【完結】恋とノイズと残響と   作:ひーたむ

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10、僕のやりたいこと

 

 

 

伊地知さんと山田が楽器を弾けるということが分かってから数日後。

僕は電車の窓から流れていく景色を眺めながら、ぼんやりと考え事をしていた。

それは、二人は何かを表現する人で、僕はただ享受する人ということだ。

音楽が好きになり、趣味ができたけど、それはあくまで聞いているだけ。

二人との間に、少し距離を感じてしまった。

とはいえ、僕には何の能力もない……。

楽器を始めるというのも、かなりハードルが高いよな。

やってみたいような気持はあるけど。

今から始めても、すでに何年もやっている二人には追い付けないような気がするし、そもそもどれぐらい弾けるようになるのかも分からない。

うーん……。

 

繁華街の駅で降りて、本屋に行こうと思ったけれど、ふと思い立って雑居ビルのカラオケに立ち寄ってみた。

一人カラオケ初体験だ。

適当に聞き覚えのあるヒット曲を入れて歌ってみる。

 

「…………こりゃダメだ」

 

歌ならもしかしていけるだろうかなんて、考えが甘かった。

スマホに録音してみたら、とんでもなく音程が外れていた。

先日のライブハウスで聞いた、ざ・はむきたすのヴォーカルの子がいかに上手いのかよくわかる。

 

「ちぇっ」

 

ちょっと拗ねながらカラオケを出て、本来の目的の本屋へ。

前から気になっていたラノベがアニメ化されたので、読んでみたくなったのだ。

 

「あった、これだ」

 

さすがアニメ化効果だ。

面置きされていてすぐに発見できた。

と、近くの棚が目に留まった。

 

『現代詩』

 

詩……。

そういえば、ざ・はむきたすの歌詞は、なんだかとりとめがなくて、イメージの断片みたいで、歌詞というよりも詩って感じだったなぁ。

僕は、なんとなく、戦後日本現代詩という本を手に取る。

パラっとページをめくって、衝撃を受けた。

小説みたいに長い文章じゃない、とぎれとぎれの言葉は、しかし鮮明で、僕の脳の中の回路を揺さぶるようだ。

教科書に時々載っていたけど、詩ってこんなに鋭いものなのか。

気が付くと、10分ほど黙々と立ち読みしてしまっていた。

 

「……買おうかな」

 

なんとなく、ラノベの上にその本を重ねる。

そのまま、レジに持って行った。

レジのお姉さんに、「この子、ラノベ買うのが恥ずかしくて硬い本を上に乗せたのかなぁ」という生暖かい目で見られてしまった。

しまった。

ラノベの方を上にして渡せばよかった。

 

帰宅して、なんとなくノートの片隅に、言葉の断片を書き留めた。

 

僕は今

何者でもなく

何もできず

ただ暗い部屋にいる

意識の下を流れる川は

何も洗い流さない

いつからこうなって

しまったのだろう

 

意味のない言葉だった。

詩にはならない、稚拙な言葉の羅列だ。

でも、なんだか悪くない気分がした。

自分が何かを書いたような気持ちになった。

それに一つ、発見があった。

なんとなく無意識に書きだしたら、自分の言葉には、後悔の念のようなものがにじんでいたからだ。

 

「僕は、心の底で何かに後悔しているのか?」

 

それはある種のレセプションのようだった。

自分の心の奥底の濁流を初めて一瞥したような気がした。

 

「これから、時々、何か書いてみようかな」

 

そんなことを呟いて、ベッドに入った。

その日はいつもよりよく眠れた。

 

 

 

 

その日から、時々、詩の真似事のようなものをノートに書き綴るようになった。

でも特に誰にも見せたりはしなかった。

人に見せるようなものでもないと思ったからだ。

僕は図書館に行って本を読むようになった。

アレン・ギンスバーグはよくわからなかったけれど、ジュゼッペ・ウンガレッティには心打たれた。

自分が何かをやっているという小さな肯定感が生まれ、バイトにもますます精を出すようになった。

 

「服部君、おはよっ」

 

とんっと、女の子の身体が僕の背中に触れたので僕は驚いて振り返る。

両手で段ボール箱を抱えた伊地知さんが、通り過ぎざまに軽く僕に肩を当てたのだ。

 

「え、あ、お、おはよう」

 

女の子から身体を触れさせてくるなんて初めての体験だ。

しかも伊地知さんが!?

た、たぶん荷物を持って両手がふさがっているからであって、他意はないとは思うんだけど……。

 

「あ、シフト表見てる。服部君は次、いつにするの?」

 

段ボールを置いて戻ってきたら、すぐに僕の背後に立って話しかけてくる伊地知さん。

っていうか、肩に軽く手を添えてきた!?

いや、これも深い意味はないんだろうけど。

僕は今、たまたま椅子に座ってシフト表を眺めていたところ。

ちょうどいい位置に僕の肩があっただけだろう。

きっとそうに違いない。

 

「えっと、たぶん来週は月曜日と木曜日かな」

「じゃああたしもそうしよっと」

 

後ろからつま先立ちでシフト表をのぞき込んでくる伊地知さん。

サラッとした髪が僕の頬をくすぐる。

や、やばい。

近すぎる。

 

「あ、そうだ。今度の木曜日ってさ、祝日だよね」

「うん」

「バイトの前に遊びに行かない?」

「え、えぇ!?」

 

思わず変な声が出てしまう僕。

 

「リョウがさ、ブックオフに中古CD買いに行きたいんだって。一緒にどうかな?」

「あ、あぁ、そういうことね」

 

びっくりした。

二人きりじゃないのか。

山田の買い物に付き合うのならデートのお誘いではないな。

なんか変な想像をしてしまった自分が恥ずかしいぞ……。

 

「ダメ?」

 

伊地知さんが問いかけてくる。

うぅ、訊き方も可愛いなぁ。

 

「もちろん行けるよ!」

「やったぁ! 私ね、ついでに駅前に新しくできたフルーツパーラーにも行ってみたいんだー」

 

伊地知さんがぴょんっと跳ねる。

嬉しそうだ。

いやいや勘違いするなよ、僕と一緒だから嬉しいってわけじゃないだろう。

でも。

 

「楽しみだね、木曜日」

「う、うん」

 

またもや僕の肩に軽く指を触れてくる。

や、やめてくれ、本当に勘違いしてしまう。

 

 

 

 

(つづく)

 

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