ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-22『師弟、技師の敵じゃない?』

 転移した先には、警戒していたようなものなど実際何もなかった。

 

「――――」

 

 誰もいないし、何もない。ただ狭い部屋があるだけだ。

 石造りの壁に囲まれた薄暗く窓のない――おそらくは地下室。

 唯一ある光源も晶灯(ランプ)ですらない蝋燭(キャンドル)だけ。

 

「火はつけっぱ……魔力は感じるから魔法の火か。ま、ともあれ……」

 

 ひとまず危険はなさそうだ。少なくとも差し迫ったものは。

 ということで、俺はそのままふたりの到着を十秒待つことにする。

 

 念のため、その前に唯一ある部屋の出入口の扉に近づき、外の様子を窺ってみた。

 が、やはり何も感じない。気配、物音、魔力――どれも異常なしだった。

 

 北の魔族領での旅の経験から、俺たちは全員それなりに隠密が得意になっている。

 あれは旅というより、もはや一種の隠密任務(スニーキング)に近い日々だったからな……。

 なにせ魔族領とは、要するに人の住んでいない人界領域外のことだ。

 ヒトのいる場所とは根本的に環境要素が違う。かつて俺たちは時に二手に別れたりしながら、魔族領を一定北上するたびに転移魔法陣を設置し、人界と往復した。

 マーキングを北へ進めながら、休息や食糧補給のため人里まで戻り、また魔族領へ戻って次のマーキングを設置する――そういう繰り返しの旅だったわけだ。

 

 だから実のところ、半年以上も魔族領にいた――とか言いつつ、実は何度も王国に戻っていたりする。

 魔族領の旅で、たぶん半分は普通に王国内の宿に泊まっていた。なんなら王都まで戻って豪華な王城のベッドで眠った日すらある。

 人が想像するほど過酷ではなかったのだ。ちょっと命が懸かっているだけ。

 

 と――そこらで続けてリズノとベルが転移してきた。

 それを見て取って、俺は神器の同期を切る。

 

「っと……お待たせっす、師匠。読み通り待ち伏せはないみたいっすね」

「ま、あの転移魔法陣はお前の()()()()魔道具がなきゃ見つけられなかったからな。向こうもさすがに、そこまでは想定してないだろ」

「誤作動《バグった》って言わないでほしいんすけど。がんばってくれてるだけっす」

 

 むすっ、と俺を睨みつけるリズノだった。

 どうだろうな。たぶん制作者のベルだって想定してねえだろ、アレは。

 

「俺の神器はどこに転移した? 同期をオンにして行ったんだから、距離と方角ならだいたいわかっててほしいんだけど」

「あ、それ無理っす。転移と同時に反応消えたんで、結界の中に転移してるっすね」

「……そんなこったろうな。ああ、わかってたよ、どうせ」

「神器の同期は魔力阻害(ジャミング)に弱すぎるのがどーも駄目っすよねー」

 

 こうなると、ここがどこかは結界を解くまでは謎のままだ。

 まあ、それはいい。俺が同期をオンにしたことが、もはやイアやカエラに居場所がバレるリスクだけを負ったことになるが、文句を言っても仕方がない。

 

「ま、それはさておき――この先は二手に別れるぞ。リズノ、さっきの魔道具は」

「ストーくんっす」

「……ストーくんは、痕跡さえあればなんでも追跡(トレース)できるのか? たとえば、ベルが持ってる魔道具から製作者を探す、とか」

「いや、さすがに《辿る経路》がないと無理っすよ? あれば行けるかも、って感じではあるっすけど」

経路(みち)はあるだろ、ベルの師匠だってこっから転移してきたはずだし。もしどこかに隔離して幽閉されてるなら都合がいい。先に押さえたい」

「……なるほど。それならイケるかも――ってくらいっすね」

「んじゃそっちは任せる。俺は自力でさっきの奴の魔力を追ってみるわ」

 

 そのひと言に、リズノは呆れた細い目を見せて。

 

「うわ。もう()()()んすか?」

「さすがに十全とはいかねえがな。術式に起こすまでは無理だから、感覚が活きてる間になんとか追ってみるってレベルだ。身にはつかないな、これは……」

「だとしてもおかしいっすけどね。世界中の魔道具技師が泣くっすよ、そんなん」

「それはこっちの台詞だ。――さて、行ってくる。お前らは少し後に出ろ」

 

 それだけ言ってから、俺は視線をリズノから切ってベルに向ける。

 

「ベル! お前のその《気配殺し》は、複数人で使えるヤツだろ?」

「え、あ……は、はい。鎖で繋がった全員に効果があります」

 

 じゃなきゃ大型である意味がない。そうだと思っていた。

 製作者がカタハ=トゥカールならなおさら。その気なら小型化できる技量はある。

 

「よし、じゃあ基本はそれ使っててくれ。俺も単独で来てる振りをする。もしベルの師匠を早めに見つけたら、こっちに加勢しに来てくれ。ま、その前に終わらすが」

 

 それだけ言って、俺は部屋の出入口のほうに向かう。

 あとは、せめてベルの師匠が、連中といっしょに行動していないことを祈ろう。

 

 ――その可能性を、俺はそこまで低くないと見ているから。

 

 

     ※

 

 

「ああもう。いっつもこうっすよ、師匠ってば……」

 

 やれやれと呆れた様子で、先に出て行くリヒトを見送るリズノ。

 その表情には、言葉の割にはなんだか嬉しそうな、誇らしそうな色が混じっているように――傍で見ているベルには思えた。

 

「あ、あの。リズノちゃん」

「ん? どしたん、ベルちゃん?」

 

 声に振り返ったリズノに、ベルは問う。

 

「あの。さっきリヒトさんに《覚えた》とか言ってたけど……」

「ああそれ、言葉通りっすよ。この《ストーくん》の機能を見ただけで学習したって言ってんすよ、あの人。しかも感覚的に」

「や、やっぱりそういう意味、だったよね……」

 

 魔道具にかけられた魔法を読み取り、技術を盗み取るのは基本的に不可能だ。

 そんなことができたら技師も商売あがったりである。

 ただまあ、それは《物体に魔法を込める》という技術を指すのであって、描かれた術式そのものを読み取れないわけじゃない。偽装はできても、完全には隠せない。

 よって術式単体であれば、読み取られる可能性自体は原理的に存在する。どうあれあるものなのだから、相手の才能を上限に仮定すれば盗まれることもあるだろう。

 難しくてもコピーはできる。

 だがペーストする技術は技師本人にしかない。

 そういう話だ。

 

 が――さっきのリヒトはそういう理屈を全てすっ飛ばして、術式云々ではなく発揮されている効果そのものを感覚的に学び取った、と言い放っていた。

 ふざけるな、という話である。

 感覚で模倣できるような魔道具など最初から必要ない。

 魔法として再現した、と言われるよりもタチが悪いとベルは本気でそう思う。

 

「師匠は天才っすよ。魔法の天才。師匠より才能のある魔法使いはこの世にいない」

 

 その上でリズノは信頼を込めてそう語った。

 ベルもまた、言葉の上だけで理解していたその事実を実感として把握する。

 

「ま、そんなもの褒められても師匠はなんも嬉しくないでしょうが……」

「リズノちゃん?」

「んにゃ、なんでもないっす。それより、そろそろボクらも行きましょうか。すでにストーくんには、ベルの魔道具の魔力を記憶させたっす」

「あっ」

 

 確かに、気づけば足元で《ストーくん》が何やらわちゃわちゃ踊っている。

 その結晶部分は元の黒から、今度は夕焼けのような赤色に染まっている。

 それが師匠の――カタハ=トゥカールの魔力の色、なのだろう。

 おそらくリズノの認識において、だが。

 

「あの、ところでベルちゃん。わたしはこっちも不思議なんだけど」

「うん?」

「わたしがコレを作ったときは――絶対に、()()()()()()()()()()()()はずじゃ?」

 

 そう。それもまた正直、ベルにとっては不思議だった。

 単純に同一の魔力を限定して、それを追跡するだけの玩具である。

 手慰みで作っただけの、取るに足りない三流の魔道具だった。

 

 ほんのわずかな痕跡から魔力の持ち主を同定し、物理的に続いている限りトレースし続けるなんて馬鹿げた機能を、ベルが作った魔道具は絶対に持っていない。

 はずだったのに、と訊ねる技師に、果たして友人の少女は答える。

 

「なんか、たまにこうなるんすよねー」

「た、たまにこうなる?」

「ベルには言ったことなかったっけ? ボクが魔道具を使うと、全部じゃないけど、たまに相性のいいお気に入りの子が()()()()()()()()()()()()()んすよ」

「――――――――」

「ボクが名前をつけてるのは、そういう子たちっすね。師匠も『意味わからん』って言ってたっすけど、ボクも謎なんすよね。なぜか()()()()()()()()()んす」

 

 言葉もなかった。ただベルはそれで心底、理解する。

 なるほど、おかしいのはリヒトだけではなく――英雄はみんなそうらしい、と。

 

「わかった。それじゃあ行こう、リズノちゃん。この鎖を首に巻いてもらっていい?」

「……さすがにちょっと、歩きづらくはなるっすね」

「師匠曰く、隠密に使うんだからそのほうがいいだろう、だとか」

「意図してそうしてるんすねー……。さすが巨匠トゥカール、尖ってるっすわ」

「買い手がついてないから売れ残ってたんだけど」

「えっ買おっかな、ボク!?」

「なんか……なんとなくリズノちゃんには売りたくなくなってきた」

「どぉして!?」

 

 ともあれふたりは、マフラーのように鎖で繋がって、それから扉を出る。

 ストーくんも効果範囲に含めるため、今はリズノの頭の上にちょこんと鎮座して。

 

「よいしょっと」

 

 扉を押し開け、外に。

 リヒトが外へ出るときにも見えたが、扉の外は上へと続く階段だ。

 やはりここは地下室だったらしい。

 

 その階段を並んで登り、しばらくして超常へ着く。

 蓋となって階段を閉める重たい戸を、上に押し開けるようにして外へ出た。

 

 そうして目の前に広がった地上の光景は――、

 

「ここは……城塞、でしょうか?」

「みたいっすね。いかにも魔族好みの建築って感じで嫌だなあ。さすがに魔族領ってわけじゃなさそうっすけど。空気は悪くないっす」

「それはわかんないけど……」

 

 地面に隠されていた蓋型の扉。それを押し上げて出た地上には、すぐ正面に立派な城塞が聳え立っている。

 ただの城ではない、明らかに戦う拠点としての意図が建築に込められた砦。華美を尊ぶ人間界のそれとの違いは、魔族が特に好む様式だ。

 

 ヒトの気配はない。嫌気がするほど静かで、城塞の周りは森に囲まれている。

 自然があるという時点で、魔族領の不毛な土地とは異なりそうだ。

 

「ストーくんの反応は砦の中っすね。行きましょう。留まるのはよくないっす」

「う、うんっ」

 

 さすがに英雄。こういうとき、素人のベルにとっては素直に従える指示があるのは助かることだった。せめて足は引っ張らないようにしたいところ。

 先行するリズノの鎖に引っ張られるように、まずふたりは城塞の入口を探した。

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