【完結】恋とノイズと残響と   作:ひーたむ

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18、虹夏ちゃんからの電話

 

 

 

 

まるで自分がその場所に放り出されたような感覚だった。

ホテルの狭くて、でも妙にクリーンで無機質な部屋は、僕の思考を奪い、どこまでも空白へと染めていくようだった。

心が乾いていた。

乾いて、乾いて、干上がった河が出来上がりそうだった。

目を閉じると、何もない砂漠の大地の光景が浮かんだ。

どうすればいいんだろう……これから。

 

ホテルのベッドに身体を横たえる。

僕は、そのまま溶けて消えてしまいたいような気分になった。

話したかった。

誰かと話したかった。

 

ん?

何か、揺れてる?

僕は起き上がる。

震えを感じたのは、ポケット。

すっかり忘れていたけれど、ポケットに携帯を入れっぱなしだった。

表示されている名前は……〝伊地知さん〟。

虹夏ちゃんからの着信だった。

 

え、嘘だろ!?

僕は思わず、ベッドから飛び起きる。

孤独な部屋に、まるで救いの糸が垂れてきたような気分になった。

タイトロープ。

僕はELOの歌を思い出した。

僕にロープを投げてくれ。

この場所から、おっ転げないように。

 

「これが、幻じゃありませんように」

 

呟きながら、携帯電話の通話ボタンをタップする。

 

「あ、服部君こんばんは」

 

虹夏ちゃんの可愛らしい声が聞こえてきた。

本物だ。

本物の虹夏ちゃんの声だ。

 

「ごめんね夜に。今大丈夫かな?」

「う、うん。大丈夫。その、電話くれて、す、すごくうれしい」

「え、そ、そぅ!?///」

 

虹夏ちゃんがちょっとびっくりしたような声を上げる。

 

「服部君なんかいつもとテンション違うような……でもまぁ元気そうで安心したよ。だってほら、昨日、学校休んでたでしょ? どうしたのかなって」

 

心配して電話してくれたのか。

本当に優しいな。

僕は、素直に話そうと思った。

もちろん、父の浮気とか、遺産のことは言わないけど。

 

「心配かけてごめんね。その……父さんが死んじゃったんだ」

「え!?」

 

虹夏ちゃんが電話の向こうで息をのむ。

 

「そ、それって、あの……」

「いや、大丈夫だよ。ずっと出張っていうか転勤で遠くにいて、あまり顔を合わせる機会もなかったから。正直、思い入れはそんなにないんだ。でも、やっぱりなんだろう、少し心に穴が開いた感じかな。上手く言えないけど」

「あの、今、どこにいるの?」

「名古屋のホテル。親父、転勤先で亡くなったから」

「お葬式?」

「まぁ、そんなところ」

「…………」

 

しばらく、沈黙が下りる。

……言わない方が良かっただろうか?

こんなの、気を遣わせてしまっただけだろうか。

それに親父が死んで、あまり悲しくないなんて、変な奴だって思われちゃったかもしれない。

でも、僕は、嘘をつきたくなかった。

今の気持ちをありのままに話したかった。

少しだけでもいい、虹夏ちゃんに、共有したかったんだ。

僕のことを。

 

「あの。……あのね?」

 

虹夏ちゃんが、言った。

 

「今まで言ってなかったけどさ、実はうちも、お母さんが死んじゃってるんだ」

「え?」

 

思わず聞き返してしまう。

虹夏ちゃんのお母さんが?

そう言えば……僕はふと、虹夏ちゃんがいつも自分やお姉さんの御飯を作っていることを思い出した。

前に聞いたときは、家族が料理下手なだけかと思っちゃったけど。

それって、料理を作ってくれるお母さんがいなかったからなのか?

 

「最近じゃないよ。もうずっと昔、私がまだ小学生の時」

 

だから、今つらいとかじゃなくて、と彼女は言った。

 

「服部君の気持ち、たぶん、少しはわかるから。嫌なこととかあったら、なんでも言ってほしいな」

「虹夏ちゃん……」

「勘違いだったら謝るけど、服部君、無理して明るく話してるように聞こえたから」

 

僕は、泣いていた。

自分でもいつの間に泣いたのかわからなかった。

気が付いたら、涙があふれ、僕はすすり泣きをしていた。

虹夏ちゃんは、僕が泣いている間ずっと、小さな声で、「大丈夫だよ、大丈夫」と優しくささやいてくれた。

そのまま。どれぐらいの時が経ったのだろうか。

僕が、やっと泣き止むと、虹夏ちゃんは言った。

 

「私の前で、我慢しなくていいから」

「……ありがとう」

 

僕はそう呟くのがやっとだった。

恥ずかしさも入り混じっていた。

クラスメイトの女の子に、涙をぶつけていたんだ。

それも、僕よりも早くに、家族を亡くすという悲しみを体験していた子に。

 

「あの、僕……」

「謝らないで。私、全然嫌じゃなかったよ。もしもこれが電話じゃなかったら、抱きしめてあげたかったぐらい」

 

虹夏ちゃんは、そう言ってくれた。

その言葉は、本心からの言葉に感じられて、僕はもう一度だけ、「ありがとう」とつぶやいた。

 

 

 

 

虹夏ちゃんと話したことで、心が軽くなったように感じられた。

問題はまだ何も解決はしていないけれど、この数日間、僕を縛り付けていた呪いのようなものが、少し消えたように感じられた。

僕は、ベッドに身をゆだね、目を閉じて、深呼吸をした。

虹夏ちゃんとさっきまで話していた、スマホを握りしめて。

やがて、眠りに落ちて行った。

何か、不思議な夢を見た。

僕は荒れ狂う海にいて、そこで溺れそうになっていた。

形のない影のような人間たちが、幾人も現れ、誰も僕を助けてはくれなかった。

けれど、たった一人だけ、僕の手を引いてくれた。

僕を船の上に引き上げてくれた。

その手は、小さくて、でもとても柔らくて暖かかったような気がする。

 

 

 

 

(つづく)

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