ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-23『弟子と技師、進む』

「――反応は、城の上のほうっすね。端のほうの部屋から感じるっす」

 

 城塞にはいくつか入口になる場所があったため、単純にいちばん近い場所から砦の内部に入った。

 ヒトの気配はまったくない。別に人間以外の気配がするという意味ではなく、ごく普通に動くモノの気配がまったくないだけだ。

 城塞は石造りで、それなりに年季が入っているように見受けられる。

 

「なんでしょう、ここ……。遺跡……?」

「そんな感じっすね。各地にある《結界遺跡》のひとつでしょう。建物自体はかなり綺麗っすけど、建築様式が古すぎっすね。ま、その辺り詳しくないっすけど」

 

 結界遺跡とは、簡単に言うなら結界によって周囲から遮断された建築物/構造物のうち、製作者が不明である謎の遺跡群のことを指す。

 いったいいつの時代からあるのか、誰によって、なんのために作られたのかが何もわからない建築群。古代魔法級の結界で覆われているせいで、その存在に気づかれることすらないものも多く、未発見の結界遺跡は未だ王国各地に残っているという。

 

 ここはそのうちのひとつだろう。

 あらゆる結界の中でも、隠匿に関しては最高クラス――現代の魔法使いでは、ほぼ再現不可能と言っていいレベルの結界で覆われているのが特徴だ。

 偶然以外で存在に気づくことがほとんどなく、長年住んだ家の裏庭に入口があると気づかなかった――なんて笑い話もあるほど()()()()()()()特徴がある。

 ――犯罪者のねぐらには、うってつけだと言っていい。

 

「確かに、結界遺跡なら外からは見つけられませんもんね」

「ボクの魔眼でも無理っすからねー。できるとしたらクーくらいっすか」

「え、リズノちゃんの魔眼でも?」

 

 首を傾げて訊ねるベルに、リズノは答える。

 

「っす。よく勘違いされるっすけど、ボクの魔眼は、隠されてる魔力を見つけられる類いの眼《モノ》じゃないっすから。ただ《在る》ものを可視化するだけっす」

「そう……なんだ?」

「そりゃほかの人よりは上手いかもしんないっすけど。視えないモノを見つけるのはボクらの中じゃクーの役割っすね。見つけたモノを解析するのがボクっす」

 

 隠されているモノや離れているモノを捕捉、追跡するのがクーの才能。

 そうではない魔力を可視化し、状態を解析するのがリズノの才能だ。

 これらは似ているようで、だが明確に異なる。

 

「未発見の結界遺跡……。なるほど一から自分でねぐらを作るより、見つけたものを使うほうが手っ取り早いっすからね。運よく見つけたらボクもそうするっす。まあ、別にどうでもいいっすけど」

 

 さしたる興味もないのか、流すようにリズノは言う。

 ともあれふたりは、鎖状の《気配殺し》で繋がったまま上階を目指した。

 あまり単純な構造をしておらず、一度に最上階まで続く階段が見当たらないことは面倒だったが、誰もいないため息を潜める必要がないのはありがたい。

 いくら《気配殺し》があるとはいえ、土壇場に慣れていないベルとしては、やはり誰かがいるとどうしても、心臓が高鳴って息が詰まってしまう。

 

 とはいえ、

 

「リヒトさんは大丈夫でしょうか……」

 

 自分なんかが心配するような相手じゃないとは思うが、かといって別行動になるとそちらに意識が向くらしい。半分はリズノへの気遣いも含めてベルは言った。

 だがリズノはなんでもないように答える。

 

「大丈夫っすよ。師匠なんて、心配するだけ損ってものっす」

「そうなの?」

「そうっすよ! いっつもいっつもひとりで背負い込んで心配かけるくせに、一向にそういうトコ直さないんすから! ハラハラするこっちがバカみたいっすよ」

「あはは。じゃあ心配はしてるんだね」

「む……まあ、師匠はいつも無茶苦茶するっすから」

 

 図星を突かれて唇を尖らせるリズノに、思わずベルは薄く笑う。

 信頼すると同時に、心配もする。それはリズノにとって矛盾ではないのだろう。

 そんな様子がおかしくて、ベルは重ねて訊いてみたくなった。

 

「ね。リズノちゃんは、旅に出る前からリヒトさんとは知り合いだったの?」

「そうっすよ。師匠はボクの家庭教師だったんす」

「家庭教師?」

「まあ建前っすけどね。ベルも知ってると思うっすけど、その頃、ボクは家にずっと引き籠もってたんで。心配した両親が、歳の近い優秀な指導役として選んだんす」

「それが、リヒトさん……」

「あんなんでも最年少の宮廷魔導師っすからね。王都じゃ割に有名だったんす。まあボクに魔法の才能があんまないのはわかってたんですが。そういう意味では家庭教師というより、主治医のが近かったかもしんないっすね。魔眼の制御のための」

「…………」

 

 ――他人の感情を魔力の色として可視化して読み取る。

 その魔眼のせいで、幼い頃のリズノが人嫌いだったことはベルも知っていた。

 初めて顔を合わせたのはリズノが人嫌いを克服してからだが、それ以前から熱心な魔道具の蒐集家だった彼女とは、ベルも手紙の上でやり取りがあった。

 元は単に『トゥカール製の魔道具が欲しい』と注文してきたリズノの窓口になっただけだが、歳の近さもあって、そこから親交を深めたのだ。

 とはいえベルも、どうやってリズノが今のようになったのか詳しくは知らない。

 

「でも師匠はヒドいんすよ! 初めて会ったとき、どうだったと思うっすか?」

「え? 酷いって言うと、なんだろ。無理やりスパルタで外に連れ出されたとか?」

「そのほうがまだ文句も言えたってもんっすよ」

「と言うと……」

「師匠、ボクにまるっきり興味持たなかったんすよ! 今日から家庭教師が来るって言われて部屋で待ってたら、来るなりボクのコレクションに目を輝かせ始めて!」

「……あー……」

 

 わからんでもない――むしろ想像しやすい光景だとベルは苦笑。

 土台、魔道具の蒐集家(コレクター)などそんなもの。どいつもこいつも魔道具の話になれば目の色を変え、余計なことまで語り出す偏った思想家(オタク)ばかりである。

 そういう客をベルは何度も見てきたし、作り手である自分や師匠も大差はない。

 第一まず、目の前のリズノだって同じ穴の貉なのだし。

 

「ボクのことなんか無視して魔道具を見始めて。どうしようかって待ってるボクに、放った第一声が『これどう使うんだ?』って、もう、絶対ふざけてる……!」

「あ、あはは……」

「魔眼の制御を教えてくれに来たんだから、建前でもまず最初は、ボクに声をかけるべきじゃないのかな……!? ああいうのホントどうかと思う、師匠は……!!」

 

 思い出したせいで熱が入ってしまったのか、もはや自分の世界に入り込むリズノ。

 口調すら普段と変わっている辺り、だいぶ本気らしい。

 愚痴が無限に湧く。台があったら怒りのパンチを放っているところだろう。

 

「で、でも、教えてくれたんだよね、リヒトさんは。魔眼の制御の仕方」

「別にそうでもなかったっすよ」

「え?」

「俺は魔眼なんか持ってないから実際のトコわからん、とか抜かしましたし。ホント何しに来たって話っすよ、まったく。教わったことなんて大半が精神論っすもん」

「わ、わあ……」

「結局あの人がやったことなんて、何度も何度もウチに来ては、魔道具の話して満足そうに帰ってっただけっす。そのうち諦めてボクのほうが折れてあげただけ。どうせ死蔵してるだけなら俺にくれ――とか言うんすよ? あり得んすマジで!!」

「…………」

「一応、簡単な魔力制御とかは教わったっすけどね。効果があったのかどうか。ただそのうち、自然と魔眼をオフにできるようになってただけ。ボクの努力っすよ」

 

 かつての思い出を語るリズノは、実に不機嫌そうな表情で頬を膨らませている。

 だが、なぜだろう。傍で見ているベルには、それを話すリズノがむしろ心の底から嬉しそうに――誇らしそうに見えてならなかった。

 記憶のいちばん底に仕舞い込んだ、大切な宝物のことを話すとき――きっと誰もがこういう顔をするのだろう。たとえばベルが、師匠のことを思うときと同じく。

 

「それ、ちょっとわたしと似てます」

 

 だからだろう。今まで誰にも語ったことのない身の上が、するっと口から零れた。

 思いがけないベルの言葉に、リズノもきょとんと目を開けて彼女を見る。

 

「ベルと?」

「えへへ。まあ本当にちょっとですけど。わたしも……師匠たちに引っ張り出されて今の生活がありますから」

「……確か、拾われ子だったんだっけ」

 

 リズノはベルの身の上を少しだけ聞いていた。

 彼女はもともと身寄りがなく、トゥカール親子が身元を引き受けたのだと。

 ベルもこくりと頷き、それからリズノに向けて語った。

 

「もともと結構、暗い性格だったんです、わたし」

「今も割とじゃないっすか?」

「えっヒドっ!?」

「あはは、冗談っすよ! てか、それを言うならボクだってそうですし」

「リズノちゃんが? リズノちゃんはあんまり、そんな感じしないけど……」

「そっすか? あはは」

 

 実際、からから笑うリズノの姿は、引きこもりだったとは思えない明るさがある。

 そこは確かに自分とは違うのかも――と思いつつ言葉を続けるベル。

 

「でもわたしも、割と結構……師匠たちには放っとかれてたほうなんですよね」

「へえ。じゃあ確かにボクと似てるかもだ」

「あはは。師匠たち、手先は誰よりも器用でしたけど、人間としてはかなり不器用なほうでしたから。小さい頃のわたしは、師匠たちの工房で、師匠たちが黙って仕事をしてるのを……ただ後ろから見てるだけでした。長い間、ずっと」

「そっか。それで魔道具に興味を持ったんすね」

「師匠たちの試作品とか、工房の素材とかがわたしの遊び道具でしたから。気づけば勝手に弄ったりして、危ないからやめろって怒られて……それならって、正しい扱い方を、そのうち教えてくれるようになって。そんな感じでした」

 

 今でも思い出す。――わたしもやってみたい、と師匠たちに告げた日のことを。

 父娘《おやこ》はそのときどう思ったのだろう。口数もリアクションも少なく、仕事以外には本気で何もせず、日常生活すら大概ボロボロだった――あの老爺と若い娘は。

 嬉しかったのか。そんなに興味もなかったのか。

 正確な答えなんて今もわからない。ただ思い出してみれば、あのとき父娘は珍しくふたりで相談しながら、何から始めさせようか迷っていたような気がしてくる。

 

 なかよく揃って、不機嫌なのかと疑ってしまうような難しい顔をして。

 だけど普段より少しだけ――ずっと黙って見ていたベルにもわかりづらいほど少しだけ、嬉しそうに困っていた気がする。

 

 たぶん、それで充分なのだ。

 

「まあ結局、師匠たちは揃って教えるの下手だったんですけど。口下手なのに口数も少ないんで……自分で見て覚えた、って感じです」

 

 おそらく師匠(カタハ)も、大師匠(ハウル)から同じようにして習ったのだろう。

 その分、カタハは少しだけ、ハウルよりは教えるのが上手かったが。それでも割と誤差だったのだから、思い出すと笑ってしまう。

 

「なるほどねー。それで、魔道具技師になったってわけっすか」

 

 うんうんと納得して頷くリズノに、ふと思いついてリズノは訊ねた。

 

「そういえば、リズノちゃんは何がきっかけで魔道具好きになったんですか?」

「ん? んー……そうだなあ。別に、きっかけってほどのことはなかったかも。単に綺麗だったから、好きになっただけなんじゃないかな」

「ああっ、わかりますわかりますっ! 高度で精巧な魔道具ほど美しくて……!」

「そうだね、そうそう。――何より()()()()()()()()()()でいいよ」

「――、え?」

 

 きょとん、とベルはそこで目を見開く。

 何かが決定的に、そして致命的に噛み合っていないような気がした。

 だがその理由を訊く間もなく、リズノは別の話をする。

 

「着いた。ベルのお師匠さん……カタハさんは、この階の端にいるみたいっす」

 

 少しだけ前を行くリズノが、ちょうど階段を上りきって最上階に着いた。

 それから一歩分だけ遅れてベルも最上階に到達する。

 

 城塞の中はどこを見ても同じ――というわけではなかったが、どこを見ても特徴がなく、現在位置がわかりづらい。

 基本的に、灰色の石造りの壁面がずっと続いている。部屋の間取りや通路の構造は場所によってバラバラだが、延々と似たような景色が続くせいで感覚が狂う。

 

 ――そのせいで油断していた、というわけでは、たぶんない。

 

 それはベルも、そしてリズノも同じだろう。

 ただ見逃していた。自分たちが気配を殺していることが、別に特権ではないのだという単純な事実を。

 そのせいで、

 突如として廊下の奥から歩いてきた人影に――姿を見るまで気づけなかった。

 

「…………ッ!!」

 

 咄嗟にベルは目を伏せ、床を睨んだ。顔を上げられなかったからだ。

 それは視線に反応してわずかに揺らいだ大気中の魔力だけで、リヒトに察知された経験があったせい――ではなく。

 ごく単純に、そいつがあまりにも恐ろしかったからだ。

 

(――人間じゃ……、ない……ッ!!)

 

 ただ目にしただけで当然のように突きつけられる、その絶望的な事実。

 姿カタチはヒトと変わらない。魔族のように、明らかにヒトと違う部位もない。

 

 それでも、ただ直感だけでヒトじゃないとわかる眼が在った。

 

 黒い眼。闇色の瞳。光を吸い込む虚無の(うろ)

 闇を煮詰めて(こご)った残りだけを眼窩に埋め込んだかのような。

 何もない双眸。

 眼球は確かに存在するのに、目があるのではなく、何もないがあると思わせる。

 

 決して、ヒトの顔にあっていい感覚器(カタチ)ではない――!

 

「ベル。後ろ。この先はひとりで行って」

 

 それに即座に反応したのは、ほかでもない英雄――リズノ=アーシャン。

 彼女は、おそらくベルよりも遥かに、目の前のソレが敵なのだと理解できている。

 

「リ、リズノ、……ちゃん」

「見てわかるでしょ。――堕魔だよ、コイツ。しかも絶対に強い。ここまでの奴は、わたしも今まで見たことがない。……()()()()()()()()かもしれない」

 

 それがリズノの判断だ。結界殺しでやり過ごす、という選択肢は下策と踏んだ。

 気づかれていない今のうちに、最高の攻撃でただ先制する。それが最も勝率の――あるいは生還率の高い判断だと神器保有者は判断する。

 

「カウントするよ。3カウントでボクは鎖から離れるから、反対側に走って。ベルの師匠もそっちのほうにいる。いちばん奥。連れ出してふたりで逃げて」

 

 リズノを置いてひとりで逃げることに思うところはある。

 だが逆らえない。どうあれベルの力では、とてもリズノの支えになれない。

 戦闘能力が違いすぎるのだ。足を引っ張るより、彼女の指示に従い逃げ出すほうが百倍助けになるのだと――ベルにも痛いほど理解できてしまった。

 

「始めるよ。いいね、ベル?」

「――っ、はい……!」

「ありがとう。行くよ! 3、2、1――走れッ!!」

 

 直後。ふたりを繋いでいた鎖が外れる。

 同時にベルは走り出す。振り返るような余分は存在しない。

 

 最後に聞こえたのは、――リズノの神器から撃ち出される魔弾の音だった。

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