってきて繕っていく。

 

「わー! ゲンジさんのシャツだと大神さんブカブカですね!」

 

「玄治の背が高いからなぁ。それに最近、よく走りこんでるみたいだけど鍛えてるのか?」

 

「あぁ、これまで本格的に鍛える時間もなかったからな。

 それはそうと、だ」

 

 人数分のお茶をエリカが用意してくれたので、大神はエリカがお茶を出すことを驚いている。

 

「エリカくん、お茶入れられたのかい?」

 

「ゲンジさんに教わりました! エッグタルトとか、プリンも作れるようになったんですよ!」

 

「ダンスだって覚えられるんだ、エリカはなんだって出来るさ。

 むしろ必要なのは教える側の根気だ」

 

「玄治は褒めて伸ばすからなぁ」

 

「褒められて悪い気分になる奴がいるわけないだろう」

 

 全員がお茶を口にしたところで、玄治が『さて』と切り出す。

 

「それで? 引ん剝かれた理由はなんだ?」

 

「その・・・ 帝都からの帰還命令について話したら『帰る前に種を寄こせ』と言われて、タレブーさん達と一緒になって襲撃をかけられたんだ」

 

 大神の報告に口元を引くつかせてぎこちなく笑うことしか出来ず、エリカは意味がわからないとばかりに首を傾げていた。

 

「ゲンジさん、種を寄こせ?ってなんですか?」

 

「あー・・・ うん、遠回しな告白だな。大神という希望の種のような男が欲しいってことさ」

 

 玄治が言葉を濁してあながち間違ってないことをエリカに教えながら、大神は頭を抱えた。

 

「コクリコにも伝えたら無理をして笑って受け止めてくれたんだけど・・・ 俺は一体どうすればいいんだ」

 

「それ、コクリコの方が深刻だってことはわかってるよな?

 ある意味、わかりやすいグリシーヌよりも我慢してるコクリコのメンタルケアが必要なのはわかってるか?」

 

「わかってるよ。でも俺は今、自分がどうすればいいかもわかってないんだ・・・」

 

「どうすればいいかは前から決まってるだろ、全員と結婚するという覚悟を決めろ」

 

「そんなことしたらどうなるか、わからないわけじゃないだろ!?」

 

「いやぁ、皆仲間として顔は知ってるから問題にはならんさ。問題には、な」

 

 パニックになる大神にしれっと悪びれもせずに答える玄治は、針仕事を終えたのか糸切鋏で切り離す。

 

「問題は正妻が誰になるか、だろ?

 そもそもお前が決められない正妻の座を、他の奴らが譲り合うわけないもんなぁ?」

 

「他人事だからって酷くないか!?

 大体、そういう玄治のところはどうなんだ!」

 

「俺のところはよく言えばしがらみが少ない奴ばっかりだからな、血縁がいることを考えてかすみが正妻ということに勝手に話がついてたよ。貴族の中から選ぶと却って角が立つからな、我が婚約者ながら聡明な判断だよ。

 俺も皆が決めたなら異論はないし、制度としては俺が上を黙らせた。悪いが俺の方は何も問題ないな」

 

「たった二人でも決められないのに、あんなに人数揃ったら決められるわけないだろ!

 それに・・・ いざ決めたとしても、どうなるか」

 

 考えただけで怖くなったのか、大神が身を震わせて気を紛らわすようにお茶を口にする。

 

「・・・案外、お前がちゃんと決めたら誰も文句言わなそうだけどな。決められないから戦いになってるだけで」

 

 大神に聞こえないぐらいの小声でつぶやきつつ、大神にシャツを投げ渡す。

 

「今のお前の気持ちを素直に言うしかないだろ。

 グリシーヌにも、コクリコにもな」

 

「・・・それしかない、よな」

 

「今決まらない覚悟が明日決まるわけないんだ、素直に言うしかないんだよ」

 

「でもそれって、結論を先延ばしにしてるだけじゃないですか?」

 

 エリカのズバリな一言に、大神の上がりかけた頭が再び机に沈む。

 

「それはそう、なんだけど・・・」

 

「もう、お前の姉さん呼んでお前の根性叩き直した方が早いんじゃないかと思えて来たな」

 

「本当に勘弁してくれ!」

 

 何を想像したのか顔を青くさせる大神に、玄治はかえって大神の姉・双葉に興味を持つがそれは今は口にしない。

 

「大神、期限を決めよう。

 帝都が今、問題を抱えていることは聞いたな?」

 

「あ、あぁ、だから俺達に帰還命令が来たんだよな」

 

「その戦いが終わるまでに、お前は全員を受け入れる覚悟と正妻を誰にするかを決めろ」

 

「そ、そんな・・・!」

 

 情けない姿を晒しっぱなしの大神がまだ情けないことを口にしようとするが、玄治は厳しい姿勢を崩さなかった。

 

「ならいっそ、誰も選ばないという覚悟を決めろ。

 それも出来ないというのなら、今度こそそんなお前をあいつらだって愛想を尽かす筈だ」

 

「それは・・・」

 

「お前の心の迷いを他の誰でもなくあいつらが一番知っているだろう、その上で誰も選ぼうとしないお前に苛立ってだっている筈だ。

 お前、さくら達と出会って何年だ? もう三年だ、十七だったさくらが二十になったんだぞ」

 

 そこで大神は目を見開き、ハッとしたような顔つきになる。

 

「あいつらはお前を信じて十分待った。

 いい加減、お前も本気で考えてやれ」

 

「・・・わかった」

 

 さっきとは表情の違う大神を見て玄治も胸をなでおろし、そこで両肩を叩く。

 

「まぁあれだ! 劇場が吹っ飛ぶくらいの覚悟はしておこうぜ!」

 

「それが怖いって話だよな!?」

 

「大丈夫大丈夫、舞台が壊れるのだって日常なんだ。一回ぐらい劇場が吹っ飛んだって驚かんさ」

 

「いや驚くからな!?」

 

 わざとらしく笑い飛ばそうとするが、大神にとっては簡単に想像できるがゆえに笑えない。

 

「もういっそお前が誰か決める時は神崎邸貸し切るか、あそこなら大丈夫だろ」

 

「それはそれでかなりまずいって!」

 

 悪びれない玄治に叫ぶ大神、それを見て笑うエリカと暇すぎて眠りだすアルセーヌ。そうして大神が落ち着いたのちに改めてグリシーヌとコクリコと話してくるというので見送り、玄治も家のことについてメルと花火に話し合うのだった。

 

 

 

 

 

 帝都への出発を明後日に控えた日、巴里の貴水邸にメルと花火の引っ越しは無事終了し、お昼をどうするかと聞く前にメル達が玄治の手を引いて外に連れ出していた。

 

「なんだ? 昼は外食をするのか?」

 

「いいえ、違います!

 実はグリシーヌさんとコクリコが二人を派手に送り出そうって張り切っちゃって、サーカスを貸し切ってお祭り騒ぎをするんです!」

 

「・・・正気か? 一応俺達秘密部隊の隊員なんだが?」

 

 玄治がそう問うても三人の顔色は変わらず、むしろ嬉しそうに笑うのみだった。

 

「街の人たちにとっても大神さんはこれまで仲良くしてくれた人ですし、誰も知らなくても巴里を守ったお二人を街を巻き込んで見送りたいんです」

 

「日本では『壮行会』と言うのですよね?

 大神さんの時も貴水さんの時も私達は歓迎会を出来ていなかったので、せめて送る時は皆で見送ろうという話になりました」

 

「それにこうでもしないと律儀な大神さんと違って、貴水さんは何も言わずに街を去ってしまうでしょう?」

 

 メルの言葉が図星だったのか、玄治はバツが悪そうに苦い顔をした。

 

「巴里を守ったのは大神だ、俺じゃない」

 

「まーだそんなこと言うんですか? ゲンジさん」

 

 玄治の背中を押していたエリカが、広い背中にそのまま抱き着いて揺れた体からアルセーヌが離れる。

 

「ゲンジさんは巴里を守りましたよ。

 それどころか、今だって守ってくれてるじゃないですか」

 

 広い空を指さすエリカにメルと花火も大きく頷いて、アルセーヌも大きく羽を広げる。

 

「ゲンジ、マモッター!」

 

「やめろって・・・ そういうのガラじゃない。

 俺が守りたかったのはお前達で、あとは全部おまけなんだ」

 

「なら、私達を守れたことに胸を張ってください!」

 

「そうですよ、貴水さん。あなたは私達がいる場所をずっと守ろうとしてくれてるんです」

 

「過去も、今も、未来すらも、あなたは私達を大きな腕で守ってくれているんです」

 

 口々に褒められ照れる玄治が視線を逸らせば、シルク・ド・ユーロに到着したことを告げる。

 

「ほらっ、ついたぞ」

 

「おじちゃん、遅いよ!」

 

「まったくだ、主賓の一人が遅れてくるなどどういうことだ」

 

「おいおい、グリシーヌ。アンタはまたドクトルと喧嘩をする気かい?」

 

「玄治、来たんだな」

 

 コクリコを筆頭に全員が入り口で待ち構えていたらしく、玄治らを出迎えてくれた。

 

「なんだ、このお祭り騒ぎ。街中の人間が集まってるのは俺の気のせいか?」

 

「気のせいじゃぁないよ、ドクトル。

 裏も表も関係なく隊長を知ってる奴らが片っ端から来てるのは勿論、グラン・マやあの大使って奴の関係者も来てやがるもんだから貴族の奴らもこぞって集まりやがった。

 いやぁ、スリびよりだね」

 

「人は選べよ」

 

「とーぜん、しけた財布を取っても仕方ないからね」

 

「前から思ってたけど、おじちゃんのロベリアの止め方おかしいよ」

 

 この中で最も精神年齢の高いコクリコの発言に玄治もロベリアも口笛を吹いて誤魔化し、グリシーヌが場を仕切るように手を鳴らす。

 

「さぁ、主賓が揃ったところでようやくパーティが始められるな。

 貴公らの席は中央だ、向かうぞ」

 

「あぁ、わかったよ。グリシーヌ」

 

「お誕生日席とか本気で嫌なんだが・・・」

 

 素直に頷く大神と渋る玄治は実に対照的で、サーカスの舞台と客席に今は多くのテーブルが並び、食事や飲み物にあふれ、よく見れば給仕をしているのはブルーメール家のメイド達である。

 今宵この場では人種も、身分も、職業の貴賤もないとばかりに多種多様の人が集まり、その誰もがグリシーヌによって連れてこられた大神と玄治へと拍手を送ってくる。

 

「帰っていいか、大神」

 

「駄目に決まってるだろ、何を言ってるんだ。玄治」

 

 無理やり笑顔を張り付かせた玄治が小声でつぶやけば、大神は本心からの笑顔を周りに振りまいて玄治の脇腹を小突く。

 

「ボンジュール、巴里の皆さん!

 今日は突然のパーティにもかかわらず、お集まりいただき誠にありがとうございます!」

 

 舞台中央に置かれた台の上で、コクリコがよく通る声で告げれば一気に視線は中央にいる花組達に集まる。そこでコクリコはさらに指を鳴らせば、照明が大神と玄治にあてられる。

 

「この場に集まってもらったのは他でもない、巴里を守った英雄である二人の男を讃え、日本に戻る彼らを激励するためだ!」

 

 『それ、言っていいのか?』と内心変な顔をする玄治に素直に照れる大神に、街の人々はざわざわとするが、大神の人柄を知っている者が帰ってしまうことを聞いて『寂しいぞー!』と叫ぶ声があった。

 

「お二人がどうやって巴里を守ったのか、それを語ることはここでは出来ません!

 ですが、どうか忘れないでください!」

 

 グリシーヌの言葉を花火が引き継ぎ、ロベリアが声を張る。

 

「アタシ達の街を! 家を! 人々を! この二人が命を張って守ろうとしたことを!」

 

 そこでエリカが用意されていた花束を二人に差し出す。

 

「巴里を救ってくれて、守ってくれて、そして愛してくれたお二人に感謝を伝えさせてください。

 そして、日本でのさらなるご健勝と活躍をお祈りします」

 

「ありがとう、皆」

 

「本当に勘弁してくれよ、こういうの」

 

 大神にはグリシーヌが、玄治にはエリカが花束を渡せば、大神は嬉しさから涙を零し、玄治は照れくさそうに顔を逸らした。そして一人、また一人と拍手が始まれば大喝采へと導かれる。

 

「ねっ、ゲンジさん。人ってそんなに捨てたもんじゃないでしょ?」

 

「おいおいエリカ、そんなことを捻くれたアタシやドクトルに言うのはよせって」

 

「少しだけ、認めてやらんこともない」

 

「めっずらしー、おじちゃんがそんなこと言うなんて」

 

「フッ、素直じゃないな」

 

 グリシーヌが笑ったのを聞いて、玄治がついつい言い返す。

 

「鏡用意してやろうか?」

 

「赤くなった自分を見るためか? ずいぶんと奇特だな」

 

「素直じゃないお前に向けるために決まってるだろうが」

 

「やめろって、二人とも」

 

 そんなやり取りをしながら舞台から降りればドレスを纏ったグラン・マと迫水が待機しており、傍にはメルとシーも控えていた。

 

「やぁ二人とも。こんな形で君達の功績を称え、見送れることを嬉しく思うよ」

 

「大使! ありがとうございます!」

 

「ムッシュ、ドクトル、胸を張りな。この拍手こそがあんた達に向けられるべき正当な評価さ」

 

「そう・・・ ですね。正直俺は、変な気分ですよ」

 

「そうお言いでないよ、ドクトル。

 この巴里を変えたのはムッシュだけじゃない、あんたもまた巴里を変えたんだ」

 

「君達に守られたこの街は今よりもっと良い街になるよ。

 改めて感謝を伝えさせてほしい、ありがとう。大神くん、貴水博士」

 

 人目もあって頭を下げはしないがグラン・マは玄治へと握手を求めれば、一瞬固まる。

 

「まだ手を預けられないかい?」

 

「婦人に傷だらけの右手で触れていいものか、わからなくてね」

 

 そんなことを言う玄治の手を無理やり取り、グラン・マは雷のような線の奔る右手を固く握りしめた。

 

「あんたは山崎から託されたと言っていい大切な腕を犠牲にしてでも巴里を守ろうとしたことを、あたしは決して忘れない。

 この傷はあたし達の罪で、あんたに受けた大恩の証なんだ。どうか体を大事にするんだよ」

 

「よしてくださいって、俺が花組を守りたかっただけなのはわかってるでしょう?」

 

「そのためなら世界だって守る、大した男だよあんたは」

 

 そう言って他の貴族へ挨拶に行くグラン・マと替わるように、大神と話し終わった迫水が立つ。

 

「貴水くん、僕は君が大嫌いだったよ」

 

「知ってるが? それどころか大半の貴族にとって俺は目の上のたんこぶである自覚があるが?」

 

 喧嘩売ってるのかと返せば、迫水が向けてくるのは言葉と反して友好的なものだった。

 

「でも君は、ただ本当に花組が好きで、山崎くんが残した全てが誇りであるだけだった。

 それ以外、表も裏もなかったんだね」

 

「さぁ、それはどうだろうな?

 案外、世界を包んで好き放題するかもしれないぞ?」

 

「フッ、君ならもっと簡単に出来るだろう。わざわざ何年もかける必要もないさ」

 

 笑って去っていく迫水を見送れば、ロベリアが真ん中から二人の腕に絡みつくように抱き着いてきた。

 

「さぁって、肩っ苦しい話も終わっただろ? 酒だ酒。

 ていうか隊長、こうやってドクトルと並ぶとアンタ本当に小さいね」

 

「日本人では俺の身長の方が普通だからな!? 玄治が高すぎるんだよ!」

 

「親も知らん身だが身長だけは感謝してるな、マリアと並んでも様になる」

 

 玄治のそんな発言にロベリアはさらに首を掴むようにして揺さぶりだす。

 

「隣に女がいる時は他の女の名前を出さないのがマナーだろ、ドクトル」

 

「知り合いの九割が女な俺には無茶ぶりもいいところなんだが」

 

「それでも、だ」

 

 そこで玄治の髪紐が自分の色と同じなことに気づき、ロベリアは笑う。

 

「なんだい、今日はそっちをつけてるのかい」

 

「巴里での日々はこっちをつける気分になる、悪い男になれてるかは知らないがな」

 

「いや大悪党さ、こんなに恋してる女を置いて帰るんだからな」

 

「安心しろ、攫いに来てやる。空を盗んでな」

 

「げ、玄治!? なんの話をしてるんだ!?」

 

「ハッハッハ、アタシは二つとも欲しいんだけどねぇ。

 隊長の方はアタシが攫いに行った方がいいのかい?」

 

 話の内容がわからずに驚く大神にロベリアが笑い、『盗む』という発言にグリシーヌが絡んでくる。

 

「盗むとは物騒だな」

 

「おっ、種を寄こせって詰め寄った海賊様がなんか言ってるぜ」

 

「グリシーヌ・・・ あなた、大神さんにそんなことを言っていたの?」

 

「それはだな、花火。隊長があまりにも曖昧な態度を取るからであって・・・」

 

 花火とグリシーヌが話し合っている間に、玄治が大神の脇腹を突くと小声でつぶやく。

 

「えっ、お前マジでまだ選べないって伝えたの? 二人とも納得したの? 冗談だろ?」

 

「そ、それしか伝えようがないじゃないか。

 結婚なんて口にしたらそれこそ巴里から出られるかもわからなくなるし、コクリコのことだって考えれば連れて行くぐらいしか選択肢はないけど、そうすると巴里が心配になるし」

 

「それもこれも全部お前が招いたことだけどな?」

 

「うぅ・・・ 返す言葉もない」

 

「イチロー! 皆も挨拶したいって、こっちに来てよ!」

 

 大神がコクリコに呼ばれて離れていき、玄治は自然とあまり目立たないように隅に向かっていく。

 シャノワールの従業員であるジュルジュとドミニク、レノ神父とカフェの女主人であるエヴァと花屋のコレット、女占い師や市場によくいた男達に何かと絡んできたダニエルやエビヤン警部にロランス卿やレストランの主人など玄治も知っている面々も見かけて彼らにばれないように通り過ぎていく。

 

「あーん、ゲンジさん。どうしてそんな隅っこに行くんですかぁ?」

 

「こういうの、苦手なんだよ。

 完全に身内でもない、完全に敵でもない・・・ 好意的な視線ばっかりの中なんてな」

 

「フフッ、貴水さんは知らない誰かに褒められることに慣れてないんですね」

 

「裏方ばかりで表に出てない弊害でしょうか?」

 

「そんなところだ」

 

 そんなことを言いながら玄治が巴里市民を見る目は優しく、テーブルからとってきた果物をアルセーヌに渡しつつ、自分用に持ってきた料理もつまむ。

 

「巴里での食事もあと数回か・・・」

 

 ふと思ったことを零してしまった玄治が口を覆い、悲しい顔になってしまっていた三人に謝罪する。

 

「すまん、失言だった」

 

「いえ・・・ すみません、こんな時に少しだけ嬉しくなってしまいました」

 

「あっ、それわかります」

 

 メルの発言にエリカも花火も大きく頷いた。

 

「玄治さん、あなたはあまりにも粛々と準備なされるものですから・・・ 私達や巴里との別れを惜しんでないのかと、少しだけ思ってしまってたんです。

 でも、そんなことないんですね」

 

 そう言って花火が涙ぐめば、エリカとメルもつられるように涙ぐむ。

 

「あなたにとって巴里も去るのを惜しむ場所であることが、こんなにも嬉しいなんて思っていませんでした」

 

「・・・俺は失ってばかりの人生だったから、大切って認めるのが怖かったのかもしれないな」

 

 涙を零す三人の頭を順に撫でながら、玄治は苦笑する。

 

「ゲンジハナカナイ?」

 

「泣かないな。

 俺は責任をとるし、すぐにでも行き来出来るようなものを創り上げるつもりだ」

 

「出来るだけ早く作ってくださいね、ゲンジさん」

 

「あぁ急ぐさ、先生が翔鯨丸を作ったよりも早く作ってやる。

 それに秘密だけどな、一つだけ巴里からまっすぐ帝都に行く方法があるんだよ」

 

「それはどういう・・・?」

 

「これ以上は迫水大使にでも今度聞いてくれ。

 それに巴里にも空挺輸送機があってもいいから、ジャン班長にでも言えばいい」

 

「そうします!」

 

 エリカがきっぱりと頷く姿におもわず笑ってしまい、メルと花火も笑ってくれる。

 

「そうだ、ゲンジさん。右手だしてください」

 

「ん? こうか?」

 

 料理の皿とグラスを通りかかったメイドに託し、大人しくエリカの前に右手を出せばガチャンッと大きな音を立てて右腕につけられる。

 

「んんん? なんだ、お前俺に手錠でも付けたのか?」

 

「そんなことしませんよ、ちゃんと見てください」

 

 右腕につけられたのをまじまじと見てみれば、手甲と見間違うほどの大きさがある銀の腕輪だった。

 デザインは菱形を描くように伸ばされ、菱形中央には大樹が彫り込まれ、大樹を囲むように狐が向かい合い、腕をぐるりと回っている部分は腕から向かって十字架の文様が描かれている。

 

「銀の腕輪(バングル)です。

 時計はお持ちでしたので、貴水さんがいつでもつけていられて傍におけるものが良いと思ったんです」

 

「銀は魔除けの力もあります。

 神への祈りと、巴里の守り神となることを選んだ巨樹の加護があなたに降り注ぎますように」

 

「それに銀はゲンジさんの色でしょ?

 私達もお揃いの銀のネックレスを持ってますから、これでお揃いです」

 

「俺からも・・・ 三人に渡したい物がある」

 

 そう言って懐から掌大の小箱を取り出し、三人が開けばそこにはエリカ、花火草、そしてカーネーション。

 

「私と花火さんのは名前由来なのはわかりますけど、メルさんのはカーネーションですか? でもカーネーションって赤ですよね?」

 

「あぁ、技師として知り合った人間の中で植物の品種改良に力を入れてる奴がいてな。まだ公式には発表されてないんだが、カーネーションで青い花を作ったんだ。そして、その花言葉に『永遠の幸福』をつけると張り切っててな」

 

 どうにも恥ずかしくなってきたのか、玄治は頭を掻きながらも言い切る。

 

「その花とメルの青い髪がよく似てると思ったから、つい彫ってたんだ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「えっ、彫ったって・・・ これ、ゲンジさんの手作りなんですか!?」

 

「そういえば、日本に関する本に女性に櫛を贈る習慣について書いてあった気がします」

 

 メルも赤くなって感謝を告げ、玄治の手作りであることに驚いたエリカの横で花火が櫛を贈る意味を思い出したのか、優しく微笑んでいた。

 

「確か語呂合わせで、『苦労も幸せも死ぬまで添い遂げよう』という意味だった気がするんですがあっていますか?」

 

「あぁ、マリア達にも巴里に来る前に彫っている物は違うが櫛を贈ったんだ。櫛なら日常的に使えるだろう?

 婚約の証として、受け取ってくれるか?」

 

「大切に・・・ 大切にします」

 

「ありがとうございます! ゲンジさん!」

 

「いつも身に着けて持ち歩こうと思います。ありがとうございます」

 

 三人の言葉を受けながらも、玄治も贈られた腕輪(バングル)を見れば一瞬目を疑う。

 

「・・・エリカ、これってどこで手に入れた?」

 

「え? どこって・・・ グラン・マからお知り合いのロランスさんを連れてきてくださって、質のいい銀を選んでもらった後に貴族のある金属加工をなさってる職人さんに手掛けてもらっただけですよ?」

 

「どうかなさいましたか?」

 

 メルが覗き込むように玄治の顔色を見れば、

 

「いや・・・ 多分これ、神器になってる」

 

「「えぇ!?」」

 

「ジンギってなんですか?」

 

「簡単に言うと神様が作ったって言われる道具だな。

 エリカ、銀を預かってる間何かしなかったか?」

 

「何かって言われても、普通に神様にお祈りを続けてたくらいで・・・ あとは花組の皆にも触ってもらったり、願ってもらったりしました」

 

「それか!?

 敬虔な修道女の祈りと霊力保持者の願い、それにこれは・・・ まさか本当に巨樹の加護が入ったのか。だが、これは加工技師にも霊力がないと説明がつかない」

 

 まじまじと玄治が見るために外そうとするが、うまくはまってしまったのか何故か外れない。

 

「外れないんだが?」

 

「あっ、ゲンジさんの体から絶対外れないような物の方がいいなとかも願ったかもです!」

 

「だーっ! だから神様なんか好きじゃねぇんだよ、クソッタレ! 力の加減ってもんを知らん!」

 

「ま、まぁまぁ貴水さん、外れないとはいえ守護なんですから良い方に考えましょうよ。ね?」

 

「そうですよ、玄治さん。

 あなたの腕を守ってくださるんですから、感謝しないと」

 

 シスターの前で不敬極まりないことを叫びつつ頭を抱える玄治に、メルと花火が宥めるがアルセーヌも楽しそうに肩でダンスをする。

 

「ミカエル! サキ! カゴー!」

 

「おい待て、アル。まさか・・・ 嘘だろ? あやめさんとサキまで絡んでんのか?」

 

「ムチャシスギー! コッチクンナー!」

 

「アル、もっと他に言葉選べただろ・・・ つーか、俺よりもよっぽど大神に必要だろ、これ」

 

「アヤメさんは聞いたことありますけど、サキさんって誰ですか?」

 

「あぁ、去年少しだけ劇場で働いていた同僚だ。訳あって今は辞めたんだが、豊かな黒髪が狐の尻尾みたいだったんだ」

 

「事務の方ならいつかお会いしたいですね」

 

「・・・今度、詳しく話そう。正直俺は、あまり仲が良くなかったけどな」

 

 そう語る玄治の声は自身が思っているよりもずっと優しいもので、メルも何かを察したのか素直に頷くだけにとどめた。

 

「ドクトル! 主賓の一人がいつまでそんな隅にいる!」

 

「そうだよ、おじちゃん。

 おじちゃんとイチローが主役なんだからもっと真ん中にいないと!」

 

「俺はいいって・・・ 俺は料理も酒も、人が楽しそうにしてるのを見てるのが好きなんだよ」

 

「今日はそうはさせねぇんだよなぁ」

 

 そう言ってロベリアが左腕から玄治の首に絡みつき、メルと花火が右腕を引き、そして仕上げとばかりにエリカが背中を押して中央へと歩かせていく。

 

「お前ら、四対一ってずるくないか? しかも俺が無理にひきはがせないこともわかってやってんだろ・・・」

 

「諦めな、アンタもアタシも今はこんな表舞台で褒められるようなことをしちまったんだ。しっかりと受け止めることは義務ってもんだぜ?」

 

「さぁゲンジさん、巴里の夜を楽しんでください!」

 

 花組と巴里の人々に囲まれながら、玄治と大神は賑やかな夜を過ごすのであった。

 

 




どうして ゲンジさんはお見送りを玄関にしたいんでしょうね?
玄治さんにとって 家は特別なんでしょうね
私達は あの人の帰る家になれるんですね
『サクラ大戦 貴水玄治物語』第三部 最終話 『別れの朝』
愛の御旗のもとに
別れは苦手だ だから絶対攫いに来る
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