【完結】恋とノイズと残響と 作:ひーたむ
数日後、バイトの日がやってきた。
初めてのバイト、しかもライブハウス。
正直言って緊張する。
伊地知さんは「失敗しても誰も怒らないよっ。気楽にいこー!」って言ってくれたけど、心拍数は上がりっぱなしだ。
「見た目、おかしくないかな……」
思わず駅のトイレの鏡で確認する。
制服でってのも変かなと思い、私服を着てきた。
無難にTシャツにブルゾン、それにジーンズを履いてきたけど、オシャレとはいいがたい服装だ。
まぁ、オシャレな服なんて持ってないけどね。
「こ、こんにちは~」
ちょっとキョドりつつスターリ―の扉を開ける。
「やっ、来たねっ!」
明るく出迎えてくれたのは伊地知さんだ。
伊地知さんも、制服じゃなくて私服。
ちょっとダボっとしたオーバーサイズのTシャツと、キレイ目のプリーツが入ったスカート。
か、可愛い。
なんだろ、シンプルなのにすっごく可愛らしい。
もちろん本人の素材がいいからってのもあるだろうけど。
「ど、どうしたの?」
見つめられて、伊地知さんが赤くなる。
「ご、ごめん。私服初めて見たなって思って」
「あはは、家みたいなものだからね。そういう服部君も私服だね」
「ま、まぁ一応」
「ふむふむ……」
伊地知さんが僕を見回す。
「清潔感があっていいね!」
褒めてくれた。
「あ、ありがと」
僕は照れくさくて鼻の頭をかいた。
「さて、それじゃ開店前にざっと基本を覚えちゃおっか」
伊地知さんが仕事のやり方を教えてくれる。
「開店までに、汚れがないかざっと掃除をし直して……それから、ドリンクがちゃんとタンクに入ってるかの確認をして……今日の出演バンドの確認と、機材の搬入路の確認と……」
うぅ、結構覚えることたくさんある。
頭が混乱しそうだ。
「大丈夫だよ、無理はしなくていいから。わかんなかったら私がサポートするし!」
「い、伊地知さん」
師匠と呼ばせてくださいっ!
心の中でそう思いながら、必死にメモを取る。
伊地知さんの教え方は、明快で、ポイントをちゃんと抑えていてわかりやすい。
「お酒って、僕らみたいな未成年が提供してもいいの?」
「うん。自分たちが飲むわけじゃないし」
「なるほど、そうなんだね。えっと、ドリンクチケットってのを受け取ってオーダーを聞くんだよね」
「そう。これね」
伊地知さんが、名刺みたいな小さなカードを見せてくれる。
「入り口でドリンク代をもらって、その時に交換でこれを渡してるの。二杯目以降は現金だから、お金も直接扱うよ」
「わ、わかった」
「じゃ、練習してみよっか」
伊地知さんが、お客さんを装ってやってくる。
「こんにちわっ。カルピスソーダくださいっ」
「は、はい。ドリンクチケットお願いします」
「はい、どーぞ」
「あ、ありがとうございます!」
えっと、カップに氷を入れて、原液とソーダを注いで。
「ど、どうぞ!」
「ありがとう! 良いねぇ、完璧!」
伊地知さんがサムズアップする。
褒め上手だなぁ。
「じゃあちょっと休憩。服部君も好きなドリンク飲んでいいよ」
僕もカルピスソーダをカップに入れた。
「へへへ、お揃いだね、乾杯」
伊地知さんがカップの先をコンっと当ててくる。
「そうだ、今日はねぇ、結構人気のあるバンドが出るんだよ」
「あれ? バンド名が4つも書いてある」
「対バンって言って、複数のバンドが出るの。ワンマンはかなり集客力のあるバンドしかできないから、こういう形式の方が多いんだ。あ、もちろんファン層を広げるとか相乗効果とか、いろんな理由があるんだよ」
「へぇ-」
勉強になるなぁ。
そんな風に雑談をしていると。
「おっ、さっそく頑張ってるな」
お姉さん……星歌さんが通りがかった。
「は、はい、よろしくお願いします」
「よろしく。しっかりね」
「は、はい」
「あれ、虹夏?」
「なに、お姉ちゃん」
「珍しいじゃん。スカート履いてるの。いつも仕事の時は動きやすいからってジーンズだったろ」
「うぐっ」
伊地知さんが変な声を出した。
僕の方を見て、早口で言い訳をする。
「そ、その、深い意味はないから。ただ単にいつもの服が洗濯中だっただけだから」
「そうだっけ?」
星歌さんが首をかしげる。
「もぉ、お姉ちゃんはあっち行ってて―!」
おぉ、伊地知さんが子供っぽくお姉さんに怒ってる。
お姉さんには結構甘えるというか、こういう態度なんだな。
なんだか学校での伊地知さんと違って新鮮だ。
可愛い。
※
そのうち、今日の出演バンドの人たちがやってきて、店内は賑やかになっていく。
最初に出るガールズバンドがリハーサルを始めた。
「ギター、もう少し上げてください」
音を聞きながら、PAさんに注文をしていく。
なんかカッコいいなぁ。
※
やがて、ライブが始まった。
ドラムの音が、びりびりと体に響いた。
ライブ本番ってこんなに大きな音なのか。
ギターの音もフィードバック音が大きくて、うまく聞き取れない。
録音された音源を自宅で聞いているのと、全然違う。
お客さんの楽しみ方もまちまちだ。
最前列に行って踊ってる人、後ろから黙ってみてる人、ドリンクカウンターでたむろしたままの人。
そうか、自由に聞いていいんだな。
「お兄さん、ジンバック頂戴」
「は、はい、ただいま!」
僕は生まれて初めて、ジンのボトルを触った。
ビフィーター。
イギリス産のジンみたいだ。
やっぱロックに合うのだろうか、イギリスだけに。
「ど、どうぞ」
少し震える手で差し出すと、お客さんはお礼を言って受け取ってくれた。
「上手くできてるねっ」
伊地知さんが声をかけてくれた。
気にして見に来てくれたのかな。
「お客さんがいないときは、ライブ聞いてていいからね」
「す、すごい音だね。ちょっと驚いたよ」
「そっか、初めてだもんね」
「うん」
「最初は、ちょっとうるさーい!って感じちゃうかもしれないけどさ、だんだんこれが癖になっちゃうんだ」
伊地知さんがいたずらっぽく笑う。
「失敗は恐れずに、楽しんでバイトしてくれたら嬉しいな」
そう言って、自分の持ち場に戻っていった……と、思ったのだが。
「わからないとこない?」
ちょくちょく様子を見に来てくれる伊地知さんなのだった。
※
全バンドのライブが終わり、撤収作業も完了すると、ライブハウスに静寂が訪れる。
「いやー、働いたねー」
伊地知さんが、冷たいドリンクとおしぼりを持ってきてくれた。
「ありがとう。ち、ちゃんとできてたかな?」
問いかける僕に伊地知さんが微笑んだ。
「ばっちりだよっ!」
ほっとする僕。
「結構遅い時間になっちゃったけど、もう少し時間ある?」
「うん、まだ大丈夫」
「じゃ、これ一緒に食べようよ」
伊地知さんが、お皿に入れたクッキーを出してくれた。
「いいの?」
「お姉ちゃんのおやつ用なんだけど、たくさん焼きすぎたから」
「じゃあ伊地知さんが作ったの?」
「うん」
うわっ、マジか。
伊地知さんの手作りクッキー。
クラスの男子全員が欲しがるやつだ。
も、もらっていいのだろうか?
「どうしたの? もしかしてクッキー苦手だった?」
「い、いや、そんなことはないよっ!」
クッキーを一つ手に取って、口に入れる。
うわっ、美味い。
サクサクしていて、程よい甘みがあって。
伊地知さん、料理まで上手なのか。
「ど、どうかな? お口に合う?」
伊地知さんが、問いかけてくる。
「めっちゃ美味いよ!」
「そっか、良かったぁ」
その時、ライブハウスの扉が開いた。
「ごめーん。エフェクターいっこ忘れてたー」
出演してたガールズバンドのお姉さんが入ってくる。
「あら?」
僕と伊地知さんを見て、にまっとした。
「あらあらあらあらぁ?」
「な、なんですか」
「店長さんの妹さん、ボーイフレンドいたんだぁ」
「ち、ち、ちち違いますよっ!?」
伊地知さんが真っ赤になる。
「えー、本当かなぁ?」
なおも楽しそうに伊地知さんをからかうお姉さん。
「あ、あんまりしつこいと、この前吐いて床を汚したお代請求しますけどっ」
「きゃーん、こわーい」
お姉さんが顔色を変えて逃げて行った。
っていうか吐いたりするんだ、あのお姉さん。
「まったくもぉ」
伊地知さんがため息をつく。
「って、あれ? 結局エフェクター置いたままだ」
舞台を見ると、使い古されたエフェクターが。
伊地知さんに怒られて、そのまま出て行っちゃったみたいだ。
「しょうがないなぁ。まだすぐそこにいると思うから、持って行ってあげよっか。服部君、手伝ってくれる?」
「わかった」
二人で、エフェクターを持ちあげる。
「結構重いから、慎重にね」
「うん」
二人で運びながら会話をした。
「こういう時、男の子がいると本当に助かるよ。うち、お姉ちゃんもPAさんも女性だからさ」
「男性のアルバイトはいないの」
「うん」
「だから、服部君が来てくれてすっごくうれしいんだ」
「そ、そっか」
ちょっと照れくさいな。
「それに服部君だと話しやすいしさ。本当によかった」
伊地知さんが、そう言って微笑んでくれた。
「あ、いた、おーい、三沢さーん」
「あっ、持ってきてくれたの?」
「そうですよー」
「ご、ごめんねぇ、じゃ、ここに置いてくれる? あとは自分で車に積むから」
「はーい。服部君、そっと下ろそうね」
「お、オッケー」
ゆっくりと、エフェクターを地面に降ろす。
「あっ」
手を抜くとき、僕と伊地知さんの指が触れた。
「ご、ごめん」
「んーん、別にっ」
互いに謝る。
「あらあらあらぁ?」
お姉さんに、またもやニマニマされてしまったのだった。
(つづく)