ヒロインからは にげられない ▼ 作:涼暮皐
今の状況をひと言で言うと、歩いているだけで死にかける。
そんな感じだ。
仮にも世界を救った英雄の一角だというのに、魔王のいなくなった世界の中、俺はある意味で魔王が健在だったとき以上の危険と日常的に隣り合わせになった。
いや、別に健康面に問題があるというわけじゃない。
身体は万全そのものだ。どころかこのところ、体調的にはかなりの絶好調が続いていると言っていい。
では、誰かに命を狙われているのか。
その表現も正確じゃない。誰からも恨みを買わずに生きてきた、なんて口が裂けても言えないが、もし俺を殺そうとする奴がいるのなら逃げればいいだけの話だ。
ならば俺を殺そうとしているモノとは何か?
決まっている。
そう表現するのが最も適当だと言っていいだろう。
人間には――生命には運がある。あるいは存在の力と言い換えてもいい。
これは特定の個人に限った話ではなく、誰であっても同じこと。
何をやっても上手くいくようなときがあれば、何をやっても上手くいかないようなときもある。そういう波は、生きている以上は必ず発生するものだ。
差があるとすれば、その波の大小や寄せ返しの頻度だろう。
いずれにせよ、人間は生きているだけで常に一定の《幸運》を消費していると表現できる。
いわば俺は、その不運が常に命を狙う形で発露しているようなものだった。
道を歩けば物が落ちてきて、それを避ければ犯罪者に襲われる。たまたま泊まった建物は急に火災になるし、焦って走ったらもはや芸術的に転びそうになる。
そんな呪いが、今の俺にとって最大の問題だった。
当然だが、こんな状況では他者との交流には慎重にならざるを得ない。
隣にいる人間を、俺の不運に巻き込むことは避けるべきだからだ。
ひとりなら、俺は割とどうにかなる。
これでも魔王を倒した英雄パーティの魔法使いだ。自分で言うのもなんだけれど、人間の魔法使いという枠で考えれば、おそらく世界最強だろう。
だから俺は、呪いを解く方法を探してひとりで旅を始めた。
かつての仲間たちには申し訳ないが、どうしても巻き込めない事情がある。
だと、いうのに――。
「逃がしませんよ、先輩っ! 今日こそお縄についてもらいます!!」
「ふふ、師匠が考えてることなんてお見通しっすよ。いつまでもボクから逃げられるとは思わないでほしいっすね!」
「ん~、ふふ~。この辺り、リヒトくんがいたような匂いがするな~?」
仲間たちが、俺のことを全力で追い始めてしまった。
これは実に由々しき事態である。
事情は説明できない。だが追ってくるなと言って素直にやめる連中じゃない。
言った上でこうなっているのだから明白だ。
そんじょそこらの奴が相手なら、俺だってそうそう捕まらない。
彼女たちは英雄だ。俺と同じ――世界に五人だけの魔王を倒した救世主。
そんな連中が相手ならば、俺だって絶対に逃げ切れるとは断言できなかった。
だが逃げるしかない。
捕まることは、死を意味する。
あるいは――
「ああもう、せっかく見つけた隠れ家だったのにもう使えなくなった……!」
「ん。仕方ない。また次に行こう」
「そうだね。――で、お前はなんで当たり前みたいに隣にいるの?」
「勘」
「終わってる本当!」
俺って一応、英雄だったはずなんですけどね。
英雄、なぜ仲間から逃げているのか。俺も自分でもわからねえよ。
なぜこんなことになったのか。
話は、――魔王を倒す少し前にまで遡る。