【完結】恋とノイズと残響と 作:ひーたむ
そんなことがあってから、僕は音楽に夢中になっていった。
趣味らしい趣味と言えばちょっとアニメを見たりゲームをやったり程度だったから、大きな変化だ。
これまで知らなかったことを知るのがすごく心地いい。
それに、伊地知さんをもっと喜ばせたい。
先日買ったCDは貸したら喜んでくれたけど、実質的には山田さんチョイスだ。
僕が自分選んだのでアッと言わせたい。
でも、そのためにはお金が必要だ。
カッコ悪いけど、僕は母親に頭を下げた。
「母さんごめん、どうしてももうちょっと小遣いほしいんだ」
「何に使うのよ」
こわっ。
ジトっとにらまれた。
僕は、正直に話す。
「えっと、CD買いたくて」
「完全に遊びじゃない」
「でも、その、どうしても欲しいんだよ」
「バイトしなさいよ」
そうか、その手があったか。
バイトねぇ。
高校生になってから、バイトしてるやつもいる。
それの一つの手だ。
でも、どこで働くべきか今すぐには思いつかないし、給料って入るの来月だよなぁ。
悩んでいると。
「はい、今回だけよ」
なんと、3000円を渡してくれた。
「おぉ、3000円!」
「CDって一枚それぐらいでしょ?」
「よく知ってるね」
「そりゃ母さんだって学生時代にはたまに買ったもの」
「へぇ」
「あの頃はねぇ、JPOPの黄金時代で……」
「ありがと! じゃあね!」
「って母さんの思い出話ぐらい聞きなさいよ~!」
母さんの怒る声を尻目に、再び中古CD屋へ。
きょろきょろ。
今回は、山田さんは店内にいないみたいだ。
「えっと、何を買おうかな」
とはいえ、やはり改めて見渡しても量が多い。
ど、どうしようか。
うろうろと、いろんな棚を見ていく。
面置きされているのはたぶん有名な作品なのだろう。
店員さんが熱心なレヴューを書いて貼っているのもあった。
でも……。
なんとなく、自分が選んだ作品を伊地知さんに聞かせたい気持ちがあった。
伊地知さんが教えてくれた、ジャケ買い。
それをやるんだ!
僕は、歩いていて、なんかかっこいいジャケットが多いと思ったプログレッシヴロックと書かれた棚のCDをいくつか手に取る。
そのうちの一つのジャケット絵がすごく気に入った。
ファンタジーっぽい広い大地(ちょっと夏っぽい陽光が射している)に、虹がかかっている絵画のような表紙。
伊地知さんの下の名前、確か虹夏だったよな……。
なんとなく、頬が熱くなる。
僕は、それに決めた。
でも、値段を見ると……。
税込み3700円!?
高っ。
なんで?
中古品なのに。
っていうか、正価より高くないか?
ど、どうしよう、他のにするか?
でも、虹が描かれた、伊地知さんの名前と同じ意味のイラスト。
どうしても、この一枚にしたい。
僕はポケットを探る。
小銭を数えると、ちょうど700円あった。
ギリギリ、買える。
意を決して、レジに。
お会計の時、店員さんに聞いてみた。
「これって、結構高いですね」
「あぁ、レア盤だからね。廃盤になって長いし」
廃盤?
そういう概念があるのか。
まぁとにかく、高いのには理由があるってことみたいだ。
「買っちゃった……!」
手に入れると、妙な満足感がある。
今から、家で聞くのが楽しみでしょうがない。
階段を降りるとき、ガラス張り壁に自分の姿が映っていた。
どちらかと言えば陰キャ寄りの風貌の少年。
めっちゃニマニマしている。
やべっ、僕、こんなに笑いながら歩いていたのか。
駅で切符を買っている時に、ふと思った。
今回は、母さんにお金借りちゃったけど、次からはちゃんと自分のお金で買いたいな。
伊地知さんも、なんかバイトしてるって聞いたことあるし。
山田さんはどうかわからんけど。
僕だけ親の金で買ってるってカッコ悪いよな。
僕はこの時、自分もバイトをすることを決めた。
※
家に帰り、一応母親にお礼を言って、二階の自室へ。
ステレオセットに、CDをセットする。
素敵な音楽が流れだした……わけではなかった。
「なんじゃこれ」
なんか、ロックなのかクラシックなのかよくわからないサウンド。
やたらと目まぐるしく展開して、複雑。
しかも録音はあまりクリアじゃない。
何より、歌が。
「カンツォーネ?」
どう聞いても英語じゃない言語で、民謡みたいなのを歌いあげている。
わ、わけがわからんぞ。
僕は、頭を抱えた。
「だ、大失敗だぁ!!」
何がレア盤だよ!
売れないから廃盤なんじゃないのか!?
ジャケットを裏返しても、簡素な輸入盤にはほとんど情報が書いてない。
ただ、よくよく見たらアルファベットの綴りが英語じゃない。
下の頬に小さく、メイドインイタリーって書いてある。
な、謎のイタリアのロックを買ってしまったのか。
考えてみれば日本にもロックがあるんだし、そりゃイタリアにもドイツにもロックはあるんだろう。
あまりそんなこと、意識したことすらなかったぞ。
「明日、これ、伊地知さんに貸すべきだろうか?」
ドヤ顔でこれを渡すと、「だ、ダッサw」と伊地知さんにあざ笑われる妄想が。
いや、絶対にそんなこと言わないと思うけど。
でも、かすかな可能性も……。
僕は悶々と自問しながら、就寝した。
※
翌朝。
寝不足で登校する。
一応、例のCDは持ってきた。
「あっ、おはよっ、服部君!」
「お、おはよう」
いのいちばんに声をかけてくれる伊地知さん。
やっぱり可愛い。
こんないい子が、ディスってくるはずがない!
でも……。
やっぱ勇気が出ない!
「??」
僕の苦悶の表情に、キョトンとして首をかしげる伊地知さんなのだった。
※
悩んでいるうちに、放課後になってしまった。
「虹夏、帰ろ?」
「うん」
やばい、山田さんに誘われて伊地知さんが帰ってしまう。
僕は、勇気を振り絞って声をかけた。
「あ、あの、伊地知さんちょっと時間あるかな?」
「え、うん、あるよー」
ほのぼのと答えてくれる伊地知さん。
「服部が虹夏に告白しようとしてる」
「違うから!」
わけのわからん突っ込みをする山田さんを牽制してから、鞄からCDを取り出した。
「あの、またCD買ったんだ。せ、せっかくだから貸そうかなって」
「うわぁ、きれいなジャケットだね」
伊地知さんが、喜んでくれる。
「う、うん、でも、中身がね……」
「こ、これはっ……!!!」
「へ?」
しゅぱっと僕の手からCDを奪い取ったのは山田さんだった。
な、なんか目がキラキラと輝いてる!?
「イタリアのプログレ界の重鎮が一時期だけ在籍した幻のユニットの激レア盤! しかも本国イタリアプレス! ヴァイオリンとメロトロンでどこか御伽噺的なメランコリーな音像を作り上げつつ、ギターとドラムは技巧的で激しく、まさにイタリアンプログレの王道と言っていい展開で……」
か、語るねぇ。
「服部、これどこで手に入れたの!?」
「え、この前の店」
「ま、まさか入荷していたとは」
ありがとう、と言いながら、自分の鞄に入れようとする山田さん。
おいおいおい。
と、僕が止める前に、伊地知さんが言った。
「ちょっとリョウ、それ私に貸そうとしてくれてるんだよー」
ぷぅっと拗ねたようにぽっぺを膨らませてる。
なんか可愛い。
「おぉ、虹夏が嫉妬した」
「え、し、嫉妬って。ち、違うよ!?」
伊地知さんがちょっと赤くなる。
「でも虹夏、こういうのわかんないでしょ?」
「そんなの聞いてみないとわかんないもん。表紙も虹が描いてあるし。私にぴったりじゃん」
今度は、しゅぱっと伊地知さんがCDを奪い返した。
「ね、服部君」
虹の描かれたジャケットを手に、にっこりと笑って見せる伊地知さん。
僕は、「う、うん」と見とれながらつぶやいた。
「後で貸してね、虹夏」
「それは服部君に訊きなよー」
山田さんが、ぐるんっと僕を見る。
「グッドチョイス」
サムズアップする。
「視聴したの? それとも、雑誌かネットで調べた?」
「あ、いや……」
まぁ、嘘ついてもしょうがないか。
「しょ、正直、適当に買っただけ。表紙がきれいだなって」
「ふぅん」
からかってくるかと思ったけど、山田さんは、真剣な目で言った。
「センスいいよ、服部。適当に買ったとしても、こういうのをジャストに選べる人っていないから。アルバムが呼んだのかもね」
おぉ、なんか褒められた。
「もー、また二人の世界の会話になってるー」
伊地知さんが間に入ってくる。
「ね、ね、せっかくだから、帰りにファミレス寄ってみんなで聞こうよ、イヤホンあるし」
「CDプレイヤーは?」
「うちのそばの店だったら、一度帰ってポータブルプレイヤー取ってくる」
「いいね」
よかった。
なんだかんだ喜んでくれた。
「またあとで感想聞かせてね」
僕が帰ろうとすると、二人が言った。
「え、3人でだよ?」
マジか。
僕はその日、初めて女子とファミレスに行った。
山田さんが勝手に伊地知さんのポテトを食べまくって殴られていた。
しかも、お会計の時になってから。
「あ、しまった。お金ない」
嘘だろ、こいつ。
結局僕と伊地知さんで半々で出すことに。
「ご、ごめんねー、絶対すぐ返させるから。ってかリョウ、なんで誘った時にお金あるって嘘ついたの!」
「いや、なんかここはノッといた方がいいかなと思って」
こ、こいつ、一ミリも反省してねぇ。
もう呼び捨てでいいかもしれん。
(つづく)