サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

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④夜のひと時

 舞台の稽古も終わり、夜食を食べるような時間も過ぎた二十二時過ぎ。夜の筋トレを終えた玄治が自室のシャワーを浴びて上半身裸で部屋に入るとそこにはロベリアが居座っていた。

 

「よっ、ドクトル。こんな時間だってのにトレーニングか」

 

「寝る前に軽く体を動かすと寝つきが良いんだよ、右腕のリハビリや鍛えなおしも兼ねてるから徹底的にやりたいしな。

 つーかお前、マリアの監視の目を搔い潜ってよく来れたな」

 

「ハハッ、流石のアタシでもあいつらの目を掻い潜ってくるのは不可能さ。

 久しぶりにだから二人っきりにさせてほしいって素直に言ったら、案外すんなりさ」

 

「なるほどな、酒でも飲むか?」

 

「いや、いらないよ。

 酒に酔って、アンタとの時間を潰すのはもったいない」

 

 ロベリアの言葉に玄治は上着を着て、二人掛けのソファでロベリアの隣に座った。

 

「なぁ、アンタの話聞かせてくれよ」

 

「俺の話?」

 

「あぁ、夕飯の時も昔の話をしてただろう。アンタはアタシの経歴を知ってるのに、アタシはアンタを知らないなんて不公平だろ?」

 

「おいおい、そんなこと言ったら俺の経歴は知ってるだろ」

 

「そりゃね、ご高名なドクトル貴水の表の経歴なんか誰でも知ってる。でも、アタシが知りたいのはそんなことじゃない。

 アンタの口から、ありのままのアンタを聞きたいのさ」

 

 そう言ってロベリアは玄治の口を指先で撫で、じっと見つめてくる。

 

「面白い話じゃないぞ。

 米田さんや先生、それにさっき話題に出たかえでさんの姉であるあやめさんとさくらの父である一馬さんが拾ってくれるまで、折れた刀を手にして降魔と戦って生きていた」

 

「随分物騒なガキだったんだね。家族はどうしたんだい?」

 

「いないんだよ、俺には血の繋がった家族が誰も」

 

「いない? どういうことだい?」

 

「降魔によって町ごと滅ぼされたんだ。俺はそこの生き残りだったらしい」

 

「随分と曖昧じゃないか、自分のことだっていうのに」

 

 ロベリアが問えば、玄治は笑って告げる。

 

「俺、ガキの頃の記憶がないんだよ。先生達と会ってから俺の記憶は始まってる」

 

「なるほどね、アンタがアタシらを守りたがってんのはそういう理由もあるのかい」

 

 腑に落ちたように言うロベリアに玄治は首を振って否定する。

 

「確かに最初からお前達を妹分として守らなきゃとは思ってたが、今ほどじゃない。今よりもずっと投げ遣りで、どうでもよかった。

 隊長がマリアだろうと大神だろうとかまわなかったし、こんなに全員の顔を見て生きれるようになったのはここ数年のことさ」

 

「へぇ? アタシ達が今のアンタを作ったってんなら悪くないね」

 

「そうだよ、お前達が俺をここまで辿り着かせてくれた」

 

 玄治はロベリアの鎖に触れながら、写真を指さす。

 

「俺の変遷はあそこにある」

 

「おいおい、随分とチビなあんたがいるじゃないか」

 

「まだ対降魔部隊が健在だった頃だからな、出会ってまだ間もない時だ」

 

 手を伸ばして一番古い写真をまじまじと眺めてから、ロベリアは何かを思いついたのか切り出してきた。

 

「なぁ、アンタは自分の生まれを気にしたことはないのかい? 父親や母親のことをさ」

 

「先生達が調べた末に何も見つからなかった。それに『家族』は確かにあったよ」

 

「なるほどね・・・ 他に降魔に襲われた町はなかったのかい?」

 

「被害はあったとは聞いてる。なんだ? 俺の知らない家族が何かの関係者だとでも言いたいのか?」

 

「命を狙われるっていうのはそういう可能性だってあるだろ」

 

「そうなると政府が何も言わないのがおかしいが・・・ なくはない、か。

 政府にとって都合の悪い一族、あるいは公には誰かの血族であることを隠していたとかな」

 

「まっ、ドクトルが気にしてないってんなら無理して調べることはないと思うけどね。

 それでも欠片でも取り戻せるもんがあるなら、アンタのもんなんだ。奪い返したいだろ?」

 

「そう考えたことはなかった。

 奪い返す、か。そう考えるなら調べてみる価値はあるな」

 

「あぁ、例えどんな過去があったっていい。それがアンタならアタシらは受け止めてやるよ。

 アンタと隊長が、懲役千年の悪魔を受け入れたようにね」

 

「そうかよ。なら、その時は頼んだ」

 

 互いに笑みを向け合う、軽く拳をぶつけ合う。

 

「さて、そろそろお暇しようかね。

 上でも面白いことが起こってるだろうしさ」

 

「ちょっと待て、なんだそれ。詳しく聞かせろ」

 

 不穏なことを言って立ち上がるロベリアを制止すれば、先ほどまでの笑顔とはまた違う悪い笑みを浮かべて上を指さした。

 

「なぁに、ちょっとばかしあいつを隊長にけしかけてやっただけさ。あいつは何かと子種だの、跡取りだの言ってたからねぇ。

『本妻云々より隊長がトーキョーと巴里、どっちに家を構えるかで話が変わってくるだろうよ』ってな」

 

「お前なぁ・・・ 俺があれを作る話はまだお前らにしかしてないんだぞ。そんな話したら大神が混乱するのは目に見えてるだろ」

 

「それも含めてさ。優柔不断なのも隊長の魅力だが、いい加減将来を見据えた話をしたっていいだろ?

 アンタみたいに全部覚悟してる奴だっているんだ、こんな機会でもなきゃ誰も言いやしないんだからな」

 

「それはそうだが・・・ お前らは帝都に想い人がいることを知ってても、こっちの奴らは副隊長をどういう意味で選抜したかもわかってないんだぞ?」

 

「それはあいつの自業自得だろ。大体副隊長二人の時点で揉めてたんだ、今更だろう?」

 

「否定できねー・・・」

 

 ロベリアの滅茶苦茶ながらも事実しか言ってないことに玄治も返す言葉をなくして頭を抱える姿に、ロベリアが笑った。

 

「アタシとしては、巴里での歓迎会のような楽しい見物になってることを期待しているね」

 

「俺は爆発が起こらないよう祈るばかりだ・・・ 流石にその時はマリア達も動いてくれるとは思うが」

 

「マリアの銃弾とラチェットのナイフが飛ぶなら、それはそれでアタシとしては楽しい展開だけどね」

 

「やめろ、こんな夜中に騒いだらご近所迷惑すぎる」

 

「それこそ今更だろ?」

 

 どこまでも楽し気にするロベリアに苦笑いする玄治は、もはや何かあることを諦めていた。

 

「そういえば・・・ なぁロベリア」

 

「まだ何かあるのかよ、ドクトル」

 

「見たこともない、聞いたこともない筈なのに、妙な懐かしさを覚える物に対してどうすればいいと思う?」

 

「オイオイオイ、それをパリシィの時に身をもって感じたアタシらに聞くのかよ。

 大体アンタ、あの時アタシらになんて言ったか覚えてないのか?」

 

「なんか言ったっけか? あの前後ってバタバタしすぎててあんまり細かいことまで覚えてないんだよな」

 

「『覚えてもない自分の前の人生なんか興味もない』っつったんだよ、アンタ」

 

 呆れたような顔をしたロベリアに、玄治も思い出したらしく頷いた。

 

「そういや言ったわ。

 生き方も死に方も自分で決めるとかも言ったっけな」

 

「そうだよ、アンタがそんなこと言うからサリュの言葉が全然耳に入ってきやしなかった。

 アンタはアタシを辿り着いた場所なんていうけどさ、アタシにとってアンタは突然現れた止まり木だよ」

 

「俺が止まり木か、なら大神は?」

 

「あいつは光だ、たまにどうしようもなく眩しくなる。

 アンタの下にいるとそんな光もちょうどよくなるんだよ」

 

 そう言って目を細めたロベリアが突然玄治の頭を引き寄せて、無理やり唇を奪われる。

 

「だからさ、アンタはいつも通りそのままでいろよな。

 アタシはアンタの傍で寝そべってることにするからさ」

 

「お前・・・ そーいうところがマリア達に警戒される理由だぞ」

 

「ハッ、少しばかりスリルがないとつまらないだろ?」

 

「マリアに寝るまで説教されてろ、バーカ」

 

「バカって言った方がバカなんだぜ? ドクトル」

 

 そんな子どもじみたやりとりをして別れ、玄治は布団に入るのであった。

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。ロベリアと玄治が部屋に入った頃、大神の部屋にも訪問者・・・ 否、既に室内にて待機している人物がいた。

 

「おかりなさいませ、あなた」

 

「さ、さくらくん!? どうしたんだい?」

 

「その・・・ 大神さんが結婚に興味をもたれていたようなので、私が結婚したらこんな風に旦那様をお出迎えしたいなって思って。

 それにその、玄治兄さんとマリアさん達のどこでも『ただいま』って言いあってるのが羨ましかったんです。お互いがお互いの帰るべき場所なんて、とっても素敵じゃないですか」

 

 そこまで言い切るさくらに大神も『あぁ、演出のことでか』と納得して、同意するように頷いた。

 

「あぁ、あの関係は俺も羨ましく思ってるよ。凄くお互いのことを大切にしあってるよね。

 俺も結婚するならあんな風になりたいなって思うよ」

 

「ですよねですよね! だからその、私も大神さんと結婚したら・・・」

 

 さくらがその先を続けようとした瞬間、ノックの音と共にグリシーヌの声が響く。

 

「隊長、起きているか。

 私だ、グリシーヌだ。少し良いか?」

 

「いい!? グ、グリシーヌ?

 さ、さくらくんまずいっ! 隠れてくれ!」

 

「え、どうしてですか。隠れる必要なんてないじゃないですか、私と大神さんがこういう仲だって知られたら何かまずいんですか?」

 

「こ、こんな時間に俺の部屋にいるなんて知られたら、かえでさんや支配人に怒られるかもしれないだろ」

 

「そ、それはそうかもしれませんけど・・・! でもそれはグリシーヌさんだって!」

 

「とにかく箪笥の中に隠れてくれ!」

 

「ちょっ、大神さん」

 

「隊長、どうした? 何かあったのか!」

 

「な、なんでもないよ、グリシーヌ。今行く!」

 

 咄嗟にさくらを箪笥の中に入れ、ちゃんと隠れたことを確認してからグリシーヌが待つ扉を開ける。

 

「どうかしたのか? 隊長。少しばかり慌てていたようだが・・・」

 

「すまない、少しうとうとしていて・・・」

 

「まぁよい、わざわざ訪ねてきたのに部屋に通さぬとは・・・ それがニッポンの礼儀か?」

 

「あ、あぁ、そうだね。どうぞ、入ってくれ」

 

「ほう、ここが貴公の部屋か。なかなかに片付いているではないか。

 ニッポンの部屋は狭いと聞いていたが、噂通りのようだな」

 

「ハハハ、一人で暮らすにはちょうどいいよ」

 

 大神の部屋を軽く見渡すグリシーヌに大神が苦笑いで答える。

 

「確かに、一人で暮らしているうちはこれで良いのかもしれぬな。だが、貴公もいつまでも一人というわけにもいくまい」

 

「うん、それはどういう意味だい?」

 

「まったく貴公はその辺りの話は本当に疎いな。ならば私がはっきりと言おう。

 私もいつまでも貴公にブルーメール家に婿入りしろというのはやめだ。コクリコとの件もあれば、貴公ほどの男を想う相手が複数いることは私も嫌というほど理解している」

 

「グ、グリシーヌ? 何を言ってるんだい」

 

「まぁ、まず聞け。

 私はトーキョーにつくまでずっと考えていた。ドクトルの職権乱用・・・ 否、尽力もあって複数婚の許可は下りた。貴公が望むのならトーキョーにブルーメール家の分家を作ってもよいと思っている」

 

 そこでグリシーヌは一瞬恥じらうように頬を染め、一度咳払いをしてから告げる。

 

「だが、だ。

 子どものこともある、貴公はパリとニッポンのどちらに居を構えるかは決めているか?」

 

「「コ ド モ!?」」

 

「そうだ、子だ。

 私は叶うならば両親は共に揃って夫婦仲睦まじく、また教育も人任せではなく親自らがしっかりと携わるべきだと考えている。家という形も大切だが、家族の情を直接触れることは大切だろう?」

 

 大神に同意を求めるように伝えてくるグリシーヌに、大神は鳩が豆鉄砲を喰らった顔をしたのち、何も言えず池の鯉のように口をパクパクさせてしまう。

 

「す、すまぬ。

 貴公も迷っていることはパリでもわかっていたというのに、ロベリアにけしかけられたからとはいえ子の話は我ながら気が急いているとは思う」

 

「ロ、ロベリア・・・」

 

 『元凶はあいつか』と思う余裕すら今の大神にはなく、グリシーヌの言葉を聞くことしか出来ない。

 

「だがな、私に限った話ではないことは重々承知で言うが・・・ 貴公がいなくなったパリで過ごしているというのについ貴公の名を口にし、語りかけてしまっていた。

 それほどまでに私にとって貴公という存在は重く、傍にありたいと思っていることだけは心に刻んでほしいのだ」

 

 あくまで大神を想っている一人だとわかっていながらも、自分の思いを吐露するグリシーヌの真摯な姿勢に大神も戸惑いながらも姿勢を正す。

 

「グリシーヌ・・・ わかった、それだけは絶対に忘れないよ」

 

「今はまだ、それでいい。

 だが、叶うなら私がニッポンにいる間に答えを決めてもらいたいものだ。そして望むなら・・・ いや、これ以上口にするのは野暮というものだろうな」

 

 そう言いながら大神から視線を逸らすように背中を向けるグリシーヌに、大神はなんと声をかけていいかわからず、手を伸ばそうとする腕を止める。

 

「夜分遅くにすまなかったな、隊長。

 私も長旅で疲れてしまっていたのかもしれぬな、非礼を許せ」

 

「あぁそれは全然気にしなくていいよ、今晩はよく休んで」

 

「あぁ、それではな」

 

「おやすみ、グリシーヌ」

 

 自室の扉まで見送れば、そこには居たのは箪笥の中に隠れていた筈の満面の笑顔を貼り付けたさくらだった。

 

「さ、さくらくん、その・・・」

 

「今晩はもう遅いですから、後日しっかりとお話をしましょうね。大神さん」

 

「は、はい・・・」

 

 首に真剣を突き立てられたような気持ちになりながら、大神は冷や汗をかきながら大人しく答えるしかなかった。

 

 

 

 

 同刻、ミカサの中枢機関にて

 

「蒸気、狂え・・・ 帝都、我裏切りし・・・

 呪われろ、江戸・・・ 許すまじ、ミカサ・・・」

 

 そう呟く能面の男に、誰も気づくことは出来なかった。

 




親の愛、か 家族と縁の薄い奴が多い花組にとっちゃかなりの難題だよな
子どもが望む愛 親が与える愛 同じ愛なのに難しいわね
でも僕らは 僕らなりにその答えを出して演じなければならない
次回 『ミカサ暴走&劇場襲撃 光は花の都より』
太正桜に浪漫の嵐! 愛の御旗のもとに
巴里華撃団 参上!
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