太正十三年 睦月
天海襲撃から三カ月もの時が経ち、帝都はすっかり復興。正月らしい賑わいと共に人々に笑顔が戻っていた。
『明けましておめでとうございます』
楽屋にて花組全員に加え、米田とあやめが揃って挨拶をかわし、新年会が開かれる。
だが、そこに玄治の姿は見られなかった。
大神が皆に挨拶をかわし、最後に彼の定位置である一番後ろへとつい意識を向けてしまい、思わずつぶやく。
「貴水さん、来ませんでしたね」
大神の言葉に周りがシンッと音をなくし、特に親しいマリアと紅蘭の表情に影が帯びる。
「あー・・・ 一応誘ったんやけど、断られてもうてなぁ」
「何かに集中しているようだったし、しょうがないでしょう。
それに・・・ 毎年そうだったもの」
地下に籠りっぱなしだった玄治に、盆も暮れも正月もない。ましてや、行事を祝うということすらほぼ皆無だった。
「まっ、参加しねー奴をとやかく言ってもしゃーねーだろ。
今はとにかく楽しもうぜ」
米田が誤魔化すように酒を掲げ、宴会芸へと名乗りを上げていった。
だがそれでも、場に残る一抹の寂しさを誰も埋めることは出来なかった。
宴会後、大神は帝劇に流れた呼び出しの放送を聞き、米田の元へ向かった。
その際、扉の前でさくらに出会い、初詣の約束を交わしたがそれは些細なことだろう。
「大神、参りました」
「おう、大神。
正月早々、呼び出しちまって悪いな」
いつもなら酒を片手に顔を赤らめている米田らしくなく、始めから少し厳しい顔をしていた。
「司令、話というのは・・・」
「呼び出しといて悪いんだが、もう二人呼んでんだ。
少し待ってな」
楽にしてろと言わんばかりに手を振る米田に従い待っていれば、五分と立たずに扉がノックされ、マリアとかすみがひと声かけてから入室してきた。
「揃ったな」
「それで司令、お話というのは」
代表して大神が訪ねれば、米田は頷く。
「あぁ・・・ オメェなら察しがついてるかもしれねぇが、玄治のことを先に話しておこうと思ってな」
「貴水さんのことって・・・ 最近の彼の異変、ですか」
「ははっ、それはむしろ俺よりもお前らの方が知ってんだろ。
俺がお前らに教えられんのは、あいつの過去ぐれぇさ」
米田は笑ってはいるがそれは表面のみであり、目は真面目なものだった。
「貴水さんの過去、ですか」
「そうだ。
付き合いの長いマリアとかすみは言うまでもねぇが、お前だって心当たりがあるんじゃぇか?」
米田の言葉に大神は彼の発言を思い返す。
「それは・・・ 言われてみれば確かに」
出会ってから十カ月余り。彼がまともに話していた期間を限って言うならおおよそ六カ月もの間、彼から出た過去の話で最も古いものはアイリスと同じ年の頃に両親を失ったという発言のみ。
それ以外は玄治との思い出話として他の皆から聞いた程度であり、それも精々ここ三年から四年の話だった。
「アイリスと同じ年の頃に親と死に別れて米田さん達に拾われた、とは聞きました」
その言葉に三人が同時に驚きの視線を大神に集め、大神はその反応に驚いた。
「司令、マリア、かすみくん・・・ その反応は」
「すみません、隊長。
私達からは言えません」
「・・・それにここに私とマリアさんも集められたということは、司令は私達が知っている以上のお話しになる。
そういうことですよね?」
大神が問えば二人は悲し気に顔を伏せるのみで、米田は深く頷いた。
「その通りだ。
まさか、あの玄治が
そういって米田は大神をじっと見つめ、へっと笑う。
(
「あいつが言ってた通り、八年前に俺達はあいつを拾った」
「俺『達』・・・? それに八年前、まさか・・・」
玄治・米田両名の発言にある複数の人物を思わせる言葉に大神は合点がいき、一つの答えに行き着く。そして、米田もそれを察するように頷いた。
「じゃぁ、貴水さんのご両親は降魔に・・・」
「あぁ。
あいつの両親は・・・ いや、両親どころか住んでいただろう村もろとも降魔によって失われた」
「え・・・」「なっ」
「やはり、そうだったんですね」
かすみと大神は驚くが、可能性の一つとして考えていたマリアは納得する。
「ってとこまでは、軍部にも報告した。
実際はそれだけじゃねぇ」
だが、米田の話はそこで終わらなかった。
「俺達に保護されるまでの間、あいつはたった一人で生きていた。
あいつの生まれ故郷だと思われる村からそう離れない場所でな」
米田はそこで一度言葉を区切り、『この意味をわかるか?』と無言に問いかけるように三人をじっと見た。
「思われる村? 生まれ故郷ではないんですか?」
「隊長の言う点もですが、降魔が現れた村の近辺でアイリスと同じ年頃だった玄治が一人で生きていたとはどういう・・・ まさか」
疑問点をあげる大神に、マリアはふと玄治といつか交わしたやり取りを思い出す。
『俺だって戦いの経験なんてほぼないし、隊長さんは軍学校首席なんだからその辺り問題ないだろ』
『『ない』ということになってるだけでしょう、軍人ではないあなたが関わっていたことを公表するにはあまりにも外聞が悪いもの。
それにあなたは、降魔戦争を見た人間だわ』
『この戦いで降魔が来るとは限らない以上、それは何のあてにもならない。
向こうの目的だって俺達の予想だけで話が進んで、何もわかってないのが実情だろ』
あの時、玄治は自分が降魔戦争に参加したこと・見たことを否定しなかったのだ。
そして、実戦経験を皆無とは言わず、曖昧に言葉を濁して誤魔化した。
「まさか・・・ 玄治は、降魔と戦って生きていた?」
大神の疑問からかすみは、ふいにあの日の玄治の言葉を思い出した。
『いつだったのかも、どこだったのかも思い出せないのに、綺麗だったことだけ覚えてる』
あの花見の席で、玄治は確かにそういったのだ。
あの時、かすみはてっきり幼い頃だったがゆえに記憶が曖昧になったのだと思っていた。
だが、そうではなかったとしたら、他にどんな可能性がある?
「貴水さんは・・・ 故郷での記憶をなくしてる?」
二人が同時に行き着いた別々の答えに、米田はどちらも否定することなく頷いた。
「そんな・・・ そんなことが出来るんですか?
それに記憶をなくしてるなんて・・・」
「信じられねぇのは無理もねぇ。だが、俺達は確かにこの目で見た。
まだ十二・三のガキがたった一人、誰のかもわからねぇ折れた刀を手にして降魔と戦ってる姿をな」
米田は視線を遠くへと向けながら、出会った時の玄治を思い出す。
「出会ったばかりの頃のあいつはボロボロの着物にぼさぼさの髪、飯もまともに食わなかったんだろうよ。痩せこけた面と体で目を獣みてぇにぎらつかせてやがったよ」
降魔の体液と自分の血で体を汚し、霊力で作った刃で折れた刀を補強させた少年の目は暗く、光を宿してなどいなかった。
視界に入っている筈の人も、体中の傷すらも存在しないように、ただ復讐対象である降魔を映した時だけ鈍く輝き、一切の躊躇いもなく降魔へと向かっていく少年は異質そのものだった。
「体は弱ってるっつうのに向かってくるもん全部が敵だと言わんばかりに警戒して、まともに近づけもしねぇあいつを山崎とあやめくんが保護して話を聞いてみりゃ、あいつは両親が殺されたこと以外、何も思い出せやしなかった」
「何もって・・・」
「文字通り、何もかもだ。
『貴水玄治』の名も、山崎があいつに贈ったもんだからな」
マリアの問いかけを最後まで聞くことなく、米田は即答する。
自分がどこで生まれて、なんという名で、親や親戚が誰で、どんな人間に囲まれて育ったかも、玄治は何一つ覚えていなかった。
だというのに、顔すら思い出せない誰かを失った事実だけが玄治を突き動かし、降魔を殺すためだけの存在となっていた。
否、
「そして貴水さんは、五年前に山崎少佐と真宮寺大佐も失ったんですね・・・」
「そういうこった。
俺やあやめくんが何とかしてやれればよかったんだが、あいつを軍部にとられないように必死だったからな」
大神の言葉に米田は頷き、さらに渋い顔をする。
結果的に玄治を守るためとはいえ、傍で支えることをしなかったということには変わりはない。同時に、玄治が自分やあやめを通して過去を見ていることも米田はわかっていた。
「山崎少佐直伝の技術はそこまでですか」
「それもあるが、あの頃はどっちかっつうと玄治の将来性だろうな。
霊力持ちで技術にも精通、それに加えて保護したのは対降魔部隊。
元が孤児にもかかわらず、あいつには俺らに拾われたってだけで箔がつきすぎた。あいつ自身、物覚えがよかったから尚更な」
現に玄治はこもりっきりになった五年間で実績を上げ、光武などの兵器から始まり生活を支える数々の道具の製作に彼は携わり、神崎重工は勿論国に莫大な利益を与えた。
発明家として名は広まっているにも関わらず本人が公の場に顔を出さないことは一部の者達に不興をかってはいるが、そうしたミステリアスなところが年頃の貴族の女性陣には話題になっているというのは余談である。
「俺が玄治を放っておいたのは・・・ 言い訳になるだろうが神崎重工の元で個人としても生きていける実績を作ってほしかったんだよ」
当の玄治は知らないが米田によって作られた口座に彼への報酬は振り込まれ、その総額は日々増え続けている。それこそ彼は、生涯を遊んで暮らすだけのお金を既に持ち得ているのだ。
米田の本来の願いは玄治が何にも縛られずに生きていくということだったにもかかわらず、彼が功績をあげるにつれて困難になっていったのは皮肉だろう。
「オメェらが来てから、あの野郎もいい方向に変わったと思ってたんだが・・・ 戦いが終わって、帝都の復興も無事終わったっつうのにあの面だ。
俺達には意地でも話す気がねぇってのも質がわりぃ」
ガリガリと頭を掻きつつもちらっと三人を見れば、米田同様三人の浮かない顔が並んでいた。米田も『この三人にならあるいは』と希望を持っていたが、成果はあがっていないようだ。
「正月からこんな辛気くせぇ話しちまってわりぃんだが、気にかけてやってくれや。
『治に居て乱を忘れず』 平穏な今だからこそ乱に備えて平和ボケはしちゃいけねぇが、仕事のない今日ぐれぇは楽しめや」
『はい』
綺麗にそろった三人の返事を聞き、米田は三人を見送った。
「隊長、玄治のことは私達に任せていただけませんか?」
「いいけど、大丈夫かい?」
支配人室を出てすぐに告げられたマリアの言葉に、大神は心配そうな顔をする。
事実、この三カ月もの間、玄治はマリア達すらも拒み、ほとんど会話もせずに何かに打ち込んでいた。
「ご心配なさらないでください。
それに・・・ 隊長はさくらとの約束もあるでしょう?」
「えっ・・・ どうしてそれを!?」
「ふふっ、女の情報網は怖いものですよ。大神さん」
支配人室に来る前に約束したばかりなのに他の誰かが知ってるなんて怖いなんてもんじゃないが、大神はこれ以上何か言うのを諦め、マリアとかすみの言葉に頷くことにする。
「じゃぁ、貴水さんをよろしく」
「頼まれることではありませんよ、隊長」
「そうですよ、大神さん。
私達もただ普通に休日を楽しむだけです」
大神の言葉に笑って答え、『よい休日を』と言って別れてから、二人は地下へと向かう。
目的地は当然、玄治の自室。
以前はよほどのことがない限り掛けられることのなかった『実験中 立ち入り禁止』の掛札を前に、二人は言いようも、行き場もない感情を飲み込んだ。
「かすみ、行くわよ」
「はい」
飲み込んだ感情を糧に、ただ覚悟を決める。
玄治の過去を知ったからと言って、自分達から何かを言うつもりはない。
だが、辛いのなら辛いと、悲しいなら悲しいと言ってほしい。
それでも言ってくれないというのなら、せめて傍にいることを許してほしい。
そして叶うなら『今』を、楽しんでほしい。
「玄治、入るわよ」
ノックをしてからいつものように入っていけば、玄治は机の上で手元だけを照らして何かに打ち込んでいた。
背中しか見えない二人からは書き物をしているのか、それとも何かを作っているのかはわからないが、玄治は返事もしなければ、振り向くこともなかった。
「玄治」
「貴水さん」
「ん・・・? あぁ、二人とも、居たのか。
掛札をしたと思ったんだが」
二人が近くまで寄って再び声を掛ければ、玄治はようやく振り向き、二人を認識した。
だが、それも一瞬のことで玄治は手元にある資料へと何かを書き込み、さっと一つにまとめていく。
「明けましておめでとう、玄治」
「明けましておめでとうございます、貴水さん」
「? あぁ、正月・・・ 年が明けてたのか・・・」
どうでもいいと言わんばかりに玄治は他の資料を眺め、眉間にしわを寄せる。
「えぇ。
暮れから休演はしているけれど、今日は隊長も休みになるぐらい余裕があるわ」
「ですから貴水さん、私達と一緒に初詣に行きませんか?」
「例年通り、他の皆と行ってきてくれ。
俺にはやらなきゃいけないことがある」
素っ気ない返事を二人は予想していた。
だが、その程度で諦めるぐらいならば彼女らはこの場に来ることはなかっただろう。
マリアとかすみは視線を交わして互いに頷き合い、行動へと移った。
「玄治」
マリアは玄治の持っている書類を奪い、書類の内容を見ることも、乱すこともなく机の空いているスペースへ置く。
「マリア・・・」
「三か月も黙って引き籠ったあなたに、少しぐらい強引な手段を取らせてもらってもいいでしょう?」
「ぬ・・・」
何も言わないでいることへの罪悪感を見せる玄治に、マリアは内心ほっとする。
(玄治にはまだ、人を思い遣る余裕がある)
本当に追い詰められた人間に他者を思い遣る余裕などないことを、マリアは身をもって知っている。
「たまの息抜きは仕事の効率を上げるものですよ、貴水さん」
そういって玄治の後ろに控えるかすみは、彼の外出用の服を用意していた。
「・・・はぁ、本当に」
そういって玄治は顔を隠すように手で覆い、溜息を零す。
「二人には、敵わないな」
彼の久しぶりの口癖と笑顔に二人の顔も綻んでいく。
過去に何があろうと、何を抱えていても、ここに居る彼は自分達が知っている『貴水玄治』であることは変わらない。今はそれでいい。
「さぁ、早く準備してちょうだい。玄治」
「着替え、こちらに置いておきますね。
私達は外にいますから」
「あぁ、わかったよ」
苦笑いの玄治を見届け、二人は玄治の準備が終わるまで廊下で待つことにした。
扉が閉じた瞬間、マリアとかすみは無言のまま手を叩き合い、玄治を連れ出すことを成功させた自分達を称え合った。
三人で帝鉄に乗り、明治神宮に辿り着けば出店や参拝客で賑わい、人が溢れていた。
「凄い人だかりですね」
「お正月だもの」
女性にしては高身長の二人であっても人混みに流れかねない中、二人の右手と左手に重なる手があった。
「玄治・・・?」
「これだと貴水さんの両手が塞がってしまいますよ」
玄治のおもわぬ行動に驚くマリアに対し、かすみが微笑みながら告げれば、何故か手を伸ばした側である玄治がハッとした顔をしていた。
「あっと、いや・・・ その、人混みに流されたら危ないだろ。
二人のことだから迷子にはならないだろうけど、な」
誤魔化すように言葉を並べる玄治の方が自分の行動に困惑しているようで、慌てているのがよくわかる。
だというのに、二人に伸ばした手は握られたままなのがなんだかおかしかった。
目を合わせて笑うマリアとかすみに囲まれながら、笑われている玄治は視線を逸らすしか出来ないが、その空間から逃げ出すことはなかった。
「ふふっ。
ではお参りは後回しにして、このまま出店でも見て回りましょうか」
繋がれた手が離れることがなんだか惜しくて、かすみの口から零れ出た提案に玄治は驚くが、マリアは微笑んで賛成の意を示す。
「そうね。
いろいろなお店があるみたいだし、何か食べましょうか」
「綿菓子に焼きそば、焼きトウモロコシにたこ焼き・・・ 貴水さんは何がお好きですか?」
繋がれた手はそのままに、あちこちを示す二人。
そんな二人につられるように、玄治は驚きや困惑からわずかに笑みを見せる。
「二人が食べたいものならなんでもいいって。
でも・・・ 綿菓子は食べたいな」
溶けた砂糖を細く吐き出していく綿菓子の機械を見ながら、玄治は自然と笑みがこぼれた。
師との道楽で作った玩具に過ぎなかったそれが、今確かに祭りの名物として深く根付いていたのがなんだか可笑しかった。
「綿菓子、お好きなんですか?」
「あぁ、そうだな・・・」
かすみの問いかけに、玄治は無意識に師がこんな物を作った理由を恋人であるあやめに告げたのと同じことを答える。
「だって、雲を食べられるなんて夢があるだろ?」
そういって笑う姿は、夢を語る子どものそれと同じだった。
「・・・綿菓子を一つ頂戴」
何故か玄治から目を逸らし、マリアは傍にあった出店にて即座に綿菓子を購入する。
「マリア? 軽食を買うんじゃ・・・」
「いいのよ。
はい、玄治」
綿菓子をそのまま彼の口元へ持って行けば、玄治は食べようとして一瞬ためらう。
「いや、俺が口付けたら二人が食えなくね?」
それもあるが、そうじゃない。
普通にあーんを受け入れようとした点はいいのか。
「そんなことを言ったら、宴会の大皿なんて食べられなくならないかしら?」
「私も気にしませんよ。
それに貴水さんは今、両手が使えませんからね」
首を傾げるマリアにニッコリと笑うかすみ、二人の様子に納得した玄治は甘い綿菓子を口にする。
口の中ですぐさま溶けて消える綿菓子に、玄治はおもわず笑う。
(あの頃と変わらないなぁ)
口の中にべったりと残る甘さも、口元にへばりつく面倒さも、見た目はいいのに進歩がなくて、とても懐かしい。
そうして三人で分け合いながらいろいろな物を食べていると、食べ物の店以外が並ぶところに出てしまった。
「少し休憩するか?
歩きっぱなしで疲れただろ?」
「私は問題ないけれど、かすみは大丈夫?」
「平気ですよ。
お二人が歩幅をあわせてくれましたし、貴水さんが手を引いてくれましたから」
「ならいいが・・・」
この面子ではおそらく一番体力のないだろうかすみを気に掛けつつ、周囲を見渡す。
射的にくじ引き、型抜きに猿の見世物。
近くには飲み物を売ってる出店と座ってくださいと言わんばかりのベンチ。
「悪い、二人とも。
ちょっとあそこの射的をやってくるから、そこで飲み物でも買ってあそこのベンチで待っててくれないか?」
手を離すのを一瞬躊躇ったが、玄治は思いついたままに二人から離れ射的の店へと向かった。
「射的、一回分」
「おう。
大人の射的はこっちな、全部当てられたら商品は何とおもちゃじゃない本当のペアリングだ! しかも二組分!!」
「赤字じゃね?」
「ははっ、『この難易度で全部当てられるんなら、それぐらいしたっていいんだぜ?』ってことさ」
ようするに、出来っこないこと前提の無理ゲー。
見栄えのいい一等賞の当たりくじなんて混ぜていなかったり、ほとんどいちゃもん同然の型抜きと一緒なのだろう。
だが、万が一のために二つ用意しておく辺り、この店主は用心深いのかもしれない。
「どうだ? 兄ちゃん。
さっき連れてた別嬪さん達に贈り物としてよ」
「・・・まぁ、二人に贈るならペアリングでちょうどいいか」
「・・・うん?
いや、それなんか違くね?」
店主の話を無視し、玄治は手渡された銃を確認し、弾を入れない状態で空撃ちしてみる。
「景品とられて泣くなよ?」
「っ!
とれるもんなら取ってみやがれ!」
こうして挑戦者・玄治と店主の熱いバトルは幕を開けた。
「クッソ! 持ってけ、ドロボー!!」
「人聞き悪いこと言うなよ、ちゃんと全部当てただろ・・・」
悔しそうに言いながら玄治の肩を思い切りたたく店主に、玄治は困った顔をする。
「持ってけ! 最高得点者!!」
「おう、貰ってく」
しっかりとペアリングを受け取り、二人が待っているベンチに行けば拍手で出迎えられた。
「なんだ、見てたのか」
なんとなく照れ臭くなって頬を掻くが、二人からの称賛の視線は玄治を逃がさない。
「玄治は銃も出来るのね」
「凄かったですよ。
あんなに早く打ち続けているのに、狙いも精確で」
二人のみならず出店の方にも結構な人だかりが出来ていたのだが、玄治の目には入っていなかったようだ。
「じゃぁ、ほれ。
二人にやるよ、ペアリングだから一つずつつけてくれ」
ついさっき景品として勝ち取ってきた青い箱に包まれたペアリングを渡そうとすれば、二人はキョトンとした顔をして、玄治を再度見る。玄治も受け取らない二人に首を傾げれば、マリアとかすみが顔を見合わせて深い・・・ それはもう深いため息をついた。
「貴水さん。その賞品、もう一つありましたか?」
「ん? あぁ、二組分とか言ってた気がするから、まだあるとは思うが」
「マリアさん」
「えぇ、任せなさい」
詳細のつかめない玄治は再び首を傾げ、ベンチから立ち上がるマリアが手袋をしっかりと嵌めなおす。
「え、ちょっ、マリア?」
「まぁまぁ、貴水さんは私と甘酒でも飲んで待ってましょう」
五分と待たずに、マリアは玄治が先ほど手に入れたものと全く同じものを持って戻ってきた。
「早かったなー」
事態が飲み込めていない玄治がそれだけ告げれば、マリアはニコリと笑った。
「二つ目を取られたくない店主が小賢しいことをしたから、少し本気を出してきただけよ」
これ以上聞きたいのか? と暗に問われるが玄治は大人しく身を引き、さっと自分はベンチから立ち上がってマリアに座るように促す。
マリアは断ることも出来たが、仮に断ったとしても玄治は自分が座りなおすことはないだろうと理解し、何も言わずにベンチへと腰かけた。
「で、どうして二つもとったんだ?」
察しの悪い玄治に二人は白けたような目を向けるが、向けたところで当人の察しがよくなる筈がなく、二人は再び溜息を零した。
「あなたの分よ。
玄治、左手を貸しなさい」
「あぁ、別にいいが・・・」
マリアに左手を掴まれ、薬指には先ほどマリアが取ってきたペアリングの片方がつけられる。
「では、次は私が失礼しますね」
マリアが嵌めたのと同じ指に、かすみは玄治が取ってきたペアリングの片方をつけた。
「いや・・・ 別にいいけど、流石にこれは変じゃないか?」
「別にいいならいいでしょう」
「変じゃないですよ。
玄治さんの指は大きいのに細くて、とっても綺麗ですから」
二つのリングを重ねてつけられた自分の薬指をまじまじと見るが、つけた二人は笑顔でゴリ押しである。
そして、二人同時に一つずつ入っている指輪の小箱を玄治へと手渡す。
当然、意図がわかっていない玄治が首を傾げるが、マリアは間髪を入れずにいう。
「今度はあなたが私達の左の薬指につけるのよ」
「そういうもんなのか・・・?」
「はい、この指輪は異性がお互いにつけ合うものです」
「へぇ・・・」
二人から小箱を受け取った瞬間、玄治は嫌な予感を感じて空を見た。
「この感じは・・・ ついに、来たのか?」
「何、この気配は・・・!?」
同様に何かを感じ取ったマリアが周囲に警戒し、エンフィールドをいつでもとれるように手をかける。
そして、空からそれは降りてきた。
「あれは・・・?!」
「降魔・・・!」
「待ちなさい! 玄治!!」
思わず駆け出そうとする玄治の服をマリアが掴む。
「降魔のところには私が向かうわ。
あなたはかすみと共に市民の避難をして頂戴」
「駄目だ! 今まで相手してきた脇侍じゃないんだぞ!
一人でどうにか出来る相手じゃない!!」
「手ぶらのあなたよりはマシよ!
それに隊長とさくらも初詣に来ると言っていたわ、他の皆も二人を野次馬するって言ってたから花組は
目の色を変えた玄治にマリアが怒鳴り返しつつも、花組がここに集まっていることを伝える。
そして、何も言わずとも花組はそこに集まるだろう。
何故なら彼女達は降魔迎撃部隊 花組であり、彼らの隊長は大神一郎なのだから。
「私達が安心して戦えるように、誰かが市民を誘導しなきゃいけない。
それはここに居るあなたとかすみにしか任せられないのよ!」
降魔を前にして玄治がどんな感情に駆られているか、その気持ちを押さえろと言うのがどんなに酷か。衝動のままに出撃をしたことのあるマリアがわからないわけがない。
それでも、ここで丸腰の玄治を飛び出させるわけにはいかないのだ。
否、違う。
そんな理性的な理由ではなく、ただこれ以上
「わかった・・・ 一般市民の避難が終わり次第、俺もそっちに合流する」
「私は避難が終わり次第、司令達と合流します」
「えぇ、お願い」
苦渋の顔をした玄治とかすみがマリアを見送り、二人はともに避難誘導を開始する。
既に混乱に陥る市民を明治神宮から出るように促しながら、取り残された者がいないかどうか念入りに確認していく。
避難は問題なく進む中、玄治は光武と相対する降魔の姿と鳥居の上に立つ四つの存在を見ていた。
(それがあなたの駒ですか、先生)
消えていく四つの影と視線の先に居たのは光武と降魔。
憎んでもまだ足りず、いくら殺しても飽き足らぬ復讐対象。
玄治の霊力を目覚めさせ、復讐を抱くことで彼を生かし、大切な者達も記憶すらも奪った存在が、寄りにもよって敬愛する師によって再びこの世に解き放たれた。
「貴水さん、翔鯨丸が来たようです!」
「あぁ・・・」
鳥居の中へ光武が移動するのが見え、翔鯨丸が何かを起こすことがわかる。
現段階で光武は降魔に傷一つつけられず、まともに相手することが出来ていないのだから、それは必然だろう。
「やっぱり・・・ 先生の言った通り、か」
光武は所詮茶番を飾るための玩具に過ぎず、降魔を迎撃するだけの力を持ち得ていなかった。
甲冑としては身を守ることには役に立っても、それ以上の役も満足に果たせない。その程度のものだった。
「貴水さん・・・? 何を言って・・・」
翔鯨丸の砲が響き、玄治はとっさにかすみに覆いかぶさるように庇う。
砲の音が終わり、光武の方を見るが翔鯨丸の砲は流石に降魔も堪えるらしく、傍から見ても弱っていることがわかった。
(翔鯨丸の砲でも倒すには至らない、か・・・)
莫大な金をかけて作り上げた霊子甲冑も、翔鯨丸もこの程度。
戦果で言えばまだ対降魔部隊の方が上という事実を前にして苦々しい感情が沸き上がり、舌打ちをしそうになる。
「かすみさん、怪我はないよな?」
「はい。貴水さん、私達もそろそろ避難をしましょう。
これ以上ここに居ても、皆さんの邪魔になりかねませんし」
「あぁ、そうだな」
光武によって最後の一体が打ち倒されたのが見えたが、降魔が地下から無限に湧き上がっているのは経験から知っている以上安心はできない。
(それに俺も手ぶらだからな・・・)
いつもならば工具の一つでも持ち歩くが、今日は生憎準備がない。
最悪の事態を考え、足元に転がっていた射的の銃を蹴り上げ、手に取った。
「貴水さん?」
「いや、なんでもない。
行こう」
光武の音がなくなる一方で翔鯨丸の音は近づいてくるのがわかり、玄治は目的の場所を翔鯨丸へと変える。
(機体の限界が近い中であんな戦闘したら、光武はもう使えない。
そもそも相手にならない光武がこのタイミングで壊れたら、甲冑としても役に立たなくなる。そうなったら・・・)
またあの日の対降魔部隊のように、彼女達がその身を危険にさらして戦うのだろうか?
そうしたことがありえないとは言えない現状に顔は険しくなるが、近づいてくる気配に気づいた玄治の表情は掻き消える。
「かすみさん、今すぐここから逃げろ」
「え・・・? まさかっ!
ですが、貴水さんは」
「かすみさん、俺はさ」
逃げようとしないかすみを守るように腕を広げつつ、右手に持っていた射的の銃に霊力を纏わせることで霊力の刀を構成していく。
光り輝くことのない鈍い銀の霊力が銃を覆い、それは玩具から凶器へと変貌した。
「故郷と記憶をなくしてから先生達に会うまで、降魔を殺して生きてきた化け物なんだ」
穏やかな言葉で告げられたのは、今朝米田司令から聞いたばかりの玄治の過去。
かすみが否定するよりも早く玄治は降魔へ向かって駆け出し、一太刀で降魔の片腕を奪った。
「ギ?! ギシャアァァ!!」
傷口から緑の体液を零れ、怒りを露わにした降魔が玄治へと向かってきても、玄治は一切怯まない。それどころか、攻め手を強めていく。
斬られた腕とは違う方を伸ばして来れば両断し、翼で背後を狙おうとすれば片翼を奪う。
口内から何かを吐き出そうとすれば、上着を降魔へと放り投げて視界を塞ぎ、そのまま喉元を切り裂いた。
もはや呻くことも出来ずに地面に転がる降魔を見ようともせず、玄治はかすみに向かって『これでもか?』と言わんばかりに無言で肩をすくめた。
「それでも・・・ あなたは人間です。
故郷がなくても、過去がなくても、あなたは確かにここに居る『貴水玄治』です」
「ハハッ・・・ そっか」
かすみの言葉に笑って答えながらも、玄治は体液に汚れたその身でかすみに近づこうとはしなかった。
「行こう、かすみさん」
踏み出せばすぐにでもかすみを守れる距離を保たれながら、かすみと玄治は司令達が待っている翔鯨丸へと向かった。
あの人達に拾われる前の俺は 記憶も持たない降魔殺しの化け物
人として一度死んだ俺を あの人が人間に 『貴水玄治』にしてくれたんだ
あの人が全てを壊すというのなら あの日々がもう帰ってこないというのなら
あの人を殺して 俺がこの手で全てを終わらせる
次回『玄治去る 彼の過去』
太正桜に浪漫の嵐!
帝国華撃団 花組 お前達はもう戦うな