【完結】恋とノイズと残響と 作:ひーたむ
「うわっ、なんかオシャレな感じだ……」
フルーツパーラーに入って、思わずつぶやいた。
普段、ジュースとかお店で飲まないから、どういうお店なのかあまりわかってなかったけど。
かなり大人っぽい雰囲気だ。
白っぽい色合いで統一された石壁に、ヨーロッパ風の椅子とか机。
清潔感と同時に、ヴィンテージ的というかどこか使い込まれたような落ち着いた味がある。
大きめに取られた窓から休日の午後の陽光が射しこみ、店内を柔らかく照らす。
観葉植物が心地よさそうに日を浴びている。
ぼ、僕なんかが入ってよかったのだろうか?
思わず陰キャらしくきょろきょろしてしまった。
「どうしたの? 服部君」
「あ、あはは、なんでもないよ」
キョトンと問いかけてくる伊地知さんに、慌てて返事をした。
伊地知さんはこういう店、通いなれてるんだろうか?
わりと陽キャな方だとは思うし、堂々としてるなぁ。
あ、あんまり僕の方がおどおどしていたらカッコ悪いよな。
何か、話題を振ろう。
「あ、そ、そうだ、伊地知さんは何を頼むか決まってるの?」
「それが悩んじゃうんだよねー。どれもおいしそう」
伊地知さんが、オーダーカウンターの上の壁に設置された大きな黒板を見ながらつぶやく。
美味しそうというか……呪文?
なんちゃらなんちゃらのフラッペとか、フルーツの名前が書かれたパフェとか、アラモードとか、僕にはチンプンカンプンだ。
それにしても、ぱっと見回すと。
お店の雰囲気に合わせてなのか、お客さんたちも、垢抜けた感じの人ばっかりだ。
お洒落な店は客層までかっこいいのか!?
それに比べて僕は……。
「服部君は何にするのっ?」
「え、あ、えっと」
しまった。
周りを見回していて、メニューをちゃんと見れてなかったぞ。
「ごめん。やっぱりその、こういうお店、苦手だった?」
僕のリアクションで、伊地知さんに気を遣わせてしまった。
「あ、いや、その違うんだ。苦手とかじゃなくって。むしろ楽しいんだけどさ、その、こういう店にあまり来ないから、服装とか場違いじゃないかなって」
「え、ぜんぜんそんなことないよっ!」
伊地知さんが僕の心配を吹き飛ばすような笑顔で言ってくれた。
「服部君、ちっとも場違いじゃないって」
その表情は、真剣で、お世辞を言っているんじゃないってわかる。
「そ、そうかな」
「うん! 自信もって大丈夫だよ! それに……さっきはリョウに先こされちゃったけどさ。実は私も朝に見たとき時から、ジャケット似合ってるなって思ったっていうか……ちょっ、ちょっとカッコ良いかもって思ったし……」
「え?」
最後、ちょっと小声でごにょごにょ言ったから、良く聞こえなかったけど、たぶん褒めてくれたっぽい?
「あ、あはは、聞こえてなかったらいいの。忘れてっ」
伊地知さんが顔を赤くして手を振った。
「いやー、それにしても混んでるねぇ~」
伊地知さん、会話を無理やり変えた?
ま、まぁいいか。
「オープンしてすぐだからかな、デートっぽい二人組だらけだねぇ……あっ!」
言ってから、僕を見る。
自分自身を改めて見て、そして、ぼんっと頭から湯気を立てた。
「あ、えと、その……」
なんだか、もじもじしながらこっちをチラ見してる?
そ、そうか、たぶん、僕らもそう見えてしまうかもって想像しちゃったのかな。
それは、伊地知さんとしては心外だよな。
僕は慌てて否定した。
「だ、大丈夫だよ。ほら、デートっぽい人ってさ、もう少し大人な人が多いし。あと手とか繋いでるしさ。ぼ、僕らはたぶん友達って見えてると思う」
「そ、そっかぁ……そ、そうだよね、うんうん」
めちゃくちゃ赤くなったまま、伊地知さんがつぶやいた。
でもなんか少し不満げなような?
気のせいかな。
※
やがて列が進み、僕らの番に。
伊地知さんは、葡萄を使ったフラッペ、僕は梨のスムージーを注文した。
幸い、窓際の二人席が空いていて、そこに座る。
「うわぁ、ほら見て、葡萄がいくつも乗ってるよ!」
伊地知さんが目を輝かせて、机の上のフラッペを見つめる。
それから、ストローで一口飲み、「美味しぃ~!」と笑った。
僕は、フラッペよりも、そんな伊地知さんに目を奪われていた。
窓から差し込む光が淡く伊地知さんを照らし、すごく可愛く見えた。
いや、もちろんいつも可愛いんだけど。
この時はことさらに、まるでアイドルみたいに煌めいて感じたのだ。
バイトの後でスターリーの机でこうして二人でおしゃべりすることはあるけど、外のお店ってのは初めてだ。
そう考えると、胸の鼓動がさらに早くなった。
それと、改めて見ると、伊地知さんは、すごくお洒落な服装をしている。
女子の服装ってあまり詳しくないけど、レイヤードっていうのかな?
透け感のある感じのシアートップスに、少しシックなモカベージュのキャミソールワンピースを重ね着してる。
伊地知さんは、どちらかと言えば童顔で可愛い雰囲気なのに、モカベージュの大人びた色彩がアンバランスな魅力になっていて、すごく素敵だ。
「ど、どうしたの?」
「あ、いや」
どうしよう。
言うべきか?
すごくお洒落だね、って。
さっき、伊地知さんも僕のジャケットたぶん褒めてくれたし。
い、言ってもいいよな?僕も。
でも、女の子の服のこと褒めるって、なんか恥ずかしいな。
オシャレかどうか、僕には正確に判断付かないし。
「は? これごく普通だよ」とか冷めた目で言われたら恥ずかしくて爆発してしまうぞ。
悩みに悩んだ末、服装そのものじゃなくて、色を褒めることにした。
「……その。ワンピースの色、大人っぽくていいね」
「ほ、ほんと!?」
おぉ、予想以上に嬉しそうだ。
「じ、実はね、ちょっと冒険したんだ。私よく子供っぽいって言われるから。動画とか見て、少し背伸びした色のに挑戦しちゃった。似合ってないんじゃないかなって心配だったから、嬉しい」
「に、似合ってるよ、すごく」
「え、えへへ。ありがとう」
照れ隠しなのか、伊地知さんがすごいスピードでフラペチ―ノを飲む。
「あ、あはは。なんか熱いね~」
結構店内は涼しいはずなんだけど、伊地知さんはパタパタと手で顔を仰いだ。
僕も、これ以上は恥ずかしくなってきたので、会話の話題を変えることにした。
「そういうと山田、高いエフェクター買ってたね」
「すぐに飽きて売っちゃうけどねー」
伊地知さんがやれやれと肩をすくめる。
「え、そうなの?」
「リョウは衝動買いが多いからさー。後で使えないってなって結局売っちゃうの。この間もメルカリで売るの手伝ったんだよ?」
大変だったんだから、とか言いつつも、楽しそうだ。
本当に仲いいよなぁ。
「あ、そうだっ!」
伊地知さんが、がばっと身を乗り出した。
「どうしたの?」
「服部君、私のことも呼び捨てにしてよ」
「え、い、伊地知さんを?」
「うん。前も言ったと思うけどさ。リョウのことは山田って呼び捨てなんだもん。私だけ、なんか仲間外れみたい」
うーん、山田はまぁいいんだけど、伊地知さんはなぁ。
僕にとってある種、神聖というか、不可侵な天使なんだよ。
呼び捨てなんて畏れ多くて……と思ったんだけど。
「……呼び捨てにしてほしいんだけどなぁ」
そんなに言われると、悩む。
僕が伊地知さんを、伊地知って呼ぶ。
それはなんかちょっと……。
「ダメ?」
「ダメっていうか、なんだろう、名字で伊地知さんを呼び捨てって、なんか失礼っていうか」
「失礼って何なのも―。あ、そうだ。それだったらさ」
「ん?」
「な、名前で、呼んでよ」
伊地知さんが、照れたような表情で、上目使いに僕を見上げる。
な、名前で?
虹夏って!?
「え、えぇ、それはちょっと……」
「リョウだって、私のこと虹夏って呼んでるよ?」
伊地知さんの目は真剣だった。
からかってるとかじゃなく、勇気を出して言ってる感じ。
僕は、だから……。
「に、虹夏…………ちゃん」
ぎりぎりの妥協案で、そう呼んだ。
「その、さすがに、呼び捨てにはできないけど。ちゃん付けなら、僕もなんか、納得いくかも」
「う、うんっ」
伊地知さん……いや、虹夏ちゃんが、赤くなっている。
でも、どこか嬉しそうに、何度もこくこくとうなづいた。
※
そのあともいろいろと雑談をしていると、気が付いたら2時間近くが経っていた。
時計を見て僕も虹夏ちゃんもびっくりした。
え、時間たつの早すぎじゃね?
「うそっ、もうこんな時間なんだ! お姉ちゃんの夕飯作らなきゃ」
「いつの間にこんなに時間たってたんだろ?」
「それ、私も思った。なんか、一瞬みたいだった!」
虹夏ちゃんも、時間が経つのが早いと思ってくれていたのか。
なんか、考えてることが一致していてうれしい。
二人で慌ててお店を出る。
でも、駅まで歩きながら、まだ会話は続いた。
言葉がとめどなく、あふれ出てきちゃうのだ。
「今日は何作るの?」
「うーん、野菜炒めかなぁ。お野菜残ってるし」
「献立とかもちゃんと考えてるんだ」
「えへへ、一応ね。でも結構適当だよー。服部君はお料理とかしないの?」
「僕はほとんどしたことないなぁ。あ、スーパーの即席鍋うどんとかはするかも」
「それはお料理じゃないよー」
「やっぱそうかぁ」
そんな風に笑いあっていると、やがて駅に着いた。
「あ、あの。今日、すごく楽しかった」
虹夏ちゃんがそう言ってくれた。
「う、うん。僕も」
「は、服部くんっ!」
虹夏ちゃんが、ブックオフの袋を差し出してきた。
「え、これは?」
「あの、ブックオフで見てた、私の思い出のバンドのCD……これ、あげる!」
「いいの?」
「う、うん! えと、その。いつも服部くんにはバイトとか、お世話になってるし。そのバンド、本当に私の原点みたいなのだから、聞いてほしくて。そ、それにほら、ブックオフだけど新品だったから……」
なんか、すげー嬉しい。
女の子からプレゼントもらうなんて初めてだし、よりによって虹夏ちゃんからなんて、最高だ。
「ありがとう。今度、必ず僕も何かプレゼントするよ」
「お、お返しはいいよー。私が自分の好きなの渡しただけだから」
「じゃあ僕も自分の好きなの選んで渡すから。それでおあいこでしょ」
「う、うん」
プレゼントを僕が受け取ると、虹夏ちゃんは少し恥ずかしそうに駅に入っていった。
僕は、しばらくその場で、ブックオフのビニール袋をもって動けなかった。
心の中に、じんわりとした喜びみたいなのがにじんで、その余韻が僕の身体を釘付けにしたのだ。
(つづく)