ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-09『英雄、見る目がなかったり』

「がぁああああぁぁぁ……っ!!」

 

 夜を迎えつつある森を、つんざく悲鳴が切り裂いた。

 

 ――何をされた?

 痛みに呻きながらも咄嗟に思案するが、その出どころが魔族にはわからない。

 だって痛い。あまりに痛い。

 腕を切られた()()にしては、痛覚の上げる叫びが異常だった。

 それでもなんとか視線を巡らせる。

 向ける先は、ほんの一瞬だけ見えた銀色の軌跡が向かった先。

 

 そこには、地面に突き立つ一本の短剣。

 が、それは彼が目を向けるのとほとんど同時に、煙のように掻き消えた。

 

 ――消えた……!?

 

 わけがわからない。魔族(じぶん)の腕を一撃で奪うほどの武装が、まるで使い捨てかの如く溶け出すなんてあり得るだろうか?

 とにかくその消えた短剣が、どこからともなく飛んできて、腕を奪ったことだけは確かだ。

 

 ならば逆だ。視線を向けるのは短剣の行方ではなく、どこから来たのかの由来。

 痛覚に声があれば、未だ金切り声で負担を訴えているような痛みを堪えながらも、残る魔力を防御に全力で回しながら――魔族は見た。

 

 森の先に立つ、死神に似たニンゲンの姿を。

 そしてその手に握られた、真っ白な――何も書かれていない()()()()を。

 

 そう。少女(それ)は詠わない凶告鳥(まがつげどり)

 行き遭う魔族を、魔族以上の残酷さでもって音もなく屠り重ねた死色の暗殺者。

 夜闇を衣装に舞い降りる天使の名は、魔族の間でさえ響き渡る――。

 

「……っ、クーリティア=フィル……ッ!」

 

 

     ※

 

 

『ゆっくりしてきていい』という発言は、敵の存在を示す符丁だった。主に見張られているときなどに、別行動を示唆するために用いている。

 それを受けたクーは、この場を去る振りをして身を隠していたというわけだ。

 

「ぐ、くそっ、くそっ……!」

 

 腕を切断された痛みを堪えながら、魔族の男はそれでも諦めていない。

 大した精神力だ。本来、魔族は痛みに強く、何より人間よりも遥かに回復力の高い生命だ。多少のダメージであれば、ないものとして無視してくる。

 だが五大神器(エレメンツ)によってつけられた傷だけは例外だ。

 神器は魔族に対し特攻を持ち、まるで毒のように魔族へ強い痛みを与え続ける。

 

 それがわかっているから、クーもあえて腕を狙った部分がある。

 下手に致命傷を与えて回復されるより、部位欠損を狙ったほうがダメージの蓄積が見込めるわけだ。脳や心臓が潰されるよりも、腕を奪われるほうが回復が遅い。

 無論、クーがあえて致命傷を外した理由はそれだけではなく――。

 

「で。何コイツ?」

 

 魔族にではなく俺に訊くクー。

 だから俺も端的に、

 

「俺を轢いてった馬がいんのは見てたんだろ。アレだ」

「そう。アレ魔族だったんだ。よく気づいたね」

「別に確信はなかったがな……お前風に言うなら勘の範疇だ」

 

 魔族の擬態はレベルが高い。外側から看破するのは非常に困難だ。

 人類の変身魔法とはワケが異なり、魔力を完全に隠蔽して人間社会に溶け込むことができる魔法――人類社会では古代魔法に分類されるレベルの技術である。

 もちろん魔族全てが変身魔法を扱えるわけではない。

 むしろそのプライドから、他の生物に化けることを嫌う魔族も多い。

 

 ――だから今回、俺が魔族に気がついたのも半分くらい偶然だ。

 いわば呪いの副作用――弊害、悪影響。そんなところ。

 実際、俺も最初に跳ね飛ばされた段階では、単に呪いの影響で馬が暴走したのだとしか捉えていなかった。

 おかしいと思ったのは、馬がわざわざ俺の頭蓋を踏み砕こうと戻ってきたとき。

 明確な殺意。

 ただ暴れていたのではなく、初めから俺を狙っていた動き。

 

 その上で俺の催眠魔法に一瞬だけ抵抗しようとすらしてみせたのだから、明らかに呪いの影響()()()()と疑ったわけである。

 

 なにせこの呪いは、ほかの生き物の意識まで奪うような真似はしない。

 サソリが近寄ってきたり、蛇に寝床にされたりはしたが、それらはあくまで偶然の範疇を超えていない。

 ただ襲える対象がいたというだけで、俺に対し殺意や恨みがあったわけじゃない。

 ――だからこそ、これが呪いによる現象ではないと直感したのだ。

 

「いや……」

 

 その表現は正確ではないかもしれない。

 目の前の存在に明確に俺を襲う意思があると理解しただけで、

 ――こんなところで魔族に行き遭ったこと自体は、呪いの影響としか思えない。

 

 ともあれ、俺は金髪の魔族に向き直って。

 

「さて。そんなことより尋問だ。拷問まではしねえから安心しろよ」

「じゃあ私がする?」

「うん、ありがと、大丈夫。とりあえず後ろにいてね、クーはね」

「ん」

 

 ――魔族死すべし慈悲はなし。

 五英雄の中でも、クーは魔族に対して抜きん出て容赦がない。

 生ごみに群がる羽虫に対してのほうがまだしも優しい顔を向けるだろう彼女が致命傷を外したのは、単に尋問する時間を用意してくれただけだ。

 その怒りに飲まれると話がややこしくなる。ひとまず俺は封殺した。

 

「さて。――ひとりか、お前?」

 

 こちらからの問いを受け、金髪の魔族は憎悪の籠もった目でこちらを睨みつける。

 

「……答えるとでも思ってるのか?」

「いいや、別に」

「ふん。言っておくが、ただ腕を奪われたくらいで僕が引き下がるとは思うなよ」

「だからって、もう安易には動けない。だろ?」

「――っ」

「それとも試すか? 魔王のときは一対五だった。それより三人も少ないが」

「貴様……ッ!!」

 

 感情豊かな怒りを一身に受け、俺はむしろ安堵を増していた。

 魔族は、その全てに共通する特徴として、長く生きるほど()()()()()()()()というものがあるからだ。

 感情的な魔族は若い。このレベルならば、下手すれば年齢的には俺たちと大差ないかもしれないほどだ。

 

 長く生きた魔族ほど強力な以上、感情的な魔族は魔法の技術で劣っている。

 まあ、だとしても人間以上であることに違いはなかったし――弱いということは、危険ではないということを意味しないのだが。

 

「まあ落ち着けよ。狙いは最初から俺らか? どうなんだ」

「……ふん、決まってるだろう。王を殺したお前たちは我々全体の敵だ」

「だからってこんな王都の近くまで来るとはな……」

「お前らを狙うのに手っ取り早かっただけだ」

「そうか。まあ俺たちが王都に凱旋してるのは周知の事実だしな。だが敵討ちなんて殊勝な目的だけじゃねえだろ? ほかに狙いは?」

「……だから。仮にあったとして、それを僕がお前らに話すと思うのか」

「言わなきゃ殺さない、って言ったら?」

「……なんだそれは。逆じゃないのか」

 

 俺の言葉に、魔族は薄く目を細めた。

 

「いいや。どうあれお前を逃がすつもりは最初からない」

「当然だろうな」

「だから喋ったら殺す。だけど喋らないなら――()()()()()()()()()()()()

「なんだ。……結局、拷問するつもりってことか」

「どう受け取っても構わないけどな」

「そんなものを――」

 

 小さく、ニヤリと――金髪の魔族が口角を歪める。

 そして次の瞬間、俺たちの頭上に巨大な銀光が発生した。

 

 それは、美しく磨き上げられた食器に似ている。月明かりを弾くような銀の細糸で編み上げられた、巨大な食器が料理を待つ。

 無から生じるように形成された巨大な刃物が、この魔族の頼みとする武器らしい。

 さすがは魔族だ。

 俺では逆立ちしても真似のできない、無詠唱/無儀式/無術式の魔法。

 それを用意していたらしい。

 

 そう。魔族を《捕らえる》なんて愚か者のすることだ。

 奴らは一切の前兆なく魔法を使う。

 まして時間を与えれば、与えた分だけ発生する魔法の規模も増していくのが当然。

 

「馬鹿どもが! その余裕を悔いて死ね――!」

 

 魔族が叫ぶ。悠長に時間など与えたことがお前たちの敗着だと。

 生涯をかけ研鑽してきた魔族の大魔法が、俺の体を真っ二つにするべく落下する。

 

 だから、俺はその当然の思考に解答を示すように。

 

「――お前がな」

 

 果たして、――銀のナイフは俺ではなく魔族の胴体を貫いた。

 

「かっ、――あ……?」

 

 短い苦悶。金髪の魔族は喉の奥から血を零す。

 土の地面が、ぽつぽつと垂れる赤い色を吸い取っていく様を、魔族の両眼が捉えるところを俺は見ていた。

 

 そして、――そのまま動かなくなった。

 

 奴には最後まで、なぜ自分の魔法が制御を外れて、己を貫いたのかわからなかっただろう。

 ただ目の前に立っていただけの男が、その制御を奪ったなどとは考えもしない。

 あとに残るモノなど何もない。よってその凶器に、命を奪われることもない。

 

 そう。結局、奴はとっくの昔に詰んでいた。

 大した備えもなく単身で乗り込んできた傲慢も、余計な変身で騙し討ちすることを選んだ増長も、クーの潜伏にまったく気づけなかった油断も、会話でなら時間稼ぎができると目論んだ甘さも、この期に及んで殺人には無駄すぎる大魔法を作る矜持も、そもそも俺が真正面から戦ってくれると思い込むこと自体も。

 あらゆる失敗も、全ては直接的な敗因には結びついていなかった。

 たとえ何をどうしたところで――そもそも、こちらの準備が全て済んでいる以上。

 

「……何したの、リヒト?」

 

 もう息のなくなった抜け殻を前に、首を傾げてクーが問う。

 

「ターゲット変更。最近、ちょっと研究してね」

「ターゲット変更……? 相手の魔法が、飛んでいく先を変えたってコト?」

「そ。なんせ()()()()()()な。お前も見てたんだろ?」

「……噛まれた?」

「ああ。それはもう指がバキバキになって()()()()()()な」

「……そういうこと」

 

 こくり、と納得して頷くクー。

 だがその変化のわかりづらい少女の表情は、どちらかと言えば呆れを示していた。

 

「魔法使いの血液、なんてただでさえ魔法学じゃ格好の媒介だ。そんなもんを体内に取り込んでる時点で自分から服毒してるのと変わらねえ。そりゃ敗着にもなるさ」

「半日近く前のわずかな血液を、いきなり魔法の媒介にされるなんて普通考えない」

「そうだな。だから今回は矛先を逸らすことだけに利用させてもらった。俺の魔力が含まれた俺の血が体内にあるんだ、そりゃあ――()()()()()()()()()()()()

 

 そう。奴は俺の指を噛んだことで期せずして血を取り込んだが、その点には一切の仕込みがない。

 その魔力を少しでも活用しようとしたら、その時点でバレてしまうからだ。

 実際、俺は魔力によるマーキングはシャーリーにしか行わなかった。そんなことをあの魔族にしていたら、した時点で即座にバレている。魔族は人間より遥かに魔力に敏感だからだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺の血液ごと魔力を取り込んだことを、奴は問題視しなかったに違いない。

 つまり俺は、魔力を含んだ血液を魔法の媒介として利用したのではなく、ただそれが《俺の血液である》という意味だけを利用したということ。

 魔力の感知能力が高い魔族だからこそ、魔力で人間を識別する。

 奴が俺を狙って――俺の魔力を狙って魔法を放てば、それが俺の本体ではなく奴が取り込んだ血のほうを狙うように仕向けたわけだ。魔法未満の術式介入である。

 煽って会話をしたのも、情報を引き出すのと同時、相手の狙いをしっかり俺本人に向ける意味合いがあった。

 クーを狙われたら誘導が上手くいかないからね。クーなら避けるけど。

 

 ともあれ、これが今回のネタばらし。

 軽く肩を竦める俺に、クーは細い目を向けて。

 

「仕方がないのは、リヒトの性格の悪さだと思うけど」

「そういうこと言う、お前?」

「だって、――リヒトも私と同じことしてたじゃん」

「ん? ああ、そっち? マーキングの件かよ」

「道理で思いつくのが早いと思ったら。自分もやってたの隠してた」

 

 むすっとむくれるクー。

 この話をしたときに彼女はいなかったのだが、彼女が張った結界の中で話していたのだから、知られていることに疑問はない。

 ただせっかくの仕込みがあっさりばれた理由が、単に同じ手を相手も使っていたからだと知ったのが気に喰わないだけ。その点でクーはちょっとだけ拗ねていた。

 

 その様子をかわいらしいと微笑めばいいのか、

 普通に魔族の死体の前でされても逆にホラーだと思えばいいのか。

 

 と。そこでふと、死んだ魔族の死体が砂になって崩れていく。

 俺もクーも、今さらその光景に感情らしきものが浮かぶことはなかった。

 魔族は死ねば屍を遺さない。

 命を失った瞬間、その肉体は中身を失った抜け殻になる。そして魔力が抜け落ち、やがて砂になり――乾き切ったかのように崩れ去る。

 

「あーあ。もうちょい時間があれば、霧散する魔力を集めて再利用できたんだが」

「……魔族の魔力なんて使わないでほしい」

「そうは言うけどな。この一か月ずっと気を張ってたんだ。なるべくいろんなトコから魔力を工面してたんだが、まあ大概は空気中の魔力を集めてただけだ。魔族に襲われるって最初からわかってりゃ、もう少し準備もできたんだが……」

「魔族のことを、回復用の魔力タンクだと思ってるのもリヒトくらいだと思う」

「いや、そこまでは思ってねえよ」

 

 余裕があったのは、相手が生まれたばかりの低級魔族だったからだ。

 それも、油断を突いて優位に立っていただけ。

 もしも正面から本気の戦闘になれば、さきほどの魔族だって充分に脅威だし――これが高位の魔族であれば、俺だって間違いなく命懸けの戦闘になる。

 

「まあ、いいや。魔族に襲われる、なんてレベルの脅威(イベント)がここで起きたのは僥倖だ」

 

 小さな俺の呟きに、きょとんとクーが首を傾げる。

 

「リヒト?」

「いや。しばらく呪いには襲われなさそうで安心したって話だ。少し話すか、クー」

「……ん」

 

 こくりと頷く弟子の少女に、俺はわずかに笑って。

 

「はあ。まあ、俺を追ってくるのはさすがにお前くらいだろうからな。ここで決着をつけておくのがいいだろ」

「……リヒト、それ本気で……?」

「あん?」

「……ん。やっぱりなんでもないけど」

「けど?」

「ばかだね、リヒトは」

「なんで急に罵倒?」

 

 よくわからないが、なぜだか呆れているクーであった。

 まあ、こいつは普段からこんな感じだ。今さら言うべきことはない。

 

 ――それにしても。

 いったい今頃、あの三人は何をしてるかねえ。

 

 イアの奴はやっぱり教会騎士に復職か。もともと確か、騎士の家系と聞いている。

 俺たちは五人揃ってひとつのパーティだったが、もし誰かひとりを《勇者》と呼ぶ場合、それは王国最強の剣士である彼女のことになるだろう。

 俺たちはみんな得意分野が違ったが、それでも総合的には彼女が最強と言える。

 英雄の筆頭として、きっと今後も王国を守る剣であり続けるはずだ。

 

 リズノは――こうなると、元の引き籠もりに逆戻りか。

 家庭教師として部屋から引っ張り出してしまったのは俺だったが、根はインドア派な彼女のことだ、趣味の魔道具に囲まれた懐かしの部屋でゆっくりしているはず。

 イアの援護にリズノがつくだけで遠近万全の最強コンビになるのだが、まあ人前を苦手としているし、がんばった分、ゆっくり過ごしてほしいと思う。

 

 カエラは教会に戻るのだろう。英雄として魔王を倒した彼女は今や聖女だ。

 何物をも砕くその拳は凄まじい力を持つが、自由人の彼女のことだ。旅が終わったあと何をしたいかと訊いたら、予定に追われない自由な旅がしたいと言っていた。

 案外あっさり、俺みたいに行方を晦ませるのかもしれない。

 争いを好まない性格でもあるし、平和な正解を楽しんでくれれば嬉しかった。

 

 ――何してるんだろうなあ、みんな。

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