ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-19『英雄、背に腹は代えられない』

「あっ、た……倒したんです、か? リヒトさん……?」

 

 魔弾の波が終わって何もなくなった隠し工房で。

 背後から、小さく控えめな声でリズがそんなことを訊ねてきた。

 俺はそちらを振り返り、それから軽く肩を竦めて答える。

 

「悪い、部屋ん中めちゃくちゃにした。貴重なモンとか巻き込んだかもしれん」

「それはまあ……わたしは別に。そんな状況じゃなかったですし」

「そう言ってくれると助かるよ」

「あと基本ここにあるの師匠のですし」

「あれ? 本音それ?」

「わたしの工房でやられてたら内心たぶんブチギレでした」

「悪かったよ。文句はさっきの奴に言ってくれ……あとついでに師匠さんにも上手いこと言っといてくれ」

「わかりました。さっきのヒトがブッ壊したことにしましょう。基本、重要なものは街の工房のほうにあるんで大丈夫ですよ、たぶん」

「さすがベル、話がわかるぅ」

 

 小脇に挟んだ杖を右手に持ち替えながら、軽く茶化して言う。

 それから、ようやく俺はベルの最初の質問に立ち返って。

 

「あと、悪いけど奴は殺せてないよ。逃げられた。というか最初からここにいない」

「え――?」

「さっきのは単なる分身だ。本体じゃない。魔力で構成されたダミーってコト。現に死体も残ってないだろ?」

「あ……ああ。蒸発でもしたのかと思ってました」

「さすがにそんな熱量ないって。つか、そんなもん撃ったら俺とお前もまとめて死ぬて」

 

 そこまで言ってから俺は、ベルの表情が少し蒼白になっていたと遅れて気づく。

 どうやら人が死ぬようなショッキングな光景を見たと思い込んで、少し気分が悪くなっていたようだ。最初のひと言も『倒した』と、少し濁して言っていたし。

 

「いや、悪かったよ。あんまり見たくない光景だったよな」

「あ、いえ。気にしてないですけど……」

「奴は魔力体だったからな。俺も撃つまでわからなかったが、ああいうのは単純な力押しに弱いんだ。構造を保てなくなってすぐ消える」

 

 言い換えれば殺すつもりで撃ったことは間違いなく事実なのだが。

 さすがにそこは勘弁してほしい。戦闘とは、相手が強いときほど楽勝で終わらせるべきものだ。

 話を逸らしたことでベルも流されたのか、顔色を戻しつつ首を傾げる。

 

「魔力体……それは、つまり魔族みたいなコトです?」

「ちょっと違う。確かに魔族の肉体も魔力で構成されてるが、それは魔力がしっかり肉体として具現化してるって意味だ。死ねば残らないだけで、血も骨も肉もないわけじゃない」

「さっきの人は、違う……?」

「ああ。アレは全身が魔力そのもの――つまりそもそも肉体がなかった。そう見えるだけの魔力の塊に過ぎない」

「あ、あれがただの魔力ですか? そんなはずは……」

 

 驚きに目を見開き、ベルは首を横に振った。その気持ちはわかる。

 魔法使いが見ても人間と差がわからない《ただの魔力》なんて――そんなものを、魔法で生み出せること自体が驚きだからだ。

 

分身(ダミー)を生み出す魔法はそうマイナーじゃないけど、魔法使いが見れば――なんなら一般人が見たって人間じゃないことくらいわかるものが大半だからな。あのレベルの分身は俺も初めて見る。差があるとすれば、そもそもの魔力量くらいか?」

「魔力量?」

「どうあれ分身(ダミー)である以上、あらかじめ与えられた分の魔力しか持ってないからな。とはいえ、見ただけで《出してない》のか《持ってない》のかを見分けるのは、普通まず無理だろ」

「こ、怖いですね、それは……」

「そうだな。ひと目で見抜けるとすれば、魔眼を持ってるリズノくらいか?」

 

 彼女の魔眼なら、そもそも目の前にいるのが人間じゃないことが一発でわかる。

 そういう反則でもない限り見抜けない魔眼は――なるほど確かに()()()()

 

 実際、俺だって先日、クーを撒くために分身(ダミー)をいくつか作ったが、あんなもの魔法使いがその眼でじかに見れば即座に偽物と見破れる。戦闘力なんて完全にゼロだし、喋るような機能を持っていない。

 人間とまったく見分けがつかない活《生》きた分身。

 しかも言動すら人間と大差がないのに、おそらく遠隔操縦(リモート)ではなく自動操作(オートマ)――。

 

 そう、恐ろしいのはそれだ。

 そんな魔法を使ってしまえる才覚(ちから)が、ではなく。

 そんな魔法を使ってしまえる精神(こころ)が――この場合は何より恐ろしい。

 

 人間は《自分ではない自分》を創れない。生み出すそれが《自分ではない》という認識が、必ずその対象を歪め、質を劣化させる。自分ではない自分に成り代わられることを恐れて、無意識にその存在をスケールダウンさせてしまうからだ。

 自己の同一性に縛られた識域下のストッパー。倫理的ブレーキ。

 ほとんどの分身魔法に、見た目の変化や持続時間の制限、能力の現象といった強制劣化が発生するのが魔法論的前提というモノ。己と完全同質の分身などお伽噺だ。

 分身など生み出すくらいなら、強力な使い魔の一体でも創るほうがよほど効率よく手足を増やせるというのが、現代の魔法における結論である。

 

 人間という生き物は、本質的に《自分ではない自分》を創ることができないようになっているわけだ。

 

「人間は、魔法で自分を増やせない。それができるのは、前提から違う――そもそも自分ってモノを作り変えたことがある奴だけだ」

「リヒトさん、それは……」

「お前の冗談も的を射てたってわけだよ、ベル。あいつは()()()()()()()んだ」

「――――!」

 

 人界の三大脅威と呼ばれているモノがある。

 

 ひとつは魔族。

 人間によく似た人間ではないモノ。ヒトを憎悪し破滅を望む超越種の生命。

 ひとつは魔物。

 人間ならざる魔を抱くケモノ。ヒトを超えた力でヒトを喰らう獣性の発露。

 

 そして――最後のひとつを《堕魔(だま)》と呼ぶ。

 

 それは、かつて人間でありながら、自ら人間を辞めたモノ。

 ヒトを超える力を求め、己が肉体を魔力によって完全に汚染した新人類。

 自らを呪うことで、己が肉体を完全に魔力に親和させ――もはや別の生命となった人類の裏切り者。

 

 それは、いわば()()()()()()()()()()()()()()のことだ。

 文字通りに、堕ちた魔法使いの行き着く先。己が寿命に、能力の限界に、絶望した魔法使いが先を求めて――触れてはならないものに手を染めた末に至る終着。

 己自身を呪うことで、ひとつの《呪詛》として成立する魔法的生命。

 

 堕魔――。

 

「魔族連中が関わってんじゃねえかって時点で嫌な予感はしてたんだがな……堕魔化した魔法使い(バカども)が関わってんなら、急がないとマズいな。人死にが出るぞ」

 

 ――それもおそらく、大量に。

 

 ヒトを嫌う魔族も、相手が堕魔であれば取引相手程度には意識を払う。

 少なくとも《人間(ヒト)》とはカウントしなくなる。

 だからって魔族と堕魔が仲間意識を持つようなことはないが、いずれにせよ連中が人類にとっての敵であることだけは確かだ。

 

 問題は、連中が徒党を組んでいるコト。

 堕魔が関わっていると確信できなかった最大の理由は、向こうが組織だからだ。

 

 なぜなら堕魔は()()()()()

 

 魔族がその命を高めるために人類(ヒト)を喰うように、堕魔化した人間もまた、己が命を保つために他者(ヒト)の命を奪うようになる。

 だから堕魔は大抵の場合、至るべきではない極点(ばしょ)へ至ってしまった魔法使い個人が堕ちるもの。強力かつ邪悪ではあるが、魔族のようなコミュニティをほぼ作らない。

 それ以前に衝動として、意識として――かつての同胞を餌と認識するようになる。

 

 だから、堕ちると称されるのだ。

 いかに堕魔たちが、自らを《魔人》と称そうとも。

 

「……くそっ。組織に属する堕魔なんて聞いたことがねえ。いや、そもそもさっきの男は、本当に表の連中の仲間なのか……!?」

 

 ――わからない。少なくとも装いは違った。

 まず明確な違いとして、奴はその身元《かお》を仮面で隠すということをしていない。

 だから別の組織の人間だ、なんて言える状況ではなかったが、いろいろと疑問点は残っている。とはいえ、それを奴に訊くことは、今振り返ったって間違いだろうが。

 

「さっきの奴は、ここに転移してきたわけじゃなかったんですか……?」

 

 ふとそう訊ねてくるベルに、俺は頷く。

 

「……いや、そうじゃない。転移は転移だろう。それで来たのが本体じゃなくて分身だったってだけの話だ」

「ならやっぱり、わたしたちの存在に気づかれたってことですよね? なぜバレたんでしょうか……」

「その理由は正直いくらでも考えられるから、今は措いといていい。奴らが持ってた鈴が、本当は定期連絡用だったのかもしれないし、そもそも向こうから魔法で連絡があった場合、返事がない時点で何かあったことは割れる。最初から運任せだった」

「じゃあ、()()()()()()、と……」

「……どうだろうな。そいつは考え方次第ってトコだが――いや」

 

 ふと、そこで天啓が俺の頭に走った。

 奴の本体を、確実に見つけ出す手段をひとつ明確に思いついたのだ。

 

「…………ん、あー……」

 

 だがその方法を心底取りたくなくて、思わず苦虫を噛み潰した顔になってしまう。

 あからさまに変な顔になってしまった俺を見て、ベルが不思議そうに。

 

「リヒトさん?」

「いや、……いやちょっと待ってくれ。ちょっと考える」

「は……はあ。何をです……?」

「まあ、そうだよな。何をですだよな……時間ねえもんな。いやでも、……くそっ」

 

 ――駄目だ、迷っている時間がもったいない。

 どうせ使わないつもりだった神器をすでに使ってしまっている。

 今さらプラスで使っても変わらないと言えば、それはそうなのかもしれない。

 

「神器を、使うか……?」

「その杖をですか?」

 

 呟きに反応したベルに、頷きを返して俺は告げる。

 

「ああ。神器には固有の能力のほかに、全ての神器に共通した機能がいくつかある。そのひとつが、神器同士の同期(リンク)による《遠隔共鳴》だ」

「遠隔共鳴?」

「ああ。まあ簡単に言うと、神器の保有者同士はお互いの場所に距離を無視して瞬間転移することができる。神器同士は繋がってるから、その気になればお互いの位置を把握できるんだ。だから、それを目印にして長距離転移できるんだが……」

 

 旅の間は便利に使っていた機能だが、今となっては使いづらい。

 なにせ神器を同期すると――当たり前の話だが、俺の居場所がバレる。

 

 幸いなのは《呼ぶ》にしろ《行く》にしろお互いの許可が必要なコト。同期機能で位置がわかるからといって、無理やり俺のところに転移してくることはできない。

 あくまでも《任意召喚》と呼ぶべき機能だ。

 

 現在、俺は神器が発揮していた神器間同期(リンク)の機能を切っている。

 同期を切る機能は本来なら存在しないものだったが、自分に呪いを集約するときに同期機能について調べ尽くした結果、研究の副産物として方法を発見したのだ。

 つまり、同期の切断ができるのは現状、俺だけである。

 

「この機能を使えば、クーをここまで一瞬で呼び寄せられる」

「クー? と言うと……英雄のひとりの、クーリティア=フィルさんですか?」

「ああ。あいつなら事情がわかってるし、何よりあいつの魔力追跡の技能は王国でもトップクラスだ。クーの魔法なら転移の痕跡からも繋がる先を探れるだろう」

 

 逆を言えばそんなことは彼女にしかできない。

 空間的には連続性のない痕跡を概念的に辿るなんてのは俺にだって無理だ。

 

「ただ……それやると、俺のいる場所がほかの三人にバレるんだよなあ……」

「……え。それの何が問題なんですか?」

「そうだよね。問題ないよね。何言ってんだろうね俺ね」

「本当に何言ってるんですか!?」

 

 俺だってこんなこと言わなきゃいけないような事態になりたくなかった。

 

 ともあれ今はクーを呼ぶしかない。

 俺は杖を取り出すと、目には見えないほかの神器たちへの繋がりを意識する。

 そして――そのうちのひとつのとの繋がりを手繰る。たとえるなら糸を引くようなイメージで、神器によって繋がった仲間を自らの元へと――。

 

「あ、……あれ?」

 

 突如として接続(いと)に干渉を受けた。

 なんだ? 何が起きた? 明らかに何かに邪魔をされ、けれど召喚の術式はすでに完成してしまっている。

 そのまま止めることもできずに魔法は成立した――してしまった。

 

 白い光が瞬間、部屋の中を埋める。

 それも一瞬――やがて光が消えたその場に、見慣れた少女の姿がひとつ。

 

 ただし。

 

「――見つけたっす」

「リ、リズノ!? なんで――!?」

 

 それが想定とは違う顔だったことに、俺は大きく目を見開いた。

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