【完結】恋とノイズと残響と   作:ひーたむ

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14、虹夏ちゃんの好きな音

 

 

 

帰宅してから、すぐに自室に向かった。

もちろん、虹夏ちゃんがくれたCDを聞くためだ。

オーディオセットの前に座り、ブックオフの袋からCDを取り出す。

き、緊張する。

CDを開けるだけなんだけど、そこに虹夏ちゃんがくれたって意味が付与されている。

CDのビニールシュリンクを開けるのは、たった一度だけしかできない行為だ。

なんだかちょっともったいないな……ってそんなこと考えてたらいつまでも開けられないぞ。

意を決して、ゆっくりとビニールシュリンクを開けた。

開けたビニールは、なんか捨てる気にならなかった。

自分でもちょっとキモいかもと思いつつ、丁寧に折りたたんで、本棚の文庫本の間に挟んで保存した。

そしてとうとう、CDケースを開ける。

ケースの色が薄いミントグリーン色になっていて、どことなく青春っぽさを感じさせた。

そういうサウンドが詰まってます、っていう意思表示みたいに。

僕は、汚れが付かないように気を付けながらCDを取り出して、プレイヤーにセット。

プレイボタンを押すと、元気のいい音楽が流れ出した。

疾走するようなギター、ちょっと前のめりだけど元気のいいドラム、それから意外にクールなベースの音が混じりあう。

ロックらしい激しさだけじゃなくて、ふわっとした浮遊感があったり、歌声や歌詞に女の子らしい可愛らしさがあったり。

これが、虹夏ちゃんが一番好きなバンドの音なんだ。

それは、先日スターリーで聞いた虹夏ちゃんのドラミングにも共通しているような気がした。

明るくて、元気で爽快で。

このところ、山田の影響でちょっとダークなのとか、エッジのきいたのばっかり聞いていたけど。

こういう等身大のガールズロックって、すごく良いんだな。

ときどき、ギターがバックでノイズを奏でたりする。

そういう意外さも、なんだか不安定な青春っぽさというか、瑞々しくて、型にはまり込んでいない感じがあって、僕はすごく好きになった。

お姉さん……星歌さんがやってたバンドに似てるって言っていたから、もっとグランジっぽいのかもと想像してたけど。

でも考えてみたら星歌さんも雰囲気はキリッとしてるけど、接してみたら優しい人だもんな。

音源は残さなかったって言っていたけれど、星歌さんのバンドも、こんな感じの音を奏でていたのだろうか。

その時ふと、僕は思った。

 

「そうか、音源を残さずに辞めちゃったバンドの音って、もうどこでも聞くことができないんだな」

 

そんな当たり前のことを、深く考えたことがなかった。

僕たちは、パッケージングされた、永久に保存された音をいつもこうやって聞いている。

でも、そこからこぼれ落ちた、たくさんの音があるんだ。

そう考えると、音源っていうのは、一瞬、その瞬間の切り取りで、僕たちは誰かの時間を聴いているんだ。

 

「あら、珍しいわね」

「うわっ」

 

び、びっくりした。

いつの間にか母さんが、ドアを開けて戸口に立っていた。

 

「な、なんだよ」

「夕飯。出来たって何度言っても聞こえてないんだから」

「あ、あぁ、ごめん」

「全くもう」

「珍しいって?」

「あんた、なんか古いのばっかり聞いてるじゃない。最近ずっと。なのに今日はちょっと可愛い音楽ねって」

「うっ。べっ、別にいいだろ」

「いいわよ、全然。むしろ安心しちゃった。ちゃんと女の子の歌に興味あるんだってね」

「~~~///」

 

僕はなんだか気恥ずかしくなってきた。

 

「こ、この曲聞き終わったら下に降りるから。母さんはさっさと出てってよ」

「はいはい」

 

振り向きざまに母親が言った。

 

「お父さんにそっくり」

 

 

 

 

その日の夕飯は、唐揚げとツナのサラダだった。

僕は、唐揚げを一つ食べてから、問いかけた。

 

「そういうとさ、父さんって若い頃から音楽が好きだったの?」

「そうよ。学生時代はちょっとだけバンドやってたし、社会人になってからも出張先のレコード屋さんに行くのが唯一の楽しみだっていつも言ってたわ」

「へぇ」

 

あまりそんなこと、知らなかったな。

 

「うちでそんなに聞いてなかったじゃん」

「それはあなたが赤ちゃんのときは泣いたりしてうるさくて聞けなかったからだし、小学生ぐらいになってからお父さん、単身赴任の連続でしょ」

「それもそうか」

「覚えてないかしら、ほら、岡山に住んでいた時」

「え? 岡山?」

 

なんだそれ?

 

「岡山に住んでた? ずっと東京だよね」

「あなたが幼稚園に入る直前まで。お父さんの単身赴任についてって、岡山にいたのよ」

「え、記憶ない」

「あらそう。あなたは泣くし、お父さんは聞こえないからって大音量でジャズとか聞くしで。アパートの下の階から苦情があって」

「へぇ」

「そういうあれやこれやで。私はあなた連れてこっちに戻ってきたの」

「全然覚えてないや」

「いやねぇ。お母さんの苦労、忘れちゃってるんだ」

「親父はジャズが好きだったの?」

「そうね。いつも、廃盤とか名盤とかをメモ帳にリストにして持ち歩いてたぐらい」

 

僕の頭の中に、スーツの内ポケットにいつもジャズリストのメモ帳を入れた細い体躯の男の姿が浮かんだ。

でもその顔は、ぼんやりとしてはっきりとは思い浮かばない。

そういえば、今回の単身赴任はもう4年近くも行ったきりなのか。

僕が中学生になった時からだもんな。

一年に一回帰ってくるかどうかぐらいだ。

 

「父さん、今はどこにいるんだっけ」

「名古屋よ。一度行ってみる?」

「そうだね、機会があれば」

「あら冷たい」

「そんなことはないと思うけど」

 

僕は、心の中で、親父に少し謝った。

いま僕が音楽をあれこれ聞けているのは、親父が置いて行ったオーディオのおかげだもんな。

本当に一度、単身赴任先のアパートを襲撃してやるのも良いかもしれない。

 

「ところでさぁ」

 

母親が、にやりと笑った。

 

「ん、な、なんだよ」

「バイト先、可愛い女の子がいるんでしょ?」

「ぶはっ!」

 

思わず米粒を吹きだす。

 

「な、なんでそれを知って……」

「あら正解なんだ」

「な!?」

 

か、カマかけだった?

 

「やたらと頑張ってバイト行ってるし、最近服とかも急に買ってるし。もしかしてそうなのかしら?ってね」

「うぐっ」

 

このオカン、意外に鋭いな。

 

「ま、まぁ、お、女の子はいる」

「可愛いんでしょ?」

「そ、それは……否定できない」

「あらあらまぁまぁ」

 

母さんが、ニヨニヨしてくるのだった。

 

 

 

 

次の日、学校で虹夏ちゃんに会うのにすごくドキドキした。

というのも、昨日の約束。

下の名前で呼ぶってこと。

それを改めて学校でやっていいのかどうかだ。

昨日は勢いで名前を呼べたけどさぁ。

一日経つと、あれは夢だったんじゃないかと思えてくる。

も、もしも。

 

「学校ではベタベタしないでほしいなぁ。カン違いさせちゃってごめんねっ」

 

とか言われたら、ど、どうしよう。

いや、そんなこと絶対言わないとは思うけど……。

悩みながら通学路を歩いていると。

 

「やっ!」

 

柔らかい手が、僕の肩に触れた。

 

「おっはよっ、服部君」

 

虹夏ちゃんだ。

ちょっと息が上がってる。

もしかして、僕を見かけて走ってきてくれたのか?

 

「お、おはよう……え、えと、その」

「うん」

「に、にじ…………い、伊地知さん」

 

ひ、ひよってしまった!

思わず、名字で呼んでしまった!

すると虹夏ちゃんは……。

 

「むぅ~~~」

 

うわっ。

すっげージト目でほっぺを膨らませてる。

 

「服部君、昨日の約束覚えてないの?」

「あ、い、いや。も、もちろん、覚えてるよ」

「だったら、その、お願いっ」

「うっ」

 

可愛い瞳で見つめられて、僕は、ようやく声を絞り出した。

 

「に、虹夏……ちゃん」

「う、うんっ!!」

 

虹夏ちゃんがとびっきりの笑顔になる。

でも、どこか少し照れくさそうだ。

 

「え、えへへ。なんか、いいね」

 

こつんっと、軽く肩をぶつけてきた。

 

「そ、そう、だね」

 

しどろもどろで答える僕。

わ、わざと僕をドキドキさせようとしてるのか!?

いや、虹夏ちゃんはそういうタイプじゃないから、これは天然か!?

 

「通学路でラブコメはほどほどに」

「「うわっ」」

 

思わず飛び上がりそうになる僕ら。

若干あきれ顔の山田が真後ろにいた。

 

「りょ、リョウ!? ら、らららラブコメってなんなのさ!?」

 

虹夏ちゃんが挙動不審な感じであせあせと問いかける。

 

「見たまんま」

「ち、違うから~!」

 

真っ赤になった虹夏ちゃんが山田にジャーマンスープレックスをかけるのだった。

 

 

 

 

そんなこんなで騒がしく登校。

3人でおしゃべりしながらだったから、けっこう時間ギリギリだ。

急いで椅子に座ろうとしたら。

 

「服部、ちょいちょい」

 

なぜか山田が手招きする。

 

「ちょっと一言」

「なんだよ。さっき登校中に言えばいいのに」

 

僕がそばに行くと。

山田が小声でささやいた。

 

「あのさ、虹夏。男友達に下の名前を呼ばせるの、たぶん服部が初めて」

「んなっ」

「いい情報でしょ」

 

無表情で分かりにくいが、こいつ絶対に面白がってやがる。

 

「そ、そうか。ありがとよ」

 

僕はできるだけ平然を装って返事をする。

 

「情報料ちょうだい。一万円ぐらい」

「やるか!」

「あ、先生入ってきた」

「やべっ」

 

それが何なんだ、という表情を作って席に着いた。

のだが……。

 

そ、そっかぁ。

僕が初めてかぁ。

思わず、そんな思考が頭の中にあふれてしまい、ニヤついてしまう。

だめだ、頬のゆるみが止められない。

朝のホームルームの言葉も全く頭に入ってこないぞ。

こ、こんな表情もしも虹夏ちゃんにバレでもしたら……。

そう思ってちらっと隣の席を見ると。

 

「あっ」

 

目が合った。

虹夏ちゃんもなぜか僕を見ていた。

 

「あ、あはは……///」

 

小さく虹夏ちゃんが恥ずかしそうに笑う。

 

「ど、どうしたの?」

 

小声で問いかける。

 

「あ、な、なんとなく、服部君見ちゃってた……き、気にしないでっ」

 

虹夏ちゃんが慌てて黒板の方を向く。

ぼ、僕を見てた?

なんとなく?

そ、それってどういう意味なんだろう。

僕が気になって……なんてこと、さすがにないよな。

でも、山田の言葉を信じるなら、僕は少し特別ってことになるし……。

 

そのあとの授業も、やはり頭に入ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

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