ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-10『少女たち、動く』

「どう思う?」

 

 イア=テーラドットのその問いに、リズノ=アーシャンが頷いて答える。

 

「うん。クーはたぶん……いや、間違いなくここに来てると思うっす。クーが魔法を使った痕跡が、ほんのちょっとだけど残ってるんで」

「んじゃやっぱ、クーちゃんはひとりでリヒトくんを探しに行っちゃったかぁ~」

 

 納得と頷くのはカエラ=ニルヴァエル。

 三名が揃って、救国の英雄となった神器保有者である。

 

 今、三人がいるのは王国郊外の丘の上だった。

 つい先日、王子エアハルトと魔法使いリヒトの秘密会合が行われた場所である。

 

 ――エアハルトはリヒトと一度会っている。

 これは、三名の共通した見解だ。

 その事実をエアハルトは隠そうとしていた――いや、あるいは暗に伝えていた、という見方もできるかもしれない。

 いずれにせよ、リヒトが行方を晦ましたことには何か理由がある。

 

「でもイア、よく殿下とリヒトの秘密の集合場所なんて知ってたっすね?」

「へっ?」

 

 不思議そうに訊ねたリズノに、イアはなぜだか甲高い声で狼狽えた。

 その妙な反応を、慌てて取り繕うように彼女は。

 

「え、あ……ああうん、まあね? 前に先輩から教えてもらったことがあって」

「そうなんすか。――で、本当は?」

「まったく信じてないっ!」

「だって、悪いけどイアの嘘はわかりやいっすから……」

「うん、それはそうだねー」

「……ぐぬぬぬ……。別に、嘘ってわけじゃ、ないのに……」

 

 今回ばかりは(イアにとって)不幸なことに、一年間の旅の中で築いた三名の絆は強固なものだ。

 ただでさえまっすぐな性格のイアは、今や仲間たちに対して隠しごとをするということがほとんど不可能になっていた。通用するのは逃げたクソボケ相手くらいだ。

 疚しいことがあると、それが思いっきり態度に出てしまう。

 

「イーアー? ホントのこと教えるっすよー?」

 

 隠しごとをするのかー、と詰め寄るリズノ。

 わきわきと動かされるその手から、身を捩ってイアは逃げる。

 

「い、言えない言えない! これは秘密だもんっ!!」

「むむむ。カエラ、イアが頑固っすよ!」

「う~ん、こうなると聞き出せないかもねえ。まあ言いたくないみたいだし、それはいいんじゃない~?」

 

 けらけらと笑うカエラ。これで五人の中では最も社交性に富む彼女は、普段は割と大らかで、大抵のことはほのぼのと受け流すタイプだ。

 その間延びした話し方も相まって、一見してぽやぽやした印象があるけれど、その実これで意外と、女性陣の中では最もお洒落だし、今風と言える女子でもあった。

 ほか三人が壊滅的、と言うほうが正しいかもしれないが。

 

 一方で友人の隠しごとに納得いかないリズノは、さらにイアへと追及を重ねる。

 女子陣四名のうち、最もリヒトと付き合いが深いのはさすがに直弟子のクーになるだろう。だが付き合いの長さで言えば、王都時代から交流のあったリズノも相当だ。

 一方でイアは、少なくとも本人の弁では神器保有者となってから初めて会ったとのことだったが――ならばなぜリズノすら知らない、宮廷魔導師時代のリヒトの秘密を知っているのやら。

 

「そもそもイアって、なんで師匠を先輩って呼んでるんすか?」

「え、えっと……それを言うなら、リズノだって先輩を師匠って呼ぶじゃん。本当の弟子はクーだけなのに!」

「ボクが師匠を師匠って呼ぶのは、魔道具の研究家としてっす。それに、魔法を少し教えてもらったのも嘘じゃないですし」

「それはわたしたち全員そうじゃん……」

「なっははは~。やー、まったくふたりとも面白いなあ」

 

 ふたりのやり取りを見て、けらけらと笑うカエラ。

 だいたい何があったところで、カエラの泰然とした笑いで全てにオチがつく。

 おおむね、そういう関係性でやってきた。

 

「まー、とはいえクーちゃんがいないのは痛いよねえ。さすがに、魔法をちょろっと習《かじ》っただけのあたしたちじゃ、人捜しの魔法までは使えないし……」

「むぅ……。それでも、何か手はあると思うけど」

 

 カエラの言葉をイアが肯定したように、この三人は魔法が不得手だ。

 いや。そもそも()()使()()()()()()()()()()()使()()()という時点で普通じゃないのだが、それは彼女たち三人というより教えた側(リヒト)がおかしかっただけ。

 さすがに、専門ではない三人の魔法は、慣れたものをいくつか使える程度。

 とてもではないが、人捜しの魔法なんて使えなかった。

 

「……むぅ。絶対抜け駆けだよ、これ……」

 

 ぽそり、と小さくリズノがそう零す。

 ほかのふたりは特に反応を示さなかったが、考えはおおむねいっしょだった。

 ふぅ――と息をついて、イアはふたりの仲間たちに問う。

 

「少なくとも、クーがここから先輩を追いかけてったのは確実だよね?」

「うん、だと思うっす。索敵や探知系の魔法なら、クーは師匠より上っすから。何か痕跡があればそれを辿れるはずっすね」

「あたしたちにその真似事は無理だよねー。あたしは回復しかできないし」

 

 三人は専門ではないため、それぞれ攻撃、解析、回復と、得意分野の魔法しか使うことができなかった。

 それぞれその分野ではリヒトすら凌ぐ魔法を使えることもあるが、魔法使いが本来持つべき万能性を、まったく持ち合わせない特化型である。

 

「ここは、そうなると手分けかな」

 

 やがて小さく、カエラから提案があった。

 イアはそちらを見て訊ねる。

 

「手分け? 別行動するってこと?」

「うん。あたしはそのほうがいいと思うなー。理由はふたつ」

「なんすか、理由って?」

 

 きょとんと首を傾げるふたりに、カエラは頷いて説明する。

 

「ひとつは、単にそのほうが効率がいいから。なにせ逃げてるのはリヒトくんだし」

「ん? と言うと?」

「実際、本気で逃げるリヒトくんを捕まえるのって、かなり難しいと思う。もしクーちゃんの助けが借りられるなら話は別だったけど、クーちゃん先に行っちゃったし」

「それは……」

「まあ……」

 

 王城では勢いもあって、王子殿下相手に啖呵を切ったイアだが、実際のところ魔法使いが本気で行方を晦ませようとした場合、その発見は非常に困難だろう。

 ただ、イアが自信を見せた理由は、魔法の実力云々ではなく。

 

「ま、とはいえリヒトくんのことだから、どうせ勝手に目立つとは思うけど」

「うん。それはわたしもそう思ってた」

「師匠は常に何かの事件に巻き込まれるタイプっすからね。というか、なんだかんだ自分から首を突っ込むタイプというか」

 

 それが三人の共通見解だ。

 別段、そこまでリヒトがお人好しだとは思わない。必要であれば冷徹にも残酷にもなれる人間ではある。とはいえ、身内には非常に甘いタイプなのも事実だ。

 加えて、一応は宮廷魔導師の立場にあったこともあって、魔法使いたる者、公共の利益に資するべし――要するに《魔法使いは大衆のために働けよ》という教えを割と素直に守っている。

 

 要するに、困っている人間がいれば仕事と思って颯爽と助けに行く人間で、だからこそ事件に巻き込まれることが多かったわけだ。

 当人は『魔法使いってそういうもんだから』と言い張っていたが、どうあれ本人の気質もそちらに向いていたことは間違いないだろう。

 

 ――ゆえに、何か事件が起きていそうなところへ行けばリヒトに会える。

 そういう確信を、この三人は共通見解として持っているわけだ。

 

「だったら手分けして、何かあったら連絡し合うくらいがいいと思うんだよね。三人いっしょに行動してると、揃って撒かれる可能性も高くなっちゃうし」

「なるほど。確かに一理あるかもっす」

 

 カエラの提案にリズノは納得を示し、イアが続きを訊ねる。

 

「もうひとつは?」

「もうひとつは単純に言い訳作り、かなあ。ほら、各地の慰問とか魔族の対策とか、いろいろ殿下も頼みたそうだったじゃん」

「まあ……」

「そういうのついでやっておけば、あたしたちがまた旅してても、そんなに文句言われないかなって」

「……まあ実際、ウチの実家もうるさいからなあ……」

 

 これにはイアもリズノも思わず目を細くする。

 

 神器保有者五名のうち、その肩書きを除いた身分が最も高いのはリズノだ。

 彼女の実家であるアーシャン家は名の通った大貴族であり、それに続くのがイアの実家である騎士家系のテーラドット家。

 一方でカエラとリヒト、クーリティアの三人は、出自としては平民だ。

 もっとも、カエラは教会のトップが後見人だし、リヒトも一応は宮廷魔導師という出世コースにいたため、その弟子のクーリティアも含めてそこそこの立場はある。

 

 ただそこに《魔王を倒した英雄》という肩書きが加わった場合、特に実家の身分が高いイアやリズノは、それなりに厄介なしがらみがあった。

 そのことを思案したため、イアはなかなか難しい表情になっているわけだ。

 

「実家が、はよ帰ってこいってうるさくて……」

「実はボクも、旅から帰って最初に見せられたの、見合い相手のリストだったっす」

「ああ……だから帰ってきてからずっと王城に泊まってるんだ?」

「イアもでしょー? そっちはどうなんすか?」

「騎士への復職を迫られてるよ。たぶんそのまま次期団長コースとかじゃない?」

「なるんすか?」

「別になれると決まってるわけじゃないけど。なれても嫌かな、普通に」

 

 家族とそれなりに関係が良好なリズノはまだしも、イアは自分の実家と折り合いが悪かった。両親はまだしも、イアは特に兄弟との仲が拗れていた。

 それは代々、騎士を輩出しているテーラドット家において、末の妹であるイアが、神器保有者という特殊な立場になってしまった辺りで決定的になった亀裂だ。

 

 無論、大抵の問題は、その気になれば無視できる。

 結局のところ、どうあれ《世界を救った英雄》という肩書き自体は最強だからだ。

 問題は、それにかこつけて強引な手を取れるからと言って、それが必ずしも最適解だとは限らないこと。場合によっては、むしろ悪手にだってなり得る。

 最強の札は、持っているだけで切らないというのが、使い方としては最も賢い。

 

「じゃ、そうしよっか。何かあったら連絡してよ。集合含めて方法は()()()()で」

 

 話を取り纏めてイアは言った。それにリズノとカエラも頷く。

 

「となると、まずどこに行こうかな……。リズノは何か心当たりあるの?」

「んー、そっすね。ひとまず行ってみたいトコはあるっすよ」

「え、どこ?」

 

 イアからの問いに、こくりと頷いてリズノは答えた。

 

「南にある、魔道具の街エイリー。実は、いつか行ってみたかったんす」

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