【完結】恋とノイズと残響と 作:ひーたむ
学校での伊地知さんは、スターリーにいるときほどベタベタとくっついては来ない。
今もちょっと離れたところで他の女子とおしゃべりしているけど、僕に話しかけてくることは稀だ。
うーん、やっぱりスターリーでのあれは同級生が僕しかいないからなんだろうか。
たぶんそうだよな。
「っと、トイレに行っとこうかな」
授業が始まるまで、もうあまり時間がないし。
僕は立ち上がり、廊下へ出ようとする。
伊地知さんの後ろを通り過ぎようとした時。
ちょんっ。
え?
今、僕の手に、柔らかいものが触れた?
伊地知さんの指先?
思わず彼女の方を見ると、少しいたずらそうにこっちをちらっと見てほほ笑んだ。
これってわざと?
それとも、偶然触れただけなのか?
伊地知さんはそのまま友達とのおしゃべりに戻ってしまい、真相はわからない。
うぅぅ、なんなんだよもぉ。
僕は少し頬にほてりを感じながら、トイレに行った。
※
やがて遊びに行く約束の木曜日になった。
女の子二人と遊びに行くなんて初めての体験だ。
約束の時間より少し早めに家を出る。
「へ、変じゃないだろうか?」
少し背伸びして、ZARAで買ったジャケットを着てきてしまった。
深い紺色で、シアサッカーっていう加工がしてあるジャケットだ。
いつもはイオンでパーカーとかを買ってるんだけど、ライブハウスでバイトをするようになって、大人のお兄さんたちを見ているうちに、自分の普段の服装が少しダサく感じてしまったのだ。
それで、クラスのオシャレな奴がZARAとかH&Mで服を買ったって言っていたのを思い出して、僕も買ってみたのだけど……。
「似合ってるのか? これ?」
地下鉄の階段そばのガラスに映った自分の全身を改めて眺める。
うーん、よくわからない。
そもそも普段、ジャケットって着ないもんなぁ。
制服は詰襟だし。
いわゆるアンコン仕立てのパッチポケットだから、堅苦しくは見えないけど。
二人はどう感じるだろう。
笑われないだろうか?
ま、まぁ、大丈夫かな?
たぶん。
若干緊張しながら電車に乗り、待ち合わせの駅まで行った。
「おぉ、早いね」
待ち合わせ場所に行くと、山田がすでにいた。
なんか文庫本を読んでる。
「何読んでたの?」
「アレハンドロ・ホドロフスキーの自伝」
またよくわからんものを読んでるな。
「面白い?」
「狂ってる」
褒めてるのかそれ。
「服部は本とか読むの?」
「うーん、時々かな。ラノベとかぐらい」
「ふーん」
最近、詩を読んでることは、言おうかなと思ったけどやめておいた。
と、すぐに伊地知さんがやってきた。
「ごめーん。お姉ちゃんのお昼ご飯作り置きしてたら遅くなっちゃった」
「私の分は?」
「あるわけないでしょ」
「そんな……」
山田といつも通りなやり取りをする。
「伊地知さんが家のご飯作ってるの?」
「うん」
「すごいね。家族で交代でとか?」
「基本は私。お姉ちゃん料理できないからなー」
サラッと答える。
へぇ。
お母さんが作ってくれるわけではないのか?
お姉さんとそろって料理下手なんだろうか。
少し不思議だったけど、まぁそういう家庭もあるかと思った。
「さ、行こ―!」
元気いっぱいに歩き出す伊地知さん。
僕と山田も後に続いた。
「でもさ、どうしてブックオフ?」
「どうしてって?」
「だって山田、普段はディスクユニオンとか専門店に行ってるでしょ」
「そ・れ・は……!」
うぉっ。
山田が急に決め顔になった。
「ブックオフとはいえ実はバカにしてはダメで他の専門店だと希少価値が付いているような品が二束三文で売られていたり、あるいは専門店だと入荷してもすぐに売れてしまうようなのがそのまま売れ残っていたり、うんぬんかんぬん」
「なるほど、つまりは掘り出し物探しってことね」
途中からもう適当にうなづいておいた。
「私もせっかくだから漫画とか買っちゃおっかなー」
「え、虹夏もCD買いなよ」
「いいでしょ別にブックオフで何買っても」
「そんな」
「リョウは自分が聞きたいの私に買わせようとするだけでしょー」
「うぅぅ、無慈悲」
「知りませーん」
「伊地知さん、漫画って何買うの?」
「え、あ、その、恥ずかしいな。ごく普通の少女漫画だよ」
「へぇ、そうなんだ」
「う、うん」
「虹夏は意外に乙女なチョイスする」
「う、うっさいな」
山田がチョップを入れられた。
でもそうか、伊地知さん、乙女な(?)少女漫画が好きなのか。
普段少しボーイッシュなイメージもあるけど、それはそれでなんか似合ってるな。
「山田は何読むの?」
「私は諸星大二郎とつげ義春と星野之宣オンリー」
「オンリーって言いながら3人挙げてるじゃん」
ってか誰だよそれ。
「なんかこの前、星野って人のサイン会行ってたよね」
「うん。大御所と会えて大満足」
「大御所なの?」
「おじいさんだったよ。参加者も大人の人ばっかり。女子高生は私たちだけだったかなぁ」
「え、伊地知さんも好きなの?」
「ううん、全然。わけわかんないし」
ばっさりだ。
なのに付き合ってあげたのか。
ある意味面倒見が良すぎる。
「虹夏はセンスない。あの良さがわからないとは」
「はいはい、私には一生わかりませんよー。あ、着いた」
「おぉぉぉ」
割とでかいブックオフだ。
5階建てのビルで、全フロア様々な中古品が置いてある。
「じゃあどうしよっか? 適当にそれぞれ見て回る?」
僕の問いかけに伊地知さんが答える。
「そうだね、一時間後にエレベーターの前に集合ってことで」
「え、虹夏、一緒に見ないの?」
山田が問いかける。
「私、漫画見に行くもん」
「そんな。じゃあお会計の時にどうすれば?」
「自分で払えっ」
山田が伊地知さんにヘッドロックされた。
(つづく)