【完結】恋とノイズと残響と   作:ひーたむ

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16、ある通達

 

 

 

やがて、季節は移り、秋の終わりが近づいてきた。

山田のバンドはどんどんと動員数を増やしていき、デビューも近いかもしれないと言われるようになった。

虹夏ちゃんは、相変わらずいつも天使だ。

僕の憧れの大天使。

学校や放課後、あるいはバイトの時に彼女と話すのが僕の最高に好きな時間だ。

少しづつ、距離が近くなっているかもしれない。

そんな淡い期待が、僕を高揚させる。

僕は相変わらずスターリーでバイトをして、時々本を読んでは、詩のまがい物を書いている。

まるで凪のような日々。

 

でもそんな日々は、一枚の手紙によって激変した。

 

 

僕がバイトから帰ってくると、母親が部屋を真っ暗にしてうずくまっていた。

 

「え、ど、どうしたの!?」

 

驚いて駆け寄る僕に、母が言った。

 

「お父さん、死んだわ。名古屋で」

「え!?」

「これ、読んで」

 

薄っぺらい手紙を手渡す。

そこには、父が死に、すでに葬儀は行われたこと、喪主は父が名古屋で知り合った女性で、財産は彼女のものになる遺言があるということが記されていた。

 

「なに、これ」

「わからない。わからないわ」

 

母はただそう繰り返すばかりだ。

僕は慌てて、手紙の差出人を見る。

それは、全く知らない名古屋の税理士からだった。

その男が、女の代理人になっているようだ。

僕はそこに記されている番号に電話した。

すると、老境に差し掛かったような声の男が出た。

 

「はい、田野原です」

「あの、父が亡くなったと手紙をいただきまして」

「あぁ、あんた、息子さんか。まぁあれだ、そこに書いてある通りだよ。まぁなんだな、お父さんも罪作りな人だな。名古屋に妾さん囲ってたんだよ。意味は分かるだろ? まぁ、なんだ。財産っつってもな、遺留分ってのがあって半分は帰ってくるから。そう心配しなさんな」

 

ふざけているような物言い。

僕は驚き、電話を切った。

すると数秒後、向こうからかけなおしてきた。

 

「あのな、驚くとは思うがな、公正証書があるからな。まぁあれだわ、どうしようもないんだわ。あんた親御さんと一緒に、こんど名古屋に来て、整理した財産の一覧表チェックしてくれよな」

 

僕は絶句した。

 

 

 

 

翌朝、目が覚めるとすべてが夢になっていないかと思ったのだが、そんなことはなかった。

父の死と財産の他人への贈与を知らせた手紙は事実としてそこにあった。

僕は、陰鬱な気持ちで制服を着て登校した。

どうすればいいのかわからなかった。

 

「服部君、おはよー」

「服部、おはよ」

 

虹夏ちゃんと山田が、僕を見かけて声をかけてきた。

 

「かなり冷えてきたねー」

「うん。そろそろこたつを出したい。虹夏よろしく」

「それは早すぎるでしょ。ってかなんで私が出すのさ!」

「放課後行くから」

「来てもいいけどこたつは出さないよ。まだ早すぎるよね、服部君」

「あ、うん、そうだね」

 

ふたりに話しかけられたおかげで、日常が一瞬だけど戻ってきた。

日常。

それはこんなにも柔らかくて、そして貴重なものだったのか。

ありふれた日々は、薄い氷の上に成り立っていたようなものだったんだ。

僕は一気に、自分の心の中の何かが決壊しそうになった。

でも、ぐっとこらえる。

ふたりに愚痴を言っても仕方がない。

僕の家の出来事なんだ、僕が自分で解決しなきゃ。

 

「服部君?」

 

黙りこくっていた僕を、虹夏ちゃんが心配そうにのぞき込む。

僕はおどけて行った。

 

「ごめん、大丈夫だよ。ちょっと寒くてトイレに行きたくなっただけ」

「えー、大丈夫? 途中で公園のトイレ寄る?」

「服部、漏らしたら骨は拾ってやる」

「こらリョウ、漏らす前提で話さないの!」

 

僕は笑った。

この二人といれば、頑張れる。

心底そう思った。

 

 

 

 

夕方に帰宅して、母親と話し合った。

うちは資産家ではないから、預金口座の額は知れているらしい。

それよりも問題は、自宅の土地ということだった。

父の名義のこの土地を半分盗られてしまうということは、つまりここを出て行かなければならないということだ。

 

「そうなったら、どうなるの?」

「たぶん、土地を売ってお金にして半分渡さなくちゃならなくなるわ」

「そんなの、僕らどこに住むのさ」

「…………たぶん、お母さんの実家に引っ越すしかなくなると思う」

「実家って、山形?」

「ええ」

 

そんなことになったら、学校も変わらなきゃならなくなるじゃないか。

僕は歯ぎしりした。

 

「なんとか、アパートで暮らすとかできないの?」

「それは、不可能じゃ無いけど……」

 

言外に、今の高騰した東京で暮らし続けるほどのお金がない、というニュアンスがにじんでいた。

 

「もう何もかも嫌になっちゃったわ。お父さんのこと信じてたのに……」

 

母親は、力なく床に座り込んだ。

信じていた、という言葉が引っ掛かった。

何かが疑わしかったから、あえて信じようとしたのではないのか?

はっきりと口にはしないが、おそらく父には、何らかの女の影があったのかもしれない。

僕の知らないところで。

母は、そのことに気が付いていたのだ。

だからなのだろうか?

ずっと父の転勤先を訪ねなかったのは。

 

 

 

(つづく)

 




若干シリアス色が入ってきますが、青春小説として味わっていただけるように、頑張って書いていきます。
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