【完結】恋とノイズと残響と 作:ひーたむ
ざ・はむきたすの出演はトリだった。
「そろそろ始まりそう~」
「きゃー」
「リョウ様―」
うぉ、なんか追っかけみたいな女の子たちが10人ぐらい一気に入ってきた。
「え、山田のバンドって結構人気あるの?」
「ま、一応ねー」
伊地知さんが苦笑いする。
「普通に良い曲やるしさ、それにほら、リョウってば黙ってたらビジュいいから」
た、たしかに。
結構黄色い声援を浴びてるぞ。
山田がとんだ変態だと気が付いてないのか!!
「ま、実際に友達になると大変だけどねー」
伊地知さんがやれやれと肩をすくめた。
うーん、これはこれで何だろう。
後方彼氏面……?
「おっ、始まったよ!」
伊地知さんに言われて、音に集中する。
「〝あおいろとかげ〟」
ギターボーカルの女の子が、曲名を告げた。
アルペジオのような静かな音が始まり、やがてそこにノイズのような音が加わる。
ギターはやがて、つんざくような轟音になり、ふいに静止した。
静と動のコントラストだ。
ギターから手を離したその子が、マイクスタンドをつかんで、少しかすれた細い声で、どこか詩的な言葉を綴った。
君が大事にしていた
あおいとかげは
かごから逃げて
行ってしまった
僕が大事にしていた
淡い恋は
ポリバケツで
息が詰まった
同じ時間に生きているのに
同じになれない僕ら二人は
遠くの海を
探しているけど
バスも切符も
見つからないから
迷い込むのさ
夜のしじまに
這い続けるのは
とてもつらくて
這い続けるしか
できないけれど
高速道路の下の影とか
午前3時の
道路の隅に
はみ出しているよ
あおいとかげが
僕は、へぇ、と思った。
冷たいのにどこか血なまぐさい、生への執着を感じる。
盲執というべきか。
言葉は、断片的で、イメージが宙に舞い、そしてとぎれとぎれに消えていく。
冬の真夜中の通り、誰もいない部屋、あおいいろのとかげ、そのガサガサした皮膚、夜の交差点。
そういった映像が、顔を出しては去っていく。
イメージのストーリーテリングだ。
その言葉の後ろを、山田のベースラインが、縦横無尽に暴れる。
孤独なダンスを踊るように。
そこにときどき、ギターが轟音のノイズを添えていく。
美しさをノイズが潰していく。
その曲の後も、彼女たちの奏でる音はオルタナ・ギターロック的な、激しいのに寂しい、どこかヒリついいた音で、言葉は詩的で抽象的だった。
数曲の自作曲をやったのち、彼女たちは、「カヴァー曲をやろうか」と言って、ブライト・アイズのLUAをやった。
本来はアコースティックギター一本で歌われる内省的な曲だが、山田はギターに合わせてベースを弾いた。
曲を壊してしまわないぎりぎりの音。
だがその音は生き物みたいで、あるいは奔放な濁流のようにうねうねと響く。
「先週はさ、別のクラブで、ダニエル・ジョンストンのデヴィル・タウンをやったんだけど」
ギターの子が、吐息をはきながら、話す。
「ここのハコは、清潔だから。悪魔の町じゃないからね。LUAが似合うでしょう」
会場が少し笑いに包まれた。
でも反応は薄い感じ。
「では、最後に。いちばん最近作った新曲。すっごくウケがいいから。みんな楽しんでくれると思う」
そう告げて、奏でた曲は。
これまでの曲と全然違っていた。
言い方は悪いけど、型にはまったポップソング。
最初僕は、型にはまることで逆に批評をしたいのだろうかと思ったけど、そうでもない。
ギターの子は、必死に歌っている。
これは、真剣にやってるんだ。
ありきたりなJポップを、本気でやろうとしている。
僕はその音を窮屈に感じてしまった。
言葉が死んでしまっていると思ってしまった。
最近、山田の影響で変な音楽ばっか聞いていたからだろうか?
そうだ、山田は?
山田はこれをどう弾いている?
ベースラインが、よく聞こえなかった。
さっきまでみたいな、奔放な、生き生きとした音の流れがない。
上手いはずの山田は、構造の箱にとらわれて、どこかぎこちなく弾いているように見える。
無表情だから、わかりにくいけれど、苛立ちを感じているようにも見えた。
しかし、お客さんたちは。
「いいぞー!」
「かっこいいー!」
大声援だ。
さっきデヴィル・タウンをもじったジョークを言った時の、しょうがなく付き合い笑いって感じと全然違う。
みんなノリにノッている。
僕がちょっと変なんだろうか。
でも隣を見ると。
伊地知さんも、少し心配そうな表情をしていた。
目線の先は真っすぐに山田だ。
山田を案じているようにも見えた。
結果的に、ざ・はむきたすのライブは大盛況に終わった。
「お疲れさまー」
「お疲れー」
出演していたバンドメンバーの面々が片付けをして、帰っていく。
「山田は帰んないの?」
「うん。もう少しここにいる」
「あっそう。じゃあね」
軽く手を振って、ギター兼ボーカルの子とドラムの子も帰っていった。
「ふぅ……」
山田が、スターリーの椅子に腰を下ろした。
さすがに少し疲れているようだ。
「リョウ、はい、これ」
伊地知さんがおしぼりとお茶、それから甘いものを持ってきてくれる。
「ありがとう」
「ライブ、すごかったよ」
僕は、山田に言った。
「ほんと?」
山田が、僕をじろっとにらむ。
うっ、なんだよその表情。
本当は、最後の曲はちょっと変だったって言おうかなと思ったけど、やめておいた。
せっかく一番ウケが良かったんだし。
僕がどうこう言うものでもないだろう。
不機嫌にさせちゃうだけかもしれない。
「本当だよ。何か、音楽って感じがした」
「ふぅん。ボーカルは、どうだった?」
意外だな。
他人のことを訊くのか。
「よかったよ、すごく。特に言葉。ざらっとしていて、詩みたいだった」
「……うん」
山田がうなづいた。
「アイツ、詩が好きなんだ。エズラ・パウンドとか、エリオットとかも読む。そういうやつ、あんまいないから、いいと思ってた」
その時、ステージ上から伊地知さんが言った。
「リョウ―、休憩すんだらちょっと機材動かすの手伝って―」
「えぇ、なんで……。私バイトじゃない」
「さっきジュース飲んだでしょ」
「うわっ、詐欺だ。それよりさ」
「ん?」
「久しぶりに、叩いてよ。ドラム」
「…………」
伊地知さんが、背後のドラムセットを見る。
え?
伊地知さん、まさか、ドラムができるのか?
「でもなぁ。ちょっとブランクあるし」
「いいじゃん。中学までずっとやってたんだし。たまに練習はしてるんでしょ? 私、虹夏の音が聞きたい気分」
「うーん、わかった」
ドラムステッキを手に取り、伊地知さんが、ドラムスローンに座る。
「適当だよ?」
「うん、いいよ」
「よぉーし、行くぞ~!」
ちろっと舌を出して、スティックをひらりと回し、ずどんっ!
音を響かせた。
結構パワフルだ。
伊地知さんは、楽しそうに腕を動かしていく。
なんだろう、こう、聞いていてむずむずする。
自然に体が動き出しそうになるっていうか。
一音一音に跳ねがあって、元気がいい。
さっきの、ざ・はむきたすのドラムのグルーヴが、真夜中の都会みたいな無機質な攻撃性だとすれば、伊地知さんのは、まるで爽やかな春の風だ。
海辺の町を吹き抜ける爽やかな風みたいな、すっきりしていて明るいグルーヴ。
湿度がない。
「いいね」
気が付くと、山田がベースを手に取っていた。
すごく自然な感じで音を合わせていく。
「へぇ……」
僕は驚いた。
音がぴったり合ってる。
さっきのバンドだと、山田のベースって、なんだろう、アーティスティックな目を惹く異物感があったけど。
伊地知さんと一緒にやっていると、溶け合うような、調和した美しさを感じる。
どちらがいいとかじゃないけど、合わせる相手でこんなにも音の雰囲気って変わるものなのか。
なんだろう、なんだか、すごく心地良い。
ぴったりと息があったまま、3分間ほどの即興演奏が終わった。
「やるじゃん、虹夏」
「やー、ミスりまくったよー」
「でも楽しかった」
「……うん!」
伊地知さんが、汗で額についた髪を払う。
その仕草が、なんだか少しカッコいい。
僕は、気が付いたら、拍手をしていた。
「え、ちょっ、服部君!? は、恥ずかしいよっ」
伊地知さんが照れる。
山田は、ドヤ顔だった。
「二人はもしかして中学の時一緒にバンドやってたの?」
「ううん、違うよ」
あ、違ったのか。
「でもたまにこうして一緒に練習してたよね?」
「うん。虹夏とは合わせやすい」
「へへへ~」
なんかいいな、こういうの。
仲のいい友達で。
バンドが違っても、長い期間一緒にいる。
親友って感じだ。
「服部君も何かやりなよー」
「あ、僕はその、今からじゃなぁ」
「いつでも始めるのに遅くはないって。まだ高1だし」
そうは言われたけど、すぐには決められなかった。
その日の帰り道、ふと考えた。
二人と出会って、音楽が好きになって、バイトも始めて。
なんだか少しだけ、僕の地味な人生が変わっていっているような気がする。
それも、いい方向へと。
楽器に限らず、何か始めてみてもいいかもしれないな。
(つづく)
オリジナルの歌詞書くのに手間取ってしまいました。それっぽくなってるでしょうか。汗
次回投稿は連休明け以後になると思います。