サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

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『もしも、あの時こうだったら』
そんな言いだしたらキリがないことに時々どうしても囚われてしまう 私とマリアは特にそうだわ
あんたらは考えすぎなのさ 過去なんてどうしようもないだろ?
ろ、ロベリアさん 私達がそれを言うのは・・・
ハッ、乗り越えたから言えるのさ
『サクラ大戦 貴水玄治物語』 番外編
第三話『悪夢から』
太正桜に浪漫の嵐! 愛の御旗のもとに
サキさん あなたは本当に玄治さんの妹だったんでしょうね


悪夢から

「ゲンジ? 俺は水蛇。水狐の兄、水蛇だ」

 

 そう名乗った男は水狐と同じ暗い青のマントを纏い、体に張り付くような真っ黒い服には不気味なほど白い蛇と狐だけが大きく描かれ、傍に駆け寄ってきた水狐を大切そうに抱きしめる。

 体の露出の多い水狐の体を他の人間から隠すように己のマントで覆い、大きな体の全てを余すことなく使って水狐を抱きとめる。

 

「兄様! あぁ、兄様・・・ ごめんなさい。私、失敗ばかり・・・」

 

「あぁ、そんな顔をするな。水狐。

 大丈夫、兄様が全部片づけてやる」

 

 水蛇を見上げる水狐の顔を愛おし気に撫で、幼い子どもをあやすように・・・ 否、まるで恋人のように額にキスを落とす。

 

「お前を傷つけるあいつらも、お前を罰するのなら京極も・・・ そして、俺達を受け入れないこの世界も全て、な」

 

 愛おしいと語る妹からその怨敵たる花組へと向けられた目は冷たく、極寒の地に慣れている筈のマリアの背筋にすらゾッとするような寒気を感じさせた。

 にもかかわらず、傍らで彼の殺意を一番に感じている筈の水狐はうっとりとした顔で兄を見上げていた。

 

「兄様、私も共に戦いますわ」

 

「あぁ、傍に居てくれ。

 京極のせいでずっと離れ離れにされていたんだ、もう一瞬たりとも兄の傍を離れてくれるな」

 

「あぁ兄様・・・ 駄目ですわ、こんなところで。

 続きは戦いの後に」

 

「潜入捜査に色仕掛け、そんな任務に大事なお前が出されていたんだぞ?

 大事なお前が汚らわしい人間に触れられている・・・ そう考えただけで気が狂いそうだった兄の身にもなってくれ」

 

 そう言いながらこちらに牽制するように霊力の蛇が襲い掛かり、そして隊長へと深い憎しみの目を向ける。

 

「あの男か? あの男に色仕掛けかけたのか?

 お前の肌を見せ、お前の体に触れさせたのか?」

 

 怒りと憎しみに比例するように体のあらゆる場所から霊力で作られた蛇が現れ、隊長へと巻きつこうと集まっていく。

 

「ならばあの男は特に念入りに、残虐に、殺さねばな」

 

「あぁ兄様、そんな恐ろしい顔をなさらないで?」

 

 手を伸ばして水蛇の頭をとらえ、その頭を自分の方へと抱き寄せて彼女は驚愕の行動に出た。

 唇と唇を合わせ、それだけに飽き足らず水蛇をより深く味わうような・・・ そんな口づけを交わしたのだ。

 

「兄様、私が愛しているのはお兄様だけですわ。

 この体の全てに触れていいのも、この世界であなただけ」

 

「あぁあまり可愛いことを言ってくれるな、水狐。

 今の俺はただでさえ怒りと憎しみで不安定なんだ。いろいろなことに我慢が利かなくなってしまう・・・」

 

 水狐へと向ける愛に満ち、どこか仄暗い目。

 こちらへ(花組)と向ける、怒りと憎しみが満ちた殺意の目。

 そのどちらもがまぎれもなく水蛇という存在なのだと無言で語り、水狐へと向けられていた視線が完全にこちらへと向けられた。

 

「醜く疎ましい世界に生きる、おぞましい人間どもよ。

 生を諦める準備は出来たか?」

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 マリアが目を開ければそこはいつものベッドであり、ここが貴水邸の自室であることを理解して安堵する。

 

「今のは夢、よね?」

 

 額どころか体中から流れる汗は、さっきまで見ていた夢によるものだろう。

(あれは玄治とサキさんだった・・・)

 ふらふらとベッドから立ち上がり、自分を落ち着かせるために水を求めて自室からキッチンへ向かう。

 貴水邸には珍しく全員が揃っているが規則正しく起きる皆もまだ起きていないような朝というよりも深夜に近い時間ということもあって、出来るだけ音をたてないようにしながら歩く。

 

「マリア?」

 

「っ!」

 

 背後から突然駆けられた声にらしくもなく驚き、距離を取りながら慌てて振り返れば、そこには夢で見たような薄手の服を纏った彼が夢の中に現れた水蛇と名乗った彼と被る。

 

「玄治、よね?」

 

「・・・何があった?」

 

 距離を取られたことに加え、自分の真偽を疑われるような問いかけに玄治は気を悪くする様子もなく、むしろ心配するように静かに声をかける。

 

「いえ、その・・・ ごめんなさい。

 少しおかしな夢を見てしまって・・・」

 

「そう、か・・・ まぁなんだ、それならキッチンに行って、温かいものでも淹れよう」

 

 怯えられたと思ったのか、いつもならばもっと近い距離に歩み寄る玄治が近寄ってこないことにマリアは慌てて手を伸ばして、玄治の手を掴んだ。

 

「マリア?」

 

「玄治・・・ あなたがあなたじゃなかった、そんな夢を見たの」

 

「俺が、俺じゃない? どういうことだ?」

 

 少しだけ震えているマリアの手を割れ物を扱うように優しく触れながら、マリアへと振り返れば、そこには今にも泣きだしそうな顔をした彼女がいた。

 

「ねぇ玄治、あなたとサキさんは兄妹だったのよ」

 

「今となってはもう真偽はわからな・・・ 「いいえ、きっとそうだった。だってあなたとサキさんは、とてもよく似ていたもの」

 

 華撃団において米田に次いで付き合いの長いマリアから断言されてしまうと玄治は黙るしかなく、困った顔をする。

 

「とりあえずリビングに行こう、廊下で話していると皆が起きちまう」

 

 静かに頷くマリアの手を引いて、とりあえずリビングのソファに座らせてからお茶を入れに立ち上がると、マリアも静かに玄治の後をついて回る。

 

「座ってていいぞ?」

 

「今は傍にいたいの」

 

「そんなに怖い夢だったのか?」

 

 お湯を沸かしている玄治の広い背中にマリアは額を当て、俯く。

 

「あなたが山崎少佐に会うこともなく、たった一人の妹と生きて・・・ 京極と出会ってしまっていたら、あなたと私はきっと・・・ 刃と銃口を向け合ってた」

 

 夢の中で向けられた怒りと憎しみ、玄治でありながら玄治ではない水蛇という男の表情や行動、その一つ一つが焼き付いて離れない。

 夜の海のように暗く、広く、寒い妖力、怒りを露にして牙を向けてくる巨大な蛇がこちらへ巻きつくような殺意を向けてきていた。

 

「恐ろしい夢だったわ。

 あなたがあなたじゃないということも、夢の中であなたによく似た彼が私達に刃を向けてきたことも・・・」

 

「ただの夢さ、気にすることはない」

 

「えぇ、わかってる。

 でもね、玄治」

 

 マリアを安心させる優しい声、花組を守ろうとする広い背中、両手を広げて大切だと包み込む大きな腕。彼がいるこの現実が幸せだと、わかっている。だが・・・

 

「あの世界だったらあなたは、本当の家族と一緒に居られたのよ」

 

「マリア」

 

「わかってる、わかっているの。

 こんなことを言ってもどうにもならないことも、今更何かが変わるわけじゃないことも・・・ もし仮に変えることが出来ても、私が今の幸せを、あなたを彼女に譲ることなんてないことも」

 

 それでも彼女は考えてしまうのだ。

 あの世界のように、本当の家族と過ごすことこそが彼の幸せだったのではないか。

 たとえ家族愛を超えて歪んでしまっていても、こちらの世界のように兄妹であることもわからないまま憎み合って、殺し合うことはなかった。

 

「あなたがあなたで良かった、そう心から思っているのに。

 どう足掻いても私達は、血の繋がった家族と共に過ごす時間をあなたにあげられない」

 

 そんなことを言うマリア自身、血の繋がった家族と過ごした時間などほんのわずかで、どれほど記憶があるのかも定かではない。条件としてはマリアと玄治は全く同じだというのに、玄治にそうした時間を与えられないことを辛いと口にする。

 

「マリア・・・」

 

 慰めの言葉を言おうと口を開いた玄治が何かを口にするよりも早く、キッチンに入ってきた近所のおバカ・・・ 否、エリカが二人の間に文字通り飛び込んできた。

 

「ゲンジさーん! マリアさーん!」

 

「いっ!?」 「えっ?」

 

「おっはよーございまーす!」

 

 大きな手を広げて二人の間にジャンプするように入ってきたエリカに成すすべなく二人も倒れてしまう。幸いキッチンが広かったこともあって誰も怪我をすることはなかったが、流石に妻達に甘い玄治であってもこれは怒るべきだと思って声を荒げようと口を開いた。

 

「マリアさん、何を言ってるんですか!

 私達はゲンジさんに血の繋がった家族と過ごす時間を作ってあげられますよ!」

 

「え、エリカ、何を言っているの? というかあなた、いつから聞いていたの?」

 

「エヘッ、実はずっと聞いてました!」

 

 いつものエリカの明るい笑顔に、さっきまであった暗い雰囲気は吹き飛んでいく。

 

「ゲンジさん、私達とたくさん子どもを作りましょう!」

 

 エリカからさらに飛び出したとんでもない発言に、二人は揃いも揃って呼吸がおかしくなった。

 

「え、エリカ? お前は何を言ってるか、本当にわかってるのか?」

 

「はいっ! 私達全員が子どもをたーくさん産んで、玄治さんと私達とで血の繋がった家族になりましょう!」

 

 そう言ってエリカは玄治とマリアの首に両手を回して、ギュッと強く抱きしめる。

 

「そうすれば私達、血の繋がった一つの・・・ いいえ、大きな大家族になって、そうしていつまでもずっと、ずぅーっと楽しく幸せに暮らすんです」

 

「エリカ・・・ あなたって子は」

 

 実の親の顔も知らず、玄治とマリアと同じくらい家族に縁がない筈のエリカは、この二人とは違ってどこまでも底抜けに明るく、前向き。その眩しさに照らされて、笑顔につられるように二人の口元も自然と弧を描く。

 

「子どもかぁ・・・ 女の子だったら、例外なく全員美人になるだろうなぁ」

 

「それなら男の子はゲンジさんに似てとっても優しい、背の高い子になりますね!」

 

「名前は、あなたの名から一字欲しいわね」

 

「それはその、なんだ・・・ なんか嬉しいけど、少し照れくさいな」

 

 マリアの言葉に照れくさくなって頭を掻くと、エリカも強く頷いた。

 

「そうだ、マリアさん! 皆さんにもこの話をして、男の子だったら全員ゲンジさんのン名前の一字を貰って名付けましょう!」

 

「えっ」

 

「いいわね。そうしましょうか」

 

 まさかマリアがこんな思いつきを同意すると思ってなかった玄治は、エリカからマリアに『正気か?』という視線を向けた。

 

「いや止めろよ、マリア」

 

「どうして止める必要があるのかしら? 家族に繋がりがあることはとても素敵なことよ」

 

「いやいやいや! 『玄』でも『治』でもそんな名前の選択肢を狭めるようなこと・・ それにそうなると生まれる息子全員が強制的に日本名になるぞ!? フランスやドイツ語、ロシア語でつけたい名前があったら困るだろ!」

 

「その時は二つ、名前をつければいいでしょう?

 あなたも窪塚の名前を持っているのだから」

 

「俺みたいな例外を持ち出すのって卑怯だろ!?」

 

 そうやって三人がやいやい騒いでいると他の面々も起き出してきてしまい、そのままなし崩し的に家族計画について話し合うこととなるのであった。

 




兄様、どうか・・・ どうか幸せに。
おや、銀杏。どこに行ったかと思ったら、ここにいたんだね。
お父様!
兼敏のことを見守ってくれていたの?
お母様! えぇ、私は下界で良い妹にはなれなかったので。
それは銀杏に限ったことではないなぁ、お前達をちゃんと守り切れなかった不甲斐ない私のせいだろう
それを言うなら、あなた達の手を放してしまった私もね
お二人は何も悪くありません!
それならお前も悪くないよ、銀杏
っ・・・!
ここから三人で祈りましょう、あの子の末永い幸せを
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