ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-20『同志、師匠に追いつく』

 ――いったい何が起きたのか。

 高速回転する思考が、遅れて答えを弾き出す。

 神器による任意召喚――その術式に介入されたことで、召喚の対象を強制的に書き換えられたのだ。

 だから、呼び出そうと思った人間とは別の者を呼び出してしまった。

 

 リズノは叫ぶ。

 

「甘いっすよ師匠! ついに追いついたっす……! 今度こそ逃がさないっすよ!!」

「バカな……!? ど、どうやって召喚の対象を書き換えたんだ……!?」

 

 そんな魔法がリズノに使えないことは知っている。

 だがほかには考えられない。

 そしてリズノは、舐めるんじゃないとばかりに目を細めて。

 

「ボクがいくつ魔道具を持ってると思ってんすか」

「い、いや、どんな魔道具を使えばこんなことになるっつーんだよ……。召喚魔法の対象を強制的に書き換える魔道具なんて、そんなピンポイントなモンないだろ?」

「もちろん。答えはコレっすよ」

 

 言ってリズノが見せたのは、手のひらの上に載せた小さなひとつの指輪だった。

 魔力があるから魔道具なのは間違いない。だがそれは、

 

「……《幻惑》の指輪か? 単なる変装用の指輪じゃないのか、これは」

 

 そう。それは嵌めた者の姿を別の何かに偽るだけの、変装用の魔道具だった。

 機能的には優れているが、だからって《召喚魔法の対象を強制的に書き換える》といったことが可能になるような魔道具じゃない。

 実際リズノも、そしてベルも、俺の推測が正しいことを認めて頷く。

 

「そうっすよ。本来は幻覚魔法で姿形を偽るだけの効果しかないっす」

「ですね。像を結ぶのではなく認識を弄るタイプです。なにせ創ったのわたしなんで詳しいですよ」

「そ……それがなんで神器の召喚魔法に干渉するような効果になるってんだ?」

「――フッ」

 

 ニヤリ、と。してやったりの笑みをリズノは浮かべる。

 俺には本当にわからなかった。その事実がまるで誇りであるかのように、

 

「簡単な話っすよ。ボクはこの魔道具を自分の神器に使ったんす。自分の神器に情報偽装をかけて、クーの神器だと偽ったワケっすね」

「は……はあ!? 待て待て待て、そんなことできないだろ!?」

「おやおや、師匠。まさか忘れたんすか、ボクの魔眼の効果を」

「魔眼……って、お前……まさか!?」

 

 ハッとして俺は目を見開く。

 彼女の魔眼は、魔力を可視化して人間の感情を見抜く――という効果だ。

 だがその本質は、すなわち視覚的な《魔力解析》である。

 

「この魔眼を人間だけじゃなく物体にも使えるよう鍛えてくれたのは、ほかでもない師匠じゃないっすか。それを応用して、ボクは人間にしか使えない魔道具の効果を、人間以外にも適用できるようになったんすよ。解析した分、上手く使えるわけっす」

「自分の神器を、魔道具の効果で《クーの神器》だと偽装して、召喚対象として割り込めるように偽ったのか……!」

「その通りっす! どうっすか、褒めてくれても構わないっすけどっ!!」

 

 まるで芸に成功した飼い犬のように笑顔を見せるリズノ。

 こんな状況でもなければ実際、褒めてやりたいくらいだったが――いくらなんでもこの状況で、こんなタイミングでそんな新技能に目覚めないでほしかった。

 

「い、いつの間にそんなことを……」

「やったことは一度もなかったんすけどね。試してみたらできたっす」

「なんで試した!?」

「そりゃ神器の繋がり(リンク)でクーが同じ街に来てるのはわかってたっすから。師匠は絶対クーとは会ってるはずだと思って。なら、もしかしたらクーのことを呼び出すこともあるんじゃないかと踏んでたんすけど……ふふん、的中だったっすね!」

「…………」

 

 言っていることは――わかる。

 その辺り抜けていたが、俺が来たのと同じタイミングでクーまでいれば、関連性を疑って当たり前だ。だから、そこまではいい。

 問題はそのあとだ。

 なぜいきなり、今まで使えなかったそんな技術が()()()()使えるようになるのか。

 まるで、ここで捕まるのが()()()()()とでも言わんばかりに――。

 

「……それどころじゃねえか、今は」

 

 かぶりを振る。どうあれ今すべきは連中の――ベルの師匠の行き先を追うコト。

 だが、さきほどリズノが召喚対象を変えたときに何か不具合が起きたのか、どこを探してもクーの神器の気配がない。

 

「まずい。クーの神器と同期が切れてる……なんか混線して俺のが移ったかも」

「同期といえば、そうっすよ。なんでリンク切ってるんすか? てかどうやって?」

「悪いけど今それどころじゃねえよ。見てわかれ、この部屋の惨状を」

 

 言いながら神器の同期(リンク)を切る。

 つけていたのは一瞬だが、まあ――ほかのふたりにも、バレたかな、たぶん。

 あいつらが、リズノやクーのように俺を追わないことを祈ろう。

 

 と、そこでぐちゃぐちゃになった工房を見たリズノが、ポツリひと言。

 

「ふむ。察するに、どうせ師匠が暴れたってトコでしょうか」

「正解だよ。その通りだ」

「ということは……思いのほかいきなり修羅場です?」

「それも正解」

「でしょうね……ところで、ここ、どこです?」

 

 きょとんと首を傾げるリズノに、ベルが答える。

 

「わたしの師匠の隠し工房です」

「えっ、カタハさんの!? うっそボク大ファンなんすけど! えっスゴ、隠し工房!? てかそんなトコで暴れないでくださいよ師匠!! うわぁ貴重な魔道具が……!!」

「急にテンション上がってんじゃねえよ。こうなったら役に立て、もう」

「ふむ。いったいなんすか?」

 

 俺は、俺が魔法をブッ放した方向を指差して伝える。

 

「さっきまでそこに人がいた。堕魔だ」

「――――。それで?」

「分身体を転移で送ってきたんだ。その転移元を突き止めたい。何か案出せ」

「りょうかいっす! 師匠に頼られたんなら、腕の見せどころっすねー」

 

 ふむふむ、と言いながら、リズノは屈み込んで床に手を当てた。

 

 ――リズノは魔法使いではない。

 だがそれは定義上《魔法使い》とは呼ばれないというだけで、魔力を持っていないわけじゃないし、魔法が使えないというわけでもない。

 ただその才能が《解析》という一点に特化しているだけだ。

 クーが《追跡》に適性を持つのとは違う。単純に最も得意なだけで、ほかの魔法が使えないわけじゃないクーとは違って、リズノには《解析》しか使えない。

 

 だがそれは、その一点だけは本職《おれ》をも凌ぐという意味だ。

 彼女なら何かヒントを引き出すくらいは――。

 

「……転移の座標指定(マーキング)用の魔法陣。ほとんど壊れてるっすけど痕跡は残ってるっす。この感じだとまだ新しい……刻まれたのは今日っすね。まだ一時間も経ってない」

「最近いきなり残したってことか。何かの保険だったのか……? いや――」

 

 ベルの師匠が魔道具を完成させたのも今日で。

 その日に、たまたま俺が到着して。

 同じ日に、たまたまベルと遭遇する。リズノもまさに来ている街で。

 

 ――()()()()――。

 

「この新しさなら、たぶん追跡できるっす」

「――っと、待てリズノ。できるのか?」

「っす。転移先の魔力を追うのはさすがに無理っすけど、陣を刻んだときの痕跡から同じ魔力が向かった先なら、おそらく。最初は歩いて出てったはずですし」

「……その発想はなかったが、確かにそうか。でもどっちにしろ難易度高いぞ。クーならともかく、お前にはできないだろ。言っとくが俺でも無理だぞ」

「誰にモノ言ってんすか師匠。――自分でできなきゃ道具を使えばいいだけっす」

 

 ――じゃじゃーん。

 などと言いながらリズノは唐突に懐から何かを取り出した。

 

「これっす! その名も《ストーくん》!」

「……何そのキショ魔道具……。あとネーミングセンスも相変わらず終わってんな」

「うるさいな」

 

 それは、蜘蛛のような六本の脚が映えた透明な水晶――に見える魔道具だった。

 サイズは手のひらに載るくらい。クリスタルから脚が生えたみたいなそれを床へと置くなり、こちらを見上げるように振り返ってリズノは笑う。

 

「覚えた魔力を追跡してくれる魔道具っす。人間ではなかなか感知できない、自然に漏れる魔力でもきっちりストーキング可能っすよ。まあ、あくまで魔力が途絶えないこと前提なんで、完全に消して歩くとか、転移するとか結界通るとかされると、その瞬間に追えなくなるっすけど」

「そりゃ便利だな……。で、なんでそんなもん持ち歩いてる?」

「そんな話してる暇あるんすか?」

「くそっ、ない! じゃあ早くやってくれ!」

「もうやってるっすよ」

 

 状況がシリアスだと思えば、さすがに仕事も早いリズノであった。

 ――でも絶対にそれ使って俺を探そうとしてたろコイツ。

 まあ確かに今は掘り下げていられない。

 カタカタと、その場の残存魔力を魔道具――ストーくんの結晶部分が吸い上げる。

 

「ほかの魔力も多くて区別がダルいっすけど……たぶんコレっすね」

 

 やがて魔力を吸ったことで、結晶部分の内側が、徐々に黒い煙のようなもので染め上げられていく。これが、この場で吸い上げた残存魔力の痕跡なのだろう。

 

「色がヤバいっすね……」

「灰色にも近い黒か。こういう色はどういう感情なんだっけ?」

「ボクの魔眼でも残存魔力から感情は読めないっすけど。まあ口にしたくない感じのヤツっすね。さすがは堕魔ってトコっすか。――そろそろ行けるっすよ」

「よし追うぞ。だが、その前に――ベルはここに残るか?」

「え?」

 

 きょとん、とその言葉に目を見開くベル。

 だが彼女は一般人だ。少なくとも戦力ではない。

 ここまで俺を連れてきた時点で、ベルの仕事は終わっていると言っていいだろう。

 

「ついて行ったら……わたし、足手纏いですか?」

 

 果たして、ベルはそんなことを訊ねた。

 さきほど俺に庇われたことを、あるいは気にしているのかもしれない。

 だから嘘をつかず、俺はせめて正直に答える。

 

「そうだな。いても戦力にはならないだろうことは事実だ」

「……っ」

「でも気にするな。――それでも来たいなら、好きにしても別にいい」

「え……っ?」

 

 言葉が予想外だったのか、ぽかんとベルは目を見開く。

 そんな彼女に軽く笑みを向けて、軽く自分の胸を叩いて言った。

 

「これでも英雄だぜ。――足手纏いなんて、千人いたって問題ねえよ」

「そういうところが師匠のダメなトコだと思うんすけど」

 

 と、そこで横からリズノが口を挟んでくる。

 

「なんだよ。文句あるのか」

「そりゃありますけど。毎度毎度めちゃくちゃ情に弱いトコとか、助けを求められると断れなくて背負いすぎるトコとか、ボクのことは置いてこうとするくせにベルとかクーは連れていこうとするトコとかに。かなり強く!」

「うっせーな放っとけ。俺にもいろいろあんの!」

「……はあ。まあ別にいいっすけど、どっちにしろ――師匠はベルを舐めすぎっす」

 

 言って、リズノは友人の少女に目を向けた。そして、

 

「ベルは役に立つっすよ。ボクが保証するっす。――ね?」

「――っ、はい! わたしも、いっしょに連れてってください……!」

 

 顔を上げ、まっすぐに俺を見てベルは言った。

 それならいい。師匠を助けたいという気持ちがある奴は、それだけで戦力だ。

 

 俺は頷き、ベルの動向を許可した。何があっても自分が守る覚悟で。

 それから視線をリズノに戻し、魔道具の起動を目線で促す。

 こくり、と意志を把握した彼女は、己の魔道具に向けて命令を出した。

 

「それでは――ゴーっすよ、ストーくん!」

 

 号令と同時、カタカタとストーくんが蠢き出し、高速で部屋から飛び出て行く。

 やたらと足が速く不気味なそれを追って、俺たちも走り出した。

 

 もちろん、ベルを背中に背負って。

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