【完結】恋とノイズと残響と   作:ひーたむ

5 / 23
5、珈琲とバイト探しとスターリー

 

 

 

「うーん、バイト、バイト……」

 

土曜日の午後。

つぶやきながら、街を歩く。

いざやってみようと思うと、これだ!とは決まらないものだ。

やってみてキツかったり、先輩にいびられたりして、しかも辞めにくかったらどうしよう。

そんなネガティブな空想をついついしてしまう。

 

「とりあえず、手に入れたバイト情報誌でもどっかで読むかぁ」

 

と、ふと目についたのは、路地裏に面した喫茶店。

 

『Music Cafe Kerouac』と書いてある。

ケロウアック?

なんて読むんだろうか。

ともあれ、Music Caféという文字には魅力を感じる。

最近、中古CD屋にも入ったし。

これまでにやったことないことをやってみたい!

気が大きくなっていた僕は、その店で少し休憩することにした。

 

「いらっしゃい」

 

大学生ぐらいの髪の長い女性がにこやかに出迎えてくれた。

店員さんは彼女一人だけ。

中は思ったよりも薄暗い。

緩やかにクラシックが鳴っている。

音楽と言っても、クラシック系なのかな?

 

「何飲む?」

 

フランクな感じで店員さんが水を持ってくる。

 

「あ、えっと、こ、コーヒーを」

「ブラック?」

「あ、はい」

「ちょっと待っててね」

 

彼女がカウンターへと戻っていき、木製のスツールに置かれたサイフォンで珈琲をたてる。

店内にお客さんは誰もいない。

土曜日なのにこれで大丈夫なのかな。

めっちゃ珈琲が不味いとか?

ちょっと不安になってきたぞ。

そんなことを考えていると。

 

「ねぇ、なんで入ってきたの?」

「え?」

 

唐突に店員のお姉さんに話しかけられた。

ぼ、僕に訊いてるんだよな?

 

「あ、えと」

「ほら、うちって入りづらいでしょ。君みたいな少年が入ってくるのって珍しいからさ」

「あ、その、表にMusicって書いてあったから」

「へぇ。音楽好きなの?」

「あ、はい。と言っても、最近ハマった感じで」

「いいね。ロック系?」

 

お姉さんが、背面の棚をスライドさせると、たくさんレコードが並べられていた。

古い紙の独特の匂いがかすかに鼻をくすぐる。

 

「うちいろいろあるよ。ロックも、ジャズも」

「すごいコレクションですね」

「うちのおじいちゃんがね、趣味で集めたの。でも最近は腰を痛めちゃって、今は代わりにあたしが立ってるってわけ」

 

そう言いながら、お姉さんが出来上がった珈琲を持ってきてくれた。

 

「どういうのが好き? なにかリクエストがあればかけてあげるよ」

 

優しく問いかけてくる。

すぐそばでお姉さんにささやかれ、僕はドキッとしてしまう。

 

「ほ、本当に詳しくないんです。今年に入ってから聞きだしたばっかで。まだ数枚しか聞いてないし、先日も、その、中古で買って失敗しちゃって」

「失敗?」

「ジャケ買いしたんですけど、なんかイタリアので。ロックなんだけど展開が目まぐるしくて複雑で」

「あぁ、プログレっぽいのを買っちゃったんだね」

 

お姉さんが、レコード棚の方に行き、PFMってバンドのレコードをチョイスした。

 

「イタリアってさ、昔はプログレ大国だったんだよ。こういうのって、最初はちょっと面食らうかもしれないけど。何度も聞いていたら、その味わいが癖になってくるんだ」

 

ほら、ゆったりと珈琲を飲みながら聞いてみて。

そう言われて僕は、目を閉じる。

深入りの珈琲の香りが鼻腔を刺激した。

その刺激が合図となって、音楽が頭の中に流れ込んでくる。

複雑に展開するけれど、どこかおおらかで牧歌的なような……。

あれ?

もっと難しい音楽だと思っていた。

でも、こうやって聞くと、なんだか歌謡曲的ですらあるかもしれない。

 

気が付くと、A面をすべて聞き終えていた。

 

「どうだった?」

「意外に、聞きやすいかもしれないです」

「でしょ?」

 

お姉さんが笑顔になる。

 

「ロックだけじゃなくて、ジャズも聞いてるとさ、ジャズっぽい要素が入ってくるときに理解しやすくなるよ。まだ時間はあるかな?」

「あ、はい」

「じゃあもう一枚聞いていきなよ」

 

彼女は、アート・ペッパーという人の、サンフランシスコ・サンバというレコードをチョイスして聞かせてくれた。

それは、アルトサックス奏者のアルバムだった。

最初の一音が流れた瞬間、僕はびっくりした。

これがジャズ?

それは、サンマルクスやドトールで流れているBGMっぽいジャズと、全く違っていた。

分厚い音のサックスが、ひたすらによくわからない音を吹き続ける。

彼自身も何かの道を探しているかのようだ。

フレーズは縦横無尽すぎてメロディだか何だかわからない。

でも、なんだろう、ザクザクと僕の心を切り刻んでいくような、解体していくような。

その、抽象的な絵画のような、作りかけのキャンバスのような音の波が不意に途切れ、唐突にメロディらしきものが現れた。

 

「え!?」

 

僕は息をのんだ。

 

「おっ、少年、今のわかったかい?」

 

お姉さんがニヤリとする。

僕は、うなづいた。

 

その10分にも及ぶ長尺の演奏が終わった時、僕は汗をかいていた。

心臓が、早鐘のように打っている。

息苦しい。

まるで100メートル走を走った後みたいだ。

ジャズってこんなに激しい、命を削るような音楽だったのか。

オシャレなカフェとかムーディーなバーとかで流れるような音楽じゃないぞ。

 

「最初にずっとフリーキーな演奏があって、ふいにボッサらしいメインテーマが現れたとき、ハッとしただろ?」

 

お姉さんが言った。

 

「は、はい、そこ、わかりました」

「アートペッパーはさ、若い頃はすごく繊細な音を奏でていたんだ。それこそ、5月の風みたいな。でも、麻薬問題とかで逮捕されたり、ずっと表舞台から遠ざかって。およそ10年かけて復帰した後のライブがさっきのさ。音が図太くタフになり、攻撃性や精神性、それでも消しきれないガラスのようなもろさが同居している音楽にたどり着いた。彼の人生の音なんだよ」

「復帰後は、上手くいったのですか?」

「死んだよ。5年ほどでね」

 

お姉さんは、そう言って煙草に火をつけた。

そして、つぶやいた。

 

「少年、たくさん音楽を浴びな。すべては有限だ」

 

 

 

 

お姉さんは、珈琲代金を請求しなかった。

 

「またふらっと来てくれ。二回目からはお代を取るぜ」

 

そう言って微笑んでくれた。

僕の頭の中で、グルグルと音楽が渦巻いていた。

イタリアン・プログレッシヴロックの複雑な展開やどこか民族的な濃厚な色彩、そしてアートペッパーの命を燃やすような、かすれた叫び声のようなサックスソロ。

それらが、血液をめぐり、僕を変えていく。

これが、音楽を浴びるってことなのか。

 

「あっ」

 

熱病に冒されたみたいにふらふらと歩いていて、いつもは通らない路地にたどり着いた。

通りに面した角のビルの地下に、ライブハウスがあることに気が付いた。

カラフルなネオンサイン。

『STARRY』って書いてある。

それが名前なのかな。

へぇ、こんなところにライブハウスがあったんだな。

ライブハウスかぁ。

興味はある。

でも、ちょっと怖いよなぁ。

なんだろう、こう、不良っぽい人が多そうというか。

偏見かもしれないけど、ちょっとでも店のルールが分かってなかったら、喧嘩を売られたりしそうな……。

 

「ま、まぁ、ライブハウスはまた今度だな。もっと大人になってから……」

 

そんなことをつぶやいて、その場を離れようとしたら。

 

「あれ? 服部君」

 

なんと伊地知さんが、ライブハウスから出てきた。

え?

なんで?

僕はびっくりして、目を見張る。

伊地知さんが不良になった!?

 

「おーい、服部君だよねー?」

 

地下のライブハウスの階段下から、伊地知さんが手を振ってくる。

その姿は、いつもの明るく朗らかな彼女そのもの。

ふ、不良になっちゃったわけではなさそうだ。

 

「や、やぁ」

 

何とか手を振り返す。

 

「ライブ聞きに来たの? ありがとー! でもまだ開店前だよ?」

 

とんとんとんっとリズミカルに階段を上がってきてくれた。

 

「あ、違うんだ、単に通りすがりで。ってか、なぜありがとう?」

「そうなんだ。あ、ここ、私のお姉ちゃんが経営してるんだよ」

「え、そうなの!?」

「うん。言ってなかったっけ」

 

初耳だ。

そうか、お姉さんのお店なのか。

しかし、伊地知さんのお姉さん。

きっとよく似ていて、明るくほんわか優しいんだろうな。

ライブハウスの経営なんてできるんだろうか?

やばいパンクスとかスキンヘッズに泣かされちゃいそうなイメージが。

 

「せっかく休日に会えたから少しおしゃべりしようよ」

 

そんなことを言ってくれる伊地知さん。

僕なんかと会えて喜んでくれるなんて天使かよ。

 

「それ何持ってるの?」

 

僕が手に持ったままのバイト情報誌を指さした。

さっきの音楽喫茶の体験が強すぎて忘れてた!

バイト雑誌を読む予定なんだった。

 

「バイトしようかなって思って」

 

僕は雑誌の表紙を見せる。

 

「そうなの? いいねー! ちなみに私のバイト先はここだよ」

 

伊地知さんが、地下のお店を指さした。

 

「え、ライブハウスで働いてるの!?」

「うん」

 

マジかよ。

 

「そうだ、せっかくだから中入っていきなよ。ドリンクとか飲んでもいいよー」

「いいの?」

「うん。リョウとかいつも勝手に飲んでるし」

 

自由だな。

どんだけ伊地知さんの世話になってんだ。

思わず苦笑しながら、伊地知さんに連れられて地下への階段を下りた。

 

「よいしょっと。お姉ちゃんただいまー。ゴミ出ししてきたよ」

 

伊地知さんが、扉を開ける。

ちょっとドキドキする。

開店前とはいえ、初ライブハウスだ。

っと、意外にうす暗いアングラな雰囲気じゃないな。

小奇麗で清潔な感じの店内だ。

何ならさっきの音楽喫茶の方がずっと怪しげな雰囲気だったぐらいだぞ。

 

「おぅ虹夏、帰ったのか……って誰だそいつ?」

 

うひゃっ。

ちょっと怖い感じの美人さんがいた。

さ、さすがライブハウスの店員さんだ。

 

「お姉ちゃん、この人クラスメイトの服部君。店の前でばったり会ったんだ」

 

え、この人がお姉さんなの!?

僕は思わず美人な店員さんを二度見する。

た、確かに、どことなく顔立ちは似ている。

特に髪の毛の三角形のアホ毛とかそっくりだ。

でも、雰囲気がだいぶ違うぞ。

全然伊地知さんみたいにほのぼのした雰囲気じゃない。

 

「あ、ど、どうも」

 

僕はびくつきながら頭を下げた。

 

「……へぇ、男の子の友達いたんだ」

「失礼な、一人ぐらいいるよ」

 

伊地知さんが頬を膨らませる。

ちょっと子供っぽい仕草だ。

 

「あ、お姉ちゃん、ジュース出していいよね?」

「おぅ、好きにしな」

 

お姉さんはあくびをして、奥に行ってしまった。

と思ったら。

 

「ちょっと良いジュースあった。これ飲ませたげなよ」

「やった!」

 

信州リンゴ100パーセントジュース。

わざわざ取りに行ってくれたのか。

 

「じゃ、ごゆっくり」

 

今度こそ奥に引っ込んだ。

 

「お姉ちゃん、優しいんだ」

「たしかに」

 

バーカウンタ-みたいなところから、ガラスコップを取り出し伊地知さんがジュースを注いでくれる。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

伊地知さんが入れてくれたジュース。

めっちゃ嬉しい。

 

「そこにも冷蔵庫あるんだね」

「こっちのバーカウンターのはリョウが来たら飲んじゃうからさ。高いジュースは奥のもう一つの冷蔵庫に隠して置いてるの」

 

おい山田……。

 

「山田もよく出入りしてるんだね」

「うん。私がいないときでも勝手に入ってきたり。お姉ちゃんに追い出されてるけど」

 

猫か何かか。

 

「っていうかさぁ」

「ん?」

 

伊地知さんがジト目になった。

 

「いつの間にか、リョウのこと山田って呼び捨てにしてる」

 

そう言うとそうだな。

先日のファミレスで山田の行動にあきれて以来、気が付いたら呼び捨てになっていた。

まぁ、最初は女子だからちょっと緊張してたけど。

山田を見てると山田だからなぁ。

呼び捨てにしても、向こうも特になんも言ってこないし。

 

「うーん、なんか、山田でいいかなって思って」

「むぅー」

 

なんか拗ねたような声。

なんかマズかったか?

あ、あれか。

伊地知さん山田とすっげー仲いいから。

あとから入ってきた僕が馴れ馴れしすぎるって思ってるのかな。

ちょっと距離感バグってたか?

なんか男友達相手みたいになっちゃってたかも。

 

「や、やめた方がいいかな? 呼び捨て」

「……別にそれ自体はいいと思うけどさ」

「それ自体?」

「……その、私のことは呼び捨てにしないじゃん」

「え?」

 

伊地知さんを呼び捨てに?

そ、それはさすがに畏れ多すぎるぞ。

僕は思わず手を振った。

 

「いやいやいや、伊地知さんは伊地知さんだよ。呼び捨てになんてできないよ!」

「むぅー」

 

なぜか伊地知さんは、またもやほっぺを膨らませるのだった。

 

 

 

 

(つづく)

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。