ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-12『英雄、魔道具の街に行く』

「――スヴァラスィ」

「何その呪文」

「気持ちを込めて『素晴らしい』って言っただけだ。突っ込むなや」

「へっ」

「……こんの弟子はよぉ……」

 

 早朝から弟子に鼻で笑われたが、今朝の俺はその程度ではめげない。

 久方振りに、快活で爽快な朝を迎えた喜びに比すれば、その程度は些事である。

 

 魔族の襲撃から一夜が明け、俺たちは借りた小屋を辞して村に向かっている。

 あの魔族は、今や誰もその存在に気づくことなく葬られている。魔族絡みの事件としては、この上ない最良の着地に至ったと言えよう。

 その点も含めて実に気分のいい朝だ。

 元はそこまで朝に強いタイプではなかった――魔法使いなんて大抵は夜型の生き物である――けれど、そんな俺も魔王討伐の旅を通じてすっかり慣れてしまった。

 まあ早起きに慣れたというよりは、寝られるときにしっかり寝て、起きるときは即起きる、という条件反射が身に染みてしまった……というほうがたぶん正確だが。

 それを差し引いても、熟睡できるということは幸せなことだと思う。

 

「あやや、リヒトさん、クーリティアさん! おはようございます!」

 

 と、そのときだ。村の入口から駆けてくる少女の姿がひとり分。

 俺に宿を貸してくれた村娘シャーリーが、笑顔で手を振りながら現れた。

 

 シャーリーとクーとは昨夜のうちに面通しを済ませている。

 一応、借りている宿だし、クーも泊まることを告げたほうがいいと思ったのだ。

 あとはまあ、勝手にやった魔力のマーキングも外しておきたかったし。別に遠隔でやることも可能だったが、そこはまあ、それとして。

 

 ちなみに、本物のほうのシャーリーも夕食を用意してくれていた。

 メニューも同じでシチューだった。無論、こちらには毒など入っていなかったし、とても美味しかった。

 

「おう、シャーリー。いい宿だったよ」

「なんか朝一で複雑な感想! あそこ宿じゃないんですけど!?」

「ははは。確かに、ちゃんと村の宿に泊まれなかったのはちょっと心残りだな」

「ふむふむ。……では、もうご出発ですか?」

「そのつもり。だけどその前に、宿代は本当にいいのか? メシまでご馳走になったし、しっかり払うけど。クーの分だけでも。クーが」

「リヒト、ダサい」

 

 しれっと自分で払うよう言った俺に、クーがジト目を向けてくる。

 背の低いクーの見上げるようなジト目は割と心にくることで評判だが、慣れている俺は今さらそんなことではめげないのだ。

 

「うるさいな。俺の分はお礼って言ってくれてんだから素直に受け取るのが礼儀ってもんだろ。でもお前は違うから。お前は俺のお零れだから」

「こういうとき、男なら宿屋代くらい出すよと言うもの」

「そんなことはない。悪い知識を蓄えたもんだ。どこで教わったんだ」

「ん。リヒトに会う前に、たまに言われた。――宿代は俺が出すからさ、ね、だから行こうよ。何もしないから。全部出すから……、みたいな」

「それは話が違うな!?」

「ん」

「念のため教えなさい。どこの誰だ。顔と名前と住所は? お父さん許しませんよ」

「行かなかったから全部知らない」

「行かなかったとしても顔は見たはずでは……?」

「印象に残らなかったよ、パパ」

「ごめん。俺から振ったけど、この話の流れで『パパ』って呼ぶのやめてほしい」

「――あっははははははは!」

 

 俺とクーのアホなやり取りを聞いて、シャーリーが腹を抱えて笑う。

 いかんな。あまりにも中身のないやり取りすぎて、なんか恥ずかしくなってきた。

 思わず妙な顔になる俺。そんなこちらに、シャーリーは目元を拭いながら。

 

「うん! 今ので、お代は充分に頂きました」

「……そうか? 変わってんな、お前も」

「そうでしょうか? そんなことはないと思いますよ。この程度は、誰だって」

「……」

「――ありがとうございました。またのお越しをお待ちしておりますね!」

「ああ。――次に来るときは、ちゃんとシャーリーのところに泊まらせてもらうよ」

「その際はきちんと責任を取ってもらいますね!」

「そういう意味じゃねえわ」

「あははっ。でも、ええ。……楽しみに待っておきます」

 

 ――それでは。

 と頭を下げるシャーリーに、俺たちは手を振って別れた。

 

 道を歩き始めて、さらに南下を続けていく。

 ふと俺は、思ったことを言葉にしてみようと、隣のクーに向けて。

 

「……気づいてたんかな」

「顔はともかく、名前はさすがに。ふたりもいれば」

「ま、……それもそうだわな」

「それより、リヒト」

「ん?」

「行く先々で、ああやって女の子と安請け合いの約束するの、よくないと思う」

「人聞きの悪いこと言うが、まあ安心しろよ」

「何が?」

「ちゃんと男の子ともしてるから」

「終わってるよ」

 

 どうでもいい会話をしながら、急ぎもせず旅路を行く。

 目指すは、魔道具の研究開発と流通の聖地《エイリー市》である。

 

 

     ※

 

 

 ――エイリー市。

 王都から南に進むこと、徒歩(かち)であれば七日ほど。

 全体が綺麗な円形をした王都と同じ計画都市であるこの街は、様々な魔道具の製造販売が行われている、王国きっての魔道具のメッカだ。

 

 魔道具とは、その名の通り《魔法的な機能を持つ道具(アイテム)》の総称であり、魔力が内蔵されているものの場合は魔法使い以外でも利用ができる。

 その用途は千差万別。

 生活に役立つ日常雑貨の類いから、魔剣や魔砲といった武器兵器の類い、あるいはそれ単体が美術品めいた価値を持つ目玉が飛び出るような貴重品まで。

 多岐にわたる種類のお陰で値段もピンキリ。国内に広く流通する大量生産品から、術式や材料などの問題で再現ができない一点物まで、魔道具――とひと言で呼ぶのは本来、普通に無理がある品々だった。

 

「……さて。クーは先に着いてるはずだが……」

 

 現在、俺はエイリー市内部のいちばん外側、外壁周辺の寂れた路地にいた。

 本格的に手配書が回っているため、しっかりお尋ね者と化している俺は、今や普通には街に入れない。が、そんなもんはどうとでもなるのが魔法使いだ。

 透明化と飛行魔法を駆使してあっさり不法侵入に成功。

 どちらも長々と使えるモノではないが、城壁を飛び越える程度なら問題ない。

 街には魔族除けの結界があるが、これは人間の魔法使いにはまったく通用しないという弱点があるため、俺が通り抜ける分にはなんの問題もないわけだ。

 

「ま、……地面はちょっと陥没させちゃったけど……許してね?」

 

 独り言で許しを乞う。――というのもだ。

 結界とのコンフリクトを避けるため、通過する瞬間だけは魔法を使えない、という制約が実はある。だから俺は外壁の真上を通過する一瞬だけ透明化と飛行を切った。

 そこから勢いを殺して再び魔法で着地する必要があるため、実は魔法使いだったら簡単に不法侵入できる――というのは、この方法だとなんなら嘘に近い。

 透明化ができて飛行ができて、それを空中で一旦切ったあと無事に着地するという曲芸めいた技術が不可欠になるためだ。

 ただでさえ高難度の魔法が必要なのに、それを空中で十全に扱うなんてスキルまで求められる。そんなもん、難易度云々以前にアホすぎて誰も習得しない。

 

 ていうか俺だって習得していない。

 そのせいで、ちょっと勢いを殺しきれず半墜落みたいになってしまった。

 

「いやあ、やっぱり静止してない状態で落ちながら飛行魔法使うの、かなり無理寄りだな……前に結構練習したんだけど、結界通るとき魔力に干渉受けるのがよくない」

 

 結界を通過するその瞬間、どうしても体外に余計な魔力が纏わりつく。

 そこから正確に、落下死する前に新しい魔法を発動するのはかなり冷静さと度胸が必要だ。そんな状態で飛行魔法なんてクソ難魔法は、さすがに俺でも無理があった。

 なるべく目立たないように、という制限のせいでもあるけれど。

 最終的に、盾場の防御魔法を地面方向に発動して、パリンパリン割りながら一種のクッションといて強引に着地する、という激アホ脳筋ムーブで攻略してしまった。

 

 こんなことをするくらいなら、もっと非常に簡単な方法を使ったほうがいい。

 すなわち、魔法による外見の変更――《変身》あるいは《偽装》である。

 

「ま、……とりあえず地面を直すか」

 

 地面に手を突き、落下の衝撃でわずかに陥没した地面を直す。

 幸い周囲には誰もいない様子だ。建物はそれなりに乱立しているが、ここは住宅街ではなく倉庫街。人の気配はほとんどなかった。

 とはいえ、落下音に気づいた誰かがやって来る可能性もあるため急ぎがいい。

 

「この落下は……さすがに呪いのせいじゃねえよな?」

 

 念のため、街に入る前に二日ほど死ぬ目に遭ってから来ている。

 だから今の呪いはかなりの弱体期のはず。俺を操って制御を誤らせる、ことまではさすがに呪いじゃできないはずだから、単に俺の実力だろう。もっと精進せねば。

 

「……結構ダルいな」

 

 さすがに《穴を埋める魔法》なんて習得していないため、魔力をそのまま不可視のエネルギー体として使って、いわば手足の代わりとして土を集める俺。

 手でやるよりは断然効率的だが、魔力をそのまま使うのは疲れる行為だった。

 魔法は普通、術式によって効率化して発動するべきものである。

 

「――――…………」

 

 チリッ、とうなじの辺りに違和感を覚えたのはその瞬間。

 

 ――何かの気配。誰かに見られているような、そんな視線の感触がした。

 そいつは今も続いている。こちらが気づいたと気づいていない。

 だが魔法を使わず首も動かさず、肌感覚で周囲の気配を探っても何もわからない。

 少なくとも、そのレベルで気配を殺せる奴が近くにいることだけは確かだった。

 

「…………」誰だ?

 

 いや、なんだ? ――と疑問するべきか。

 俺の落下音に気づいて近寄ってきただけなら身を隠す必要はないはず。

 気配を完全に殺した上で、俺の様子を窺っている何者か。

 

 おかしいな。呪いは、今は平気な時期だと思ってたんだけど……。

 街に入るために近隣で暴走した魔物のボスを一体狩ってきたところである。言葉として終わっているが、こんなところにいるなクラスの馬鹿強い魔物と、短編小説一本分くらいの死闘はやってきたんだぞ、こちとら。ただ街に入るためだけに!

 強さはかなりピンキリだが、普通の魔物だって魔族に並ぶ人間界三大脅威の一角に違いはない。あんなのと戦ったんだからしばらくは安全だと踏んでいたが……さて。

 

「――よいしょ。終わり、っと」

 

 なーんてなんでもないように呟きながら、無防備に俺は立ち上がる。

 緊張にせよ弛緩にせよ、出るとすればそういう瞬間で。

 

()()()

 

 気づいた瞬間、俺は近くにある空き家のような建物の影に短距離転移《ショートジャンプ》。

 その角からこちらを窺っていた、見知らぬ人影の背後を取った。

 そして告げる。

 

「――動くな」

「どわっひゃあぁぁぁぁああぁぁっ!? ――あうっ!?」

「えぇめっちゃ動くやん……」

 

 急に目の前から消えた男が、次の瞬間にはすぐ背後に。

 そりゃ驚いても仕方がない状況だが、だからって額から地面にぶつかって転げ回るレベルで驚かないでほしい。

 こっちのほうがびっくりだ。お陰で動かれても俺まで反応しかねてしまった。

 

「ああ痛いっ!? 頭を打ちました頭蓋が震盪(しんとう)! おデコが(ボコ)になるぅ……!」

「あーまっずい変な奴だコレ」

 

 俺は直感した。旅の最中だいたいこういう連中ばっかに会ってた。

 その経験が活きている。そんな経験したくなかったが。

 

「ひぅっ!? やめてください食べないでっ! わたしなんて食べてもホント味にしか自信ないです、たぶん栄養はないです、美味が取り柄の女ですぅ……!」

「なんで味には自信持ってんだよ。喰わねえよ」

「――はぇ?」

 

 そして、そいつは打ったおでこをさすりながら頭を上げてこちらを向いた。

 小さな体格に似合わない、非常にデカくゴツい見た目の、鎖のようなネックレスを首に巻いた――ぼさぼさの茶髪をした見知らぬ少女だ。

 これまた大きな丸眼鏡をしており、そして全身を丈の余る外套で包んでいる。

 

「え、ええと……」

 

 少女は、怯えの混じった表情で俺を見上げて。

 それからこんなことを口にした。

 

「ま、まだ人間に戻れますよ……?」

「辞めた覚えねえよ!」

「えっ、じゃあ……人間……!?」

「それ以外の何かに見えますかねえ!?」

「あんな高いところから落ちて無傷なのにですかぁ!?」

「――――すぅ(息を吸う音)」

 

 ――それ見られてたかー。いや、そっかー……。

 アレで人間じゃないと思われるのもなんだかなという感じだが、ともあれ。

 

「別に落下に耐えたわけじゃない。俺は魔法使いなんだよ」

「……ああ、なるほど。そういうことでしたか」

 

 こくり、と簡単な説明で納得して、少女はよろよろと立ち上がった。

 改めて見ても小柄だ。おそらく十代の中盤くらいだろう。魔力の気配は感じるが、その立ち振る舞いは戦いを意識する人間のそれじゃない。

 

 果たして、彼女は言った。

 

「ふむ。食べられないのであれば何よりです。挨拶をするのも一興でしょう」

「しない選択肢も考慮してんだ……?」

「というわけで。――わたしはベル。ベル=クライアーです。知ってましたか?」

「知りませんでしたよ?」

「それは何よりです。わたしも貴方とは初対面気味ですね。たぶん」

「たぶんとは……?」

「ちなみに職業は魔道具技師です。では、そちら様も名乗りをどうぞ」

 

 きょとん、と首を傾げて促す変な女。

 そんな彼女に、俺はこくりと頷いて名を告げた。

 

「リヒトだ。リヒト=クライバック」

「そうでしたか。それはクライ繋がりで何よりです。同族嫌悪」

「嫌がってんじゃねえかよ。心配しなくても同族じゃねえよ俺とお前は」

「そうですね。磁石で言えばS極とN極」

「その場合はくっつくけど?」

「ところで、どこかで聞いたようなお名前ですが――」

 

 俺のツッコミを丸ごと無視して、ふむん、と少女――ベルは考え込む。

 そして直後、ハッとした表情になって俺を指差して言った。

 

「噂の大量殺人犯――!?」

「俺そんな手配内容になってんの――!?」

 

 ともあれ。それが、この街の魔道具技師――ベル=クライアーとの出会いだった。

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