【完結】恋とノイズと残響と   作:ひーたむ

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7、はじめてのバイト

 

 

 

数日後、バイトの日がやってきた。

初めてのバイト、しかもライブハウス。

正直言って緊張する。

伊地知さんは「失敗しても誰も怒らないよっ。気楽にいこー!」って言ってくれたけど、心拍数は上がりっぱなしだ。

 

「見た目、おかしくないかな……」

 

思わず駅のトイレの鏡で確認する。

制服でってのも変かなと思い、私服を着てきた。

無難にTシャツにブルゾン、それにジーンズを履いてきたけど、オシャレとはいいがたい服装だ。

まぁ、オシャレな服なんて持ってないけどね。

 

「こ、こんにちは~」

 

ちょっとキョドりつつスターリ―の扉を開ける。

 

「やっ、来たねっ!」

 

明るく出迎えてくれたのは伊地知さんだ。

伊地知さんも、制服じゃなくて私服。

ちょっとダボっとしたオーバーサイズのTシャツと、キレイ目のプリーツが入ったスカート。

か、可愛い。

なんだろ、シンプルなのにすっごく可愛らしい。

もちろん本人の素材がいいからってのもあるだろうけど。

 

「ど、どうしたの?」

 

見つめられて、伊地知さんが赤くなる。

 

「ご、ごめん。私服初めて見たなって思って」

「あはは、家みたいなものだからね。そういう服部君も私服だね」

「ま、まぁ一応」

「ふむふむ……」

 

伊地知さんが僕を見回す。

 

「清潔感があっていいね!」

 

褒めてくれた。

 

「あ、ありがと」

 

僕は照れくさくて鼻の頭をかいた。

 

「さて、それじゃ開店前にざっと基本を覚えちゃおっか」

 

伊地知さんが仕事のやり方を教えてくれる。

 

「開店までに、汚れがないかざっと掃除をし直して……それから、ドリンクがちゃんとタンクに入ってるかの確認をして……今日の出演バンドの確認と、機材の搬入路の確認と……」

 

うぅ、結構覚えることたくさんある。

頭が混乱しそうだ。

 

「大丈夫だよ、無理はしなくていいから。わかんなかったら私がサポートするし!」

「い、伊地知さん」

 

師匠と呼ばせてくださいっ!

心の中でそう思いながら、必死にメモを取る。

伊地知さんの教え方は、明快で、ポイントをちゃんと抑えていてわかりやすい。

 

「お酒って、僕らみたいな未成年が提供してもいいの?」

「うん。自分たちが飲むわけじゃないし」

「なるほど、そうなんだね。えっと、ドリンクチケットってのを受け取ってオーダーを聞くんだよね」

「そう。これね」

 

伊地知さんが、名刺みたいな小さなカードを見せてくれる。

 

「入り口でドリンク代をもらって、その時に交換でこれを渡してるの。二杯目以降は現金だから、お金も直接扱うよ」

「わ、わかった」

「じゃ、練習してみよっか」

 

伊地知さんが、お客さんを装ってやってくる。

 

「こんにちわっ。カルピスソーダくださいっ」

「は、はい。ドリンクチケットお願いします」

「はい、どーぞ」

「あ、ありがとうございます!」

 

えっと、カップに氷を入れて、原液とソーダを注いで。

 

「ど、どうぞ!」

「ありがとう! 良いねぇ、完璧!」

 

伊地知さんがサムズアップする。

褒め上手だなぁ。

 

「じゃあちょっと休憩。服部君も好きなドリンク飲んでいいよ」

 

僕もカルピスソーダをカップに入れた。

 

「へへへ、お揃いだね、乾杯」

 

伊地知さんがカップの先をコンっと当ててくる。

 

「そうだ、今日はねぇ、結構人気のあるバンドが出るんだよ」

「あれ? バンド名が4つも書いてある」

「対バンって言って、複数のバンドが出るの。ワンマンはかなり集客力のあるバンドしかできないから、こういう形式の方が多いんだ。あ、もちろんファン層を広げるとか相乗効果とか、いろんな理由があるんだよ」

「へぇ-」

 

勉強になるなぁ。

そんな風に雑談をしていると。

 

「おっ、さっそく頑張ってるな」

 

お姉さん……星歌さんが通りがかった。

 

「は、はい、よろしくお願いします」

「よろしく。しっかりね」

「は、はい」

「あれ、虹夏?」

「なに、お姉ちゃん」

「珍しいじゃん。スカート履いてるの。いつも仕事の時は動きやすいからってジーンズだったろ」

「うぐっ」

 

伊地知さんが変な声を出した。

僕の方を見て、早口で言い訳をする。

 

「そ、その、深い意味はないから。ただ単にいつもの服が洗濯中だっただけだから」

「そうだっけ?」

 

星歌さんが首をかしげる。

 

「もぉ、お姉ちゃんはあっち行ってて―!」

 

おぉ、伊地知さんが子供っぽくお姉さんに怒ってる。

お姉さんには結構甘えるというか、こういう態度なんだな。

なんだか学校での伊地知さんと違って新鮮だ。

可愛い。

 

 

 

 

そのうち、今日の出演バンドの人たちがやってきて、店内は賑やかになっていく。

最初に出るガールズバンドがリハーサルを始めた。

 

「ギター、もう少し上げてください」

 

音を聞きながら、PAさんに注文をしていく。

なんかカッコいいなぁ。

 

 

 

 

やがて、ライブが始まった。

ドラムの音が、びりびりと体に響いた。

ライブ本番ってこんなに大きな音なのか。

ギターの音もフィードバック音が大きくて、うまく聞き取れない。

録音された音源を自宅で聞いているのと、全然違う。

お客さんの楽しみ方もまちまちだ。

最前列に行って踊ってる人、後ろから黙ってみてる人、ドリンクカウンターでたむろしたままの人。

そうか、自由に聞いていいんだな。

 

「お兄さん、ジンバック頂戴」

「は、はい、ただいま!」

 

僕は生まれて初めて、ジンのボトルを触った。

ビフィーター。

イギリス産のジンみたいだ。

やっぱロックに合うのだろうか、イギリスだけに。

 

「ど、どうぞ」

 

少し震える手で差し出すと、お客さんはお礼を言って受け取ってくれた。

 

「上手くできてるねっ」

 

伊地知さんが声をかけてくれた。

気にして見に来てくれたのかな。

 

「お客さんがいないときは、ライブ聞いてていいからね」

「す、すごい音だね。ちょっと驚いたよ」

「そっか、初めてだもんね」

「うん」

「最初は、ちょっとうるさーい!って感じちゃうかもしれないけどさ、だんだんこれが癖になっちゃうんだ」

 

伊地知さんがいたずらっぽく笑う。

 

「失敗は恐れずに、楽しんでバイトしてくれたら嬉しいな」

 

そう言って、自分の持ち場に戻っていった……と、思ったのだが。

 

「わからないとこない?」

 

ちょくちょく様子を見に来てくれる伊地知さんなのだった。

 

 

 

 

全バンドのライブが終わり、撤収作業も完了すると、ライブハウスに静寂が訪れる。

 

「いやー、働いたねー」

 

伊地知さんが、冷たいドリンクとおしぼりを持ってきてくれた。

 

「ありがとう。ち、ちゃんとできてたかな?」

 

 

問いかける僕に伊地知さんが微笑んだ。

 

「ばっちりだよっ!」

 

ほっとする僕。

 

「結構遅い時間になっちゃったけど、もう少し時間ある?」

「うん、まだ大丈夫」

「じゃ、これ一緒に食べようよ」

 

伊地知さんが、お皿に入れたクッキーを出してくれた。

 

「いいの?」

「お姉ちゃんのおやつ用なんだけど、たくさん焼きすぎたから」

「じゃあ伊地知さんが作ったの?」

「うん」

 

うわっ、マジか。

伊地知さんの手作りクッキー。

クラスの男子全員が欲しがるやつだ。

も、もらっていいのだろうか?

 

「どうしたの? もしかしてクッキー苦手だった?」

「い、いや、そんなことはないよっ!」

 

クッキーを一つ手に取って、口に入れる。

うわっ、美味い。

サクサクしていて、程よい甘みがあって。

伊地知さん、料理まで上手なのか。

 

「ど、どうかな? お口に合う?」

 

伊地知さんが、問いかけてくる。

 

「めっちゃ美味いよ!」

「そっか、良かったぁ」

 

その時、ライブハウスの扉が開いた。

 

「ごめーん。エフェクターいっこ忘れてたー」

 

出演してたガールズバンドのお姉さんが入ってくる。

 

「あら?」

 

僕と伊地知さんを見て、にまっとした。

 

「あらあらあらあらぁ?」

「な、なんですか」

「店長さんの妹さん、ボーイフレンドいたんだぁ」

「ち、ち、ちち違いますよっ!?」

 

伊地知さんが真っ赤になる。

 

「えー、本当かなぁ?」

 

なおも楽しそうに伊地知さんをからかうお姉さん。

 

「あ、あんまりしつこいと、この前吐いて床を汚したお代請求しますけどっ」

「きゃーん、こわーい」

 

お姉さんが顔色を変えて逃げて行った。

っていうか吐いたりするんだ、あのお姉さん。

 

「まったくもぉ」

 

伊地知さんがため息をつく。

 

「って、あれ? 結局エフェクター置いたままだ」

 

舞台を見ると、使い古されたエフェクターが。

伊地知さんに怒られて、そのまま出て行っちゃったみたいだ。

 

「しょうがないなぁ。まだすぐそこにいると思うから、持って行ってあげよっか。服部君、手伝ってくれる?」

「わかった」

 

二人で、エフェクターを持ちあげる。

 

「結構重いから、慎重にね」

「うん」

 

二人で運びながら会話をした。

 

「こういう時、男の子がいると本当に助かるよ。うち、お姉ちゃんもPAさんも女性だからさ」

「男性のアルバイトはいないの」

「うん」

「だから、服部君が来てくれてすっごくうれしいんだ」

「そ、そっか」

 

ちょっと照れくさいな。

 

「それに服部君だと話しやすいしさ。本当によかった」

 

伊地知さんが、そう言って微笑んでくれた。

 

「あ、いた、おーい、三沢さーん」

「あっ、持ってきてくれたの?」

「そうですよー」

「ご、ごめんねぇ、じゃ、ここに置いてくれる? あとは自分で車に積むから」

「はーい。服部君、そっと下ろそうね」

「お、オッケー」

 

ゆっくりと、エフェクターを地面に降ろす。

 

「あっ」

 

手を抜くとき、僕と伊地知さんの指が触れた。

 

「ご、ごめん」

「んーん、別にっ」

 

互いに謝る。

 

「あらあらあらぁ?」

 

お姉さんに、またもやニマニマされてしまったのだった。

 

 

 

 

 

(つづく)

 

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