【完結】恋とノイズと残響と 作:ひーたむ
帰宅してから、親父のオーディオ機器を探す。
記憶だと、確か出張前に片付けて押し入れにいれて行ったんだよな。
あ、あったぞ。
アルミを削り出して作られた、いかにも堅牢なアンプとCDプレイヤー。
ヤマハって書いてある。
結構古そうだな。
ってか、どうやって繋ぐんだろう?
えっと……。
ネット検索すると、RCAケーブルってのが必要みたいだ。
どれだろう?
これか。
オーディオクエストって書いてあるアメリカ製のケーブルが見つかった。
あとは、スピーカーか。
お、あったぞ。
Audio physic?
聞いたことない名前だな。
でもドイツ製か。
それと、スピーカーケーブルっと。
こっちはスイス製なんだな。
なんか、面白いな。
親父がこんなに凝り性だとは思わなかった。
家族でも案外、知らないこともあるもんだな。
「壊したらお父さんに怒られるわよ」
「大丈夫だよ」
母親に生返事をしたものの、アンプは驚くほど重くて持ち上げるのに苦労したし、スピーカーの裏側にケーブルを咬ませるのにも四苦八苦した。
すぐに抜けてしまうのだ。
ようやく、自分の部屋にセッティングを終えたら、もう23時になっていた。
遅い時間だけど、せっかくだし……。
そう思って、二枚のCDを開ける。
どちらから聞こうかな、と思った時、無意識に手に取ったのは、洋楽の方だった。
山田さんがおススメ……というか無理やり押し付けてきたアルバム。
それは、テレヴィジョンというバンドの、マーキームーンというアルバムだった。
1970年代後半の録音なのか。
50年も前じゃん。
僕は、それをプレイヤーにセット。
音が流れ出した。
一音目で、僕は、脳天をガツンと叩かれたような感覚を覚えた。
え、なんだこれ。
この、すごく粗く削られた鉄の棒でごつんとされたような感覚。
これまでに聞いたことがある音楽と、何かが根本的に違う。
人に聞いてもらうための音楽じゃない。
自分たちが、聞かせたいと思って奏でている音。
ハードロックみたいにうるさいわけじゃない。
でも、とんでもなく尖っていて硬い何かが、僕の心と肉体に、殴りかかってくる。
ヴォーカルの歌声は、ひどく神経質で、まるでパラノイアのようだ。
ギターの音は、鋭利で、アイスピックで大きな氷を削っているみたいだ。
でも、聞いていると、どこか寂しくなってくる。
目を閉じると、荒涼とした、冬の都会の景色が浮かぶ。
孤独、理解されない、誰にも、寒い。
そんな声が聞こえてくるようだ。
それはつんざくような叫びになって、僕を支配する。
「緊張感……」
僕は、つぶやいていた。
確かに、山田さんの言うとおりだ。
派手とか迫力とかじゃない。
尋常じゃない緊張感が、音楽の底にこびりついている。
僕は、部屋の中にへたり込み、呆然としてしまった。
トム・ヴァーレインの歌声とギターの音が、ずっと頭の中で鳴り響き続ける。
まるで呪いみたいに。
そして目を閉じると、真冬の路地裏に大きな張りぼての月が落ちてくる様子が瞼に浮かんだ。
※
翌朝、僕は寝不足で登校した。
昨日夜遅くまで何度もテレヴィジョンとディランⅡを聞いてしまったってのもあるけど、寝ていてもどこか、音楽が夢の中を侵食していたからだ。
僕は体の組成が変わってしまったような感覚すら味わった。
「あ」
山田さんと目が合った。
彼女もこの時間に登校していたのか。
今まで気が付かなかったな。
「おはよう、えっと……誰だっけ」
思わずずっこけそうになる。
「昨日会ったよね!?」
「それはわかってる。名前」
「あぁ、そう言うことか。服部だよ」
「ふぅん。ユニコーン好きなの?」
「なにそれ」
「知らないなら別にいいよ。ちょっとしたジョーク」
「あっそう」
伊地知さんが「リョウとの会話は適当に流しとくのが吉だよ」って言ってたのがなんとなくわかってきた。
「で、服部は聞いた? 昨日の」
早速呼び捨てかよ、と思いつつ、まぁその話題を振ってくれたのは嬉しい。
「聞いたよ」
「どうだった?」
割と真剣な目をして訊いてくる。
なので僕も真剣に返した。
「すごかった。正直言って、びっくりした。カルチャーショックっていうか、音楽に対する感覚が変わった」
「へぇ」
「なんだろ、こう、君は緊張感って言ってたけどさ。確かにそうだ。心地よい音楽とか、そういうのを提供するんじゃなくて、今ここでこれを歌わなきゃ俺の精神が壊れて死んでしまうんだ、みたいな、ヒリヒリした絶望感というか、すごく寒々しくて孤独な……ごめん、うまく言えないな」
「……いい感想。服部は、耳がいいね」
「え、そ、そう? 絶対音感とかないけど」
「耳がいいってそういうのじゃないよ。その音楽が何を言おうとしているか、どういう感覚がその本質にあるかを理解できるかってこと」
僕は、息が止まりそうになった。
人から褒められることがあまりないから単純だったのかもしれない。
でも、どことなく山田さんとは、共鳴のような感覚があるように感じた。
「あ、ありがと」
僕はつぶやく。
「他にもいろいろおススメあるよ」
「マジで?」
「うん、だからバンバン買ってね」
「それが狙いかよっ!」
思わず突っ込みチョップをしそうになる。
と、その時、後ろから可愛い声が聞こえてきた。
「あー、リョウが服部君に絡んでる」
「虹夏、おはよう」
「あ、お、おはよう伊地知さん」
「二人ともおはよー。え、どうして仲良くなってるの?」
「貢いでもらったから」
「ちょ、山田さん!?」
「リョウ!? もしかして服部君にたかったの!?」
伊地知さんがいつになく怒ったオーラを醸し出す。
うぉ、なんだこれ。
言うなれば、いたずらした猫を叱る飼い主のような。
「じょ、冗談だよ、虹夏。ちょっと昨日、中古CD屋でばったり会って」
おぉ、山田さんがビビってる。
「そうなの? 服部君、帰りに寄り道とかするんだ、意外」
「あ、まぁ、昨日はたまたまね」
本当は伊地知さんに貸すCDを探しに行ったんだけど、なんとなくそれを言うのは恥ずかしい。
「こいつ、ディランⅡとテレビジョンを買ってた。センスいい」
「……それはリョウが聞きたいのでしょ」
ジト目でそう言ってから、はっと伊地知さんが何かに気づいた表情をする。
「まさか、貢がせたって。無理やり買わせたの!?」
「うっ、そ、それは、その」
山田さんが目をそらした。
意外に弱腰だ。
「リョウ~!?」
「ご、ごめんなさい」
あっさりと白状した。
「もうっ、なんでそういうことするかなぁ」
伊地知さんがため息をつく。
「そのCD、私が買い取るよ」
しょうがないなぁ、とか言いながら、財布を取り出す。
っていやいや、山田さんに甘すぎでしょ。
「だ、大丈夫だよ。僕自身興味があったし、実際に昨日聞いたらすっごく良かったから!」
「ほんと?」
「うん、本当。聞きすぎて寝不足になったぐらい」
「そうなんだ」
僕の瞳を見て、嘘じゃないと思ったのか、伊地知さんが財布を鞄に戻す。
「でも、リョウになんか買ってって言われても、絶対買ってあげたらだめだからね?」
「これからは気を付けるよ」
なんか、やっぱ野良猫の餌やりについてみたいな会話だなぁ。
「あ、校門についた」
「ほんとだ、いつの間に」
会話をしているとあっという間だった。
「私、今日職員室に用があるから」
伊地知さんが教室と違う方向へ。
と、その前に、ポケットから何かを取り出して、僕に手渡してきた。
「リョウの相手してくれたお礼」
手のひらを開くと、個別包装されたチョコレート菓子だった。
「じゃ、またあとで教室でね、服部君」
「う、うん」
女の子、それも伊地知さんからお菓子をもらってしまった。
僕は、食べるのが惜しいと思うぐらいにドキドキした。
「おいしそう……」
って、山田さんがめっちゃ見てる。
「あ、あげないからね」
「ケチ」
こいつ、本当に野良猫かよ。
(つづく)