ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-15『技師、助けを乞う』

「師匠を助けてください……?」

 

 いきなりのベルからの頼みに、俺は思わず目を細める。

 これまではまったくなかった素振りの割に、なかなか切羽詰まった頼みだ。

 確かベルは、師匠とは縁が

 

「師匠ってのは、その《気配殺し》の鎖を作ったって奴のことか」

「です」

 

 こくり、とベルは頷く。なかなか何を考えているのか読めない奴だ。

 この読めなさはカエラを思い出す……なんて考えながらも、俺は続けて訊ねた。

 

「その師匠とは喧嘩別れって聞いた気がするが……切羽詰まった事情か?」

「まあ、……おそらく」

「おそらく?」

「実は、詳しいことはわたしもよく知らないのですが……」

 

 そこまで言って、ふるふるとベルは首を振った。

 どうやら事情も込み入っているようだ。ならたぶん動くほうが早いだろう。

 

「――わかった。俺で助けられそうなら助けてやろう。行くぞ」

「わ。ど、どこへ?」

「それはお前が決めてくれ。お前は俺をどこに連れていけばいいと思ってる?」

「……。では、師匠の隠し工房に行きましょう。街の外です」

「オッケー、案内頼む。……でも街の外ならまた外壁を越えるしかねえな」

 

 わざわざ二手に別れるのも面倒だし、背負って越えればいいだろう。

 俺はその場に屈み込み、そこに乗るようベルを促す。

 

「背中に乗ってくれ。今度は肩車はやめろよ、バランス悪くなる」

「えっ普通に嫌すぎ……!」

「なんで!? 肩車はよくておんぶはダメな理由ある!?」

「そこじゃないですけど! アナタさっき墜落してたの忘れたんですか!?」

「……。いえ記憶にございません」

「嫌だー! その死に方だけは嫌だあ――!! わたしは殺されるのと事故で死ぬのと病気で死ぬのと貧困で死ぬのだけは嫌なんです!」

「だけじゃねえじゃねえか! それ以外のほうが稀だろ! だいたい網羅したよ!」

「老衰希望!」

「一択!」

 

 まあ俺の墜落音に反応して現場まで来たという話だし、怖がるのも無理はないか。

 

 ……。

 

 ん? ……ん、あれ? 今なんか、また自分で言ってて違和感があったな。

 なんだ? 何に引っかかったんだろう、俺は。今度のは、前と違ってすぐに答えが見つけられそうな気がする。

 ベルは俺の墜落音を聞いて俺のところまでやって来た。最初はそう聞いてもなんの違和感もなかった。でも今は違和感がある。だとすれば何が変わったのか。

 

 ……リズノに会ったことだ。

 

 そう。そこだ。そこが俺にとって違和感だった。

 リズノはベルの工房にいた。そこで音を聞いたのなら、それはベルだけではなく、リズノにも聞こえたはず。

 

 ――果たしてその場合、リズノはベルをひとりで現場に向かわせるだろうか?

 

 俺の感覚では、それはない気がする。もともと引きこもりのリズノだが、一年間も旅をしてきたのだから体力がないわけじゃない。そもそもが好奇心旺盛でもある。

 彼女が引きこもっていた理由は《魔眼》の制御ができなかった頃、人と会うことに嫌気が差したからだ。それはもう克服している。今もまだ怠惰ではあるが、彼女とて英雄のひとり――危険かもしれない場所に友人をひとりで送り出すとは考えにくい。

 

 第一、考えてみれば俺の墜落音だってそこまで爆音じゃない。

 リズノの工房までは多少の距離もあるし、あの場所まで音は届かなかったか、もし届いたとしてもそこまで大きな音とは感じなかったはず。

 なんだ今のは見に行こう、と考えるほどの音はベルの工房まで届いてない。

 

 ――つまり結論。

 ベルは最初から()()()()()()()()()()()()()()()()

 最初からベルは屋外にいたということだ。

 

 そう考えて思い返してみれば、そもそも『客を置いて出てきたのか』と訊いたのは俺だし、ベルはあのとき『人が落下してきたので』としか答えていない。

 そしてリズノはベルの工房――言い換えれば結界の中にいた。

 結界の中に人が入れば術者は感知できる。

 リズノは、ベルが外にいる間に訪ねてきただけで、ベルがそれを知ったのは結界の効果に過ぎない。ベルとリズノが出会ったのは俺が向かったのと同じタイミング。

 そうだったところで、リズノの言葉に矛盾するようなものはなかった――。

 

「…………」

 

 仮に俺の推測が正しかったとして何か問題はあるだろうか?

 

 ベルが俺の到着を待っていたはずはない。俺がこの街に来ることを知っていたのはクーだけだし、そのクーが情報を漏らしたなんて可能性は一ミリも疑っていない。

 よしんばそうだったとしても、俺が外壁を飛び越えて侵入してくることまでは予測できないし、もう何かの間違いでそこまで読めていたとしても、じゃあ外壁のどこを越えてくるかなんて、もはや俺だって決めていなかった。

 つまりベルと出会ったこと自体は偶然と見ていい。

 とすると、なんだ? その前提に立つとおかしな点はあるだろうか。

 

 ()()

 

 その場合は、――ベルが《気配殺し》を持っていたことがおかしくなるからだ。

 当初、俺は落下音に警戒して《気配殺し》を持ち出したのだと考えた。

 誰かが城壁を飛び越えてきたことは予測がつくだろうし、自分で言うのもなんだがそんな奴がまともなはずはない。ある程度の警戒をすること自体は自然だろう。

 だがベルは俺の侵入に気づいた段階ですでに工房にはいなかった。

 つまり彼女は、俺の侵入とは関係なく、最初から《気配殺し》を持って外にいた。

 

 だが普段からアレを持ち歩いていたとは考えにくい。

 あんな大きくて嵩張るものを、オシャレ代わりにする奴はいないだろう。持ち歩く理由はひとつ、使用することが念頭に置かれていたからと考えるのが最も自然だ。

 ベルには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「……なるほどな」

 

 小さく、納得して俺は頷く。

 ベルは不思議そうに、屈んだまま黙り込んだ俺の背中に声をかけた。

 

「あの、……どうしました?」

「ただの確認だ。ベル、――荒事になると思っていいんだな?」

「――!」

 

 どうやら緊急事態らしいと悟った俺に、ベルの息を呑む音が届く。

 それも一瞬。彼女はこちらに駆け寄ってきて、そのままそっと背中に乗った。

 

「わかりません。ただ、さっき師匠の工房から人の気配がなくなって」

「なんだ、結界でもあるのか?」

「結界はありますがそうではなく、残してきた魔道具の力です。遠隔で人の出入りを確認できるので、もしかすると急がないといけないかもしれなくて」

「わかった。詳しいことは向かいながら聞く。結界を越えるとき舌だけ噛むなよ」

「あの。……これ本当に上から出ないとダメなんですかね? リヒトさんほどの魔法使いなら変身とか幻惑とかいくらでもできるんじゃ……」

「普通ならそうするが、今はそれが使えない理由があってな。個人的に」

 

 俺は今、俺に――《リヒト=クライバック》に神器の呪いを集めている。

 その俺が魔法で変身したり幻惑を使ったりして《俺ではない者》に変わると、あの呪いの矛先が行方を失って元に戻る可能性があるのだ。

 だから今、俺は自分を《俺ではない者》に定義を偽装することができないでいる。

 意味づけは魔法学において重要な要素だ。そこはハッキリさせておきたい。

 

「――つーわけで飛ぶぞ。人を乗せて飛ぶのは難しいから、できる限りじっとしててくれ。んで、できれば最後まで黙ってろ」

「は……はい」

「行くぞ!」

 

 瞬間。脚に力を籠め、それで地を蹴り、勢いよく宙へと浮かび上がる。

 

「わ、ひゃ、――ああああああああああああぁぁぁああああぁぁぁぁっ!?」

「一秒も黙ってないじゃんお前!!」

「ムリムリムリムリ怖い怖い怖い怖――あああぁぁぁあぁっ!」

「舌噛むなよマジで!」

「おえっ」

「あとできれば吐くなよ俺に! 本当に!!」

 

 そんなこんなで外壁を飛び越え、その直上に降り立つ。

 外壁と言っても実際には厚み――つまり幅があり、一方で街を覆う結界の境界には厚さが存在していない。だから結界を抜けた上で外壁に降りることも可能だ。

 最初はひとりだし、見られないよう急いだから外壁の上には足をつけなかったが、さすがに背中に客がいるならひとまず着地したほうがいいだろう。

 

「お、おぉお……一瞬で塀の上に」

「んじゃ次降りるぞ」

「あっ待ってくださいまだ心の準備が」

「うるさい」

「でも登るより降りるほうがコワ、――あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 聞いていられないので、そのまま普通に自由落下。

 今度は上手いこと、地面を陥没させることもなく街の外へと着地した。

 ふぅ、と息をついてから背中のベルに問う。

 

「よし、完璧。んで行き先はどっちだ?」

「――――…………、う」

「ベル? どうしたよ、案内してくれないとどこに行けばいいのか――」

「おろろろろろろろろろろろ」

「あ――――――――ッ!?」

 

 顔のすぐ真横を、ベルの口から漏れてきたものが流れていった。

 俺の背中に向けなかっただけラッキーかもしれないが、にしたって心臓に悪い。

 

「背中で吐くんじゃないよお前ぇ……!」

「好きで吐いてない……ッ!」

「わかった、わかったよ。悪かった。ちょっと落ち着け、まったく」

「い、いいです。急がないといけないですから……」

 

 胃の中を綺麗にしてしまったベルは、それでもよろよろと前に指を差す。

 確かに、なるべくなら早く移動してしまうべきだろう。

 

「あっちです。割と距離あるんですが……」

「わかった。魔力で強化して走って向かうから、そのまま背中に乗ってろ」

「で、できれば安全運転で……」

「空飛ぶよりは平気だよ。――しっかり捕まってろ!」

「――わあっ」

 

 そのまま地を蹴り、俺は駆け出す。

 背中に乗せた魔道具技師は、それでも意外な根気で俺にしがみついていた。

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