サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

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⑥玄治 倒れる

太正十二年 葉月

 深川の屋敷の調査と紅のミロクとの一戦も終え、舞台『西遊記』の真っ只中である八月の某日、玄治は朝からいつものように厨房に立ち、皆に食事を振る舞う。

 ご飯、味噌汁、焼き鮭に漬物に納豆という和食が並び、全員がちゃんと食べていることを確認しつつ、食堂でぼうっと突っ立っていた。

 だが、その事実に全員が違和感を覚えて首を傾げ、コソコソと会話が生まれだす。

 

「玄兄、いつもならもう自分とかすみはんの準備しだすんに今日はせんな」

 

「ですね。

 かといって食後にデザートがあるなら、もう用意始めてるでしょうし」

 

 紅蘭とさくらがうんうんと頷きながら話せば、すみれも首をひねる。

 

「モーニングをやっているお店の下調べでも行くのではなくて?」

 

「でもおじちゃん、コックコートのまんまだよ?」

 

「もう行ってきちまったじゃね?

 腹いっぱいだから用意しねぇとかさ」

 

 すみれ、アイリス、カンナが憶測を始めれば、さっさと朝食を食べ終えたマリアが食器を手に玄治の元へ歩み寄っていった。

 

「玄治」

 

「ん?」

 

「朝食、そろそろ用意しないと間に合わないんじゃないかしら?」

 

「あぁ・・・ もうそんな時間か。

 大丈夫だ、今日用意するのはかすみさんの分だけだし」

 

 目頭に指を当てつつ、玄治は厨房へ向かうがマリアが彼の発言を聞き逃すわけもない。

 

「かすみの分だけって、あなたの分は・・・」

 

「なんか食欲わかなくてなぁ。大丈夫だ、食わないわけじゃない。

 俺の分はほら、これがある」

 

 冷蔵庫からタッパーを取り出して見せてくるが、全体が白っぽくその中には主張の強い緑と淡いピンクが混ざっている。

 一見すれば何かの白あえに見えなくはないが、白あえにピンクが入ることなど考えにくいだろう。

 

「これは?」

 

「昨日の夜に仕込んだニラとグレープフルーツのヨーグルトサラダだ。

 これにウコンパウダーをかければ、さらに栄養バランスの取れた素晴らしい料理にな・・・ ん? あれ? 地面が揺れてる?」

 

 料理について語っていた筈の玄治はよろよろと足をふらつかせ、支えを求めるように手は厨房台につくが手元すら覚束ない。

 

「玄治・・・?」

 

「あ、違うなこれ・・・ 眩暈の方、か・・・」

 

「玄治!? しっかりなさい!」

 

 目の前で崩れ落ちていく玄治を咄嗟に支える。

 百九十を超える巨躯はマリアが思っていたよりも軽く、普段の彼ならばありえぬほどにあっさりと身を預けてきた。それが殊更、マリアを焦らせる。

 

「皆! 来て頂戴!

 玄治が・・・!」

 

「ん?どないしたんや、マリアはん。って、玄兄!?」

 

「今、突然倒れたのよ!

 医者・・・ いえ、医療ポッド? とにかく玄治を・・・!」

 

 大神が倒れた時よりも焦るマリアに紅蘭も焦りが生まれる。

 それも無理はない、冷静なマリアが焦っているという事実以上に兄と慕う男が倒れたことなど彼女が知る限り一度もないのだから。

 

「カンナはん、マリアはんと一緒に玄兄を支えたって!」

 

「ん?

 って玄さん?! どうしたってんだよ」

 

 いち早く駆け寄った紅蘭がカンナを呼び、説明をされずともマリアの隣に並んで玄治の腕を肩に回す。

 

「私、支配人とあやめさん、大神さんに伝えてきます!」

 

「アイリスもいく!」

 

「では私は宿直室で布団の準備をしてきますわ。

 とりあえず、寝かせる場所が必要でしょう?」

 

 それぞれが自ら行うべきことを見つけ散っていき、マリアはカンナと共に玄治を支えて立ち上がらせる。

 

「顔色、悪いなぁ・・・

 こら、食あたりなーんて冗談みたいな状況やないんやねぇ」

 

 下から見上げる紅蘭が率直な感想を言えば、カンナとマリアも同じ判断をしたらしく頷いた。

 

「めっずらしいわぁ、あの玄兄が・・・」

 

「まっ、いろいろ言うのはあとにしようぜ。

 今は玄さんを横にして、あやめさん辺りに判断貰って、その後で医者なりポッドん中なり突っ込みゃいい」

 

「えぇ・・・ そうね」

 

 悔しそうに下唇を噛み締めながら、マリア達は玄治を宿直室へと運んで行った。

 

 

 

 

 すみれが用意した布団に玄治を寝かせ、狭い部屋に全員は多いということで米田、あやめ、マリア、大神の四名が残り、他はそれぞれの作業へと入っていく。

 心得程度に診療の出来るあやめが玄治を診れば、あやめはほっとしたように米田達に向き直った。

 

「どうだ? あやめくん」

 

「睡眠不足と軽い栄養失調、疲労・・・ 過労ですね」

 

「そうか。

 んじゃ、あとはあやめくんとマリア、かすみくんにでも任せて解散すっか」

 

「支配人!? それはあまりに雑過ぎなんじゃ・・・」

 

 米田もほっとしてから立ち上がれば、大神はその対応に驚きつつも非難する。

 

「なーに、今でこそマリア達がいるからこいつは倒れずに済んだがな。

 帝劇が出来る前なんて、こいつが師匠ともども過労や寝不足でぶっ倒れるなんざ日常茶飯事よ。なぁ?」

 

「えぇ、そうでしたね」

 

 微笑むあやめがそれらを事実と認める中、マリアは返事もせずに玄治を見ていた。

(私とかすみが気づけなかったなんて・・・)

 自分が不調を隠しても気づいたというのに、彼が倒れるまで不調に気付くことの出来なかった自分を責めていた。

 否、それほど彼はうまく隠そうとしていたのだ。

 帝劇において最も近くにいる者達が気づかぬほどに、隠さなければならなかった。

 

「大神くん、手を貸して頂戴。彼を地下の医療室へと運ぶわ。

 マリア」

 

「わかりました、あやめさん」

 

「はい」

 

 返事をしながらも玄治しか見ていないマリアに、あやめは指示を出す。

 

「マリアはかすみに事情を説明してきてあげて頂戴。

 もう出勤してきてるでしょうから」

 

「ですが、私は玄治の傍に・・・」

 

「あなたが一番この子が倒れた時のことを知ってるわ。

 かすみも詳しく知りたがるでしょうし、その後は二人とも医療室に来て頂戴」

 

 言うが早いかあやめは大神と共に玄治を支え、宿直室を出ていく。

(かすみに伝えないと・・・)

 おそらく食堂で彼の不在に異変を感じ取っているだろうと思い事務局の方へ向かえば、支配人室の前でこちらへと向かってくるかすみと出会う。

 

「マリアさん、貴水さんが倒れたって・・・!」

 

 いつも落ち着いて物事を対処するかすみらしくない焦った表情と額ににじませた汗は、彼女が玄治の不在を人に聞いて回ったと想像するのは容易だった。

 

「えぇ、あなたにそれを伝えに行こうとしていたところよ。

 今さっき、あやめさんと隊長が医療室のベッドへ連れて行ったわ」

 

「医療室って・・・ そんなに、悪いんですか?」

 

 二か月前、医療室で三日も意識の戻らなかった大神を思い出したかすみの顔は青くなる。

 

「大丈夫。命に別状はないし、突発性のものでもないわ。

 あやめさんの診断ではただの過労、休めばよくなるはずよ」

 

「そう、ですか・・・」

 

 安心はしたようだが、かすみはどこか自分を責めるような顔をして自分の左手首を握りしめる。

 

「司令にあやめさんと私達二人で看病を任されたわ。

 医療室へ向かいましょう」

 

「はい・・・」

 

 互いの気持ちが痛いほどわかるからこそ、今は己を慰める言葉など欲しくない。

 どんな言葉を並べても彼が倒れたという事実だけが突き刺さり、向き合わなければならない現実。

 

「玄治には困ったものね。

 体調不良だってことも気づかずに、皆の朝食はしっかり用意してしまうのだもの」

 

 慰め以外にと思って出てきた言葉も結局は玄治の話題で、マリアは苦笑する。

 どう転んでもマリアとかすみを繋ぐのは玄治で、かすみもまた釣られるように笑った。

 

「貴水さんらしいですね。

 私とマリアさんが貴水さんのところに行くようになった頃、今みたいにベッドじゃなくて机に突っ伏して寝たりもしてましたよね。作業の真っ最中に力尽きた、みたいな」

 

「えぇ、懐かしいわね」

 

 三人が出会って四年、劇場が完成して三年。華撃団が発足して一年。

 マリアとかすみが始まりとなり、紅蘭、すみれ、カンナ、アイリス、由里、椿・・・ 劇場には人が増える中、地下に籠る玄治と関わる人間は限られ、アイリスなどさくらよりも長く劇場に居ながら玄治の存在を知らなかった。

 所属場所が違った紅蘭よりも、神崎重工の跡継ぎであるすみれよりも、修行で留守にするカンナよりも、二人が最も玄治の傍にいた。

 最初はお互い任務の一環として事務的に、日々を重ねるごとに互いの態度は角が取れ、他愛のない会話を交わして笑みを零す関係になっていった。

 そこに劇的な変化はなく、出来事などない。ましてや、玄治から積極的なアピールなどある筈もない。

 故に傍から見れば二人の抱く玄治への好意は、愛や恋というのはきっと何かが物足りないだろう。

 

「本当に、懐かしいわ・・・」

 

 だが、重ねた月日が頑なだった何かを変え、過去を癒した。

 

「えぇ」

 

 誰かを支えたいと思い、笑顔を傍らでずっと見ていたいと願った。

(これが愛と言わないなら・・・)

(これを恋と呼ばないのなら・・・)

 二人は過ごした日々を思い返し、玄治とのなんてことのない毎日へと微笑んだ。

(きっと恋愛なんて、ただの夢物語ね)

(世の中の恋愛なんて、絵空事みたいなものですね)

 

 

 

 

 

 玄治を気遣ってノックもせずに扉を開くと既に大神の姿はなく、点滴を施された玄治がベッドで安らかに眠り、傍らには玄治を優しく見守るあやめの姿。

 

「どうして・・・」

 

(そんなにも優しい目で彼を見るのなら・・・ なんで)

 その光景にマリアは問わずにはいられなかった。

 

「マリアさん」

 

 言葉の先を察したかすみがマリアを止めようとするが、もう遅い。

 声量を押さえることは出来ても、マリアはもう言葉を止める気などなかった。

 

「どうしてそうやって彼を・・・ 玄治を支えてあげられなかったんです・・・!」

 

(なんで彼を一人にし続けた?!)

 悔しそうに拳を握り、あやめを見つめるマリアに対し、見つめられた当人の表情は穏やかなものだった。

 

「話をするなら部屋を移りましょう。

 玄治くんも安定しているみたいだし、私もあなた達二人に聞いてほしい話があるの」

 

 あやめの言葉に返事もせず出ていくマリア、その様子を見て苦笑するあやめにかすみは何とも言えない視線を向ける。

 

「あなたも何か言いたげね? かすみ」

 

「・・・それはそうですよ」

 

 言葉に迷って、それだけ告げるかすみにあやめの苦笑は変わらない。

 マリアとかすみが聞きたいことも、言いたいことも、あやめはきっとわかっている。

 

「でしょうね」

 

 玄治に布団を掛けなおしてやり、最後に彼の頭を優しく撫でるあやめの姿すらマリアとかすみには酷い光景に映ってしまう。

 

「さぁ、行きましょう」

 

「はい」

 

 二人で医療室を出ていき、作戦室へ向かえばマリアはいつもの自分の席に深く腰掛けていた。かすみはマリアと向き合うような場所に座り、あやめは話しやすいように中央に腰かける。

 

「まず、何から話そうかしら。

 二人は玄治くんの過去を知っている?」

 

「彼が八年前に両親を失って、対降魔部隊に拾われたこと。

 そして、隊員の一人であった師の研究を引き継いだことぐらいですね」

 

 話を切り出すあやめに、かすみはシンプルに答えた。

 だが、知っているのはそれだけだ。玄治はそれ以上、過去を語ろうとはしない。

 『過去から立ち直れていない』という事実だけを認め、彼が話した過去なんて精々両親との花見。対降魔部隊の話など一度としてしようとはしない。

 

「そう・・・ 対降魔部隊で何があったかは知らないのね?」

 

 頷く二人にあやめは一度目を伏せる。

 

「二人に出会って少しは変わったように見えたけれど、玄治くんは変わっていなかったのね・・・」

 

 失望とは違う悲し気な言葉は彼を思い遣るもの。

 聞いている誰にもわかるほどに、あやめが玄治に向ける全ては優しい。

 だがそれなら尚更、マリアにはわからなかった。納得することが出来なかった。

 

「なら、何故あなたが支えてあげなかったんですか!

 対降魔部隊のことも、彼の苦しみも、悩みすらあなたならわかるのに! どうして、どうして彼を四年もの間放っておいたんです!?」

 

 対降魔部隊で起こった出来事を、二人は聞けなかった。

 玄治のベッドに置かれた写真に並ぶ四人と、ここにはいない二人。

 さくらの名を呼ばず『一馬さんの娘』と呼び、どこか距離を取ろうとすることも。

 親しい筈の米田とも、傍から見ても特別な感情を抱いているとわかってしまうあやめとも顔を合わさずに過ごした四年間を二人は目の当たりにしてきた。

 だというのに、玄治が対降魔部隊(彼ら)に向ける表情は悲し気なのに優しくて、米田とあやめの話題を避けようとすらせず、『あの人らしい』と微笑むのだ。

 自分にはどうあっても支えられない過去を、知っていながら支えようとしないあやめが卑怯に見えて、しかし出会わせてくれた恩人を憎み切れる筈もなく、これまで言葉にすることはなかった。

 だが、その結果が今だ。

 誰も支えず、誰にも言わず、一人で抱え込んだ彼はついに倒れた。

 

「玄治くんを支えるのは私では駄目なのよ、マリア」

 

 それでもあやめから出てきた言葉は拒絶だった。

 

「何故・・・! 何故なんです!?」

 

「あやめさん、五年前に何があったんですか?

 どうして、貴水さんは・・・」

 

 感情が露わになるマリアとは対照的に、かすみは冷静であろうとする。

 

「五年前、一馬さんは自らの命を懸けて降魔を封印し、その二か月後に帰らぬ人となったわ。そして、彼の師であり、私の恋人でもあった山崎は封印を施した日の夜に姿を消したの。

 降魔戦争の犠牲は、言葉にすればたったそれだけ。

 でも、二人の存在は玄治くんにとって大きすぎた」

 

 遠い日を見ながら語るあやめは、目を閉じる。

 軍としても、国としても、実力者である二名が失われこそしたが最小限の犠牲で済んだだけ。

 だが、その存在の大きさを誰よりも理解していたのは共に戦い、苦楽を分かち合った・・・ 生き残った三名だった。

 

「マリアが言う通り、私があの子を支えればよかったのかもしれないわ。

 あの子が私に特別な感情を抱いていたことは知っていたし、もしかしたら米田さんもそれを望んでいたのかもしれない。

 けれど、それは出来なかった。

 いいえ、より正確に言うなら私達には無理だった」

 

 その理由は、あやめ自身も恋人を失ったショックもあっただろう。

 だが、そうではない。

 玄治の傷は、深すぎた。

 あの日、一馬の葬儀に出た玄治の目はもう誰も映してなんかいなかった。

 

「あの子は一馬さんの葬儀の日から、私も米田さんも見ていない。

 私達を通して、もう二度と戻らない過去を見てるのよ」

 

 対降魔部隊の誰も欠けずに笑い合った日々こそが、玄治の全てだった。

 叶わぬ初恋すら楽しかった過去の一部でしかなく、師を押しのけてまで欲してなどいなかった。

 恩と感謝、尊敬と羨望。それが全てで、それだけで十分で、それ以外何も望まなかった。

 

「玄治は・・・ だから、山崎さんの影を追っているんですか?」

 

「えぇ。影を追っていれば、いつか彼に追いつけると思ったんでしょうね」

 

 行方知れずの師が残したもの、それらを辿り続ければ師の想いに気づけるだろうと玄治は思っていた。

 けれど、結果は口にするのも残酷で、非情なものだった。

 

「あの子はもう、そうすることでしか自分を保てなかった。

 そんなあの子を、私も米田さんも見ていられなかった」

 

 対降魔部隊の反省から生まれた華撃団。

 米田は華撃団の創設を、あやめは隊員を求めて世界中を飛び、玄治は黙々と設備を生み出していった。

 帝劇の歴史として語るのならば聞こえはいいかもしれないが、大きな傷を抱えた結果でしかなく、それぞれの傷に触れないように歩んだ道だった。

 

「だから、二人には感謝しているの」

 

 何も言えずにいる二人に、あやめは微笑む。

 

「感謝なんて・・・ 私は結局何も出来ませんでした。

 彼を苦しみから解放することも、無茶を止めることも」

 

 かすみの言葉は、傷つくことを恐れて歩み寄らなかったことへの後悔。

 

「一方的に彼に支えられて、日々を享受していただけです」

 

 マリアは己の甘えを吐露し、普通の日々を与えられただけだという。

 だが、あやめは首を振る。

 

「傍に居てくれるだけで、日々を共に送ってくれただけで十分すぎるわ。

 失った日から、私達はそんな当たり前すら彼にしてあげられなかった」

 

 玄治の笑顔も、軽口も、もう二度と見ることはないと思っていた。

 だが、三年ぶりに地上に出てきた玄治はちゃんと笑っていて、花組をからかったり、軽口を叩き、料理を振る舞っていた。

 だから、立ち直ったと思っていた。そう、思いたかった。

 

「師弟揃って隠すのが上手すぎて、困ったものだわ。

 身近にいるあなた達にも隠さなければいけないことに、彼は気づいてしまっているんでしょうね」

 

 倒れる時はいつも突然で、何かを作り出すのだって唐突。念入りに仕込んだと思ったら、その頃の自分達には(過去では)わからないほど先の未来()のための霊子甲冑や運ぶための輸送機。

 いつの間にか準備して、未来すら見透かしたような山崎とそれらを手伝い続けた玄治。技術者である二人にしかわからない話がどれほどあったかもわからない。

 だから、気づけなかった。

 山崎(恋人)が失踪する、その時すらも。

 何のために出ていったのかも、どうして何も言ってくれなかったのかも。

 

「何かを気づくことが出来なくても、二人はあの子から目を離しちゃ駄目よ。

 じゃないと、世界中を探しても見つけられなかった私みたいになってしまうから」

 

 あやめが笑って話しても、二人は笑えない。

 自分達が玄治に抱く想いも気づき、その上で同じ経験をせぬようにと声をかけてくれる先達に何か言えるわけもない。

 

「そろそろ医療室へ戻りましょうか。

 玄治くんも目を覚ましているかもしれないしね」

 

 あやめが促せば、二人も席を立ち医療室に向かうが、玄治は三人が出た時と変わらずに安らかに眠っていた。

 

「先生・・・」

 

 だが不意に玄治の右手が彷徨い、何かを言い始める。

 

「行かないで、ください・・・」

 

 眠っているにもかかわらず、目から涙が溢れていた。

 

「玄治・・・」「貴水さん」

 

 彷徨っていた右手をマリアとかすみがふれるのは同時で、右手は二人の右手と左手に包まれる。

(マリア、かすみ)

 その光景だけで充分すぎて、安心して二人に玄治を・・・ 自分達の息子同然の彼を託すことが出来る。

(玄治くんをお願いね)

 そう思いながら、あやめは医療室を後にした。

 

 

 

 

(明るい部屋・・・? あぁ俺、倒れたのか・・・)

 ぼんやりと意識を取り戻す玄治は白い天井を見上げ、それ以外に視界に入るのは上の方にある点滴と明かりだけだが、ふと両手が温かいことに気づく。

 だが、それもすぐに合点がいき、自然と顔が綻んだ。

 

「マリア、かすみさん、そろそろどっちかを放してくれると嬉しいんだが?」

 

「・・・! 玄治、起きたのね」

 

「よかった・・・

 何か飲み物と軽い食事をもってきますね」

 

 玄治の言葉にかすみが動き出し、マリアは起き上がろうとする彼の補助をする。

 

「二人とも、過保護だなぁ」

 

「過保護にもなるわよ・・・

 あなたが倒れるなんて、今まで一度だってなかったもの」

 

「いやぁ、俺が徹夜するところなんて散々二人は見てただろ。

 寝落ちてそこら辺に転がってるとか、前は結構あったんだし」

 

「寝落ちと過労は違うでしょう。

 無茶しないでってあれほど言ってるのに、あなたは・・・」

 

 笑ってはぐらかそうとする玄治にマリアは握ったままの右手を自分の頬にあて、目を閉じる。

 彼の温もりを確認するように、言葉だけでは足りぬ想いが少しでも伝わるように願って。

 

「ハハッ、俺以外だと蒸気演算機にしか出来ないんだ。しかたないだろ」

 

 その思いを知ってか知らずか、玄治は手を抜きながら笑って誤魔化す。

 

「玄治、隠さないで頂戴。

 あなたは何にそこまで追い詰められたの?」

 

 翡翠のような瞳が射抜いても、玄治は変わらない。

 調べれば調べるほど確信に近づく予想など言える筈がなく、誰かに感づかれるわけにもいかない。

 

「深川の件とか、ちょっと専門外なことも調べてっからやりすぎただけだって。

 だから、心配すんなって」

 

「玄治・・・」

 

 その言葉にマリアは下がるが、玄治の笑顔が成していた役割に気づく。

(あなたの笑顔は・・・ 壁でもあったのね)

 

「大丈夫大丈夫、そんな顔しなくても点滴引きちぎってまで自分の部屋には戻らないさ」

 

 大神すらしないような発言をいった玄治に、マリアの額に怒りマークが浮かぶ。

 

「そんなことしてごらんなさい。

 私のエンフィールドが火を噴くわよ?」

 

「いやいや、流石に撃たれたら死ぬって」

 

 過労で倒れた人間とは思えないほど楽し気に笑う玄治と、つい先ほどまでの心配そうな顔を消してじゃれ合うマリア。

 

「貴水さん、ちゃんと食事もとってくださいね。

 マリアさん、私達も軽く食事にしましょう」

 

 そして、その光景に参加しつつも優しく見守るのはお粥を持ってきたかすみ。

 

「ありがとう、かすみさん」

 

「かすみ、あなたからも何か言ってちょうだい。

 点滴を引きちぎるなんて発想を持ってるのよ、このどうしようもないのは」

 

「あらあら。

 貴水さん、冗談もほどほどにしないとマリアさんが本当に怒っちゃいますよ」

 

 体を起こしながら、本心なのか、壁なのかもわからない笑顔の玄治。

 かすみがもつおぼんから魔法瓶を取り、人数分のお茶を注いでいくマリア。

 持ってきた食事をベッドに備え付けられた机に置いて、微笑むかすみ。

 血の繋がりもなく、生まれも違い、それぞれが果たす仕事も違い、恋人同士ですらない三人が揃った場は不思議と優しく、温かい。

(いろいろありますけど、私はここにある今が幸せですよ)

 人の心など見えず、これからなど誰にもわからない。

 けれど、三人が出会い、なんてことのない日々を過ごして今があること。

 それだけは、誰にも消せない現実(本当)だった。

 




俺は対降魔部隊の一員
俺は整備士であり コック
俺にとって花組は大切な妹分で 隊長さんは弟みたいな後輩みたいなもの
でもそれは 全て与えられたものでしかない
次回 『黒之巣会との決戦』
太正桜に浪漫の嵐!
なぁ 俺は一体 なんなんだろうな?
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