ヒロインからは にげられない ▼ 作:涼暮皐
結論から言うとなってなかった。
俺はしっかり窃盗犯。それもそれでだけど、望んだ冤罪なので一旦措く。
「すみません。ほかの手配犯はだいたいそんな感じなので偏見がまろび出ました」
「……まあ警戒するに越したことはないかもしれんけど」
驚かせないでほしいところだ。
実際、ただの窃盗程度じゃ指名手配までは普通されない。盗みで指名手配クラスになったのは、二十年以上も昔にいたとかいう大怪盗くらいのものだろう。
大抵の指名手配犯は、だいたい殺人に手を染めていると思っても間違いじゃない。
間違いを正して実際の手配内容を告げた俺に、こくこくと頷くベル少女。
「はあ、なるほど。王宮から国宝を盗んでの逃亡、ですか」
「そうだね。凶悪犯だ。逃げるなら今だぜ」
「いえ……確か神器は盗むことができないはずですよね? となれば、このお触れは何か事情があるのでしょうと察するわたしです。やだ賢い。関わりたくないしやっぱ逃げましょうかね?」
「ま、実際そのほうが賢いんだろうが……神器について知ってたのか」
「はあ……。まあ、これでも魔道具技師ですゆえ。魔道具のことであれば多少」
残念ながらと言うべきか、幸運にもと言うべきか。
ベルは
確かに、言われてみれば神器だって魔道具の一種ではある。
あまりにも特殊かつ別格すぎて、そういう風には意識していなかったけれど。
「ま、でもちょうどいいか。実は、この街には魔道具を買いつけにきたんだ」
ふっと笑顔を作って俺は言う。
持ち主以外は使えないという神器の特性まで知っているのだ、このベルは見た目によらずかなり優秀な魔道具技師であると俺は睨んでいる。
そういう意味では、ここで彼女に会えたのは悪くない偶然な気がしてきた。
やっぱりこの呪い――生死に直接関わらないラックは上がってるんじゃない?
だが、当のベルのほうはといえば。
「はあ……。実は、というほどの驚きもなく、この街に来る方は大抵そうですが」
「そいつは悪かったですね!」
「それはともかく、神器の英雄ともあろうお方がお求めのレベルの魔道具となると、わたし如きが提供できたものか疑問ではありますな。そこまで言います?」
「自分で言って自分で傷つくなよ面倒臭えな」
「えっへへへ……」
「いや、なんで喜ぶ? 怖いんですけど。どういうこと?」
話のテンポの恐ろしく掴みづらい少女であった。
かぶりを振る。さっさとこちらの話を進めてしまうほうがいいだろう。
「別に、あろうお方ってほどの者じゃないよ」
「ですよね。そんな感じします」
「うん。まあ、そこで同意されると若干ムカつくけど」
「なんと。相手の言葉に肯定を示すのが会話を円滑にする秘訣と聞いたのですが」
「それ絶対そういう意味じゃねえよ……。いや、別に今回はそんな、貴重な魔道具を求めてるってわけじゃないんだ」
「はあ、左様ですか。神器の英雄のリヒト様といえば、熱心な魔道具好きとして有名だという認識なのですが」
「え、そうなん?」
「それはもう。絶好のカモってヤツです。あ、間違えました。上客って意味です」
「間違えすぎだお前は、一から十まで」
「えっへへへ」
「だからなんで嬉しそうなん?」
俺の周りには変な奴が多いが、ベルはその中でも選りすぐりかもしれない。
まあ、魔道具技師みたいな職人連中には変人が多い、みたいなイメージあるしな。
もちろん偏見だし、優れた魔法使いも同じイメージだから、俺が言えた義理はないけれど。
「でも実際、ベルは結構優秀なんじゃないか? その証拠にお前がつけてる魔道具」
「はあ……このネックレスですか?」
「ネックレスと呼ぶにはあまりにもチェーンすぎるけれども」
「じゃあペンダント」
「より離れたまであるわ。……その鎖が《気配殺し》だったんじゃないか?」
「…………」
こくり、無言でベルは頷いた。
こいつが気配を殺していた魔道具であるらしい。
やけにゴツいが、つけていれば他人に気づかれない効果なのだから、見てくれなど大した問題じゃない。取り回しが少し悪いのがネックではあるが……とはいえ。
「それオリジナルだろ? 気配殺しを自分で作れる技師は滅多にいない」
隠す、惑わす、誤魔化す――隠匿は魔法としては決して珍しい
だがそれらを完璧な意味でこなすのは、実はかなり難しかった。
魔法である以上は魔力の気配が必ず存在し、魔法使いはそれを感知できるからだ。一般人が相手ならまだしも、魔法使いに対しての気配殺しは難易度が非常に高い。
ましてそれを物体に込める――魔道具として機能を持たせる場合、難易度はさらに跳ね上がる。
無論、ほとんどの魔道具が《ただ魔法として使う》のと《作る》のでは後者の側が難しいのだが、気配殺しはその中でも《メジャーなのに自作が難しい》ことで有名な機能なのだ。
弱ければ意味をなさないし、強ければつけたせいで逆に目立つ。バランスに失敗し作った魔道具の気配がなくなって紛失した――なんて笑い話の故事もある。
ゆえに実用的な《気配殺し》は、その大半が
「そのレベルのが作れる技師は滅多にいないはずだ」
一介の魔道具ファンとして、ほくほくしながら俺は言う。
ベルの名前は聞いたことがなかったが、こと魔道具技師は無名の天才なんて随所にいるのが常識だ。
だが当のベルは、あくまでもポヤポヤした様子で。
「いや、リヒト様にはまったく通じてなかったですけれど」
「いや通じてたぜ? 音や匂いみたいな基本的な情報はしっかり消せてた」
「でも気づいたじゃないですか」
「俺が気づいたのは視線だ。それは機能じゃなくつけてる奴側の問題だからな」
「……あっ、これリヒト様がおかしいだけなんですね。なるほど」
「視線には微弱に魔力が宿るんだ。戦う魔法使いなら気をつけておくべきトコだよ。俺がおかしいわけじゃない」
「人間、やめないでくださいね?」
「それやめてくれる?」
おかしい奴におかしいって言われるのおかしいよね。やめてほしい。
「まあいい。それを持ってるってだけでも優秀なのはわかる。俺も魔法使いだから、これでも縁は重視するんだ。そんなお前に頼みが――」
「これ作ったのわたしじゃないですけどね」
「話が変わってきちゃった!」
「で、えっと、なんでしたっけ? それを持ってるだけで……なんでしたっけ?」
「すっごい責められてる!! ごめんね格好つけて外して!!」
フッ――とベルは乾いた笑みを見せた。
自嘲するように、斜め下に目線を向ける様は、悲しいかな非常に似合っていた。
「そんな優秀な技師なら、こんな僻地に工房持ってませんよ……」
「わ、悪かったよ。……でもじゃあ、それどうしたんだ?」
「これは師匠が作ったものです。……ま、こんなわたしでも師匠への橋渡しくらいはかろうじてギリギリできるかもしれませんね……」
「かろうじてギリギリなんだ……?」
「喧嘩別れしたものでして」
「もうなんかゴメンて」
「いえいえいいんですいいんです。わたしなんてそんなものです。雑魚だし凡才だし愚鈍だし人と上手く付き合えないし友達少ないし美味しいだけが取り柄ですよ……」
「だから、なんで味には自信があるの? 喰われた経験あるの?」
感性のわからない奴だった。
まあ、そういう変人相手の対応は仲間たちで慣れているが。
「……ベルはどうなんだ?」
「へ?」
「だからベルの作った魔道具だよ。どういうのを専門にしてるんだ?」
訊ねた俺に、きょとんとベルは目を丸くする。
だが俺の興味に引きずられるように、困惑しながらも慌てて答える。
「え、えとえと……わ、わたしの専門は生体魔道具でして」
「生体魔道具……」
「は、はい。人体に直接つけたり埋め込んだりするタイプの特殊な魔道具を主に研究しているんです」
「じゃあちょうどいいじゃん」
「ちょうどいい!?」
俺の言葉に、目をぱちくりと瞬かせるベル。
そんな彼女に俺は笑って。
「ああ。俺が探してるのは《義手》だ。この失くした腕の代わりが欲しい」
「ぎ、義手……」
「だからよかったら、――お前の工房に案内してくれないか?」
俺の言葉に。
ベルは、ぽかんと口を開けて。
「え、神?」
「お前のこれまでの人生が目に浮かぶようで悲しいよ俺」
※
その後、俺はベルを肩車して彼女の工房に向かった。
「しかしさすがは神器の英雄様。さきほどの魔法は素晴らしい腕前でしたね」
「いい、いい、やめろ。妙なヨイショをするな」
「どちらかと言えば、わたしをヨイショしているのがリヒト様ですが」
「そうだけれどもね!」
俺はベルを肩車している。
念のため三回目まで言っておきましょうか。肩車です。
なぜこうなっているのかと訊かれたら俺にも謎だ。
今は呪いの弱体期とはいえ、念のため離れて歩こうかと俺が言ったら、ベルがものすごく悲しそうな顔になったためこうなったとしか言いようがない。
いや仕方ないじゃん。
ああやっぱりお世辞だったんですね死んどきますー、とか言われたらさあ。
距離を取れないなら逆に至近距離のほうが守りやすいまである。
というわけで「じゃあもう担いでっていい?」と試しに言ったら普通に許容されてしまったのだ。
俺は背負うつもりでしゃがみ込み、その後、ベルが肩に乗ってきた。なぜか。
そうして発生したのが、この意味不明な状況である。
なんでこうなったんだろう……? 俺にも意味がわからねえよ。
「でも別にお世辞ではないです。さきほどの無詠唱による短距離転移など見事なものでした。わたしも技師として魔法は齧ってますが、あんな真似はとても」
「ああ……別にあれ、完全省略じゃねえよ。魔法陣を描いてる。俺は魔法を省略する技能が死ぬほど苦手なんだ」
「え?」
「一瞬で気づかなかっただろうけどな。よく視ると足下にしっかり出てたぞ」
「え、いや、あの……は? 描いた? 描いてあった、ではなく?」
「転移みたいにいちいち細かい指定のいる魔法を、あらかじめ用意した魔法陣でやるなんて効率悪すぎだろ」
「いや、ならどうやって……? 描くのに時間がかかるから魔法陣なんじゃ」
「フリーハンドで魔力で描いてる」
「人間やめてる!!」
「やめてない」
そんな会話をしながらも、俺は割と感心していた。
かなりネガティブな様子だったが、会話のレベルはいちいち高い。
前提となる知識がしっかり頭に入っているため、余計な説明で止まるようなことがないのは優秀な証拠だ。このテンポ感が普段の会話にないのだけ意味不明だが。
かくしてベルを肩車したまま倉庫街を歩く。
目的の工房までは、数分程度ですぐに辿り着いた。
「ここです」
頭をてしてし叩かれて、俺はベルを地面に下ろした。
英雄の地位とは低いものですね。……どう考えても俺だけだろコレ。
「ここの地下がわたしの工房です」
辿り着いたのは、周囲の建物とそう大差のない普通の平屋だ。
だが確かに結界の感覚がある。なかなか静かでレベルの高い結界だった。
納得する俺に、そこでベルがふと。
「まあ実は今ひとりお客さんがいるのですが」
「ん? ――え、そうなの? 客を置いて出てきてたのか」
「まあ変な人が落下して来たので」
「悪かったよ。――いや変な人ではないけどね。指名手配犯なだけ」
「変な人じゃないですか」
「変な人だったわ」
「ともあれ、そういうわけですけど、平気です?」
「いや、むしろ俺のほうこそ無理に連れてきてもらったけど、いいのか?」
「はあ……まあ大丈夫だと思いますが」
「軽いなあ……、ん?」
そのときだった。
がちゃり、と平屋の扉がいきなり開かれる。
「――ちょっとベル? 帰ってきたんなら――……へ?」
「え」
そこから現れた人影を見て。
一瞬、全身が硬直してしまったことは、俺としてはかなりの失態だった。
いくらなんでも、さすがにそんな《偶然》は予想できない。
なにせ――。
「し、し……師匠っ!!」
「な――リ、リズノ……!?」
そこにいたのは、俺と同じ神器保有者にして、英雄のひとり。
魔王を倒したパーティの砲撃手にして、魔道具コレクターとしての同志。
――リズノ=アーシャンであった。