サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

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俺の名は貴水玄治。
帝国華撃団 後方支援部隊 鳥組の隊長であり、山崎真之介の遺志を継ぐ者
帝都の危機に巴里から帰還して数か月、帝都で起こる蒸気機関の暴走の謎を追っている
『サクラ大戦 貴水玄治物語』 第四部
第一話『蒸気機関暴走事件 大神 総合演出昇進』
太正桜に浪漫の嵐!
大神もついに総合演出か 随分出世したもんだなぁ



第四部
①蒸気機関暴走事件 大神 総合演出昇進


命短し恋せよ乙女

赤き唇あせぬ間に 熱き血潮の冷えぬ間に

明日の月日はないものを

 

 

 

 

 太正十六年三月某日、蒸気列車の暴走を光武二式によって止められ、被害を最小限に済ませることが出来ている中、帝国劇場の地下の個室モニターで事態を玄治は厳しい目で見守っていた。

 風組からの被害報告、現場から花組隊員が無事帰還することを聞きながら、厳しい視線のままの玄治の肩をラチェットが触れた。

 

「玄治、暴走した蒸気列車の機関部がこの後すぐに送られてくるそうよ。

 皆ももう格納庫まで戻ってきてるわ、そんな険しい顔をしなくても大丈夫」

 

「・・・今月に入ってもう二十七件だ、だっていうのに原因が何も見つからない。妖力反応は確かにあるっていうのに明確な何かが見つからない。

 共通点は蒸気機関を持っていることだが、そんなもんこの帝都にはありふれ過ぎていてなんの関与にもつながらない」

 

 悔しそうに言う玄治に、ラチェットは『焦っては駄目よ』と言葉とともに寄り添いながら両腕で彼の肩を包む。

 

「幸い大きな事故も被害も出ていないわ、焦ったら解決できることも出来ない。冷静に事に当たりましょう。大丈夫、あなたには私達がいるわ」

 

「・・・悪い、少し焦ってた」

 

「自覚があるなら大丈夫よ、ミスター米田が呼んでいたわ。作戦指令室で待っているそうよ」

 

「ラチェットは・・・ あぁ、今日新しい台本が来るんだっけか」

 

「えぇ。私が出演するかはわからないけれど、皆と一緒にサロンに向かうわ」

 

「じゃ、また後でな」

 

 そう言って自室の前で別れ、玄治は言われた通り指令室に向かえば米田が待っていたとばかりに笑い、大神も笑顔を見せる。

 

「よぉ玄治、来たな」

 

「どうかしたんですか? 米田さん」

 

「なに、お前と大神には情報を共有しておかねぇとな。

 お前達も知っての通り、最近の事故についてな。かすみ、頼むぜ」

 

「はい」

 

 短い返事と共にモニターに帝都の銀座を中心にした地図が表示され、赤い点が打たれている。

 

「今月に入って二十七件、銀座を中心に蒸気機械の暴走が続いています」

 

 かすみの言葉に次いで由里が報告を続ける。

 

「現段階で原因は不明で、共通点は少ないです。

 貴水さんを中心に神崎重工の技師にも協力を仰いでますが、見当すらついていません」

 

「被害状況は重軽傷者六十七名、死者は出ていません。

 ですが、建物の被害総額は七百五十万四千三百円で、帝都はかなりの痛手を被っています」

 

 風組による報告に悔しそうに顔を歪める玄治に、米田も厳しい顔をする。

 

「原因は不明だが、ほぼ毎日起こっているこの事件にはなんらかの悪意があるのは確かだ。

 二人とも、気を引き締めておけ。

 でもな玄治、あんまり自分を責めるこたぁねぇ。お前がよくやってくれてることは俺達もわかってるからよ」

 

「すみません」

 

「玄治、あまり気負いすぎないでくれ。被害は俺達が最小限に抑えて見せるから」

 

「悪い、大神」

 

 そんな中、劇場側から通信があったらしくかすみが応答し、台本が届いたことを告げられる。

 

「やっと来たか、今回はあの先生に頼んだから遅かったんだよな」

 

 さっきまでの司令の顔から支配人の好々爺の顔になる米田に促される形で大神はモギリ服に着替えに、玄治はそのまま米田に続いて支配人室へ向かう。

 

「玄治、どうだ? 帝都もすっかり便利になっただろ?」

 

「えぇ、まさかミカサの機関部を生活に活かすとは思ってませんでしたよ」

 

「まぁミカサに関してお前は全く触れてこなかったからな、あいつは俺と山崎が生み出した最高の船だ」

 

「知ってますよ、帝都の蒸気不足も一気に解決するほどの出力は俺には生み出せません」

 

「なんだ、ずいぶん謙虚なこと言うじゃねぇか。ミカサよりもすげぇもんを空に打ち上げようとしてるくせによ」

 

 米田のその言葉に、玄治もニヤリと笑えば中庭からアルセーヌが飛びついてくる。

 

「ゲンジ、オツカレ!」

 

「アル、日光浴は終わったか?」

 

「ココチヨイヒザシ、サイコー!」

 

「おうおう、よかったな。アルセーヌ。

 わりぃがまだこいつを借りるからな、もう少しだけ中庭でフントと待っててくれや」

 

「リョーカイ!」

 

「よし、いい返事だ」

 

 米田とアルセーヌのやり取りにおもわず笑みがこぼれる玄治に、着替えが終わった大神が追いつき、共に支配人室へと入っていく。

 

「で、だ。大神。

 今度の舞台の件なんだが、全てをお前に任せる」

 

 突然の丸投げ宣言に、大神のみならず玄治も目を丸くする。

 

「支配人、全部って・・・」

 

「全部っつったら全部だ、演出から劇場運営の全て・・・ いわゆる総合演出だな」

 

 そこに付け加えるようにかえでが説明する。

 

「大丈夫よ、大神くん。

 私や風組は勿論補佐するし、小道具や衣装はベテランと言ってもいいほど慣れてる玄治くんもいるから心配はいらないわ」

 

 驚く大神に米田がわかりやすく説明しても、事態が呑み込めない大神と反して玄治は暖かい拍手を送る。

 

「これって昇進でいいのか? おめでとう、大神」

 

「ふ、粉骨砕身の覚悟で頑張ります!」

 

 ガチガチに固まろうとしている大神に玄治は笑う。

 

「いや、大袈裟かよ。そこまで覚悟しなくていいだろ」

 

「玄治ほど気を抜けとは言わねぇが、ガッチガチになって出来る仕事でもねぇ。まっ気楽にやってみろや、大神」

 

「舞台の演目は『あぁ、無情』よ、巴里を舞台にした一人の男の生き様の話ね」

 

 出来立ての台本をかえでから大神が受け取り、かえでは続いてあらすじを語った。

 

「巴里と言えばよぉ、玄治の話は八割がた聞いてるが・・・ 大神は思うところのあるやつはいたか?」

 

「いや、俺の話は八割がた知ってるってどういうことですかね? 米田さん」

 

「まぁいいじゃねぇか、巴里では面白い事件を起こしたことも聞いてるぜ? 今でもそいつのことを考えてるんだろう? ん?」

 

「は、はい・・・ いました。

 ですがその・・・ 決めきれずにグリシーヌとコクリコの二人を副隊長に任命しました」

 

 言いにくそうに告げる大神に、米田は大きなため息をついた。

 

「ったく、おめーってやつは。お前のその優柔不断さはわりぃところだぞ」

 

「も、申し訳ありません」

 

 弁解の余地もなく頭を下げる大神に、米田は話を変えるようにかえでに話を振った。

 

「そういえば、こいつらが巴里に行ってからは大騒ぎだったよな? かえでくん」

 

「えぇ。皆、『巴里に行く!』と言って大変でしたね」

 

「挙句、二度と舞台に出ないと駄々をこねた奴がいたよなぁ」

 

「・・・あの馬鹿、そんなことまでしてたのか」

 

「玄治、心当たりがあるのかい?」

 

 二人の語り具合に玄治が小声でつぶやけば、大神が問うてくる。

 

「お前も想像ぐらいつくだろ・・・ いや無理か、心当たりがありすぎるもんな」

 

「怖いこと言わないでくれよ、玄治。

 というか、お前のそういう物言いが皆から怒られてること自覚あるかい?」

 

「お前ら、二人っきりで話し込んでんじゃねぇよ。

 誰かなんてお前らもわかってるんだろ?」

 

 そんな二人を見咎めるように米田が声をかければ、二人はきっぱりと答える。

 

「マリア達はそんなことしません」

 

「申し訳ありません、支配人。心当たりがありすぎて誰かわかりません!」

 

「お前らなぁ・・・」

 

 呆れたように苦笑いする米田に室内に扉を叩く音が響けば、そこにはさくら、すみれ、アイリス、織姫という面々が揃っており、玄治は嫌な予感しかしないため、退出するために入れ違いで扉に向かう。

 

「じゃ、俺はこの後暴走した蒸気列車の調査があるのでこれで失礼します」

 

「おい、玄治。お前も舞台について話を聞いてこい。

 だからすぐに地下に引っ込まず、サロンで待っとけ」

 

「え? 俺もですか・・・」

 

「そんな顔するんじゃねぇよ、たまには小道具以外のところも見とくのもいい経験だ。大神を援護するんだったら、表の仕事ももっと知っておかねぇとな」

 

「はぁ、わかりましたよ」

 

 支配人室から階段へ最短距離を進めば、何故か事務局側に連れて行かれて遠回りをさせられようとしている大神を見送り、中庭で待ち構えていたアルセーヌが玄治の肩に止まる。

 

「ゲンジ、イクゾ!」

 

「おう、皆がサロンで待ってるからな」

 

 階段を上り、かえでと大神の部屋の前を通り過ぎれば大神の元に来ていた以外のメンバーが揃っており、マリアが迎えてくれる。

 

「玄治、どうかしたの?」

 

「いや、俺も来るつもりはなかったんだが・・・ 米田さんに舞台の話し合いに参加するように言われてな」

 

「ハカセ、椅子に座って。連日の調査で疲労が顔に出てる」

 

「それはお前達もだろ。連日の出動、本当にお疲れ」

 

「良いから座りなさい、玄治」

 

「ヤスメ! ヤスメー!」

 

 マリア、レニ、ラチェットの三連撃に玄治は笑って席に座れば、紅蘭とカンナも笑って話に参加してくる。

 

「甘やかされとるなぁ、玄兄。大神はん達はどないしたん?」

 

「そうそう。あいつら皆して待ちきれなくなって支配人室に行ってよぉ、まだ帰ってこねーんだよ」

 

「大神連れてテラスの方から遠回りしてくるみたいだから、まだかかるんじゃないか?

 あと米田さんから聞いたんだが、舞台に出ないとか駄々こねた奴ってあいつらであってるか?」

 

「あっちゃー、その話したんかいな。

 あんときは大変やったでぇ、大神はんとも連絡とれんかったのも大きかったけどまさか舞台まで文句言いだすとは思わんかった」

 

「で、どうにか巴里に行く理由を捻りだして出発の目処が立つまでもジッタンバッタン大騒ぎでよぉ。誰が最初に行くかとか、舞台をどうするかとか決めることも山とあったぜ」

 

「だろうな」

 

 ため息交じりに頷く玄治に、苦労した面々からは苦笑いしか出てこない。

 

「つうか、俺との通信で巴里に行く理由見つけやがったからな。さくらのやつ」

 

「でも、巴里で私達に会えたのは嬉しかったでしょう?」

 

 ラチェットの問いかけに、玄治は当然だとばかりに三人に微笑む。

 

「当然だ、会えないと思ってたかすみまで来た時に驚いたが嬉しかったさ」

 

「かーっ! 甘ったる! 巴里から帰ってきてからイチャイチャイチャイチャ・・・ どんだけ会いたかったねん!」

 

「おい赤チビ、お前が一番俺にそんな暇がないことを知っての物言いか」

 

「知っとるけど!」

 

「やめとけって、紅蘭。

 玄さんが巴里で死にそうな目にあった時の空気に比べりゃ、今は天国みたいなもんだろ」

 

 諦めが肝心だとばかりにカンナが紅蘭の肩を叩けば、レニはその日のことを思い出したのか遠い目をする。

 

「あの日のことは・・・ 思い出したくない」

 

「そうね、覚悟していたとはいえまさか瀕死の重傷を負うなんて思ってなかったもの」

 

「しかも右腕を切断なんて、ね」

 

「おいやめろ、俺をいじめるな」

 

 じっとりとした目で見つめられながら、玄治が完全降参の姿勢を見せているとようやく大神達が戻ってくる。

 

「遅かったな、お前ら。どこで遊んでるのかと思ったぞ」

 

「あぁ、テラスで皆と話してただけだよ。それとこれが今回の舞台、『あぁ、無情』の台本だ」

 

 それぞれが受け取り、大神らから一拍遅れる形でかえでが合流すればそれぞれの配役が告げられていく。

 主人公であるジャン・バルジャンがマリア、ライバルである警察官のジャベールは紅蘭。ジャンと恋仲となるヒロインであるファンティーヌはすみれ、その養女コゼットはアイリス。コゼットの恋人マリユスはレニ、ジャンの救済者である神父は織姫。そしてコゼットが預けられる欲深い夫婦であるテナルディエ夫妻をカンナとさくらという配役である。

 

「ラチェットは今回、裏方に徹してもらうことになるわ。よろしく頼むわよ」

 

「さくらが欲深い妻・・・ よく似合ってるな」

 

「それ、どういう意味ですか? 玄治兄さん」

 

 ニッコリと笑って威圧してくるさくらに玄治は口笛を吹いて誤魔化せば、その口笛をアルセーヌが追いかけるように真似する。

 

「まったく・・・ アルくんが悪い言葉を覚えたら玄治兄さんのせいですからね」

 

「お前の影響受けたら暴力的になりそうだもんな」

 

「玄治、さくら、じゃれ合いはそこまでにしておきなさい」

 

「すみれさんとカンナさんの喧嘩もですが、これはこれで帝劇の名物みたいなものですから止めるだけ無駄でーす」

 

「織姫さん? 一体どういう意味かしら?」

 

「言葉通り以外の意味なんてあるわけありませーん」

 

「ちょっ、お待ちなさいな!」

 

 ケラケラと笑いながら台本読みへ図書室へと逃げていく織姫を追いかけていくすみれに、他の皆も続くがそこで玄治はかえでに声をかける。

 

「かえでさん、俺はここで地下に戻ります」

 

「えぇ、調査の件ね。

 大神くん、さっきの物を玄治くんに」

 

 かえでに促される形で差し出されたのは丁寧に紙に包まれた金粉。

 

「これは?」

 

「今日の戦闘後、光武の足元に付着していたものよ。大神くんが見つけてくれたわ」

 

「今回の件と何か関係があるんじゃないかと思って、調査を頼んでもいいか? 玄治」

 

「勿論、手掛かりになるなら今はなんでもありがたい。俺の方から加山にも共有しておこう」

 

 金粉を受け取って懐に入れ、二人が皆に続いて図書室に行くのを見送ってから玄治は地下へと戻る。

 格納庫には先程暴走事故を起こした列車が安置されており、何人かの技師らが玄治の姿を見て、姿勢を正す。

 

「さて、夕飯前には終わらせよう」

 

 技師らと挨拶をそこそこに作業へと移っていった。

 その頃、図書室ではかえでから大神が『あぁ、無情』のあらすじを聞き、それぞれの感想を言いあい、大神の総合演出であることが発表されていた。

 

 

 

 

 

 作業を夕方までに無事終わらせ、皆に食事を振舞えばあっという間に時計は八時を差し、劇場内では時計の音が鳴り響く。玄治は厨房にて明日の朝食の下準備と夕食の片づけを行っていれば、そこに薔薇組の面々が飛び込んできた。

 

「貴水博士、またしばらくこちらにご厄介になることになったのでご挨拶に伺ったのだけど、今いいかしら?」

 

 薔薇組隊長である琴音が声に玄治が顔をあげれば、そこには陸軍の軍服に身を包んだ斧彦と菊之丞が並んでおり、玄治は下処理中の野菜と包丁を置いて手を軽くふく。

 

「あぁ、こんな姿で悪いが続けてくれ」

 

「あらん、それはこっちの台詞よん。忙しい博士のお時間を取らせちゃうんだもの、ごめんなさいねぇ」

 

「それにその・・・ コック服姿の貴水博士も、素敵です」

 

「ハッハッハ。言葉は嬉しいが俺、婚約者いるからなぁ」

 

 軽く受け流しながら、玄治は真剣な顔になる。

 

「今回の一件、お前達の協力が必要なほどの事態なんだな」

 

「そうね・・・ 私達もまだ事件のことがほとんど何もわかっていないのが実情よ。

 加山隊長の情報力や貴水博士の技術力をもってしても手掛かりすら得られていない以上、私達陸軍側から得られるものもあるかもしれないわ」

 

「もしもの時は私達も力になるわん、遠慮なく頼って頂戴ね。貴水博士」

 

「私達もこの帝国華撃団の一員なんですから」

 

「あぁ、本当に助かる。俺は軍に関与出来ないし、米田さんも陸軍では浮いている身だ。動くのには限りがある」

 

「えぇ、任せて頂戴。

 愛と美のために戦う、それが帝国華撃団 薔薇組なのですから」

 

 そう言って去っていく三人と入れ替わるようにかすみが厨房へ入り、優しく微笑む。

 

「玄治さん、今よろしいですか?」

 

「あぁ、問題ない。

 どうかしたか? かすみ」

 

「報告が一点あります。

 銀座を中心に電波の異常が見られ、キネマトロンでは花やしき支部までの通信が限界になっています」

 

「あぁ、だから帝劇内で使えるキネマトロンを作ったんだよな」

 

「大型モニターなら問題はありませんが、困ったものですね」

 

「こうなったら空より遠くに電波塔でも立てるか」

 

「フフッ、また新しい発明ですか? 貴水博士」

 

 悪戯げに呼ばれた『博士』の言葉に玄治も微笑み、かすみの頬に手を伸ばす。

 

「あぁ、どこにいても好きな人の声が聞けるなんて最高だろ?」

 

「そうですね、私もそう思います」

 

 頬に触れた玄治の手に自分の手を添え、頬を自ら寄せるかすみに玄治も嬉しそうに笑う。

 

「でも、手が届く場所が一番幸せだ」

 

「そのための場所を、あなたは作っているでしょう?」

 

「あぁ、もうすぐだ。もうすぐ完成する。楽しみにしててくれ。

 完成すればどこへだって行ける、新婚旅行に世界一周だって出来るんだ」

 

「世界一周ですか、行きたい場所でもあるんですか?」

 

「まずは巴里からメル達を攫ってこないとな、それからはそうだな・・・ ロシアにマリアのご両親と上官の墓参りも行きたい。それからはどうするか、世界地図を見てダーツで決めるか?」

 

 冗談のような言葉を並べればかすみも笑う。

 

「でも、申請は通りそうですか? あの装備で」

 

「通すさ、俺の持てる権限を全部利用するからな」

 

 玄治の言葉にかすみは呆れたような顔をするが、諦めたように溜息を一つ零した。

 

「ほどほどにしてあげてくださいね、あまり花小路伯と迫水大使をいじめてはいけませんよ」

 

「いじめてなんかいないさ、俺には俺を守る権利があるからな」

 

「はぁ・・・ それじゃぁ私はまだ事務局で仕事が残っているので戻りますね」

 

「あぁ、仕事もほどほどにな。かすみ」

 

「それはお互い様ですよ、玄治さん」

 

 そう言って事務局に戻っていくかすみを見送りながら、玄治は再び野菜の下処理に戻れば下処理を無事終わらせ食器を洗って片付けていく。

 

「次は・・・ 食堂だな」

 

 次に食堂のテーブルを拭きに行こうと向かおうとすれば、厨房の入り口で大神とぶつかる。

 

「玄治、ここにいたのか」

 

「どうした? 俺に何か用でもあったか?」

 

「いやその・・・ 玄治は結婚についてどう考えているのかと思って」

 

「舞台や帝都の状況にもよるが、来年あたりを考えてるな。

 まずはかすみとラチェット、メル、花火のご両親に挨拶をして、エリカの養い親にも顔を出さなきゃいけない。それにマリアの両親にも墓参りが出来ればいいんだが・・・

 式は洋式で船上では避ける予定だが、それ以外はマリア達の希望を聞きつつ考えるつもりだが、ドレス・・・ いや、それぞれに似合う衣服ってのもいいかもしれん。それとも帝劇で結婚式をするのも・・・「いやいやいや! そうじゃなくて!」

 

 長々と語りだす玄治に大神の制止が入れば、玄治は首を傾げる。

 

「ん? 結婚ってそういう意味じゃないのか? それともあれか? さくら達との今後のことか?

 そうだよな、総合演出に昇進したんだから今後のことをやっぱり少しは考えるよな」

 

 玄治は深く頷きながら、大神の肩を叩く。

 

「そういえば、大神と初めて会ったのも厨房だったよな。

 あの頃の俺にとってお前は海軍から来た良いところの坊ちゃんでちょうどいい身代わりぐらいにしか思ってなかったが、お前は初日以外弱音を吐くこともなく、懸命に隊長になっていってくれた。花組を一つにまとめ上げ、皆を救い、俺もそんなお前に救われた。

 織姫やレニが来てからもお前はうまく取りなしてくれて、すみれや織姫の複雑な家族関係すら首突っ込んで助けに行ったこと。さくらと二人で二剣二刀の儀を成功させてくれたこと、本当に感謝してもしきれないほどのことばかりだ。

 巴里においてだってそうだ。あのまとまりの欠片もない新設部隊をまとめあげ、一人一人の心に寄り添い、成長を促し、古き神にすら願いを聞き届けさせたことは本当に見事としか言いようがない」

 

「いや、だから! そう言うわけでもなくて!

 俺の話を最後まで聞いてくれよ、玄治」

 

「あぁ、すまんすまん。お前と出会って四年も経って、モギリから総合演出の昇進を果たしてなんだか感慨深くてな」

 

「玄治は俺の父親なのか!?」

 

「おい、流石にそこまで歳離れてないだろ。

 というか、それだけの時間を共に過ごしたって話だよ」

 

「それはそうだけど・・・ 結婚っていうのは舞台の演出の話なんだ。

 『親の愛』と『結婚』を話の軸として舞台の演出にしていくつもりで、出来るだけ多くの人の意見を聞いてから俺の考えにしてまとめようと思ったんだよ。

 だから玄治にとって、結婚ってどんなものなのかなって思って」

 

 おずおずと言い出した大神に、玄治が『なんだ、そういうことか』と合点がいき、頷いた。

 

「結婚、か・・・ 俺にとっては『辿り着いた場所』だな」

 

「辿り着いた場所?」

 

「あぁ。今俺に関係する誰しもに初めて会った日やこれまでの全ての出来事の末に辿り着いた場所で、行きつく場所が結婚なんだって思う」

 

 優しく穏やかな目で語る玄治に大神は納得したように頷いた。

 

「玄治やマリア達にとって結婚は遠い物でも、考えられないものでもなく、もう歩くと決めた道なんだな」

 

「なんだ、マリア達にも聞いたのか?」

 

「あぁ、役者にも聞きたいと思ったからね。まださくらくん達には聞いてないから、この後聞きに行くつもりなんだ」

 

「そうか。じゃぁあんまり遅くなっちゃ悪いだろ、そろそろ行った方がよくないか?」

 

「あぁ、そうさせてもらうよ。じゃぁまた明日、おやすみ」

 

「おやすみ」

 

 そう言って大神と別れたが、連日の仕事もあってか眠気が来ない。

 

「気分転換も兼ねて、久しぶりにサロンで酒でも飲むか」

 

 厨房に置いてある様々な酒を眺め、ウィスキーとグラス、そしてナッツ類とチョコレートとチーズをいい感じに盛り合わせにしたおつまみを手にサロンに向かえば、かえでがタイミングよく扉から出てきたところだった。

 

「あら玄治くん、珍しく晩酌?」

 

「えぇ、最近仕事に詰めてたので気分転換も兼ねて。

 でも、こんな時間だからマリア達に声をかけるのも悪いと思いまして、一人でサロンで飲もうかと」

 

「それなら私が付き合ってもいいかしら?」

 

「かまいませんよ、誰か通りがかってくれたら一緒に飲めると思ったんでいくつかグラスも持ってきますし」

 

「ありがとう。

 でも何も用意しないのも悪いから、とっておきの白ワインを出そうかしら」

 

「おっ、いいですね」

 

 二人で盛り上がりながら酒とつまみを手にして、誰もいないサロンで二人で席について軽くグラスをぶつけて乾杯してからウィスキーをストレートで喉に流し込んでいく。

 

「美味しいお酒ね、どこで手に入れたの?」

 

「加山がたまに良い酒を仕入れてくれるんですよ、それを良い値で買ったところです」

 

「あらあら、本当に貿易商みたいなことしてるのね」

 

 仕事の疲れもあって速いペースで酒を口にする二人に、男女のそれはなかった。だが、どちらともなく視線が交わる。

 

「ねぇ、玄治くん。

 大神くんから今回の舞台の演出について・・・ 結婚について聞かれた?」

 

「えぇ、聞かれましたね。

 もしや大神はかえでさんにも聞いたんですか?」

 

「えぇ、多分風組の皆にも聞いたんじゃないかしら?」

 

 ウィスキーと白ワインを飲み、互いに頬を赤くしながらかえでは遠い目をした。

 

「あなたはなんと答えたか、聞いてもいいかしら?」

 

「俺は『辿り着く場所』と答えましたよ、そういうかえでさんは?」

 

「私は何気ない日々を積み重ねて残す『日記』のようなもの、と答えたわ」

 

 互いに何がおかしいのか、笑いあう。お互い、言葉にしなくてもなんとなくわかる。だから、今から話すことは酒の席の戯言でありもしない夢物語なのだ。

 

「もし、私達が誰よりも早く・・・ かすみやマリアがここに着任する前に会っていたら」

 

「もし俺が俯かず、周りに興味を持っていたら・・・」

 

 かえでは欧州星組におり、玄治は地下にこもって発明を続けた以上、ありもしないことだと自分達が誰よりもわかっていた。

 

「あなたと共に、日記のような日々を過ごしていたのかしら?」

 

「かえでさんが俺の、辿り着く場所になっていたのかもしれませんね」

 

 山崎とあやめがそうであったように、二人が結ばれた未来もあったのかもしれない。

 だが、二人は笑いあい、あったかもしれない未来を否定する。

 

「私とあなたは、間に合わなかった恋だったのね」

 

「そうですね、お互いにすれ違ってしまった。

 同じだったからこそ俺達は、分かち合えなかった」

 

 お互いに心に負った傷から遠ざかり、大神をきっかけに救われて、前を向けるようになった。

 

「酔ってるわね、お互い」

 

「えぇとても。ありもしない夢を語るぐらいには」

 

 そして、互いの傷に触れるほどの勇気もなければ、あったかもしれない夢に浸って酔い潰れるほど愚かでもない。

 

「私はそろそろ部屋に戻るわね、玄治くんもほどほどにするのよ」

 

「えぇ、わかりました」

 

 『酔った』という割にはしっかりとした足取りですぐ近くの自室に戻っていくかえでを見送り、玄治は一人でウィスキーを口にする。

 

「玄治? 珍しいわね、お酒なんて」

 

「あぁ、気分転換にな。さっきまではかえでさんももいたんだが・・・ マリアも飲むか?」

 

 サロンの明かりに気づいたのか、マリアが来て、顔を赤らめた玄治を見て少々驚いていた。

 

「お酒に強いあなたにしては随分酔っているわね、何かあったの?」

 

「いや・・・ ありもしない幻を見て、酔いたくなっただけだよ」

 

「幻・・・?」

 

「マリア、もし俺がいなかったら・・・ お前も、いやお前だけじゃない俺を好きだと言ってくれる奴皆、大神に惹かれてたとか思わないか?」

 

「あなたがいないなんて考えられないわ、どれだけ一緒にいると思っているの?」

 

「もしもの話だよ、そんな話をかえでさんとしたのさ」

 

「あぁ・・・ そういうことね」

 

 マリアは納得したのか、先ほどまでかえでが座っていた席に腰を掛ける。

 

「それを言い出したら、私は上官を失わずにあの人と一緒になってた未来もあったかもしれないわよ?」

 

「あぁそうだな・・・ そんなこともあったかもしれない。

 先生が狂わず、あやめさんも失わず、一馬さんも助かって・・・ そういうありもしない未来の話さ」

 

 もしも、もしも、もしも。

 繰り返してもなんの意味もないことだとわかりながら考えることをやめられないのは、惜しまれるほどの誰かがいたという事実は消えず、後悔や悲しみがあったからだ。

 

「俺とかえでさんはマリア達以上に似すぎてる・・・ だから、少しだけそんなありもしない夢を語っただけだよ」

 

「玄治・・・」

 

「俺とかえでさんはそっくりだ。

 俯いていた時期も、顔を逸らして逃げたことも、亡くした人に縛られたことも、大神という光にあてられたことも・・・ 花組に心を救われたことも、何もかも全部。

 だからこそ、俺とかえでさんの道は一つにならなかったんだ」

 

「そんなこと、知っていたわ。私達も」

 

「だよなぁ、俺が気づいたんだからお前達も気づいてたよな」

 

 そこでまたウィスキーを注ごうとする玄治の手をマリアが止める。

 

「飲みすぎよ、玄治。明日にさわるわ」

 

「そうだな・・・ 少し飲みすぎたな。

 もう部屋に行くとするかね」

 

「ラチェット、そこにいるんでしょう? 玄治を部屋に連れていって頂戴。私はここを片付けてから休むわ」

 

「流石マリアね、バレていたのね」

 

「・・・いや、俺とかえでさんが飲んでる辺りから聞いてただろ?」

 

 酔ってラチェットに体を預ける玄治が呟けば、こちらは酷く驚いていた。

 

「気づいていたのね、玄治。こんなに酔っていたのに」

 

「お前らの気配なら寝ぼけててもわかる。

 それに・・・ 俺とかえでさんが恋仲になることはないさ、ありえないからあんな話をしたんだからな」

 

「あなたとかえでが恋仲になってたら、きっと私達に入り込む隙間はなかったでしょうね」

 

「ラチェット」

 

 マリアが少しだけ厳しさを込めた声で呼ぶが、玄治は赤い顔で笑った。

 

「そうだな、俺とかえでさんがそうなってたらそうだったろうさ。互いの傷に入り込んで、離れて、また並ぶ・・・ そんな先生とあやめさんみたいな関係になって、結婚してただろうよ」

 

「玄治、あなた酔いすぎよ」

 

「でもな・・・」

 

 そこで玄治は二人に視線を戻す。

 

「俺が今、辿り着いた場所はここだから。

 俺の帰るべき場所は、マリア達とメル達が・・・ 俺の家族がいるところだろ?」

 

 酔いながらもはっきりと告げる玄治に二人は一瞬だけ驚くが、すぐに表情を緩めた。

 

「えぇ、そうね・・・ あなたはもう過去に生きていないものね」

 

「でも、私達を不安にさせたことはよくないと思うわ。

 今度から私達以外の異性と二人っきりになることは避けて頂戴」

 

「無茶言うなぁ・・・ 俺の知り合い、女ばっかりだってのに」

 

「あなたの妹達は例外にしてあげるわ。でも、かえでとは避けて頂戴」

 

「無茶言うなよ・・・ ったく、敵わないなぁ」

 

 酔っぱらった体をラチェットに支えられながら部屋に戻り、その日は眠りに落ちるのであった。

 

 




かえでと玄治 良い雰囲気だったわね・・・
ラチェット あなたはその二人のことになると反応が過剰よね
しかし『結婚について どう思うか』ですか 大神さんも言葉選びが苦手ですね
次回『花やしき暴走!?』
太正桜に浪漫の嵐!
騒動の予感しかしない
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