【完結】恋とノイズと残響と   作:ひーたむ

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6、ビートジェネレーションと間接キスと

 

 

 

伊地知さんのお姉さんが出してくれたリンゴジュースはすごく美味しかった。

ってかなにこれ。

うちでたまに親が買ってくるパックのと全然違うぞ。

 

「すっごく美味しいね」

 

僕がそう言うと伊地知さんがボトルを見せてくれた。

高級そうな瓶に入っている。

 

「うちのライブハウスにいつも出てくれるガールズバンドのお姉さんに教えてもらったんだよっ。これ美味しいって」

「その人の地元の名産品とか?」

「ううん、全国ツアーで長野に行ったときに飲んだんだって。前にお土産で持ってきてくれたの。それ以来お姉ちゃん気に入っちゃってさ。時々通販で買ってるみたい」

「全国ツアー? それって結構すごいバンドじゃないの?」

「ふふん。お姉ちゃんの昔からの友達なんだ。だから有名になってもうちに出演してくれるの!」

 

おぉ、ちょっとドヤ顔だ。

そんな伊地知さんも可愛いぞ。

っていうかお姉さん、人望があるんだな。

 

「お姉ちゃんってさ、ちょっと怖く見えるでしょ?」

「え、あ、いやそれは」

 

どう答えたらいいか難しい。

僕は思わずあやふやな返事をする。

 

「でもさ、本当はすごく面倒見がよくってね、甘々だったりするときもあるんだよ~」

 

伊地知さん、お姉さんのことを話す時すごくうれしそうだ。

本当に仲がいいんだな。

僕がそんなことを考えていると、伊地知さんが問いかけてきた。

 

「そうだ、さっき通りがかりって言ってたけど。服部君って下北に住んでるの?」

「あ、いや住んでる場所は少し離れてて。電車に乗ってきた」

「京王線?」

「うん」

「え~、どこだろ」

 

伊地知さんが駅当てクイズみたいにいくつか駅名を挙げる。

僕も楽しくなって、わざとはぐらかしたりしてみる。

そのうち、彼女は僕の最寄り駅を当てた。

 

「その辺って行ったことないかも」

「地味な住宅地だよ、駅も小さいし」

「それはそれで落ち着きそう。今度降りてみようかな」

「え、することないよ」

「服部君が案内してよ~、地元スポット」

 

冗談なのか本気なのかよくわからない会話。

とりようによったら、デートっぽいお誘いだ。

本気なわけないよな、うん。

たぶん陽キャは、こういう軽いやり取りをするものなのだろう。

 

「バイトは地元じゃなくて下北沢でする予定なの?」

「そうだね、そのつもり。学校から近いし。繁華街だからお店も多いからね」

「そうだよね。もうバイト先って決まった?」

「うーん、それがさ、さっき喫茶店でバイト雑誌読もうと思ってたんだけど。入ってみたらすごく不思議な店でね」

「え、どんなお店?」

 

さっき見つけた音楽喫茶のことを、伊地知さんはすごく興味深げに聞いてくれた。

 

「え、面白そう。私も今度リョウと行こっかな」

「山田好きそうだよね」

「うん、絶対気に入ると思う」

「何て名前のお店?」

「Kerouacって書いてあったと思う。読み方はわかんないんだ」

 

アルファベットを紙ナプキンに書きながらそう言うと、伊地知さんが首をかしげた。

 

「何て読むんだろ?」

 

やっぱり伊地知さんもわからないか。

 

「ちょっと待っててね……あ。Kerouacって、ケルアックって読むみたい」

 

スマホで単語の意味を調べて、教えてくれた。

 

「ネット辞書に昔の詩人の名前って書いてある」

「詩人?」

 

ミュージシャンじゃないのか。

 

「なんか、音楽にすごく影響を及ぼした人みたいだよ? ビート・ジェネレーションの詩人って呼ばれてるんだって」

「ビート・ジェネレーション?」

 

ビートにノってるんだろうか?

でも、どこか不思議な響だ。

 

「えっとね、ビートニクって呼ばれた人たちがいて、スプートニク……人工衛星だよね……そこから来ている名前なんだって。あはは、よくわかんないや」

 

伊地知さんのそんな言葉を聞いて、僕はふと、夜空に漂う一基の人工衛星を想像した。

92日間で消滅した人工衛星。

子供のころにテレビでドキュメンタリーを見たことがあった。

冷戦とか、そんな時代の出来事だっけ。

はるか遠い過去だ。

でも、なぜだか、すごく孤独な感じがした。

 

「へぇ~、ヒッピーとかサイケデリックロックとか、そういうのともつながっている文化みたい。ケルアックさんの代表作のタイトルは、『路上』なんだって」

「路上で生活する話なのかな?」

「もしそうだとしたら結構ハードだね?」

 

なんとなく、山田の姿が思い浮かんだ。

お金が尽きたら路上生活やりそうだよな。

同じことを考えたのか、伊地知さんも「リョウとか、いつか将来そうなっちゃわないか心配だよねー」と言って笑った。

 

「でもリョウってさ、あんな風に見えて繊細なの。絶対すぐに、〝生活デキナイ。虹夏タスケテ〟とか言ってくるよ」

「意外にそうかも」

 

僕も笑う。

伊地知さんにすがる山田か。

リアルだな。

でも結局伊地知さんは山田を助けてあげるんだろうなぁ。

そのあと、しばらく僕たちは取り留めもない雑談をした。

会話が途切れたタイミングで、伊地知さんがポツリと言った。

 

「さっきのさ、バイトの話」

「あ、うん」

「まだどこにも決めてないんだよね?」

「うん」

「そっかぁー」

 

手に握ったジュースのコップを見つめて、少しもじもじとしてから、僕の方を向いた。

 

「じゃあさ、うちで働いちゃう?」

「へ?」

 

予想外のお誘いだ。

うちってことは、このライブハウスってことだよな?

え、いいの?

それってつまり、伊地知さんと一緒に働けるってこと?

 

「あ、ご、ごめん、出しゃばりすぎたね、あはは、忘れて」

 

僕の沈黙を、困ってると受け取ったのか、伊地知さんが手を振る。

僕は慌てて答えた。

 

「いや、ぜんぜん出しゃばってないよ! 誘ってもらえてうれしい! 伊地知さんと一緒に働けるんだよね!?」

「え、う、うん」

 

僕の言葉に、伊地知さんがうなづく。

妙に顔が赤いぞ、照れたような……ってしまった。

つい本音が出すぎてしまったぁ!

いきなり「君と一緒に働けるんだよね!」とか言われたらキモいよな!?

何なら怖いよな!?

 

「い、伊地知さん、今のは、その」

 

しどろもどろ取り繕うとする僕。

こういう時、どう言えばいい?

でも伊地知さんは、真っ赤になりながらも、少しうれしそうな表情。

 

「し、シフト、合わせたら一緒にいられるねっ」

 

そんなことを言ってくれる。

そ、そうか、そうだよな。

天使みたいに優しい伊地知さんが「キモっ」とか言うわけないか。

僕は安堵する。

まぁ、あくまで優しさであって他意はないと思うけど。

一応、ちょっとフォローは入れておこう。

 

「よかった。バイト初めてだから友達と一緒の方が安心できるよ」

「へ!? あ、そそそっか、そ、そうだよね。そういう意味だよね。 やばっ、ちょっと勘違いしかけちゃったよぉ

 

ん?

なぜか伊地知さんの方が変な反応だぞ。

 

「お、お姉ちゃんに早速言ってくるよ。服部君バイトしたいって!」

 

その場を飛び出していった。

 

「ま、まさかの展開になっちゃったな」

 

一人取り残された僕は、天井を仰ぎ見る。

これから、ここで働くのか。

ライブハウス。

全く未知の世界だ。

でもまぁ、伊地知さんのお姉さんのお店だし、伊地知さんだって一緒にいてくれる。

楽しいことが待っていそうな予感がする。

 

ちらっと店の奥を見ると、伊地知さんがお姉さんに説明をしているのが見えた。

お姉さんがちらっとこちらを見る。

と、つかつかと歩いてきたぞ?

 

「え、あ、あのっ」

「お前、うちで働きたいって?」

「あ、は、はいっ!」

 

思わず背筋を正して立ち上がる僕。

 

「うーん……」

 

お姉さんがじろじろと僕を眺めまわす。

 

まぁ、真面目そうだし、虹夏に下心ってわけでもないか……わかった、いいよ。働きな。よろしくな、あたしは星歌だ」

「あ、は、はい」

 

頭を下げる僕。

 

「もー、お姉ちゃん! 服部君いじめてない?」

 

伊地知さんが駆け寄ってきた。

 

「なんもしてないよ」

 

星歌さんがその場を去っていった。

 

「き、緊張した……」

 

僕は椅子に座り込む。

 

「だ、大丈夫?」

「うん、なんとか。働いていいって言ってくれたよ」

「ほんと!? やった!」

 

僕もほっと一息ついて、テーブルの上に残っていたリンゴジュースを一口飲む。

 

「あっ」

 

ん?

伊地知さんがなぜか赤い顔でこっちを見ているぞ。

 

「あ、あの、服部君、そっち私のコップ……た、たぶん」

「え!?」

 

し、しまった。

っていうかこれって間接キスか!?

い、伊地知さんと!?

いや、それよりもまず謝らなきゃっ。

 

「ご、ごめん!」

「あ、う、ううん/// 全然大丈夫っ」

 

僕たちは互いに赤くなるのだった。

 

 

 

 

 

(つづく)

 

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