ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-11『英雄、味方をひとり得る』

「――結論から言うと、俺にかけられた呪いは《不運の呪い》だ」

「不運の、呪い?」

「ああ。その名の通り運が非常に悪くなる。まあ名前をつけたのは俺なんだが」

 

 金髪の魔族を倒して、その後。

 小屋に戻った俺は、観念してクーに事情の一部を打ち明けることにした。

 ただし無論、嘘を多分に含ませての《真実》だが。

 

 そも俺は不運になっているわけではないのだから、説明の出だしからすでに事実は語っていない。《俺の運が悪くなる》のと《俺に死が襲ってくる》のとでは、似ているだけで意味が違いすぎる。別にくじ引きに当たらなくなったわけじゃない。

 だが傍目には違いがわかりづらいことを利用し、偽証――偽症とさせてもらった。

 

 この現象を呪いと偽ったこと。

 現象自体は、呪いと酷似していること。

 これが効いてくるわけだ。

 

「今回、いきなり魔族に行き遭ったのもその一環だな。普通じゃなかったろ?」

「ん……こんなところで魔族に遭うとは思わなかったことは、そう」

 

 なにせ王都の程近く、この国の中央部分だ。魔族がときおりヒトに化けて、社会に溶け込もうとすること自体は稀にあるが、決して数は多くない。

 大きな都市には魔族除けの結界が施してあるし、そもそも魔族の特徴を隠す変化の魔法を、魔族全てが使えるわけでもない。

 また魔族は《愚者(ヒト)を騙す》ことを好む反面、根本的に《格下(ヒト)に化ける》という行為自体はプライドが好まない生命(いきもの)だ。

 

 実際、さきほどの金髪の魔族も、最初は人間ではなく馬に化けていた。

 馬に化けて人間を騙すことは彼らの矜持を満足させるが、人間そのものに変化して仲間として振る舞うことは矜持に反する――魔族とは、そういう考え方をする生き物だった。奴らは人間だけを嫌う。

 その後で村人《シャーリー》に化けたのは、一度見た人間が別人だと見抜けなかったことを嘲笑えると踏んだからだろう。俺にとっては、つけ入りやすくて助かる隙だが。

 

「ま、尋問のお陰で、奴が単独犯なのはほぼ確定できたから、それはいいだろ」

「そうだね。仲間がいる様子はなかった」

 

 もし潜入している仲間がいれば、確実に複数で向かってきていただろう。

 単独だと思わせていた魔族(てき)が実は複数いた、という格好の驚きを提供する隙は充分与えたのだから。それで出てこないのならいないと判断していい。

 あの尋問は、魔族が何を答えるかなど考慮に入れていない。

 話している間の時間で、どういう対処を取るのかを見ていたに過ぎなかった。

 

「そういう意味では、……俺がここにいたことはむしろ幸運だったのかもな」

「リヒト?」

「いや、なんでもねえよ。こういう気の逸った魔族もいるんだな、ってだけだ。それより、クー」

「ん」

 

 こうなった以上、クーを味方に引き込まない限り逃げ続けることは無理だろう。

 だから、もっともらしい嘘でコーティングして、事実から目を逸らす。

 

「俺がお前らを近づけないようにしてた理由はわかっただろ?」

「別に、私は巻き込まれても気にしないけど」

「俺が気にする。ただの呪いじゃない、明らかに失伝級の古代魔法クラス。どういう形で巻き込むことになるのか想像ができない以上、なるべく近くに他人を寄せつけたくない」

「私たちなら……問題ないと思うけど」

「いいや。俺は、お前たちだけは巻き込みたくない。大事な仲間なんだから」

「……!」

 

 実際には、そもそも呪いじゃない時点で他人に移るようなことはないんだが。呪いそのものが移らなくても、巻き込む可能性がある以上、他者は避けるのがベターだ。

 その意味では、俺と同じ《呪詛対象》である神器保有者だと、呪いが(もど)る可能性があるため、むしろ一般人より危険まである。

 だがこの辺りは詳しく説明できない(察せられる危険性がある)ため、強引に押し切るしかなかった。どうしても理屈が弱くなる部分は、勢いで補強するしかない。

 普通なら、クーたちレベルの実力には頼ったほうがいいに決まっている。

 

「俺は、今後も呪いを解く方法を探すために旅を続ける必要がある」

「うん」

 

 こくり、と頷くクーは、すでに旅に同行することは決定済みみたいな態度だ。

 それをするなと言ったところで聞かないだろう。ならば、妥協できるラインを探るしかないわけだ。

 

「……だがこの旅は、なるべく近くに人を寄せつけないようにする必要がある」

「うん。それで?」

「もしお前がついて来るつもりなら、お前には俺の窓口になってもらう」

「窓口?」

 

 きょとんと首を傾げるクーに、俺は頷いて。

 

「そうだ。解呪の方法を探すにせよ、そもそもこの旅自体にせよ、完全に誰とも顔を合わせないなんてのは……ま、さすがに無理だからな。俺の顔と手足を任せる」

「具体的には?」

「要するに雑用だよ、雑用。あるいは使用人(サーヴァント)でも世話役(マネージャー)でも可」

「……」

「もちろん、それが嫌なら断っ、」

「嫌じゃない」

「……はい了解です。なら、お前は俺の尾行をしてもらおうか」

「……尾行?」

 

 どういうことかと首を傾げるクーに、俺は答える。

 

「ああ。旅そのものには同行させられない。俺はひとりのほうが都合がいいからな。この呪いの内容を具体的に掴むためにも、俺ひとりで受けてたほうが楽だし」

「……つまり、リヒトの呪いに巻き込まれない、離れたところにいろってこと?」

「理解が早くて助かるよ。お前は基本的に別行動をしつつ、必要に応じて俺の代わりにいろいろ働いてもらうってわけだ。必要なものを買ってくるとか、誰かが近づいてきそうなら追い払うとか、そういう感じで」

「ん」

「……嫌なら断るのは今だよ?」

「大丈夫」

「本当に? 面倒だよ? 王都に戻って魔法の訓練とか楽しいよ?」

「問題ない」

「……はーい、オッケーでーす、じゃあそんな感じでー……」

「ん」

 

 クーの、なんだかんだで世話好きな一面が出てしまったというわけだ。

 基本的に、何か働いていないと落ち着かない奴だからな……。平和になったんだしゆっくりしろと言われるより、仕事を振られているほうが性に合う少女だった。

 サボり魔の師匠とは、似なくてよかったと喜ぶべきところなのかね?

 

「ま、いいや。お前からついて来るって言った以上は使い潰すぞ。指示は聞けよ」

「ものによる」

「なんで拒否権を行使できる前提にいられるんだ、この話の流れで……?」

「ん。褒めてもナイフしか出ない」

「褒めてないから出すなよナイフは。なんで弟子から脅迫されてんだよ俺……いや、まあいい。まあいいと言った以上はいいとする」

「うい」

「んじゃ、俺にかけられた呪いについて詳しく話すぞ。まず、俺の呪いの効果範囲についてだが……これは、おそらく無限だ」

 

 この言葉には、基本無表情のクーも珍しく目を丸くした。

 

「……なら離れてても意味ないんじゃ?」

「そうでもない。要は呪いが発動しても、巻き込まれる距離にさえいなきゃいいって話だ。たとえば俺めがけて矢が飛んできたとしても、近くにさえいなければ流れ矢に当たることはないわけだからな。距離を取るってのは単純だが有効な手だ」

「……なるほど」

「無限ってのは、運命そのものを捻じ曲げるからって話で、実際にコトが起きるのはあくまで俺の周囲だ。さっきの金髪の魔族だって、俺が村に着くより前から潜伏していたわけだが、実際に行動を起こしたのは俺が村に着いてからだっ、た――……」

 

 ――――、ん?

 

 なんだ? なんか今、自分で言ってて非常に強烈な違和感があった気がする。

 いや、でも言ってることに間違いはないよな? もちろん、あくまで呪いを受けて以降の経験則による推定だから、絶対じゃないってことはわかってるが……。

 何かを……見落としている?

 いや、まだわかっていることのほうが少ないのだ。見落としなんてあって当然で、そんな思考をするほうがナンセンスだろう。わかった気にすら、まだなれてない。

 しばらく首を傾げてみても、違和感の出どころが自分でわからなかった。

 

「……リヒト? どうしたの?」

 

 しばらくして、黙り込んだ俺にクーが小さく訊いた。

 俺はかぶりを振って思考を元に戻す。

 

「ああ、いや。なんか、何か引っかかった気がしたんだが、何に引っかかったのかが自分でもわからん。ひとまず措いておこう」

「不穏……」

「んなこと言っても仕方ねえよ。最初から何ひとつ穏当じゃない。えーと、どこまで話したっけ」

「呪いの範囲が無限」

「そう、それだ。というか実際のところ、この呪いが何を引き起こしているのかを、現状まったく掴めないってのが正確な言い方だな。術式があまりに高度すぎる」

 

 ――そう。こんな、どういう呪いなのかを自分の体で試すなんて手法、本来ならば下策も下策だ。魔法使いなら術式を読み解き、魔法それ自体の解体を考えるもの。

 死なないのをいいことに行き当たりばったりの対症療法――なんて、そんな下策に頼らされているのは、今のところ術式を解明する糸口すら掴めていないから。

 

「魔法学っつーか、もうこうなってくると歴史っつーか古典っつーか、もはや考古学的なアプローチになってくるよな……」

「……だいじょぶ、リヒト?」

「ん? ま、そうだな。現状、呪いじゃ死ななそうって意味なら大丈夫だが、じゃあ呪いが解けるかって話なら、今のとこは何も大丈夫じゃないって感じかな。差し引き大丈夫寄りではあるか、一応」

「…………」

「ま、その辺はひとまず今後として。いま言った通り、自分ひとり身を守るだけなら俺の魔法で対処できてる。問題は魔力の工面だが、これはクーがいれば解決だ。もう熱に気づかない、なんてことは防げるだろ」

「……、ん」

「それに、この呪いには波がある。まあ、どうあれ魔法であることは事実だ。発動に際して魔力というリソースが絶対に必要になることは間違いない。その魔力を俺から吸い上げる、なんてこともしてこない。こいつが喰ってるのは俺の運命力だ」

「運命力……?」

「運気、運勢、生存のための存在力……そんな感じだな。生きている、という状態を()()()()()()()()()()()()()と捉えたとき、その《運》を吸って魔法として消費しているわけだ。生きる力を吸って死にやすくして、かつ吸った分の力で実際に俺を殺すための障害を用意する。そういう風に俺は解釈している」

「よく生きてるね、だとしたら」

「まあ観念的なものなんだろうな。数値的に上下するというよりは、あるかないかの二択で捉えるほうがまだ近いかもしれない。いや、多いか少ないか……かな。だから吸い続けることはできない。俺の回復を待って、そこで改めて次、だ」

「…………」

「つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って話だな。今もそうだ。今後、お前とじかに会うのはこういうタイミングになるだろう」

「……ん。わかった」

 

 こくりと頷くクー。俺も頷きを返し、それから。

 

「つーわけだ。今夜はここでひと晩明かして明日出発する。経験的には、少なくとも明日一日くらいは幸運が持ちそう――いや、利用できないほど不運が持ちそう、か」

 

 こういうデカいイベント後のほうが、むしろ安心できるのだからおかしな話だ。

 それでも実際、小さな不運を散発的に繰り返されるほうが厄介だった。小さいとは言っても、ひとつひとつがしっかり命に係わることは間違いないし。

 

「難儀だね」

「そうでもねえよ。何をやっても上手くいかなくなるような呪いならお手上げだったかもしれねえが、あくまで殺すための呪いだからな。どうあれ直接的な攻撃力がない以上、こっちの防御を向こうが突破してこない間は何もないのと大差ない」

「……そう、かな……?」

「ああ。いや、むしろ生存力に限定して運気が下がってるとすれば、それ以外の運は上がっている可能性まである。ちょっと調べてみたいところだな」

「魔法バカ」

「うるせえよ、バカの弟子」

 

 軽く笑い、それからふっと伸びをする。

 クーが味方になったことで、ちょっと気を抜けるようになったのは実際助かった。

 

「ま、基本はそんなにやることはねえと思う。手配も出たし、俺を追ってくるような奴はまずいねえはずだからな。人除けは割とできてる」

「……イアと、リズノと、カエラはどうするの?」

「ん? いやお前、それ言うけどな。あいつらはあいつらで忙しいだろって。平和になったらやりたことがあるって聞いてるし、じゃなくても俺の抜けた穴を埋めなきゃいけなくなってるしな。そっちに関しちゃ申し訳ねえが」

「…………」

「まあ、会えないのは少し寂しいし、何よりもうひとつ――約束が守れなかったのも悪いとは思うけど。こうなった以上は仕方がない」

「……約束?」

 

 その言葉に反応して、クーがきょとんと首を傾げた。

 俺は頷き、旅を思い出して少し笑う。

 

「ほら、リズノは魔道具のコレクターだろ? 俺も趣味が合うから、旅が終わったらいろいろ見に行こうって話してたんだ。あいつ実家が太ぇからなー……結構、目玉が飛び出るようなの隠し持ってたりするし。引きこもりのくせにコネあるんだよな」

「…………」

「カエラとは温泉好きなのが合ってな。あいつ、あの旅が終わったら、今度は自由にゆったりした旅がしたいって言ってたんだ。それこそ温泉地とかを巡るような。そのときはいっしょにって誘ってもくれてたんだけど……いやあ、俺も行きたかった」

「……………………」

「あとはイアか。イアとだけはそういう、どこかに行こうみたいなのはなかったんだけど、なんか言いたいことがあるって言ってたんだよな、あいつ。それを聞いてやれなかったのが心残りではあるけど……まあ、これはいつか聞きに行ってやるかね」

「…………………………………………」

 

 話し出すと止まりどころを失うくらいには、色濃い旅の思い出がある。

 その最後があんな形になってしまったことだけは、俺も本当に心残りだった。

 ――それでも、あいつらは呪わせない。

 ただ《選ばれた》というだけで命を懸けて戦ったあいつらが、その手に取り戻した平穏だけは奪わせない。その決意があるから、こんな呪いも笑い飛ばせる。

 

 ……それでも。

 

「ああ。……最後に一回くらい、顔見てから来たかったな……」

 

 こうしていざクーに会ってしまったせいか。

 少しだけ、決意が揺れてしまうような泣き言が喉の奥から零れてきた。

 

 と。そんな俺に、ふとクーが。

 

「……もし」

「ん? どした、クー?」

「もし、あの三人が追いかけてきたらどうするの?」

「お前みたいにか? まあ、俺は本当に追ってこないと思ってるけど……」

 

 旅の間だって割と単独行動はした俺だ。そのときはしっかり放置されていた。

 そんな俺を、今になって追う理由は本当にないと思うけれど。

 それでも、もし彼女たちが俺を追ってくるのなら……もちろん逃げる以外にない。

 

「ま、クーに任す。どうにかしてくれ。そのために引き込んだんだ」

「……いいの?」

「ああ。お前なら上手いことやってくれるだろ。本職《斥候(スカウト)》なんだから」

「ん。……わかった」

 

 いつも通り、小さな首の動きでこくりと頷き。

 それからクーは、いつもと違って珍しく、言葉を重ねてこう言った。

 

「じゃ、――私の好きにする」

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