ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-16『技師、英雄の背に乗り』

「街道に沿ってしばらく進むと右に曲がる道があります」

「そこを折れる?」

「はい。橋で川を渡ってちょうど北上する形になります。その先に大きな森が見えてくるんですが、奥に小さな洞窟があって、そこが師匠の隠し工房です。徒歩でおよそ三十分くらいでしょうか」

「任せろ。五分で間に合わせる」

「神器保有者コワ……」

「落とすぞテメェ。使ってねえよ神器」

「その場合はよりおかしいだけの気がしますが……」

 

 しれっと失礼なことを言うベルだった。こいつはリズノとも知り合いのはずだが。

 いや、そういえばリズノが神器を手に入れたのは旅に出る直前――つまり、五人の中ではいちばん最後だった。

 リズノが実際に神器を使っているところは見たことがないのだろう。

 

「で? お前の師匠ってどんな奴だ」

 

 ベルを背中に乗せて走りながら俺は訊ねる。

 彼女は背中で、こくりと頷くような気配をさせて。

 

「師匠はカタハという名前です」

「カタハ? カタハ=トゥカールか? ハウル=トゥカールの娘の?」

「そうです」

「そりゃ驚いた。割とビッグネームの弟子だったんだな」

 

 ハウル=トゥカールといえば、王国でも一、二を争う高名な魔道具技師だ。

 何年か前に老齢で亡くなっているが、実子であり弟子のカタハ=トゥカールという女性が今も技術を受け継いでいる。

 魔道具であれば広くなんでもござれの優秀な親子であり、特に《魔族除け結界》の源となる結界起動機の発明は、ハウルの近年の最大の仕事として名高い。

 

 まさにこのエイリーの街の結界が、トゥカール結界起動機の壱号機のはずだ。

 それまでは宮廷魔導師クラスの魔法使い複数名でやっと張れるレベルの結界だったものが、彼の仕事で高位の魔法使いなしでも展開/維持できるようになった。

 もちろん、単純に結界の基点となる《素材》自体が不要になるわけじゃないため、それだけで全ての街に結界が行き渡るわけじゃないが、それでも魔族除けの結界数はひと昔前と比べて格段に増えている。

 

「確かあの親子は、師弟揃ってかなり職人気質の堅物だって、王都でも話題になっていたのを聞いた覚えがある。弟子もほとんど取ってないんじゃなかったか?」

「そうですね。わたしも正直あんまロクに教えてもらってないです」

「そうなんだ……喧嘩別れの理由はそれか?」

「いえ」

 

 ふるふる、と背中で首を振る気配。

 それからベルは、過去を振り返るように事情を語り出した。

 

「――コトの発端は、師匠の工房に妙な連中が訊ねてきたことです」

「妙な連中?」

「はい。魔法使いだったことは間違いないんですけど、フードつきのローブを被った上、妙な仮面で顔を隠していたので誰だったかはわかりません。声は、全員男だったと思いますけど」

「……複数いたってことか」

「はい。三人でした」

 

 それからベルが語ったのは、当時の状況についてのコトだった。

 

 

     ※

 

 

 その一件が起きたのはベルの師であるカタハの工房。

 街の外の隠し工房ではなく、街の真ん中にある普段使いの工房だ。

 

 幸いだったことがあるとするなら、その当時、ベルが師匠(カタハ)作の《気配殺し》を手に持っており――突然の闖入者に驚いた反射で起動してしまったことだろう。

 そう。()()()()が真っ当な存在ではないことは、許可もなく工房に押し入ってきたことから自明だった。師匠(カタハ)の目にも、もちろん――弟子(ベル)の目にも。

 

「カタハ=トゥカールだな?」

 

 押し入ってきたのは、意図して特徴を殺したように目立たない服装の三人の人間。

 共通しているのは全員がローブ姿で、目深にフードを被っていること。そこまでは魔法使いの装いとして珍しくないが、加えて三人とも仮面をつけて顔を隠している。

 ローブも仮面もデザインが統一されているわけではなく、それぞれ各自適当に用意したかのような雑さがあった。正体さえ軽く隠せれば、それで構わないかのように。

 実際、その仮面さえ外してしまえば、街の中に普通に溶け込めるだろう。

 

「……なんだお前らは。工房へ立ち入る許可を出した記憶はない」

 

 ベルの師――カタハ=トゥカールは静かに答える。

 彼女は誰に対しても同じ反応だ。あまりに寡黙すぎた父よりは口を開くが、必要がなければ黙っていたいという思いは共通する似た者親子。この工房で口を開く者は、天才技師ハウルの存命時代から、八割以上がベルだったものだ。

 

「仕事の依頼がある。共に来てもらおうか」

 

 男たちは、カタハの言葉を完全に無視して、ただ一方的に告げる。

 その様子を気配を殺して見つめながら、どうしようかと狼狽えるベルの耳に、そのとき師の言葉が鋭く届いた。

 

「動くな。じっとしていろ」

「――――」

「ここには調整中の魔道具が山ほど置いてある。妙な真似をされては、どんな事故が起きるかわからんぞ」

 

 ベルには、その言葉が自分に向けられたものだと理解できた。

 ――カタハは《何もするな》と()()()告げている。

 実際、もし荒事になれば、カタハもベルも大した戦闘能力はない。最低限の魔法のほか、使い方次第では強力な魔道具も多くあるが、根本的な戦闘経験に欠ける。

 このまま隠れ続けて、通報や助けを呼ぶ機会を窺うほうがずっといい。

 

「安心しろ。言っただろう、仕事の依頼だ。素直にこちらに従うなら我々も大人しく済ませる」

「は。つまり拒否権はないってことだろうが」

「解釈は自由だ」

「ふん。……この工房の結界は、誰かからの紹介がなければ絶対に入れない仕組みになっているんだがな。つまり()()()()()()()()()というコトか」

 

 これもまたベルに伝えるための言葉だろう。

 王国最高クラスの技師であるカタハへの依頼主は、大貴族や王国中枢の高官などに限定される。当然、その工房も一般に場所は公表されておらず、高度な結界によって防衛されているわけだ。

 そこにあっさり入っている時点で、誰か高い地位を持つ者に手引きされた可能性が高いというコト。

 

「……あまり、余計なことに気づくべきではない。返事は早めにしてもらおうか」

 

 侵入した魔法使いたちは、カタハの推測を否定も肯定もしなかった。

 けれど、もしこれが正しい場合は問題だ。ベルがここから逃げ出して助けを求めに向かったとしても、場合によっては握り潰されてしまう可能性まで浮上してくる。

 

「で、依頼の内容は?」

 

 カタハはただ淡々と問う。フードの魔法使いたちも同様に端的に、

 

「その件は別の場所で話そう。まずは我々と来てもらう」

「わかったよ。どこに行けばいい?」

「余計なことは言うな。ついて来ればわかる」

「そうかい」

「――ところで」

 

 と。そこで魔法使いのひとりが、カタハに向けてこう訊ねた。

 

「お前には確か、同居している子どもがひとりいたな。そいつはどこにいる」

「――――ッ!!」

 

 跳ね上がる心臓の音が、自分以外の誰にも聞こえていないことが不思議だった。

 ベルは思わず両手で口許を押さえる。荒くなる呼気が、もし聞こえていたらと思うと、それ以外の行動が何も取れない。

 ――そんな彼女が間違っても気づかれないよう、短くカタハは答えた。

 

「ここにはいないよ。そもそも来ない。どこにいるのかも知らないね。別に弟子ってワケでもないんだ、仕事の話をアイツとすることはない」

「そうか。では行こうか」

 

 ――そうしてカタハは連れ去られた。

 残されたベルは、手に持ったチェーンを強く握り締める。

 

 完璧に弟子を守り抜いた、師の才能と技術の証そのものを――。

 

 

     ※

 

 

「それがだいたい、半月くらい前のことです」

「結構、時間が経ってんだな……」

 

 思わず難しい顔になる。つまりその間、この件は何も解決していない。

 

「アレから師匠と会うことができたのは一回だけです」

「一回会えたのか」

「はい。そのとき師匠から『お前はこの件に関わらなくていいし、そもそも弟子でもないからひとりでどうにかしろ』と言われてしまって……」

「なるほど。それが《喧嘩別れ》の詳細か」

「以降はずっと、師匠は隠し工房のほうに籠もりっきりになっています」

「……確かにどうしようもねえな、それは……」

 

 事実上、師匠を人質に取られているようなものか。

 犯人連中の行方も正体もわからない以上、下手に通報などしたら師匠の身に危険が迫る可能性が高い。

 

「それで、お前は? これまで何をしてたんだ?」

「わたしは師匠が残してくれた《気配殺し》を使って、何度か隠し工房のほうに忍び込んでみたり、たまにいるローブの連中を追ってみたりしました」

「……思ったより危険な橋を渡ってんな……」

「とりあえず師匠の動向だけは掴むべきかと思いまして。隠し工房に立ち入り確認の魔道具を置いてきたりしました。たぶん、完成したら師匠が外に出るので」

「なるほど。それがついさっき――俺とお前が会ったあとくらいに反応したわけだ」

「師匠の工房には常に見張りがついていて……それに、どこかと連絡を取ったり誰かやって来たりはしてるのを見てます。犯人は集団で動いている、ということです」

「意外とやるな、お前」

「……でも問題は師匠が創らされているものでした」

「そこまで確認してきたのか」

 

 さすが魔道具技師。

 工房への侵入まで果たしているわけだし、見ればわかる、ということか。

 

「何を作らされてんだ、お前の師匠は?」

「おそらくですが……()()()()()とでも呼ぶべきものかと」

「……なんだそれ?」

「あらゆる結界に対する、いわばマスターキーのようなものです。結界を破壊せず、干渉もせず、そのままの状態で機能だけを中和して内に入るための魔道具……」

「……そりゃまずいな。いくらでも悪用の方法がある上――」

「ええ。もし完成してしまったら、――師匠が()()()()()()()可能性が高い」

「だから助けを探してた、ってわけか……」

 

 納得して俺は頷く。なるほど、そいつは切羽詰まっている。

 

「お前、俺が落ちてくるとこも見てたんだろ?」

「そうです。ずっと《気配殺し》を持って逃げ隠れていましたし……それに、あんな風に結界を越えてくる奴は、その……もしかしたら師匠を捕らえてる仲間かと……」

「そう考えるのが自然だわな、そりゃ。脅かして悪かったよ」

「はい。まさか、師匠の《気配殺し》にすら気づかれるとは思わなかったので、正直吐きそうでした」

「吐いたしな」

「忘れてくれないともう一発いきますけど」

「やめろ」

 

 俺がツッコむと、珍しいことにベルからの返答はなかった。

 数秒の間。それが終わったあと、静かに背中のベルが縋るように呟く。

 

「お願いします。師匠を……助けてください。本当はリズノちゃんにも頼みたかったんですけど……」

「任せろ。大丈夫だ。――俺らはこれでも英雄だぜ?」

「り、リヒトさん……」

「そろそろ着く。――俺から離れないようにしておけよ?」

 

 かくして俺たちは、ベルの師匠の隠し工房があるという森の前まで着く。

 

 その周囲には確かに魔力の気配。同時に人間の気配もある。

 おそらく見張りはまだ残っているのだろう。もしベルの師匠が工房を離れた理由が完成したからだとすれば、機能を確かめに行く必要もあるということ。

 

「行き違いにはなってないはず。まっすぐ来たしな。とすれば別の方法で試してるんだろうな」

「リヒトさん?」

「いや、なんでもねえ。速攻で仕留めりゃ残ってる奴から情報抜けそうだ」

 

 ベルを負ぶったまま、軽く手足を振って準備を整える。

 人間の魔法使い相手の実戦は久々だが、まあ正面戦闘で魔族より強い奴は稀だ。

 問題は、例外的な()()()()がいるかどうかだが――なんでもいい。

 

「秒殺で終わらすぞ。――苦労して作った平和に、水を差す奴には俺も文句がある」

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