【完結】恋とノイズと残響と 作:ひーたむ
「うーん……」
タワーレコードの通路でため息をついた。
先日、虹夏ちゃんにした約束。
僕もお礼に何かCDをあげるっていうこと。
そのCDを買いに来たんだけど……。
いざ何か一つチョイスするとなると、すごく難しい。
あんまりにも僕の趣味の押し付けになっちゃうと相手が喜ばないだろう。
かといって、僕は虹夏ちゃんが好きなエモい感じの邦楽ロックにあまり詳しくない。
とりあえずタワレコに来てみたが、試聴できるのはほぼ最新盤だけ。
困ったぞ。
選べない。
「とりあえず、店を出るか」
もうかれこれ一時間以上ここにいるしな。
外に出ると、少しひんやりとした。
午後から雨が降るって天気予報で言っていたっけ。
どうしようかな……。
と、考える暇もなく、パラパラと雨が降り出した。
僕は、折り畳み傘を広げる。
少し休憩もかねて、雨宿りできる店に行こうかな。
なんとなく足は、喫茶kerouacに向かっていた。
「いらっしゃい。おっ、少年」
「こんにちは」
お姉さんがクールな笑顔で迎え入れてくれる。
あれ以来ちょくちょく通っていて、すっかり常連だ。
今日も、いい感じの音楽が鳴っている。
アル・スチュアートのイヤー・オブ・ザ・キャット。
ミステリアスなピアノの音と、どこか文学的な歌詞がお店のイメージにぴったりだ。
それにしても……。
僕は店内を見回した。
相変わらず店内は薄暗く、そして客がいない。
経営大丈夫なんだろうか。
「少年、今失礼なこと考えてなかった?」
「そ、そんなことないです」
す、鋭いな。
いや僕の表情が分かりやすいだけか。
「珈琲でいいよね」
「はい」
「何か、聞きたいのある?」
サイフォンに水を入れながらお姉さんが尋ねてくる。
あ、そうか。
この店なら、いろんなレコードやCDがある。
それにお姉さんの知識があれば、最適なのを教えてくれるかも。
「あの」
「ん?」
「ちょっと教えてほしいことがあって」
「なんだい? 言ってみな」
「えと、友達にCDをあげたくて。でも僕とは結構趣味が違うんです。その子はアップテンポのロックが好きで。こう、明るくて、日本語の。それで何かいいのないかなって。おススメを教えてくれませんか?」
「へぇ、いいね」
お姉さんが、珈琲をカップに注いだ。
「でもさ、教えてもらうってのでいいの?」
「え?」
「そりゃあたしがそれっぽいのを提案するのは簡単だけどさ。その子に、聞かせたいんだろ?」
「……は、はい」
「だったら自分で探した方がいいと思うよ」
ことり、とカップを僕のテーブルに置く。
「どうせこんな店だ。今日もお客さんは来ないだろう」
お姉さんは、奥のレコード棚を指さした。
「うちにあるの、好きに聞いて探しなよ。その子が気に入りそうなの」
「いいんですか?」
「構わないよ。ところでさ」
お姉さんが、二ヤっとする。
「〝その子〟って女の子だろ」
「そ、そうだと悪いですか?」
「別に?」
ちょ、ちょっとお姉さん。
僕をからかって楽しんでないか?
先日の母さんといい……まったくなんなんだよ。
大人ってみんなこうなのか?
※
気を取り直し、いくつかレコードをチョイスして聞いていく。
ぱっと目についたのは、ザ・スミス、キュアー、ピクシーズ……。
いやそういう、ほの暗い感じのじゃない。
虹夏ちゃんが好きそうなのって、もっと明るいのだよな。
こう、楽しげな……。
そもそも虹夏ちゃんは、洋楽ってあまり聞かないんじゃないか?
英語の歌詞が入ってない方がいいか?
だったらジャズとか?
うーん、あんまりがっつりしたジャズ渡しても、山田じゃないんだしなぁ。
いや、虹夏ちゃんのこと、決めつけるのもよくないよな。
これどうだろう、イエロージャケッツとか。
重すぎないしノリも良い。
ドラムもカッコいいし……。
そんな風にあれこれ聞かせてもらうと、あっという間に時間が過ぎていく。
「どうだい、少年。決まったかな」
「あ、はい。このイエロージャケッツのライズ・イン・ザ・ロードっていうのにしようかなって」
最終的に僕は、ジャズのアルバムを選んだ。
あまりハード過ぎず、でもしっかりとした本格的な演奏。
悪くないはずだ。
……でも、何か少し違うかも。
と、その時ふと、レジカウンターのそばに数枚のCDが置いてあるのに気が付いた。
「あれ? それは?」
「ん、あぁ、これは私の私物だよ」
お姉さんが少し恥ずかしそうに言った。
「見ても良いですか?」
「ま、いいけどね」
「サニーデイ・サービス?」
「私が中学生の時に好きだったバンド」
「邦楽も聞くんですね」
「そりゃそうだろ。……聞いてみるか?」
「いいんですか?」
「別にいいよ。ってか懐かしくて久しぶりに聞きたくなった。何年ぶりだろうな、これ聞くの」
お姉さんが、案外楽しそうにそのCDをCDプレイヤーにセットする。
少しフォーキーで、でもしっかりと現代的なエッセンスが詰まった音楽が流れ出した。
それは、派手じゃないけど繊細で。
柔らかな春の日差しとか、どこか遠い街の情景とか、手で触れられる生活の匂いとかがにじみ出てくるような音楽だった。
虹夏ちゃんが好きな、明るくて元気な邦楽とは少し違うけれど、僕はなぜだかそれを彼女に聞かせたくなった。
この音の中にある、大切だけど脆い何かを抱きしめるような感覚を、彼女と共有したくなった。
「これ、いいかも」
僕はつぶやく。
そして、お姉さんに言った。
「その子が好きな音楽とは少し違うけど、これを聞いてほしいって思いました」
「それでいいんじゃない? 音楽の聞かせあいってさ、相手の喜ぶ100パーセントのものを聞かせることじゃないんだから」
そう言って、お姉さんは微笑んだ。
「〝君が好きなのとはちょっと違うけど、もしかしたら好きになるかも〟ってのを聞いてもらうってのも、プレゼントの醍醐味だと思うよ」
「ありがとうございます」
僕は、頭を下げた。
その足でタワレコに戻り、サニーデイ・サービスの「東京」を購入した。
※
翌朝。
鞄の中にCDを入れて登校する。
なんだか、落ち着かない気分だ。
女の子に何かをプレゼントするなんて初めてだ。
正直、緊張する。
昨日、ついテンションが上がってCDにプレゼント包装までしてもらってしまった。
お、大げさすぎると思われないだろうか。
「よっ」
軽く肩を叩かれた。
「に、虹…………山田か」
「露骨な差別、センキュー」
「いや、そんなこたぁないけど」
若干あるかもしれん。
っていうかしまった。
こいつに先に会う可能性を忘れてた。
「あーっ、2人で登校してる-」
しばらくすると虹夏ちゃんも僕らを見つけて寄ってきた。
「リョウ、今日はちょっと寒いね」
「うん。昨日、雨降ってからずっと寒い」
「そうかもー。ちゃんと重ね着した?」
「大丈夫」
「本当かなー」
「寒くなったら虹夏のポケットに手、入れさせて」
「自分のに入れろっ」
2人のいつものやり取りが始まってしまった。
こ、これではCDを渡せない。
山田がいても気にせず渡せばいいだけなんだけど。
でもなんか。
気恥ずかしい。
特にプレゼント包装がっ!
気合入ってますって感じで!
「?? どうしたの?」
うっ、虹夏ちゃんに心配されてしまった。
「な。何でもないんだ」
思わず適当にごまかす僕。
※
そうこうしているうちに、放課後になってしまった。
基本、山田も一緒にいるから2人きりになるタイミングがつかめなかった。
どうしよう。
このままじゃ渡せないまま今日が終わってしまう。
と思っていると。
「リョウ、帰ろっ」
「あ。今日、はむきたすの練習だった」
「え、忘れてたの? 怒られるよ~」
「今思い出したから問題ない。スタジオ寄ってく」
「もー、しょうがないなぁ」
そんな会話が聞こえてきた。
山田が「じゃあ」って感じでしゅたっと右手を挙げて教室を出ていく。
虹夏ちゃんが一人になった。
今のタイミング……いや、クラスに人が多いしなぁ。
あっ。
虹夏ちゃんと目が合った。
「服部君。い、一緒に帰る?」
虹夏ちゃんがそう言った。
「え、い、いいの?」
「うん。リョウ行っちゃったし」
「わ、わかった」
登校時は待ち合わせしてなくてもよく時間が重なって、顔を合わせたら一緒に学校に行く。
でも、放課後一緒に帰るってのはほとんど初めてだ。
思わぬ偶然で、虹夏ちゃんと二人きりになることができた。
「山田、結構忙しそうだね」
「うん。はむきたす、かなり人気が出てきてるから」
夕暮れの通学路を二人で歩く。
「この前のライブの最後の曲、かなり盛り上がってたもんなぁ」
「そうなんだよね。前よりもキャッチーになったっていうかさ。最近やった新曲もキャーキャー言われてた!」
虹夏ちゃんは、ちょっぴり自慢げだ。
山田のこと本当に好きだな。
「あのさ、虹夏ちゃんは、山田とバンドやろうとか思わなかったの?」
「へっ? え、な、なんで?」
おぉ、なんかめっちゃ戸惑ってる?
軽い気持ちで聞いてみただけだったんだけど。
「服部君、エスパー?」
「いや、なんとなく。だって虹夏ちゃんドラム出来るのにバンド組んでないし」
「うーん、それはねぇ……」
虹夏ちゃんが、腕を組んでうなった。
「あ、こ、公園だっ! 服部君、寄ってかない?」
話をそらされた?
※
公園のベンチに座り、二人で缶ジュースを飲む。
僕は缶コーヒーを、虹夏ちゃんはコーラを選んだ。
虹夏ちゃんが、少し考えこむようにしてから呟いた。
「……服部君になら、話してもいっか」
コーラの炭酸を飲み込んでから、僕を見つめる。
「実はね、中学の時に誘おうと思ったことあったんだ。リョウを。一緒にバンドやろうよって」
「え、そうなの?」
「うん。でも、その時にはもう、リョウ、今のバンドに入ってた。だから、言えなくなっちゃった。無理やり誘ったりしたらさ、今のバンドの人たちにも迷惑かかっちゃうし……」
そう言う虹夏ちゃんの表情には、複雑な空気が混じっていた。
この半年ほど見てきて、山田と一番仲がいいのは間違いなく虹夏ちゃんだと思う。
でも、そうか。
仲が良いからって、今のバンド辞めてよ、なんて言えないもんな。
特に虹夏ちゃんみたいな、人に気遣う性格だとなおさらだろう。
「あ、でも。バンドって掛け持ちとかもできるんじゃなかったっけ」
「ううん」
虹夏ちゃんが首を振った。
「リョウってさ、あぁ見えて不器用だから。一つのことに集中しておいてほしいんだ。2つのバンドを掛け持ちとか、絶対に困ると思う」
その声音には、本当に山田のことを大切に思っている気持ちがにじんでいた。
「それに、今はむきたすって評判だし。邪魔したくないもん」
「そっか」
「うん」
そんな、どこか達観したような虹夏ちゃんを見て、僕は一言だけ言いたくなってしまった。
「でもさ、この前のライブの山田。なんか息苦しそうじゃなかった?」
「…………わかんないや」
言わない方が良かっただろうか。
虹夏ちゃんが笑った。
その笑いには、複雑な葛藤があるように僕は感じられた。
けれどそれは邪推かも知れない。
僕はだから、それ以上何も言わなかった。
「あ、それよりさ!」
場の空気を明るく変えるかのように、虹夏ちゃんがぽんっと手を打った。
「あのCDどうだったかな?」
きっとこれも、気遣いだ。
わざと明るく訊いてくれたのだろう。
話題が変わって、僕もいささかホッとする。
それに、もらったCDの感想はずっと言いたかったんだ。
「すごく良かった」
一呼吸おいて、僕は思わず語りこむ。
「あの、僕さガールズバンドってこれまでちゃんと聞いたことなかったんだけど。初めて聞いて、うわっ、いいなって思った。背伸びしてないっていうか、なんか等身大みたいな感じで。歌詞も身近な雰囲気だし、その、音も明るくのびのびしていて、なんだか虹夏ちゃんみたいで……あっ」
しまった。
オタク特有の早口でまくし立ててしまった。
「ご、ごめん」
思わず謝る僕。
「ううん、だ、大丈夫だよっ。そんなに喜んでくれて嬉しい」
虹夏ちゃんは、なんだか赤くなっている。
「わ、私みたいって言われちゃった……えへへっ」
何か小声でつぶやいた。
というか、ちょっとニヤついてる?
キモがられてはいないようだな、よ、良かった。
「……あ、そ、それでさ」
僕は勇気を出して、鞄からタワレコの袋を取り出す。
ようやく、プレゼントを渡せる空気になった。
今なら、たぶん、自然だよな?
「こ、これ。もしよかったら。お返しに」
「え、いいの!?」
「うん」
「ね、ね、開けていい?」
「い、いいよ」
「わっ、サニーデイ・サービスだっ。名前は知ってるけどちゃんと聞いたことなかったから嬉しいっ」
僕はホッと胸をなでおろした。
よかった。
もし虹夏ちゃんが既に持ってるCDだったら目も当てられなかったからな。
「あれ? でも服部君、ふだん邦楽あまり聞かないのに……」
「え?」
「わ、私のこと意識して選んでくれたってこと?」
「ま、まぁ、一応」
あぁ、なんでぶっきらぼうなんだよ僕。
「ありがとうっ!」
ぎゅっ。
虹夏ちゃんが、僕の手を握った。
「家に帰ったらさっそく聞くね! ……その、た、宝物にするっ! ずっと!」
「う、うん」
太陽みたいな笑顔に、寒さが吹き飛んだ。
※※※※※※虹夏ちゃんサイド※※※※※※
帰宅して、ベッドに寝ころぶ。
手には、タワーレコードの袋。
「え、えへへへ」
なぜかそれをぎゅっと胸に抱きたくなる。
仲のいい友達……というか、はっきり言ってしまえばちょっと気になっている男の子からのプレゼント。
こんなの、嬉しくないわけがない。
最初は、隣の席の少し大人しくて真面目そうな男の子ってイメージだったけど。
いつの間にか、すごく話しやすくて、誠実な人だと思うようになった。
何事にもまっすぐで嘘がない。
チャラい感じの男子から声をかけられることはあるけど、そういう人には興味が持てなかった。
もっとお話ししたいなぁって思ったのは、彼が初めてだ。
そういう意味では、彼は私にとって、ほんの少し特別なのかもしれない。
「もっと。仲良くなりたいな……」
思わずつぶやく……って、少女マンガじゃないんだから。
あぅぅ、ちょっと変な気分になってる。
まだ、こ、恋とか、よくわかんないし。
考えすぎてもよくないよねっ。
と、とりあえずプレゼントしてくれたCDを聞こう!
爽快なロックで細かいことは忘れちゃおっ。
そう思って、彼がくれたサニーディサービスのアルバムをプレイヤーにセットする。
流れてきた音楽は、流れが良くて、繊細で、とっても素敵だ。
ロックっぽさもあるけど、どこか人間臭くて、淡いリアルがある。
でも……。
「な、内容……結構ラブソングだよぉ~///」
今のこの状況で、聞くのは、な、なんか気恥ずかしい。
恥ずかしすぎる。
というか、いたたまれない。
自分のこと言われてるようでっ。
ま、まんま『恋におちたら』ってタイトルの曲まであるしっ!
「ていっ!」
思わず停止ボタンを押してしまった。
こ、呼吸が上がっている。
音楽聞いてただけなのに。
うぁぁぁぁぁなんなんだこれ。
頬のほてりにそっと手を触れる。
ぐぬぬぬ、なんか、このままでは負けた気がする。
「うー、えいっ」
意を決して、もう一度プレイ。
繊細な恋の空気をまとうそのアルバムを聞き終えるまで、数時間を要してしまった。
※※※※※※※※※※※※
翌日。
いつも通り登校していると、曲がり角のそばに虹夏ちゃんがいた。
「あ、おはよう」
「う、うん」
あれ?
なんか少し怒ってる?
「えと、体調悪い?」
「…………寝不足。誰かさんのせいで」
「へ?」
僕は昨日電話とかしてないし……山田か?
「わからなければいいのっ」
「そ、そう?」
しばらく、二人で歩く。
と、虹夏ちゃんが唐突に言った。
「その。プレゼントしてくれたCD」
「あ、ど、どうだった」
「よ、良かった。……けど」
「けど?」
「………………け、けっこう、ラブソングだったね」
「うっ」
しまった。
そういうこと特に考えてなかったぞ。
と、とりようによっては、変に意味深なプレゼントに思われちゃうのでは?
虹夏ちゃんをちらっと見ると。
その表情は、怒っているとかではなく。
何とも言えない不思議な表情だった。
「え、えっと」
「あ、明日からも、毎日聞くから」
「う、うん」
気に入ってくれてはいるのかな?
それだけ言うと、虹夏ちゃんがすたすたと歩いて行ってしまう。
「ちょ、一緒に登校しないの?」
「きょ、今日はちょっと、顔見れないから。いいっ」
謎の距離感を保ちながら登校した僕らなのだった。
(つづく)