ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-14『英雄、偶然を呪う』

 呆けていた理性を、直感によって叩き起こす。――この一年の旅の中で身につけた経験は、こういうときにも役立つようだ。

 だがまずい。こんなところで、まさかリズノと出逢うなんて予想してなかった。

 クーもそうだが、なぜ俺の行く先に的確に現れるんだ、コイツらは。

 

 ――ひとまず俺のラックが上がっているわけじゃないことは確かなようだ。

 魔法学じゃありがちな交換だったんだが。だがこれが呪いのせいじゃないのなら、単に俺の悪運のせいという考えたくない結論が出る……!

 

「な、なんで師匠が……、なんでベルといっしょに!?」

 

 幸いなのは、困惑しているのが俺だけじゃないということか。

 とにかくもうその点を突くしかない。俺にできるのは、ひとまずリズノから逃げるという一点だけ。

 

 俺は片手を挙げて、持てる限りの爽やかさを寄せ集めて口を開く。

 

「やあ、リズノ! 久し振りだね、元気してた?」

「なんでそんな近所の道端でバッタリみたいなテンションっすか!?」

「うん、この辺りは俺の庭だからね。そういうこともあるさ」

「嘘つけ絶対来たことないっす!」

 

 ゴリ押しで会話をする俺。自分でも言っていることのおかしさは自覚している。

 だが、こういうものは言っておくことに意味がある。

 

「うん、それにしても奇遇だねリズノ。どうしてこの街に? 確か王都にいたと記憶していたけれど」

「や、だからなんすか、その変な話し方」

「ん? 何もおかしくないよ。そうだろベル? 俺はずっとこんな感じだよね?」

 

 俺は咄嗟に横のベルに話を振る。彼女は言った。

 

「――いえまったく」

「相手の言葉に肯定を示すのが会話を円滑にする秘訣じゃなかったんですか!?」

「上手にできないので忘れてみました」

「反省できて偉い! クソぅ!!」

 

 失敗だ。リズノもベルも、常に俺の想定を超えてくるなチクショウ!

 

「……ていうか、なんだ。知り合いだったのか、お前ら?」

 

 訊ねた俺に、開いたドアの前に立つリズノがこくりと頷く。

 

「そりゃまあ……ボクは昔からベルの出資者(パトロン)っすから」

「く……そういう関係だったのか。どういう偶然だよ……」

「そ、そういう師匠こそ! いったいベルとはどういう関係なんすか!?」

「どういうって……別に」

 

 どうもこうもなんの関係もなく、一瞬だけ言い淀む俺。

 すると、なぜかその隙を突くようにベルが、

 

「――行きずりで家に行きたいと言われただけの関係ですね」

「はあああああああああああ!?」

「言い方! ベルさん言い方終わってる!!」

「事実ですが……」

「事実だけどさあ!」

「事実なら言い訳のしようがないっすけどね!? 見損なった――いや見下げ果てたっすよ師匠!」

「そこまで言うなよ! 誤解なんだ!!」

「どこに誤解があるんすか!?」

「動機にです!!」

 

 ベルを狙って家に押しかけたわけじゃない。

 魔道具技師の工房に行こうとしていただけなんです俺は。

 俺の必死さに、さすがのリズノも落ち着いたのか目を細くして言う。

 

「……いいでしょう。では犯行動機を述べてくださいっす、師匠」

「招いてもらっただけだ。だから俺がいてもおかしくはない」

「招かれた……? 招かれたら初対面の女の子の家にホイホイ行くんすか師匠は」

「魔法使いが技師の工房に行って悪いことはないと思いますけれど」

「ふぅん。それが犯行動機っすか」

「あの……そもそも犯行動機って表現やめてくれない?」

「黙れ指名手配犯」

「くっ、そういえば立場が弱かった……!」

「そうっすよ。――ボクに()()()()()()のは、師匠がいちばん知ってるっすよね?」

「…………」

 

 その通り。リズノには、極めて希少な才能――《魔眼》の能力がある。

 彼女に俺の嘘は通じないわけだ。その意味でも、確かに俺の立場は本当に弱い。

 そしてリズノは、俺の目をまっすぐに見つめて言葉を作る。

 

「そもそも、どうして何も言わずに消えちゃったんすか、……師匠」

「……リズノ」

「ボクたちが、……どれだけ、心配したと……!」

 

 まっすぐな視線が俺を射抜く。その瞳は、少し潤んで揺れていた。

 その双眸に見つめられ、俺も言葉に窮してしまった。

 それは彼女の眼が魔眼だから――なんてこととは無関係に。

 

「…………」

 

 何も言わずに置いていったことは確かだ。

 そこに理由があり、それ以外の選択肢はなく、たとえ何度やり直しても同じことをするという確信があっても――それでも、何も言わずに去ったことは事実である。

 パーティを抜ける重さを考えれば、俺には説明責任があった。

 

「……悪い。事情があった。そしてそれはお前たちには話せない」

 

 だから事実を告げる。言えないということを、ただ真摯に。

 

「なんでボクらに話せないんすか?」

「それも言えない」

「……どうしても、必要なことなんすね?」

「そうだ。お前たちには悪いと思うがほかの選択肢はなかった」

「……はあ、そうっすか。まあ、そんなところだとは思ってったすけどね」

 

 小さく溜息をつき、それからリズノはやれやれと首を振った。

 仕方がないなと、どこか気の抜けたような態度で。

 

「そうか?」

「師匠が嘘をついてないことくらいわかるっすよ。別に魔眼なんて使わなくたって」

「……そいつは困るな」

「別に。師匠のことっすから、どうせ誰かのためにやってるんでしょう」

「どうかな……」

 

 俺の呪いを解くための旅なのだから、俺自身のためにしかなってないと思うが。

 それでもリズノたちのことだ。俺が呪いの矛先を請け負ったと知れば、必ずそれを気に病むだろう。そういう意味でも、やはり彼女たちには隠し通したかった。

 ともあれ俺は肩を竦めて。

 

「ま、納得してくれたならいいさ。そういうわけだから――」

「いや、理解はしたっすけど別に納得はしてないっすよ」

「――は?」

「師匠の事情はわかったっす。でも、だからってハイそうですかと、師匠を野放しにするようなボクじゃないっすよ!」

「え……いや、何を言ってる?」

 

 思わず困惑する俺に、けれどリズノは当たり前の様子で。

 

「それはこっちの台詞っす。なんで師匠をひとりにさせると思うんすか。師匠なんてひとりにさせといたら絶対にダメな生き物なんすから!」

「それは仮にも師匠と呼ぶ相手への評価か?」

「忖度のない正当な評価だと思うっす」

「お前が俺のことをどう見てるのか急に気になってきたな……」

「愛してるっすよ?」

「歪んでるよ」

「なはは」

 

 いらない冗談を言いながらからから笑うリズノだったが、残念ながら眼がまったく笑っていない。

 リズノに嘘がわかるように、俺もリズノの本気がよくわかった。

 

「大丈夫っす。もう師匠に守ってもらわなきゃいけないほど弱くないっすよ」

 

 ――コイツは本気だ。

 本気で、俺につき纏うつもりでいる……!

 

 クソ! いいこと言ってる風に言うこと聞いてないだけやん!!

 ついてこないでね? 嫌です! というだけの会話でしかなかったよ今の!

 

 しかし、考えてみれば旅の間、こいつらが俺の指示を聞くことなど戦闘時以外にはなかった気がする。それ以外はむしろ全てに逆らわれていたかもしれない。

 これだから神器持ちの英雄ってヤツはよくないね。

 何があっても、最終的には力押しでどうにかなるとどこかで思っている……!

 

「オーケイ。そっちがその気なら仕方ない」

「師匠……?」

 

 力で来るなら力で返す。

 具体的には、――ここから全力で逃げ出してやる。

 

「よっしゃあ動くんじゃねえ!」

 

 というわけで。

 ひとまず俺は近場にいたベルを抱き寄せ人質に取った。

 

「うぇえええええええええぇっ!?」

「あらぁ~」

 

 困惑して叫び声をあげるリズノと、なぜか特に驚いた様子もなく素直なベル。

 そうですね、犯罪です。でもこうでもしなきゃリズノは敵に回せない!

 

「なっ――何してるんすか、師匠!?」

「おっと黙りな! 下手に動くとこいつの頭が吹っ飛ぶぜぇ!」

「吹っ飛んでるのは師匠の頭じゃないっすかね!?」

 

 その通りです。悪いけどもう考えるのが嫌になっちゃった。

 いきなりの俺の蛮行に、さすがのリズノも狼狽えた様子で小さく零す。

 

「くっ……そ、そんな近くに……ずるい……!」

「ふ。卑怯と罵るなら好きにしな。だがお前はもうそこを動けない」

「たぶん今のはそういう意味ではないのでは……?」

 

 歯噛みするリズノ。開き直る俺。そしてよくわからないことを言うベル。

 三者三様の混沌とした場だが、主導権は今や俺にあると言える。

 

「……よくわからないっすが、人質なんて取っても師匠が攻撃するわけないっす」

 

 と、ここらで冷静さを取り戻したリズノが言う。

 

「そりゃそうだな。だが俺が本気なのもお前にはわかるはずだ」

「なんのつもりっすか……?」

「別に。今ここで最悪なのはお前に撃たれることだ。それを防いでるだけだよ」

「やってることはおかしいのに言ってることは冷静……!」

 

 リズノは砲撃手だ。彼女の持つ《砲の神器》は射程と火力に優れている。

 だからこそ、それを使われることがこの場で最もまずい。その武器を使えなくすることは、逃走の絶対条件である。

 つまりベルは人質というよりも、厳密には盾なのだ。さすがのリズノもベルを巻き込む可能性がある以上は下手に撃てない。俺のやっていることは本当に最低です。

 

 だがいい。

 時間稼ぎなら――悪いが、もう済んでいる。

 

「じゃ、そういうわけだ、リズノ。俺は逃げさせてもらうぜ」

 

 とんとん、と軽く爪先で地面を叩く。

 その足の動きで察し、咄嗟にリズノは前に駆け出す――。

 

「まずっ――ぷあっ!?」

 

 べん! と勢いよく、駆け出そうとしたリズノが見えない壁に衝突する。

 額を打ったリズノはこちらを睨んで、涙目になりつつこう叫んだ。

 

「け……結界! しまった、いつの間に……!?」

「元からあっただろ? そいつを乗っ取ってちょっと弄らせてもらった。時間は充分あったからな」

「相変わらず難易度の高いことを平然と……ま、待ってほしいっす、師匠っ!!」

「待たない」

 

 問答無用――いや、この場合は問答の時間こそが有用だった。

 俺は会話の最中からすでに干渉を始めていたのだから。

 

「――じゃあな」

 

 かくして俺は、腕に抱いたベルごと短距離転移(ショートジャンプ)でその場から姿を消す。

 相手はクーじゃない。リズノでは、俺の転移先までは追えないだろう。

 

 

     ※

 

 

「ふぅ……疲れた」

 

 何度か短距離転移を繰り返して離れた場所へ。

 ひとまず追ってこられないところで身を隠してから、俺はベルに向き直る。

 

「悪いな、強引に連れ出して。ワケわかんなかったろ」

「……魔法の省略は苦手だったのでは?」

「あん?」

 

 ベルは俺の言葉には答えず、逆に問いを投げてくる。

 別段、隠すこともないので俺は言った。

 

「今の転移か? それなら言ったろ、魔法陣はいちいち描いてる。まあ靴の中とかにいろいろ《魔法陣を描く魔法の魔法陣》を仕込んでるからな。アドリブは効くんだ」

「では、わたしの家の結界を乗っ取ったのは?」

「そっちも何も省略してない。――俺はきちんと()()()()()()()()()からな」

「詠唱……? いつです?」

「いろいろ言ってたろ? ()()()()()()()とか()()()()()()とか()()()()()()()()()とか、そういうことを」

「――――!」

「所有の宣言、侵入許可の取得、停止命令。三ワードもあったら結界を閉じる程度の改変には有効だろ。さすがに長続きはしないけどね。とっくに解けてるから、そこは安心してくれ」

「……順不同で、しかも合間に別の言葉を喋りながら、挙句に時間差までつけて……そんな適当な喋りを詠唱として成立させたんですか……? 魔法の詠唱ってそういうものじゃないんじゃ……」

「詠唱なんて自己暗示だ。必要な意味の言葉さえ口にしてればそれでいい。もちろん効果はガクッと落ちるけど、一瞬の時間稼ぎくらいには有用だ。それしかできんし」

 

 どちらかと言えば、それを知ってて俺に喋らせたリズノの失態だ。

 魔法使いは黙らせろ――なんて、初歩中の初歩ですからね。まだまだ甘い。

 

「……すごい……」

 

 初めて目にしたベルは、心底から驚いたのか目を丸くして言う。

 そこまで感動してもらえると俺も少し嬉しいものだ。

 

「いやあ、そもそも省略できるならこんなことしなくていいわけだから、どっちかというと不要な技術というか、小技なんだけどね……」

「でも、……そうですか。これなら……」

「ん、ベル?」

「――リヒトさん。確か義手をご所望とのことでしたが」

 

 ふと、ベルが俺に向き直って言う。

 なんだか急に雰囲気の変わったベルに首を傾げるが、彼女はそのまま。

 

「わたしが創ります。必ずいいものに仕上げます。ですので――その代わり、ひとつお願いを聞いてください」

「お願い? なんだよ、ベル」

 

 ひと息。間があってから、少女技師は言った。

 

「――わたしの師匠を助けてください」

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