太正十六年 三月末日
ミカサを失った帝都は大量の蒸気が使えなくなり、以前の便利さを失った。しかし、帝都の人達は自分達の手で生活を取り戻しつつあった。
が、蒸気問題の解決や帝都の復興に玄治は駆け回ることとなり、忙殺されていた。もっともそれは玄治に限らず、帝都復興のために稽古に励む花組も忙しい日々を送っていた。
「玄治、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないな! 劇場部分の修復やら、町の復興やらでてんてこ舞いすぎて笑いがこみあげてきてヤバい!」
「通常なら今日が『あぁ、無情』の初日なんだけど・・・ どうすれば「やれっ! 俺にあんだけ劇場部分の修復急かしたんだから、やらないなら俺が劇場開ける!」 ちょっ玄治!? 本当に大丈夫じゃないんだな」
「玄治さん、今大丈夫ですか? あぁ大神さんもいらっしゃったんですね、ちょうどよかった。かえでさんがサロンでお呼びです」
「あの件のお披露目か」
「えぇ。それと、まだ開演の時間ではないのに既にお客さんが集まってきてるんですよ」
かすみの報告に大神が目を丸くしてから、力強く頷いた。
「本当かい?
それじゃぁ、公演をしないわけにはいかないな」
「当然だ。そのためにクソ忙しい中で劇場の修復と舞台セットまで修繕したんだ、公演しなかったらぶん殴るぞ」
「フフッ、米田さんも似たようなことをおっしゃられていましたよ。
延期したら怒鳴りこんでやる、と」
「それは怖いなぁ」
笑いあいながら三人がサロンにつけば、かえでと風組、薔薇組に加え、この場にいないメルを除いた玄治の婚約者達一同まで勢揃いしていた。
「お、俺、何かしましたか? かえでさん」
「あら大神くん、叱られるような心当たりがあるの?」
「ありません! 皆目見当もつきません!」
揃った面々におもわず姿勢を正す大神に、ラチェットとロベリアがクスクスと笑いだす。
「そうね。大神隊長は最近、あちこちに挨拶回りをするのに忙しかったものね」
「その後も時間を作っては、入れ替わり立ち替わり日替わりでデートときたもんだ」
「お二人とも、おやめになって。
大神さんは総合演出としても、花組の隊長としても復興に力を尽くしてくれていたんですから」
二人を止めるように花火が言えば、エリカはまっすぐ玄治の胸に飛び込んできた。
「ゲンジさんも本当にお疲れ様です。
大神さん以上に忙しかったはずなのに、ついにあれを完成させてくれたんですよね!」
「あぁ、約束だからな」
「あれ? あれって、なんの話だい? 玄治」
「ここからは私が話すわ。
報告が複数あるから、順に話すわね」
そこで背景と化していた薔薇組と風組が並び、大神をまっすぐ見た。
「今回の公演を最後に薔薇組は解散、風組隊長のかすみさんが異動することになったわ」
「えっ・・・ かすみくんだけってどういうことですか?」
「それはこの後の報告にも関係しているのだけど、由里さんと椿ちゃんは継続して帝都配属だからあまり心配しなくていいわ」
「・・・わかりました。かすみくん、今までありがとう」
「そんな顔しないでください、大神さん。
配属が変わると言っても花組との連絡は密に取り合うことになっているので、劇場の仕事が由里と椿に負担が増えるぐらいですよ」
「貴水さん、やっぱり考え直してください!」
「そうよ、私達二人でかすみの分の仕事をするなんて無茶ぶりもいいところじゃない」
「無理無理、この計画のために俺が何年費やしてると思ってるんだ。かすみの仕事だって簡単な仕事じゃないんだ、劇場の仕事までやらせられるかっての。
それにだ、乙女学園からも研修生を輩出することにもなってるんだ。人手としては十分用意するし、今後のことを考えればお前達の後釜育成だって大事だって話をしただろ」
「それはそうだけど!」
「かすみさんが抜けた穴を埋めるのがどれだけ大変か、貴水さんはわかってません!」
「はぁ? かすみの優秀さを知っているからこそ今回の異動だろうが」
「私情のくせに」
「貴水さんの特権をフル活用したこと、知ってるんですからね」
「こらこら、そこで言いあわないで頂戴。それに何度も話し合ったことでしょう?」
何故か玄治に詰め寄る二人を見ながら、大神は薔薇組の面々へと視線を移した。
「大神隊長、私達薔薇組は解散することになったわ」
「解散とは、どういうことですか?」
「琴音さん! 私は反対です!」
「菊ちゃん、私だって別れは辛いわ。でも、何度も話し合ったことじゃない」
菊之丞と斧彦のやりとりを聞きながらも、琴音はもう決めたことだとゆっくりと首を振った。
「大神中尉が一人前になった今、薔薇組はもう必要ないの。
私達は薔薇組を卒業して普通の男に・・・ 男? いえ! 普通の女の子に戻るのよ!」
「普通の女の子に・・・ わかりました。
私、これからも素敵な女の子として生きていきます!」
「それで・・・ 大神隊長、最後のお願いを聞いてほしいの」
「お、お願い、とは?」
「私達、最後に思い出が欲しいんです」
「一郎ちゃん、最後のあたし達を抱きしめてほしいの!」
恐る恐るといった様子で大神が聞き返せば、琴音ら三名は両腕を開いた。
「で、ですが自分にはさくらくん達という婚約者がある身でして・・・」
「わかっているわ。でも、最愛の大神中尉に別れの抱擁をしてほしいの!
帝国華撃団薔薇組の最後のお願い、聞いてくれるわよね」
「いい!? そ、そんなこと・・・」
助けを求めるように周囲を見渡しても、笑いを耐えるロベリアと失笑しているラチェットとレニ、どうしたらいいか判断に迷ってる花火とエリカは何故大神が嫌がっているのかわからないとばかりに不思議そうな顔をし、最後の良心と思いマリアとかすみへと視線を向けても苦笑いをしていて助けになってくれそうにない。
「大神くん、最後のお願いぐらい聞いてあげたら?」
その上でかえでから無情の一言が突き刺さり、大神も最後の足搔きとばかりに玄治に視線を向ける。
「そ、それなら玄治も抱擁したら、いい思い出になるんじゃないかな?」
「おい大神、俺を巻き込むな」
「それは名案だわ! さぁ貴水博士! 私達を抱きしめて頂戴!」
「断る! 何が楽しくて婚約者達の前で男を抱きしめなきゃならないんだ! それなら大神も衆人環視の場でこいつら抱きしめるべきだろ!」
きっぱりと断る玄治にエリカが不思議そうな顔をして、割って入ってくる。
「いいじゃないですか、ゲンジさん。
最後のお別れぐらい、ハグしてあげたって」
「エリカ、お前ならそう言うと思ったよ・・・」
だが、他の面々は大神に鋭い視線を向けたり、呼吸が困難になるほど笑いを耐えたり、先ほどと変わらず苦笑に徹する者と分かれていた。
「玄治くんも最後のお願いぐらい聞いてあげたら?」
「はぁ・・・ 一回だけだぞ」
一人ずつそっと抱きしめていく玄治に、三人は夢見る乙女のようにうっとりしながら受け止め、次に大神が三人まとめて抱きしめた。
「おい大神、お前せこくないか? 俺は一人ずつ抱きしめたんだぞ?」
「やり方については個人の判断だからいいだろ」
男二人が小声でぶつくさ言い合っていれば、薔薇組は満足した姿を見たかえでがまとめる。
「お別れも済んだみたいね、もう言い残したことはないわね?
最後の報告には玄治くん、あなたから大神くんに伝えなさい」
「えっ? まさか玄治までどこかに・・・」
不安そうな顔をする大神に玄治は珍しく姿勢を正し、先ほどまでのふざけた様子はない。
「鳥組隊長 貴水玄治から花組隊長 大神一郎に報告がある」
「続けてくれ」
「まず一点、巴里華撃団が発足する前から俺はある計画を立てていた。
計画名は『地上に花を 空に星を』。
そして計画内容は、世界中の都市に華撃団を置くことだ」
「えっ、まさか巴里華撃団は・・・」
大神が驚きながら聞き返せば、玄治は頷く。
「あぁ、巴里華撃団は計画の一段階にして試験的なものだった。そして次は紐育に華撃団を置くことを計画している。
アメリカにはラチェットを通じてサニーサイドと縁を持てた、そこから数名隊員候補にも目星をつけてある」
「そうか・・・ わかった。計画の詳細は後でまた教えてくれ。
それ以外に何か報告があるのかい?」
「あぁ、ある。
世界中に華撃団を置くために、俺は今後自由に動く必要がある。そのために俺はある物を創り上げた」
「もったいぶらないでくれ、玄治。
さっきの計画以上に俺を驚かせるようなことなんてないだろ?」
「いいや、驚くさ。
俺はマリア達を連れていくために空中要塞を創り上げた」
「く、空中要塞って? まさか、エリカくんが言ってたあれって、それなのか!?
それにマリア達を全員を連れて行かれるのは困るんだけど」
「そうだろうな。だから、いつでもどこでも世界中駆け付けられるように空中要塞・貴水邸を創り上げたんだよ。
船なんかよりもずっと早い、艦艇なんか相手にもならない、居住空間としては翔鯨丸を超えた空中要塞をな」
まるで秘密基地を明かすように楽しげに語る玄治に大神は顎が取れるんじゃないかとばかりに口を開けて呆けてしまい、かえでが察するように大神の肩に手を置いた。
「い、いったいいつから・・・」
「計画だけならマリア達に告白以降だから二年前、空中要塞については巴里について早々に発案はした上で賢人機関を黙らせたな」
「そんなに前から!? それじゃぁかすみくんの異動先って・・・」
「はい、その通りです。
その空中要塞の事務方として赴任することになります」
「玄治くんの私邸が異動先だから、実質寿退社のようなものね」
かえでが改めて告げればかすみの頬が赤らみ、ラチェットも続く。
「そして私達も、公演の時を除いて世界中を出張しつつ行動の拠点を貴水邸に置くつもりよ」
「げ、玄治、本気なのか?」
「俺はお前が自分達の力で世界を守ると決断した時から、魔神器を壊した日から腹を決めていた。
お前達が守ると決めたこの世界を、華撃団という美しいもので包み込む。そのための翼が貴水邸だ」
「そんなに前から・・・ 一人で覚悟決めないでくれよ」
「俺よりも早く、一切の迷いもなく世界を守ると選んだお前がそれを言うのか?
それに何度も言ってるだろ? 俺はお前達を守るためならなんだってするんだ。お前達のためなら世界を敵に回せるし、世界だって変えてやる」
きっぱりと断言する玄治に大神が言葉をなくすが、一度固く目を閉じてからゆっくり深呼吸する。
「わかった。
それで貴水邸はいつ稼働するか、決まっているのかい?」
「今回の公演が終わってから、まず初仕事として巴里花組を巴里に送り届けてくる。そこから一度紐育に行って紐育華撃団についてサニーサイドと話し合う予定だ。その時はマリアとラチェットを連れて行きたい」
「わかった。
その間、帝都のことは俺達に任せてくれ」
「任せるんじゃない。お前がしっかり指示を出すんだよ、大神。
もう薄々わかってるだろ? 米田さんがお前に総合演出を託し、『大神華撃団』と呼んだ理由を」
「全部急すぎないか。俺、一度に覚悟が決まらないって」
「覚悟は決まってるだろ、お前の場合は気持ちが追いついてないだけだ」
「げ、玄治ぃ」
「情けない声出すな。ほらっ、公演前にさくら達のところ行くんだろ? さっさと行ってこい」
情けない顔をする大神をサロンから追い出しながら、玄治は満足そうに笑っていた。
「悪戯成功した子どものような顔をしてるわよ? 玄治くん」
「大成功でしょう? あいつが思ってもいなかったことをあれこれ暴露出来て、俺は大満足ですよ」
微笑みながら告げるかえでに玄治が笑いながら続ければ、ラチェットが楽し気に続く。
「あなたが世界を回っていた時から練っていた計画がついにお披露目だものね」
「しかもこんな短期間で世界の空を盗んじまうだから、流石ドクトル貴水は大悪党だ」
「でも、こうでもしなかったら風組は全員、他への異動を打診されかねなかった。
ハカセは劇場を隊長一人にしないために計画を考えていたんだ」
「えっ? 貴水さん、そんなことまで考えてらっしゃったんですか?」
レニの言葉に椿が驚けば、玄治は首を振って否定する。
「流石にそこまでは考えてないさ。
それに本当に大神のことだけを考えているなら、誰も引き抜かないのが一番だろうしな」
「それはその通りですが、他の華撃団の創設は大神さん一人では手が回りきらなかったんじゃないでしょうか?」
「それはそうね、総司令になる大神くんが海外へ出張は厳しい。それに玄治くんが世界の空を跨ぐことは各国への牽制になるもの」
「空中要塞に加えて、降魔を生身で斬り捨てられる技術と帝都を脅かした長安ほどの霊力を持つ存在・・・ よく政府があなたの渡航を許したものね」
呆れたようなマリアの発言に、玄治は悪い顔で笑うだけだった。
「玄治さん・・・ あまり政府の方や賢人機関の方々にご迷惑をかけてはいけませんよ?」
「惜しいな、かすみ。今回は軍にも圧力をかけた。
兵器関連となると陸軍も海軍も黙ってない上に、まだ机上の空論である空軍の話まで出してきたから一睨みしてやった」
「開き直って言うことじゃないでしょ、それ。
でも、貴水さんがかすみの後釜考えてくれたのは感謝してるわ。つぼみちゃんなら少しは劇場の仕事を知っているもの」
「せっかく育てた学園生だ、活かさなきゃもったいないだろ」
そんな話をしていれば米田がサロンを訪れ、笑う玄治の元に来て肩を叩く。
「よぉ玄治、大神に全部話したんだってな」
「えぇ、大神を驚かせてやりましたよ」
「だろうな、おめーがやろうとしてることは前代未聞で前人未到のとんでもねぇ計画だ。
『世界の各都市に華撃団を置く』。言葉にすりゃ簡単だが、それがどれほどの問題と困難が立ちはだっているかなんざ誰が見ても明らかだ。
それでもやるんだな?」
「たった四人で世界を守ろうとしたことより、無謀じゃない」
「っ! そいつはそうだが・・・」
「一代で都市の基礎を築いたことよりも困難でもなければ、何百年と続いた魔神器を壊すほど無策でもない。そうでしょ?」
玄治の言葉に米田は諦めたようにため息を零してから顔をあげ、もう一度強く肩を叩いた。
「そう、だな。おめーの周りはそんな人間ばっかりだったよな
玄治、思いっきりやれ。
お前の技術と力で、世界をひっくり返しちまえ」
「それも全て、俺に託してくれた存在がいたからです。
俺は鳥組隊長として、貴水玄治として、窪塚兼敏として、世界を変えられる。
見ていてください、米田さん。世界はこれから花や星に囲まれて、とても美しくなりますよ」
「あぁ、あとは任せたぜ。玄治」
米田が言い終わるや否やラチェットが玄治の右側に寄り添い、言ってのける。
「あらミスター米田、隠居することは構わないけれど、あなたにのんびり老後を過ごす暇はないと思うのだけど?」
「あん? そいつはどういう意味だ? ラチェット」
「そーですよ! 米田さんには私達の結婚式に出席してもらわなきゃいけませんし、その後は大神さん達の結婚式だってあるんですから!」
「それに・・・ 長安は将来の幸せとこの帝都で僕らの子どもが育つことを望んでいた。僕らに子どもが出来たら、司令は祖父として見守ってもらいたいと思う」
「ま、孫ぉ!?」
「あらあら支配人、たくさんの孫に囲まれる楽しい老後になりそうですね」
レニからの思わぬ発言に米田が慌てふためけば、かえでがからかうように笑っているが、慌てふためいているのは米田だけではなかった。
「おい玄治! まだ手を出してないって話じゃなかったのか!」
「ま、まだ出してませんよ! 舞台役者をなんの発表もなく子ども作ったらそれこそとんでもない不祥事でしょ! マリア達の経歴に傷をつけるようなこと、俺はしません!」
「そうそう、アタシらがいいっつってんのに変にお固いんだよな」
「それなら私はもう子どもを設けてもかまわないですよね? 玄治さん」
「か、かすみ!?
それはそうだが、ご両親への挨拶と式を終えてからだって言っただろう?」
「玄治さんとの子ども・・・ 男の子なら玄治さんから一字いただいて、女の子なら花の名前がいいですね」
騒がしい中、一人うっとりとする花火に誰も突っ込むことが出来ず、それどころか再びラチェットが乗っかってくる。
「それなら私は星の名前がいいわね。
貴水の名前だけじゃなく皆の名字を残すなら、それぞれ子どもは最低二人は欲しいもの」
「ラチェット!? お前まで何言ってんだ!?」
「何ってゲンジさん、家族計画に決まってるじゃないですか」
もはや誰にも収拾がつかなくなっていく中、米田が大笑いする。
「そうか、隠居しても俺は暇なしか。
そいつぁ、楽しみだなぁ」
「よ、米田さんまで・・・」
「まっ、結婚式に浮かれるのはかまわねぇが、まずは今の舞台のことを考えてくれや。巴里華撃団だって、舞台で何もしないでいられるわけねーだろうしな」
「そうなんですよ・・・ こいつらグランドフィナーレに出るとか言い出しやがったから、全員分の衣装をこんな直前で用意することになるなんて思ってませんでしたよ」
「玄治くん、今回は本当にお疲れ様」
「ありがとうございます。かえでさん」
かえでの労わりの言葉が身に沁みながら、どうやら自分の婚約者達と話を終えたらしい大神が米田の元に駆けてきた。
「支配人、劇場の扉を開ける時間になりました」
「あぁ、そうか。
それなら大神、オメェが開けて来い」
「えっ、俺でいいんですか?」
「あぁ、俺ももぎりの配置につかなきゃだからな。
玄治、お前らも準備して来い」
『了解っ!』
それぞれが持ち場に散っていき、舞台の幕は開き、巴里華撃団がグランドフィナーレに参加し、希望と夢に満ちた素晴らしい舞台となった。
拍手はまるで帝都の未来を祝福するように、長く続いていた。
玄治くんも大神くんも 本当に大きくなったわね
フッ当然だ 私達の後継者なのだからな
あぁ この子達が僕らの意志を継いでくれたことを誇りに思うよ
『サクラ大戦 貴水玄治物語』 最終話 『未来へ』
太正桜に浪漫の嵐! 愛の御旗のもとに
この想いを永久に咲かせよう ってかぁ