サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

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⑨玄治去る 彼の過去

 翌日、大神が支配人室に呼ばれ説教をくらっている頃、玄治は自室にてこの三か月で書き上げたいくつかの書類を机の上に置き、ベッド下に保管されていた細長い物を取り出して左手に持つ。

 

「久しぶりだな、お前も」

 

 その物へと軽く声を掛け、玄治は一度固く目を閉じた。

(もう、決めたことだ)

 これから行うことは変わらない。決意すらも鈍らない。

 そして、それら全てはただ己のためだけにある。

 

「行くか」

 

 普段と変わらぬ外出着を着て、深く帽子をかぶって、階段を上る。

 そして、通り過ぎかけた支配人室から聞こえた『専業もぎり』という言葉に、玄治はノックもせずに支配人室を開けた。

 

「それはいい。

 ついでに華撃団も、歌劇団に専念すればいいんじゃないか?」

 

「貴水さん?!」

 

「玄治くん・・・?」

 

 驚く大神とあやめを気にせず、玄治を厳しく睨み付ける米田も恐れずに支配人室へと入っていく。

 

「玄治、どういう意味だ」

 

「どういう意味も何も言葉通りですよ、米田さん」

 

 声は明るく、口元には笑みをたたえて、歩くテンポはリズミカル。

 目の前にいるのは確実に貴水玄治である筈だというのに、彼らしくないという違和感が支配人室にいる者達にはあった。

 だが同時に、これこそが本来の彼なのだと思わせる何かがそこにはあった。

 

「光武は降魔にかなわない。それどころか翔鯨丸すら降魔を倒すことは出来なかった」

 

 扉から一歩ずつ米田の机と近づく玄治の表情は帽子で見えず、大神は自然と彼へと道を開けた。

 

「光武は所詮甲冑でしかなく、翔鯨丸はミカサの劣化版にしかならなかった。

 作られた目的も達成できない道具なんて玩具でしかない。

 そんな出来損ないの玩具に頼らなければ、守られなきゃ戦えない花組なんていらないでしょう?」

 

「貴水さん!

 そんなことをしたら帝都は・・・!」

 

 発言を咎める大神に首だけ振り向いて、彼の口元は笑っていた。

 

「花組がなくなったら帝都が滅ぶ? それは思い上がりだな、隊長さん。

 それに軍部は・・・ いいや、彼の尊い御方だって国を守るためなら都市一つ捨てることを選ぶさ。

 誰が死のうと、何がなくなろうと、終わった後に碑を作って手を合わせりゃ、それで終わりだ」

 

 今ある記憶の中で今も昔も国に仕えていない玄治が見てしまった国の内部は、美しいものなどではなかった。けれど美しくない国の中で真っ直ぐに、人々の希望という光であろうとする者達の姿は彼の指標となり、導き手となった。

 だが玄治は使命を果たすために命を燃やし、英雄となった者を。

 大乱の果てに、自ら闇に堕ちてしまっていた者を見た。

 

「何が言いたい? 玄治」

 

「何を言いたい?

 そうですね、しいて言うなら・・・」

 

 米田の机の前まで来た玄治はその場で身を翻し、大神へと向き直る。

 

「降魔迎撃部隊 花組。

 お前達はもう戦うな」

 

「っ!

 貴水さんは帝都を見捨てろっていうんですか!」

 

 今にも玄治へと掴みかかろうとする大神を見ながら、玄治は首を振った。

 

「いいや、違う。

 それなら別の言い方をするさ、この国を、帝都を捨てろってな」

 

 そういって玄治は左手に持っていた物の布を取り払い、その姿を露わにさせる。

 

「降魔も、あの人も、あの人の手駒も、俺が斬る。

 俺が片を付け、全てを・・・ 終わらせる」

 

 露わとなった黒鞘の刀に米田とあやめは驚き、米田はすぐさま険しい顔へと変わった。

 その刀はかつて玄治と共に拾われ、多くの降魔の体液を浴びて霊力を通し続けた死んだ筈の(折れた)刀。だが、それは二剣二刀を超える作品を作り上げようと山崎が鍛え直し、元の主の元へ返されるように彼の弟子である玄治へと与えられた。

 黒鞘から抜かれてなおも光を通さぬ黒檀の刀身を持ち、作り手である山崎から銘が明かされず、使い手である玄治からも銘を与えられることのなかった無銘の刀はその戦いぶりを目の当たりにした心無き者達から『降魔斬りの妖刀』と恐れられた。

 

「玄治、そんなことは司令として認めねぇぞ」

 

「認められる必要なんてありません。

 だって俺は、端からこの華撃団に属したつもりはありませんでしたから」

 

 自分の衣服を見せつけるように大神から米田の方へと振り返ってみせる玄治は、華撃団の隊服など着ていない。

 いや、違う。彼は

 

「だから玄治くんは、一度も鳥組の隊服を着なかったのね?」

 

 一度として、支給された鳥組の隊服を身に纏うことなどなかったのだ。

 

「えぇ、その通りです」

 

 あやめの言葉に頷いて、玄治は来た時と同じようにコツコツと扉の方へ歩いていく。

 

「米田さん、あやめさん、俺はずっとここであの人の帰還を待ってたんです」

 

 もう玄治の視界に、大神など入らない。

 

「でも、もうそれは実現しない」

 

 否、この劇場すらも玄治は自らの視界から外そうとしている。

 

「それなら俺が、『貴水玄治』である必要はない。

 名もなく、ただ湧いてくる降魔を殺し、記憶をなくしてまともな復讐にすらならない馬鹿げた日々に戻り、今度こそ・・・ いいや、今度は元凶であるあの人を殺して、全てを終わらせる」

 

 それが彼の決意表明。

 そして、決別の言葉だった。

 

「じゃぁな、もぎりさん」

 

 支配人室前から中庭へと出た玄治は、そのまま忍者のように建物を蹴り飛ばして中庭から人気のない帝都の街に消えていく。

 

 

 そうしてその日、一人の男が帝劇から姿を消した。

 

 

 

 

 

「貴水さん! 待ってください!!」

 

 帝都の街へと消えた玄治を追うように大神は中庭へと走り、手を伸ばしたが当然何も掴めずに終わり、その後ろ姿すらもはや見えない。

 

「よせ、大神。

 全力のあいつにゃ、誰も追いつけねーよ」

 

 大神に続いて中庭へと出た米田は重たい雲に覆われた空を仰ぐ。

 

「支配人! ですが!!」

 

「どこに行ったかもわかんねー奴をあてもなく探して見つけたとして、オメーは玄治になんて言うんだ?」

 

「それは・・・」

 

「あいつは自分の言いてぇこと全部言って、覚悟を決めて出ていった。

 今のオメーに、あいつに向き合うだけの覚悟はあるか?」

 

 言葉に詰まる大神にさらに追い打ちをかけながら、米田もそこで肩をすくめた。

 

「そんな覚悟(もん)、俺やあやめくんにだってねーよ。

 なっ、あやめくん」

 

 おどけるように笑って、米田は自分に続いて中庭に出たあやめに視線を向けた。

 

「そう、ですね。

 本当に・・・ いつだって、そうです」

 

 遠く空を・・・ 空よりも遠いどこかを見るあやめに米田は頭を掻く。

 

「支配人」

 

「なんだ、大神。

 『どうすればいい?』、なんて言葉は聞きたかねーぞ」

 

「わかっています。

 貴水さんが言ったことは事実で、俺には・・・ 今の花組に彼と並んで戦うことも出来ない」

 

 付け加えるのならば、玄治自身が誰かと共に戦うことなど望んでいない。

 背にも、横にもいらない。ただ前に、己と向かい合う降魔がいればいい。

 

「ですが、貴水さん一人に全てを任せて、ただ指をくわえて見ていることなんて自分には出来ません」

 

 だが、彼は帝国華撃団 降魔迎撃部隊 花組隊長 大神一郎。

 

「大神、おめぇ・・・」

 

「司令、花組は任せてください」

 

 一人勝手に飛び出した仲間を放っておくことなどこの男に出来る筈がなく、無力なままで立ち尽くすなどありえない。

 どんな状況であろうとも皆でこの劇場に帰るのだと願い、成し遂げ、守り抜く。

 

「必ず花組全員で、貴水さんを迎えに行きます」

 

 玄治とは種類の違う覚悟と強さ、直視できぬほどの眩しい光。

 米田はそんな大神を見て、楽し気に笑った。

 

「へっ、言うじゃねぇか。

 ・・・そんだけ大見得切ったんだ、『出来ませんでした』なんざ聞かねーからな」

 

「はい!」

 

 大神の肩に拳をあて、米田はまっすぐ彼を見据えた。

 

「花組以外のことは全部俺らに任せろ、なんとかしてやる。

 やれること全部やって、玄治にぶつかってこい」

 

「はい!!

 失礼します」

 

 米田にしっかりと返事をした大神は身を翻して駆け足で劇場内へ戻っていく。

 もう既に彼は自分の成すべきことを見つけ、そのための行動へと移っていった。その姿の彼をもう『新米隊長』などと呼ぶ者はいないだろう。

 

「まったく、まっすぐで素直で・・・ つえーな、あいつは」

 

「えぇ、本当に。

 今の私よりもずっと」

 

「あやめくんに限ったこっちゃねーさ」

 

 過ちという去りし日(過去)を知らないことは良いことばかりではないが、知らないからこそ抱ける希望があり、強さとなり得る時がある。

 知っているからこそ過ちや後悔から米田達が『変革』という強さを持ったように、過去が己を縛る鎖ともなり得る。

 どちらが正しいというわけでも、間違っているわけではない。

 

「俺らは俺らがもってる強さで、あいつらを支えてやりゃいいのさ」

 

 そうして、彼らもまた立ち止まることなく歩み続けるのだ。

 

 

 

 

 

 その後、大神は劇場を回って花組を作戦室に集め、緊急会議を始めた。

 米田とあやめの居ない作戦指令室の空気は重く、誰もが前回の戦いにおいての辛勝を気にしていることは明らかであった。

 

「皆、今回の緊急会議の理由はわかっていると思う」

 

 返事はないが、誰もがわかっていた。

 これまで敵として向かい合った脇侍とは格が違う化け物に、今の自分達は手も足も出ないのだと。

 自分達が弱く、力不足であることなど、降魔と戦って実感させられた。

 

「だが、その前に皆に報告しなきゃいけないことがある。

 貴水さんがこの帝劇を去った」

 

「えぇ!?」 「え?」

 

「どういうことです! 少尉!」 「どういうことだよ、隊長!」

 

「・・・さーすが玄兄、うちらの想像の斜め上やわ」

 

「隊長・・・ 詳しい説明をお願いします」

 

 素直に驚くさくらとアイリス、突然の事態に苛立ちを表すすみれとカンナ。既に起こってしまったことを前にして溜息を零す紅蘭と冷静であろうとするマリア。

 各々反応こそ違うが、この場にいる誰一人として玄治のことを仲間だと思っていない者はいなかった。

 誰もが皆、玄治を・・・ 帝国華撃団の一員だと思っているのだ。

 

「貴水さんは・・・ 自分が貴水玄治になる前のただの復讐者だった頃の自分に戻り、全てを片づけると言っていた・・・」

 

 大神の言葉に、この場で唯一玄治の過去を知るマリアは目を開き、拳を握りしめた。

 

「大神さん、それってどういうことですか?

 貴水さんが貴水さんになる前って・・・」

 

「そや、玄兄の過去をどうして大神はんが知っとるんや?」

 

そんなこと(過去)はどうでもいいですわ!

 あの人一人で、私達ですら敵わなかった降魔を相手にどう戦うというのです?!」

 

「そーだよ!

 おじちゃんは弱くはないけど、花組でもない普通のおじちゃんなんだよ?」

 

「どうして止めなかったんだよ!

 玄さんが死んじまったらどうすんだよ!」

 

「皆、落ち着いて。

 今、隊長がそれを説明してくれるでしょう」

 

 マリアを除いた面々はわけがわからず大神に詰め寄る中で、マリアは冷静を装って大神と皆の間に入った。

 

「あぁ」

 

 興奮気味の皆が席に座ったのを確認してから、大神の口から語られたのは正月に米田の口から聞いた内容の全てと、つい先ほど起こったばかりの玄治の行動と言動の数々。

 全員がそれを黙って聞き、話し終えた大神にまず問いかけたのはマリアだった。

 

「隊長。

 どうしてその場に居ながら、玄治を行かせたんです?」

 

「すまない・・・」

 

「いえ・・・ 私こそすみません」

 

 大神の謝罪を受けながら、マリアは目を伏せる。

 仮にその場にいたのがマリアやかすみだったとしても、既に決断した玄治を止めることは出来なかったであろうことぐらいわかっていた。それでも、問わずにはいられなかった。

(玄治・・・ どうして)

 マリアが思考の渦に飲み込まれていく中で、さくらがぽつりとつぶやく。

 

「どうして、貴水さんは何も言ってくれなかったんでしょう・・・

 対降魔部隊のことも、父と知り合いだったことも、降魔と戦っていたことも」

 

「さくらくん・・・」

 

「おじちゃん、アイリスたちのこと嫌いになっちゃったのかなぁ・・・

 アイリスたちが弱いから嫌になっちゃったのかな・・・」

 

「アイリス・・・」

 

 落ち込む二人に大神はかける言葉が見つからず、悲し気に目元を下げる。

 だがその空気は、テーブルを叩く音と共にすみれが打ち破った。

 

「なんて勝手なことをしてくれるんですの! あの引き籠りは!!」

 

「すみれさん?!」

 

 突然キレて立ち上がるすみれにさくらが制止と驚きの混ざった声をかけるが、彼女の怒りは止まらない。

 

「光武が所詮甲冑? 出来損ないの玩具? ちゃんちゃらおかしいですわね! それを作ったのは他ならぬあの人自身でしょう!

 自分の技術不足を棚に上げて花組に『戦うな』などと言う口があるのなら、資料頼りの光武の技術をあげるのが先でしょう!!」

 

「うっわー、流石すみれはん。きっついわー・・・

 光武に関してはウチも耳が痛いし」

 

 事実とはいえそもそもスター自体を日本で生産にこじつけたのが山崎であったこと、なおかつ神崎重工のみでは量産化に失敗していたことを考えると山崎を超えることは無理難題である。

 

「けどよ、あたいらが光武がなきゃ戦えないのは事実で、玄さんは生身で戦えんだよな・・・」

 

「あら? カンナさん。あなたまでさくらさん達の弱気が移ったのかしら?

 それとも? あなたが誇っていた桐島流はその程度のもので、降魔に怖気づいてしまったのかしら?」

 

「んなわけねーだろ!

 でもな、玄さんは光武無しで、一人で戦えるぐらい強いのは事実なんだよ」

 

 すみれに言い返すカンナにもいつもの勢いはなく、自身の拳をじっと見て固く握りしめる。

 

「玄さんが何を考えてるかはわかんねーし、過去のことを聞いたってもう過ぎちまったことをあたいらにはどうすることも出来ねー。

 確かなのは、玄さんがあたいらを頼ってくれるぐらい・・・ 降魔と向き合えるぐらいあたい達も強くなんなきゃいけないんだ」

 

「フンッ、それでこそ脳筋(カンナさん)ですわ」

 

「あぁん? やんのか、テメェ」

 

 いつものカンナであることにすみれが満足げに鼻を鳴らせば、カンナが応戦体勢に入る。

 だが、それすらも今は微笑ましく、心強いものだった。

 

「まっ、玄兄がお師匠はん(山崎)ばっか見てたんはわかっとったことやけどね。

 なんや話聞いただけじゃわからんけど、最近ずーっと地下に引き籠とったことを考えると、玄兄には他になんか確信してるんやろしなぁ」

 

「紅蘭・・・」

 

「んな顔せんといてや、大神はん。

 米田はんとかも自分のこと責めとんのかもしれんけど、好き勝手言って飛び出したんは玄兄や」

 

 兄妹のように親しかった紅蘭を想って複雑そうな表情になる大神に、紅蘭は苦さを含んだ笑みを向ける。

 

「光武にしたってそうや。

 すみれはんの言う通り、いつまでもお師匠はん(山崎)の資料に頼って作ってたらこうなることはわかってた。

 ウチも玄兄も遅かれ早かれお師匠はんを超えなあかんかった、それが今っちゅうだけやろ?」

 

 いつか来るとわかっていた日に、紅蘭は絶望などしていなかった。

 確かに光武が止まった時は悲しかったが、その限界も整備していた彼女にわからない筈がなかったのだ。

 

「まっ、玄兄の阿呆は技術で超えることは諦めたようやけどな」

 

 その目は笑っておらず、むしろ技術者としても兄弟子としても彼に怒りを抱いていることは明らかだった。

「ま、まぁまぁ、紅蘭。

 貴水さんだっていろいろ事情があったんだから・・・」

 

「いーやさくらはん、それとこれとは話が別や。

 こーなったら、ウチがお師匠はん超えて玄兄に吠え面かかせたる」

 

「その意気ですわよ、紅蘭。資金面はこの私に任せなさいな!」

 

 眼鏡を光らせ拳を握る紅蘭をすみれが資金援助を約束すれば、当然特訓をすべきだと言ったカンナが黙っていない。

 

「だから、訓練するっつってんだろうが。話聞いてなかっただろ、この蛇女!」

 

「あーら、ゴリラ女さんは適材適所という言葉を知らなくて?

 紅蘭や私、アイリスに汗にまみれた訓練なんて似合いませんもの。

 各々がやるべきことをやる方が効率がいいのではなくて?」

 

「そーだそーだ。

 訓練とか特訓なんて、やりたい人がやればいいんだもん」

 

「見ろ! すみれ。

 オメーのせいでアイリスにまで悪影響が出てんじゃねぇか!」

 

「これはアイリスの意志ですわ!」

 

「カンナさん、すみれさん、喧嘩はやめてください!」

 

 帝劇定番・カンナとすみれの喧嘩に今回はアイリスが加わり、さくらの制止の声が割って入っても止まるはずがない。

 

「ハハッ」

 

 いつもと違って紅蘭の茶々も、マリアの制止も入らないが、そこには確かにいつもの光景があった。

 

「隊長・・・?」

 

「大神さん! 笑ってないで二人を止めてください!」

 

 おもわず笑ってしまった大神にマリアが驚いた顔を向けて、さくらが非難まじりに助けを求めてくる。

 でも、大神はこみあげてきた笑いを止められなかった。

(俺も気負い過ぎてたのかもしれないな)

 米田に『任せてください』なんて言った自分が何もしなくても、花組は自然と自分達が向くべき方向をわかっていた。

 大神自身がそうであるように、出会ったばかりの頃の彼女達はもういない。

 

「よし!

 それぞれがやるべきことをわかっているなら、俺から言うべきことは何もない!」

 

「大神さん!?」

 

 喧嘩をしている二人を放置して会議を閉じようとしている大神をさくらが咎めと驚きを混ぜた声で呼ぶが、大神はかまわず続けた。

 

「さくらくん、二人は喧嘩しながらも自分がやるべきことをわかってる。

 それに二人は本当はとっても仲良しだからね、心配しなくても大丈夫だよ」

 

「な!? 何を言っていますの!? 少尉!」

 

「そ、そうだぜ! 隊長!

 あたいがこんな蛇女と・・・」

 

「あ、二人とも顔真っ赤ー」

 

 慌てて否定する二人をアイリスがからかえば、ついに二人は顔を真っ赤にして黙ったのを見て、大神は全員に向けて声をかける。

 

「皆、三週間だ。

 三週間の間に自分がやるべきことをやって、もう一度帝劇に集合しよう」

 

 一か月では長すぎる。かといって半月では訓練としては短すぎる。その間を取った三週間を期日としてあげれば、各々から異論が出ることはなかった。

 それぞれがもう自分のやるべきことを決めている以上、はっきりとした期限が設けられたらあとはそこまで突き進むのみ。

 だから、彼女達は迷わない。

 

「それじゃぁ、解散!」

 

 大神の号令に皆が作戦室を出ていく中、大神とマリアだけがその場に残っていた。

 互いに隊長と副隊長という立場であり、花組で最初に玄治の過去を知っていた二人。

 どちらが声を掛けなくても、互いに何か話すことがあると察したのだろう。

 

「マリア。

 花組の中で一番貴水さんと親しかった君だからこそ、俺が今、貴水さんに思ってることを聞いてほしい」

 

「・・・どうぞ」

 

 マリアからの許しを受けて、大神の脳裏には玄治と過ごしたこれまでが映し出されていた。

 

『あぁ、あんたが支配人の言っていたもぎりさんか』

 

 初めて会ったのは最初の日の夜、見回りをしていた時だった。

 もぎりや劇場の雑用をやって落ち込む大神に、玄治は励まさずにただ問いかけた。

 

「俺はこれまで、米田司令に話されるまでずっと貴水さんのことをほとんど何も知らなかった。

 毎日、早朝から遅くまで皆に料理を作って、紅蘭と一緒になって光武や翔鯨丸の整備をしていたり・・・ 俺や皆が迷ったり、困ったりしてると直接手を貸してくれることはなくても話を聞いてくれる。そんな人だったんだ」

 

 『光武及び帝国華撃団装備一式の最重要機密保持者・・・ 簡単に言うなら、機械の整備係の貴水玄治だ』

 

 コックではなく整備士であり、華撃団に属する存在だとわかってからも玄治は変わらなかった。

 大神にとって玄治は、どちらの花組にとっても重要な縁の下の力持ちだった。

 

「だから今回、俺は実際目の当たりにしたにもかかわらず、全然実感がわかなかったんだ。

 俺達を見捨てるような言動も、自分で全てを終わらせようとする行動も・・・ 貴水さんからはとても想像できなくて、追いかけることも出来なかった」

 

『それなら俺が、『貴水玄治』である必要はない。

 名もなく、ただ湧いてくる降魔を殺し、記憶をなくしてまともな復讐にすらならない馬鹿げた日々に戻り、今度こそ・・・ いいや、今度は元凶であるあの人を殺して、全てを終わらせる』

 

 そんなことを言われても、戸惑うばかりで何も言えなかった。

 大神にとって玄治は出会った時からずっと『貴水玄治』で、『降魔を殺す何か』でも、

『名前もない何者か』でもなかったのだ。

 

「確かに俺は、今の貴水さんしか知らない。

 でも」

 

『もぎりさんはアイリスをかばっていてくれ!』

 

 紅蘭が蒸気バイクで突っ込んできた時、急ぎながらも玄関にいた大神とアイリスを気遣っていた。

 

『馬鹿が馬鹿やってるの付き合ったら、無茶なことやりたくなりました。ごめんなさい』

 

 誰よりも早くマリアが飛び出していったことに気づき、あやめから玄治が生身で出撃したと聞いた時は肝が冷えた。

 

『だって花組の皆は俺にとって、可愛い妹だからな』

 

 頭の回転もよく、勘もいい筈なのに、どこか察しの悪い玄治に場の空気が凍り付いた。

 けれど、付き合いの長さも関係なく、玄治がそう言い切ったことを大神は嬉しかった。

 

「貴水さんが俺達を、花組を見捨てるようには思えないんだ」

 

 だからこそ、わからなかった。

 何故、花組に戦うなと言ったのか。

 何故、自ら手掛けた光武を玩具と口にしたのか。

 何故、花組に、華撃団の皆に共に戦ってほしいと言ってくれなかったのか。

 何故、マリアやかすみにすら頼らずに一人となることを選んだのか。

 花組を突き放す意味と一人で戦おうとする頑なな意志。

 だが、それも葵叉丹と山崎真之介が同一人物であるというだけで説明がついてしまう。

 

「隊長、お忘れですか?

 半年前、同じように飛び出した者がいることを」

 

 ずっと黙っていたマリアは口を開く。

 その表情は戦いに出る時のように厳しく、冷たい怒りをその目に宿していた。

 

「マリア・・・?」

 

「あの時、私は皆に過去を知られるのが怖かった。自分のせいでまた誰かを失うことも、居場所を失うことも恐ろしくてたまらなくて、一人で終わらせてしまおうと思っていました。

 ・・・もしかしたら、今の玄治もそうなのかもしれません」

 

「貴水さんは一人で戦うためじゃなく、花組に傷ついてほしくないから遠ざけたのか・・・!」

 

「さぁ? それも可能性の一つというだけです」

 

 そういってマリアは席から立ち上がり、玄治がいつも立っていた作戦室の片隅に視線を向けた。

 

「ですがもし私の考えがあっているのなら、玄治はあまりにも傲慢です。

 私の無茶には無理やりついてきた癖に、いざ自分の時になったら『戦うな』?

 玄治は私を・・・ 女を舐めているわ」

 

 そう言ったマリアは目にも止まらぬ速さでエンフィールドを抜き、そこにはいない玄治に銃を向けるように構えた。

(男がそう思うように、女だって愛する人を失いたくなんてないわ)

 どう見ても怒りを露わにしているマリアに大神は顔を青くするが、それでも意を決して口にした。

 

「マリア、頼みがある。

 これから三週間、俺に稽古をつけてくれないか」

 

「えぇ、かまいませんよ。

 では隊長、しっかり避けてくださいね」

 

「うわぁ!?」

 

 二つ返事で了承され、その瞬間にエンフィールドが火を噴・・・ かなかった。

 

「流石に冗談です。

 ですが、この程度ではまだまだ一緒には戦えませんね」

 

「ははっ・・・ 努力するよ」

 

 苦笑する大神が立ち上がるのを見ながら、マリアもまた作戦室を出ていく。

(玄治。あなたがどれだけ『貴水玄治』を否定しても、花組を遠ざけようとしても無駄よ)

 服の上から首元にぶら下げたペアリングを掴み、今ここにいない彼へと内心で語りかける。

(たとえあなたが過去に塗りつぶされようとも、『貴水玄治』はいなくならない。

 どれだけ拒んで、一人で出ていったって、私達はあなたを諦めない)

 

「今度は私があなたの馬鹿に付き合う番よ、玄治」

 




ふざけんなや! あんの馬鹿兄 全部ウチに丸投げやん!
なーにが『戦うな!』ですの ふざけるのも大概にしてほしいですわ!
アイリス達のこと なめすぎー!
大神さん マリアさんと二人きりで特訓ってどういうことですか!?
次回 『特訓 トラウマ 資金繰り ついでに神武完成』
太正桜に浪漫の嵐!
あたい達の特訓の成果 見せてやる!
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