ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-01『英雄、仲間の前から姿を消す』

 ――このままではいけない。

 ということに気づいたのは旅も佳境に入ってからだった。

 

 王国の平和を脅かす人類の仇敵――魔族。

 その頂点である魔王を倒すための旅に出てから一年。

 俺たちパーティは、ついに魔王の住まう居城の目前にまで辿り着いていた。

 

「どういう、ことだ……? なんだ、この術式。おかしい……」

 

 俺は手元に持つ一本の《杖》を見つめながら――いや、睨みつけながら呟く。

 その杖は英雄の証、勇者の印だ。

 選ばれた者だけに力を与えるという五つ限りの最強の武具。

 

 五大神器(エレメンツ)

 

 そのうち《杖》が俺に与えられた神器だった。四人の仲間たちも、それぞれひとつずつ与えられた神器を持っている。

 持つ者に強大な力をもたらす神器の助けを借りることで、俺たちパーティはここまで戦い抜くことができた、と言っていいだろう。

 

 俺は旅の中で、古代から伝わる神器の魔法学的解析をずっと進めていた。

 

 初めは半ば趣味のようなものだったと言っていい。

 なにせ神器には、現代では喪われた古代魔法、あるいは人間の手では到底届かない神の権能が込められているという。その根源を現代の魔法使いは何ひとつ知らない。

 要するに、よくわからないが昔から伝わっている謎の強い武器、という程度の認識しか持っていないわけだ。こうして使っている俺たちですら。

 

 だが俺は魔法使い。未知を未知のまま呑み込めない人種の筆頭だ。

 しかも自分で言うのもなんだが、これでも最年少で《宮廷魔導師》の資格を得た、まあ天才と言っていい魔法使いでもある。

 その知的好奇心を満たしたかった、というのが始点だった。

 無論、単純に旅を進める上で有用だと思ったのもある。俺たちは神器の機能をその一端すら理解していない。解析が進めば、魔族との戦いにも活用できる。

 そう思ったのだ。

 

 それで見つけた《真実》が()()だというのだから、まったくもって笑えない。

 

「なんだよ……この、機能……!?」

 

 担い手に莫大な魔力を与え、その能力を強化し、かつ強力な兵器として運用できる神器。

 だが神器にはひとつ、――ある《祝福(のろい)》が込められていた。

 それは、神器が定めた《打倒すべき敵》の消滅後、担い手に対して自動で発動する死を招く呪詛だ。

 

 ()()()使()()()()()()()()()()()

 

 まるで役目を終えればお役御免だとばかりに、

 不要になって持て余した武器をゴミ箱へと捨てるように、

 神器はその本懐を果たしたのち、持ち主の運命力を吸い取って殺そうとする。

 

「……っ、嘘、だろ……?」

 

 その事実に気づいた俺は愕然とした。

 確かに、歴史に名を遺した神器の英雄たちは誰もが早逝したという記録はある。

 だがそれは病や事故、あるいは戦いの後遺症などが理由のはずだった。

 けれど違った。

 歴代の神器の英雄たちは皆、己が振るっていた武器そのものに憑り殺されていたのだ。

 この世界に魔王級の厄災が生じるたび、ただ生贄として選ばれてきた――。

 

 ――マズい。途轍もなくマズい。

 

 どうすればいい? どうすれば生き残ることができる? 俺たちは王国に嵌められたのか? 神器を渡してきた連中はこの事実を知っていたのか? それとも誰も知らなかった? なら誰がこんなふざけた機能をつけた――?

 

 様々な疑問が脳裏をよぎった。

 もう魔王との決戦は目前にまで迫っている。今さら引き返せなかったし、対処するには時間が足りなすぎる。いや、そもそもそんなことができるのか?

 一年かけてようやく解析できた術式だ。

 それも、神器に隠された機能なんてこれしかなかったから一年で済んだだけ。ただ解析するだけでだ。それが間に合っただけでも奇跡みたいなものである。

 この機能を解除するとか、発動しないようにする――なんてことは、とてもじゃないが俺にはできない。読み取れただけで、手に届かない魔法領域なのは事実だった。

 

 もちろん、神器をただ使わない、なんて選択肢もない。

 この強力な武装なくして魔王は倒せないだろう。

 俺だけならまだマシだ。魔法使いである俺にとって神器の《武器》としての価値はそこまで高くない。膨大な魔力を得られるメリットはあるが、発動は俺自身だ。

 つまり、仮に神器を使わずとも、そこまで大きく戦力は落ちない。

 

 だがパーティの中で純粋な魔法使いは俺しかいない。

 唯一、俺の正式な一番弟子の少女にだけは魔法による戦闘技術をほとんど叩き込んであるが、それでも彼女は神器を《短剣》として振るっている。ほかの連中に至っては全員が得物として用いている。今さら、ほかの武器を探すことはできない。

 

 何より――こんな絶望的な事実を、決戦の目前に伝えられない。

 

 しかし、このまま仲間たちを決戦には送り込めない。

 命懸けの戦いであるのなら、それはいい。その覚悟があったからここまで来た。

 だが、たとえ勝ったとしても死ぬのであれば――それは話が違うだろう。

 

 俺たちはあくまで、平和が欲しいから戦ってきたのだ。

 そのための犠牲になりたかったわけじゃない。勝ち取るための戦いだった。

 

「――リヒト?」

 

 ふと、名を呼ぶ声がして顔を上げた。

 野営の荒野。焚き火の番をしていた俺に、仲間が声をかけてきたのだ。

 

「クーか。どうした?」

「ん。……なんか胸騒ぎがして」

 

 起きてきたのは、仲間のひとりである少女――クーリティア=フィルだ。

 華奢な体格に真っ黒な短髪をなびかせる斥候(スカウト)であり、――俺の魔法の正式な弟子でもある。

 

「明日も早いぞ。眠らなくて大丈夫なのか」

「ん。別に問題ない。リヒトこそ早く寝たほうがいい」

「まあ、俺は焚き火の番があるから」

「……? そんなのいらないはず。結界なら張ってある。何かあれば気づく」

「そうだけどね」

 

 焚き火の前で俺は苦笑する。

 まあ、神器の解析は空き時間にしかできないから、こうやって深夜に黙々とやっているのはみんな知っているだろう。寝不足を怒りに来たのかもしれない。

 

 クーリティア=フィル――クーは、俺の魔法の弟子だ。

 いや。広義で言えば、パーティメンバー全員が俺にとっては一応、弟子に当たる。

 もちろん、それはあくまで《一芸となる魔法を教えた》程度に過ぎない。単純に魔法使いが俺しかいなかったが、覚えておいて損はないとレクチャーしただけ。

 俺たち五人は対等の仲間である。近接戦闘じゃ誰にも勝てないし。

 

 ただ唯一、クーにだけは魔法を基礎から教えていた。

 旅に出る前からの正式な弟子であり、あくまで役職は斥候(スカウト)だが、今や魔法使いとしても戦闘だけなら一流と言っていい。

 

 だからだろう。俺の違和感にクーは気づいた。

 

「リヒト、魔力が乱れてる。何かあった?」

「……それで起きてきたってことか。よく感知できるようになったな」

 

 相手が纏う魔力の気配から感情を読み取るのは魔法使いだけだ。

 それを隠せるのも魔法使いだけなのだが――どうやらクーには焦燥がバレた。

 

「まあ、別に大したことじゃない。あと数日中には決戦だろ。俺にも緊張はある」

 

 そう呟き、俺は隣に座るようクーを促す。

 彼女は静かに従ったが、けれど言った言葉までは信じなかったらしい。

 

「嘘。そんな感じじゃない。……何か隠してる?」

「なんでだよ。何を根拠に?」

「勘」

「……それを言われちゃ反論の余地がなくてずるいだろ……」

 

 だがクーの《勘》は恐ろしく当たる。これまで何度も窮地を助けられてきた実績がある。これを今さら信じないなんて、それこそ嘘がバレるのだから詰んでいた。

 結局、俺は諦めて開き直った。

 

「そうだな。ああ、隠しごとをしてる。でも隠してるから言えねえよ」

「……それこそずるい……」

 

 隣に座るクーが、むっと唇を尖らせて上目遣いに俺を睨んだ。

 だが、彼女たちには言えない。いや、いざとなったら言うしかなくなるが、それで戦いをやめて逃げてくれるような連中なら苦労しない。……俺にだってできない。

 だがこのままでは全員死ぬ。

 

「リヒトはずるい。いつもそうやって肝心なことを誤魔化して、ひとりで背負おうとする。私たちは仲間なのに」

「そんなつもりさらさらないけど……ほら、仲間にこそ言えないこともあるだろ?」

「私は……、隠しごとをする人に本当を吐かせるのも得意だけど」

「その頃の話はするなって言ったろ」

「……ずるい……」

 

 むっと顔を伏せるクー。

 昔は表情がまったく変わらなかったし、今でも幅は狭いけれど。

 それでも昔に比べればずいぶん明るくなったのだ。

 

「しかし、誤魔化す……、か」

「……リヒト?」

 

 ふとクーの言葉で、この事態の対処法がひとつ思い浮かんだ。

 俺では神器の機能を消すことはできない。

 だがもしかすると()()()()()()()()()ならばできるかもしれない。

 

「これなら、……行けるか?」

 

 必ず発動する神器の呪い。

 発動を防ぐことができないのであれば、発動しても問題ないようにすることでしか対処できないだろう。

 

 ……やれるか?

 いや、やるしかない。

 

 これをやる場合は仲間たちにだいぶ負担を強いることになるが、それでも死ぬよりマシだと受け入れてもらおう。

 まあこの賭けのせいで決戦自体に負けるかもしれないが、そこはまあ、俺は仲間を信じているから。

 

「クー」

「……うん?」

「生きて帰ろうな、――必ず」

 

 こくりと頷く少女に、俺は笑みを見せて大丈夫だと伝えた。

 ――彼女たちは、俺が必ず守ってみせる。

 

 

     ※

 

 

 十日後。神器の英雄たちは、魔王との決戦を制し世界に平和を生み出した。

 だがその直後、パーティから一名が離脱。消息不明。

 王国では生還した四名を《四英雄》として盛大に祝ったが、神器を持ったまま逃走した五人目を裏切り者として指名手配。

 

 五人目の英雄は、こうして世界の敵となった。

 

 

     ※

 

 

 それは、魔王を倒した直後のことだった。

 

 なにせ死闘であった。五人全員が、持てる力の全てを発揮して、ようやく手にすることのできた奇跡のような勝利であった。

 だから浮かれていた――というわけではないと思う。

 それを油断と表現するのは、あまりにも手厳しいというものだろう。

 

「――先輩っ!?」

 

 最初に気づいたのはイア=テーラドットという少女だった。

 五大神器(エレメンツ)の中でも最良と名高い《剣の神器》を持つ――勇者を冠する少女。

 だが、いくら彼女の反応が速くても、時間だけは巻き戻せない。

 

 だからその目に映った、千切られて宙を飛ぶリヒトの左腕に一瞬だけ硬直する。

 誰よりも大切な仲間が片腕を失う姿に、ほんの一瞬、動けなかった。

 

「師匠……っ!」

 

 だから代わりに動いたのは、リズノ=アーシャンという少女だ。

 五大神器の中でも最大の射程を持つ《砲の神器》に選ばれた狙撃手は、もはや主のいなくなったはずの部屋の奥から、気配もなく現れた一体の魔族を狙撃する。

 それで終わりだ。

 眉間を、そして心臓を、瞬時に撃ち抜かれて魔族が霧散する。

 

 命を失えば屍を遺さないのが魔族の特徴だ。

 煙となって消えゆく魔族を、もはや誰も気に留めてはいなかった。

 

 べちゃり、と。

 

 赤い軌跡を描きながら宙を舞った肉塊が、床に落ちる音が遅れて聞こえた。

 そんな気がしたのは錯覚だろうか。

 いずれにせよ、仲間が片腕を切断されたことだけは間違いない。

 

「あー……なる、ほどな……。()()()()……、()()()……」

 

 痛みを露わにせず、もうその先がなくなった二の腕を逆の右手で押さえて、どこか自嘲するようにリヒトは呟いた。

 これまで何度も死線をともに潜り抜けたはずなのに、その言葉の意味が仲間たちもわからない。

 

「ま、……なら成功だ……」

 

 ともあれ重傷だ。すぐにでも癒さなくてはならない。

 

「リ、リヒトくん! 今、治療を――」

 

 そう言って駆け出そうとしたのは、カエラ=ニルヴァエル。

 五大神器のひとつ《甲の神器》に選ばれた、教会所属の優れた格闘家だ。

 またリヒトに教わったことで、治療魔法の才能も開花させている。

 

 だから。

 

「――()()()!」

 

 いきなりのリヒトの叫びの意味が、カエラにも、そして周りにいるほかの三人にも理解できない。

 

「せ、先輩? 何を言って――」

「いいから、こっちには来ないでくれ。今、来られるとまずい」

「でも……でも、腕の……治療を」

「そんなもんはどうとでもなる。気にするな」

 

 そして。

 彼は言った。

 

「――悪いがやることができた。ここからは別行動だ」

 

 まるで、もう会うことはないとでもいうかのように。

 これまでの関係を、なかったことにするみたいに。

 

「先に王都に帰っててくれ。魔王を倒した報告がいるだろ。俺も治療してから行く」

「ま、待って。待ってください、先輩」

「ちょ……ちょっと、何を言ってるんすか、師匠!?」

「リヒトくん!? ねえ、どうして――」

「説明してる暇はないんだ」

 

 ばっさりと。

 追い縋る仲間たちの言葉を切り捨てて。

 

「――じゃあな」

 

 リヒト=クライバックは、仲間の前から姿を消した。

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