【完結】恋とノイズと残響と 作:ひーたむ
朝が来ると、自然に目が覚めた。
昨日の夜、何か夢を見たような気がするけれど、ほとんど忘れてしまっていた。
夢というのは不思議だ。
見ている間はすごく重要なことを見ているような気がするのに、目が覚めるとさっと霧散してしまう。
でも、気分は悪くなかった。
昨日まで最悪だったし、最悪な状況はまだ続いているけれど、どこか奇妙なすがすがしさがあった。
ストレンジ・デイズ。
僕はつぶやいた。
何かの歌にあったフレーズだけど、思い出せない。
古い、サイケデリックな歌だったような気がする。
その歌の中で、ボーカリストは一体何を歌おうとしていたのだろうか。
※
旅行でもなく遠い土地で目を覚ますのは、初めての体験だ。
僕は、ベッドから這い出して伸びをする。
カーテンを開けると、ホテルの部屋に陽光が射しこんだ。
名古屋の街の朝の景色が、窓の外に見える。
せわしなくサラリーマンたちが行き交い、ここが都会の真っただ中なのだと再認識する。
僕は、身支度を整えながら、コーヒーを淹れ、テレビをつけた。
名古屋のテレビ番組は、あまり東京のそれとあまり変わらず、少しだけローカルな情報番組が混じっていた。
ホテルをチェックアウトし、少しだけ街をぶらついた。
昨日は、怒りやら悔しさやら緊張やらでほとんど街に目をやる余裕もなかった。
観光をするほどの余裕はまだないけれど、知らない街を歩いてみるだけで新鮮さを感じることができた。
そんなとき、路地の奥に、古びたレコード店を見つけた。
「こんなところにもレコード店があるんだな」
開いてるのかどうかもよくわからない薄暗い店内を覗く。
レジのところに老店主が座っていた。
その人は居眠りをしているように見えたが、音楽が流れている。
やっているようだ。
名古屋までやってきて、何をやっているんだと思いつつ、なんとなく中に入ってみる。
東京のコアなレコード店と同じように、所狭しと中古レコードやCDが並んでいた。
ただし、人は全然いない。
細長い店内に、僕一人だけだ。
棚の上に設置された古びたスピーカーから、レナード・コーエンの『電線の鳥』が流れていた。
僕は、足を止めて聞き入った。
その歌詞が、静かに僕の心を揺さぶった。
自由になろうともがき、人を傷つけ、懺悔する男の歌だ。
だがそこには一抹の、どうしようもない、自分自身の身勝手さが混じりこんでいる。
ふと思い出した。
……虹夏ちゃんと最初に話せたきっかけって、親父が家に置いていたCDのおかげだったっけ。
隣の席で話しかけられた時。
ムーンライダースのCDが家にあるって僕が答えたら、虹夏ちゃんはそれリョウが好きなやつだ、って答えたんだ。
あの日以来、僕たちはよく話すようになった。
僕は、複雑な気持ちになった。
世の中の運命というものは、良いこと悪いことが絡み合っているのだ。
ほどけない糸のように。
「ん?」
棚の上に飾られている一枚のCDに目が留まった。
サイケデリックな筆致で、炎と田舎の村と海と雨が描かれている。
90年代アシッドフォークの隠れた傑作と書かれていた。
こういうの、山田好きそうだな。
1200円か。
そんなに高くなかったので、僕は何となくそれを購入した。
自分で一回聞いて、あいつにあげても良いかもしれない。
それから、店を出て、良さそうなお菓子屋さんを探し、虹夏ちゃんに美味しそうなクッキーを買った。
それらをリュックに詰め、昼過ぎの新幹線に乗って、東京に帰った。
※
新幹線の中で、これからのことを考えた。
父親の遺産についての交渉は時間がかかるだろう。
というか、じっくりと引き延ばした方がいい。
その間に、家のこととか、いろいろと考えて準備をしていかなきゃならない。
僕は、まだ一介の高校生なのに。
まるで大海の中に投げ出され漂っているような気持ちがした。
あるいは、僕もまた、危うい電線の上に止まっている小さな鳥なのかもしれない。
※
月曜日の放課後、クラスメイトに見られないようにこっそりと虹夏ちゃんにお土産のお菓子を渡した。
「ありがとう」
「ううん、あの日電話できて本当にうれしかったから」
「そう言ってくれると私も嬉しいな。あの……お父さんのことってリョウには」
「言ってないんだ。他のクラスメイトにも」
「そっか。わかった。じゃあ私も言わないように気を付けるね」
「うん」
「あの……」
「ん?」
「また、いつでも電話してね。私も電話するから」
「う、うん」
虹夏ちゃんの優しさが胸を温かく満たした。
それから僕は、廊下を歩いていた山田を見つけて声をかけた。
「山田、これあげるよ」
名古屋で買った中古CDを手渡す。
特段放送もしてないけど、まぁいいだろう。
気にするようなヤツじゃないと思うし。
「なにこれ」
「ちょっとしたお土産。土日で名古屋行ったんだ。さっき虹夏ちゃんにはクッキーあげた」
「私にはお菓子じゃないの」
「贅沢言うなよ。なんとなくこれ、好きそうかなって思ったんだよ」
「残念。もう持ってる」
「うわっ、マジか」
そ、そういう可能性を失念していた。
バカか俺は。
落ち込んでいると、山田はひょいとCDを取り上げた。
「でもまぁ貰っとくよ」
「お前、中古屋に売りに行くんじゃないだろうな?」
「さすがにそんなことは……たぶんしない」
「たぶんってなんだよ」
「はい、これ」
「え?」
差し出されたのは、一枚のライブのチケット。
ざ・はむきたすのだ。
「お礼にこれあげる。この日、虹夏用事があって来られないから一枚余ってた」
「在庫処理じゃん。まぁ、いいけど」
僕はチケットをポケットに入れた。
そのチケットは、ワンマンライブだった。
メインがざ・はむきたすで、オープニングにサポートアクトが一組だけ。
マジか、そんなに人気になってきてるのか。
(つづく)